「あ――」
喉まで出かかった声は、慌てて飲み込まれた。探し求めていた人の横顔が見えた気がしたのだ。
「ま、待って…!」
手を伸ばすが届かない。スタスタと足早に去っていくその人に持っていた鞄を肩に掛けなおし慌てて後を追った。
でも、自分はその人と会ったことなどない。写真も何も持ってはいない。
だからその探し求めている人がどんな顔なのか、どこの誰で一体どんな人なのかも何も分からない。
――――それでも、ただ漠然と昔から分かっている事がある。
――――――この世界のどこかで自分の事だけを待っている人がいるのだと。
人込を掻き分け必死に後を追いかけ、大きなスクランブル交差点を渡ろうとした直前でやっとのことでその人の腕を掴んだ。
「痛いっ!やだっ!ちょっと何!?」
「……え?」
しかしその人は求めていた人物とは全くの別人。
少し性格のキツそうな印象のある鋭い目つきのその人に心底迷惑そうな顔をされすぐさま手を離した。
「あ…ご、ごめんなさい!人違いでした!」
ぺこぺこと何度も頭を下げ平謝りするとその女性はぶつぶつと文句を言いながら不機嫌そうに交差点を渡っていった。
その後ろ姿にショックでその場で呆然としていると信号がチカチカと青から赤に変わり、止まっていた車達が一斉に走り視界を遮る。
「はあ……」
…またやってしまった。何年も同じ事を繰り返した自分の過誤にひどく反省し溜息をついた。
都会の雑踏の中、彼女はいつも何気なくその探し人を探してしまう。
自分が誰を追っているのかは分かっていないのに無意識の内に探してしまうその面影。
会ったこともない人を待つだなんて馬鹿げている。高校生の頃、幼馴染に告白され断ったとあと親友に呆れられながら言われた言葉。
今は高校を卒業して離れ離れになってそれほど年月が流れたわけではないけれど、もう何年も前のことのように感じてしまう。
ふと首に下げた貝のネックレスに触れる。触れればその人が傍にいてくれるような気がしてならない。
だけどそう思うと同時に会えないその人の事を想うだけで、胸の奥が苦しくなってとても切なくて眉を顰めてしまう。
一体いつになれば会えるのだろう……。
「夢物語……なんかじゃないよね?」
答えを空に聞いてみる。
住み慣れた美しい自然に囲まれたまほろばの村とは違い、都会のここから見る空はやや狭い。
でも、今日の空は青々と晴れ渡っていて、太陽はいつも以上に輝いて見える。
その励ますように輝く眩い太陽に思わず微笑むと、セミロングにした髪を優しく風が撫でてくれる。
その心地よさに思わず目を閉じる。
――――きっと、今日は何か良い事が起きるような気がする。
そんな気がしてならず、胸が暖かくなる。
晴れやかな気分になり前を向きなおすとちょうど信号が青に変わった。
絶対に探し出してみせる。
そう心に深く刻み込み、歩き出す人の群れに合わせて歩き出した。
そして――――。
「あ――――」
込み上げる涙。かける言葉などいらない。
迷わず目の前に広げられた両手の中に飛び込んだ。
時を超えて再び出会った彼女達は人目を憚らずいつまでも抱き合っていた。