前回から更に注意点が増えたので補足を
※千歌音ちゃんがややヘタレ、ちっともお嬢様っぽくはない
※姫子が生き生きしてる
※あくまで千歌音ちゃんの視点で
待っているとすぐ姫子はとことこと戻ってきた。
「今お湯入れたからもう少ししたら入れるよ~」
さっきの話に戻ろうとしない様子の姫子に安心した。
落ち着いて「ありがとう」と礼を言い姫子と一緒に飲んでいたお茶を片付けた。
そろそろかなと姫子が再び風呂場に行き戻ってくる。
「千歌音ちゃん先に入っていいよ。今日たくさん歩いたし疲れたでしょ?」
自分が客だからだろうが、自分だって同じ距離を歩いただろうにその当たり前な何気ない優しさが嬉しかったりする。
言葉に甘えて先に入ろうと、立ち上がって姫子の部屋に置いてもらってる自分の寝巻きを取ったとき、姫子が声をかけた。
「ねえ、千歌音ちゃん」
「ん?」
「一緒にお風呂入ろうかw?」
「え!?」
にっこりと笑う姫子に不意を突かれ油断していた私は驚いて大きな声をあげてしまった。
姫子とは自分の屋敷で一緒にお風呂に入ったことは何度かある。
しかしこの自分の想いに気付いてしまってからは、邪な気持ちではないのだけれど、どうも意識してしまって姫子の裸体を恥ずかしくて直視できなくなってしまっていた。
それに……姫宮邸の広い浴槽と違ってここの浴槽は狭い。
その浴槽に姫子と2人で入るのを考えただけで顔が真っ赤になるのが分かった。
硬直してしまった私に姫子はまたクスリと笑う。
「嘘だよ、ごめんねw千歌音ちゃんのおうちと違うから私の家のは2人で入ったら窮屈だもんね」
「……///」
姫子の返しに安堵した自分と、さっきの電話の事など忘れ少々残念に思う自分がいる。
「千歌音ちゃん?」
「わ、私先入ってくるわね…///!」
顔を近づけてきた姫子に動揺をしてるのを気付かれる前にそそくさと風呂場へと逃げていった。
「はあ………」
さっと体を洗い流し、体育座りをして肩まで浴槽に浸かると小さくため息をついた。
姫子の一言で一喜一憂してしまっている自分。
―――姫子と一緒にいたい
ただそれだけなのに、傍にいるのにどうしてこんなに切ないのだろう。
近いはずなのに、近くない。そんな距離。心が弾けてしまいそうになる。
だけどその距離を縮めてしまうことが臆病な自分には出来なくて。
姫子はよもや私が自分に恋愛感情を抱いてるとは思ってもないはず。
でも、『今、好きな人とかいるの?』と姫子のあの質問。
―――その答えに、素直に答えられることが出来たなら、どれだけ苦しまずに済むのだろうか
それに姫子には果たして好きな人がいるのだろうか?
以前大神さんとの関係を訊ねたときは一度別々の町で住んでいたが元は昔の幼馴染としか答えなかった。
でもあの大神さんの姫子に対しての態度は間違いなく自分と同じ想いなのだと思う。
彼はとても清楚な人。きっと、大切にしてくれる違いない。
「………っ」
まだそうと決まったわけではないのに、でもひょっとしたらそうなんじゃないかだなんて思ってしまって、うっかり目の前が霞んでくる。
ざぶん!
