一応注意。
1.前世です。
2.姫子がほかの人に迫られるの苦手な人はスルーお願い
3.キャラ崩壊というか、イメージと違ったらごめんなさい。
------------------
「千歌音……」
誰に聞かせるもない姫子の声が終わるのと同時に、扉が閉まる音があたりに響いて、姫子
の視界は闇に閉ざされた。
月の社の封印がなされた音。
千歌音に