湯船に顔を埋め、ほんの少しだけ…泣いてしまった。
「先にお湯を頂いたわ、ありがとう」
髪を乾かし風呂場からさっぱりとした表情で出ると姫子はベッドの上で寝転んで漫画を読んでいた。
「あれ?早かったね、もっとゆっくり入ってても良かったのに」
そんなに早々と出てきた訳ではなかったけれど、姫子は「気使ってない?ごめんね」 としょげてしまうものだから笑顔で首を振った。
「そんな事ないわ、それより今読んでるのって前に話してくれた漫画?」
「うん!そうだよ『私のブレーメンラヴ』って言うのっ」
嬉しそうに私に良く見えるように表紙をかがげ渡してくる。
「私もお風呂済ませてくるから千歌音ちゃん読んでていいよ、とっても面白いから」
そう言って姫子は用意していた寝巻きを持って風呂場へと去っていった。
生まれてこの方漫画を読むことのなかった私はクッションの上に座り、ぼ~っとしててもさっきの浴槽で考えてた事をぶり返してしまいそうだったのでとりあえず読んでみることにした
ぺらりとページをめくることしばし。
えーと、確かに面白いと思う。いや、予想以上にとても面白い。
でも、この漫画の内容って……。
……。
…………。
まさかワザと読ませた?いや、そんなはずないわよね……。
自分の気持ちを姫子には知られていない自信はある。
時々姫子が好きなのだと匂わせてしまうような態度を取ってしまってまずいと思うシーンはあっても姫子はそういうところは奇跡的に疎い。
でも、姫子がこういう内容の本を読んでるだなんて知ってしまうと、さっきまで泣いてた烏が笑う的な、姫子に期待してしまうそんなもしかしたらなんて都合の良い事を思ってしまう。
今まで色んなこと勉強したけれど、恋って矛盾ばかりで本当に分からない…。
その時顔をあげた私の視界に姫子のベッドが写った。
彼女のお気に入りのベッド。
サイズはシングルではあるけれど、クイーンサイズ並に大きくて白で統一されたシンプルな自分のベッドとは違い、淡いパステルカラーの色使いが姫子らしさを醸し出している。
さっき姫子が寝転んでいたからちょっと乱れた布団がとても生活観にあふれていて。
ここで毎日姫子が寝ているのだと思うと、この漫画を読んだ所為もあって、いつもよりも魅力的に見え胸の奥が熱くなっていく。
「あ……」
そして、枕元には今まで気付かなかったが前に私がプレゼントしたぬいぐみが置いてあって…ものすごく、嬉しかった。
風呂場のほうを見ると、あまり音はしない。ゆっくり湯船に浸かっているのだろう。
おっとりとした姫子のお風呂は長い。多分まだ時間がかかるはず…。
本人がいないところでベッドに上がるのは少し不躾だと思いつつも私は本を置き、ドキドキしながら姫子のベッドへとあがることにした。
ぎしっとベッドが軋み、私はうつ伏せに寝転んだ。
丁度いい柔らかさのベッド。大きく息を吸い込むと、姫子の匂いがする。
暖かな春の日差しの太陽のような、そんな香り。
さっきまで姫子が寝転んでいたからほんの僅かだが暖かい。
その温もりに姫子に包まれているようで体中の力が抜けていき、やっと体を休められた気がする。
あまりの気持ち良さと、もっともっと姫子を感じたくて枕を抱き締め目を閉じた。
「…かねちゃ…、千歌音ちゃん」
「……?」
肩を揺さぶられる感覚に私は目を開いた。
するとすぐ目の前にお風呂上りでほんのり頬が赤い姫子がいた。
「布団かけないで寝ると風邪引いちゃうよ?」
朗らかな笑顔で言う姫子に、自分があのまま寝てしまったことにようやく気付いた。
「あ……ごめんなさいっ!」
「あ!いいよ、そのまま横になってて。とっても疲れてたんだもんね」
起き上がろうとした私の肩に手をかけ制止した。姫子にとって私が部屋で寛ぐことは大して問題じゃないらしい。
でも多分そんなに時間は経っていないのだろうけど、あまりの心地よさに寝てしまっただなんて我ながらものすごく恥ずかしい…。
するとじーーっと私を見つめたまま満面の笑みを浮かべる姫子と目が合った。
「?」
「やっぱり寝顔もとっても可愛いね、千歌音ちゃん」
「~~//////」
寝顔を見られただけでも恥ずかしいのに、可愛いねだなんてそんな眩しい笑顔で言われた方で顔が赤くなってしまった。
それをたぶん前者だと捉えた姫子は楽しそうに笑い、その右手にはなんと彼女の趣味が握られていた。
「姫子、そのカメラ…まさか……」
「うん、ごめんね撮っちゃったwでもとっても幸せそうな顔で千歌音ちゃん眠ってたから」
「///……もう、他の人には見せないでね?」
油断した。とりあえず姫子の様子からいくと変な顔していないようだけれど。
冷静を装いつつも自分はそんな写真を撮りたくなるほどの顔して寝てたのかと思うと、撮られることには慣れているのにすごく恥ずかしくてそれだけはお願いした。
「もちろんwでも明日現像するから一緒に見ようね」
「ええ」
私が頷くと無邪気に笑いながら姫子は立ち上がった。
「あ、そうだ千歌音ちゃん」
「なあに?」
「疲れてるならマッサージしてあげようか?」
「え!?」
本日2度目の驚き。
よく見れば姫子は大きめのパジャマの上だけを着ただけの姿。無防備に曝け出された両の足が目の前にある。
とってもとっても可愛いんだけれども……正直、際どいと思う。
その格好で自分の腰に跨れてでもすれば尋常じゃないほど早打ちしてる心臓の鼓動が間違いなく伝わってしまう。
それは流石の私でも、その……非常にまずい///
「だ、大丈夫よ…!姫子も疲れてるでしょ?」
体を捻って慌ててベッドに上がって私に跨ろうとしてる姫子を制する。
「え?ん~私は平気だけど…。じゃあ、もう今日は寝ちゃおうか?」
少し残念そうに言った姫子に目のやりどころに困って枕に顔を埋めていた私が頷くと「じゃあ電気消すね」と部屋の電気がパチッと消えた。
そのおかげで私の顔が実は耳まで真っ赤になっていたのが見えなくなって助かった。
勿体無い気がしないわけでもないけど…。
うんしょうんしょと姫子がベッドにのぼってきて当たり前のように私の横にごろんと寝転がる。
体を少し浮かせて布団を引っ張り出し、一緒に包まる。
一度姫子はう~~んと体を伸ばし大きく息を吐いた。
「お休みなさいっ、千歌音ちゃん」
笑顔で言う姫子に同じく笑顔で「お休み、姫子」と返した。
暗い部屋で微かに見える横向きに寝ている姫子の瞼が落ちたのが分かる。
物音もしない静かで真っ暗な部屋。寝るには申し分ない。
寝つきの良い姫子はピクリとも動かず眠ってしまっている。
それに比べて私は、せっかく寝ようと姫子が言ってくれたものの。
とても可愛い寝顔。ずっと見ていたくなるようなその顔に瞼が落ちてくれない。
それに、こんな至近距離にいては姫子から仄かに香るシャンプーの甘い匂いや、すうすうと小さな寝息まで聞こえてしまってとても落ち着くわけが無かった。
仰向けだった私は顔を戻し、気を落ち着かせようと天井を見つめた。
姫子がこうして私の傍にいてもへっちゃらなのとか、無防備な姿で現れてくるのも高校時代に学生寮でとても仲の良かった同級生と一緒に暮らしていたせいもあるんだと思う。
だから姫子からの甘えてくるようなスキンシップが多いのは正直とても嬉しい。
なのに、この手を少し伸ばせばお風呂上りで暖かいであろう姫子の柔らかな頬に触れられるのに。
この手を少し伸ばせば抱き締められる距離に姫子はいるのに、私にはそれが出来ない。
触れてしまったら、気持ちが抑えきれなくなって思いの丈を全てぶつけてしまいそうで。
そうなってしまうのがとても恐い。
―――何で好きになってしまったんだろう
―――何でただの友達のままじゃ駄目なんだろう
秘めておこうって、そう決めたのに。
姫子と話せば話すほど、傍にいればいるほど、返って想いが大きくなっていってしまってどうしていいのか分からなくなってしまう。
―――ただ好きになった人がたまたま同じ性別だったというだけで、こんなにも苦しくなるだなんて
こんな状態で、眠れるわけがない。
固く目を閉じ、切なさでこみ上げてきてしまいそうな涙を声を殺して耐えた。
やっぱり背を向けなくては 眠れないわね…。
涙が引いてしばらく、そんな事をぼんやり思っていると隣の姫子がもぞもぞと動き出した。
「……ねえ、千歌音ちゃん。まだ起きてる?」
「ん?起きてるわよ」
ちょっとだけ顔を動かすと眠っていたと思った姫子は目を浅く開いていた。
「そういえば、私答えてなかったね。千歌音ちゃんの質問に」
「質問?」
「思い出したの。『誰か好きな人いるの?』って私に聞いたこと」
「―――っ!」
ドキッっとした。一気に心拍数があがる。
聞きたいけど、聞いてはいけないととぼけた質問。
落ち着いてと自分に言い聞かせるが、表情を出さないのに必死で益々焦ってしまう。
しかし私の心の準備が出来ないうちに少し眠そうな姫子は「私ね実は……」と口を開いた。
「正直、良く分からないんだ…」
「………っ、そう」
きっと大神さんなのだろうと勝手な憶測をたてていただけにその答えは予想外だった。
姫子は嘘をつけるタイプではない。だから本当にいないのだろう。だけど真相が知りたくて恐る恐る聞いてしまった。
「……大神さんは、違うの?」
「え?大神くん?…んとね、一回その事マコちゃんにも聞かれて真面目に考えた事があるんだけどね、その、違う……んだと思う」
「………」
少しどもりながら出した曖昧な回答。眠たさで適当に答えてるのではなく本心なのだと私には分かる。
それなのに、姫子は真剣に答えてくれているのに。それでもその返事に素直には喜べない自分の傲慢さに嫌悪感を抱いてしまう。
姫子から顔を逸らし、私は何て返せばいいのだろうか…もやもやした思いを抱きながらそんな事を考えていると再び姫子が口を開いた。
「―――でもね、私千歌音ちゃんが好きだよ」
「え……?」
自分の耳を疑った。
もう一度姫子を見ると、暗い部屋であまりよく見えなかったけどふざけてる訳ではなく少し照れくさそうで。
真っ直ぐ私を見つめるキラキラとした眼差しを向ける姫子から目を逸らすことなど出来なかった。
「えへへ、ごめんね。女の子同士なのにおかしいよね?」
「おかしくない」その一言が出ない。「私も姫子のことが好き」って言えない。「それってどう意味?」って聞けない。
喉元まで上がってきているのに何て臆病者なんだろう。
きっとそれは、困ったように笑いながら言った姫子の好きと、私の好きとはまだ違うからかもしれない。
それでも姫子眠たそうな目でにっこりと笑う。
「でもね出来れば私は、千歌音ちゃんとこれからもずっとずっと一緒にいたいって。そう思ってるよ」
言葉が出ない。いや、違う。私の口から言葉なんて出る訳がなかった。
例えそれがどんな意味であったとしても、その言葉が心の底から嬉しかったから、泣いてしまいそうだった。
だから、改めて分かった―――
私は姫子のことを好きを通り越して、間違いなく愛してるんだと―――
だけど今は「ずっとずっと一緒にいたい」、それが姫子の口から聞けただけで十分だった。
それだけで、ほんの少しだけ、姫子との距離が縮まった気がする。
だから―――――今は、それだけでいい
自分の胸に隠してある想いを今無理に打ち明ける必要は無い。姫子はとても優しいからきっと困らせてしまう。
打ち明けてしまえばそれは身勝手な思い上がりであり、今これ以上今の姫子から求めてはそれこそ傲慢である。
急ぐ必要も、焦る必要もない。
―――私はこうやって姫子の傍にいられることが
―――何より姫子と出会えたことが私にとってこれ以上のない幸せなことなのだから
それに今はまだ彼女のひとつひとつの言動に悩んだり浮かれてしまうぐらいが未熟な私には丁度良いのだと思う。
―――また今日のように辛い思いをしてしまうかも知れないけれど
―――もしかしたらずっとお互いの好きの意味が一致することはないのかも知れないけれど
だけど、さっき姫子の言葉を聞いてその答えに辿り付いた今、少しだけ自分に素直になれる気がした。
「私もよ、姫子――――」
―――きっといつか、胸に秘めたこの想いを素直に伝えよう
その思いと共に、暖かい姫子の体をそっと抱き締めた。
END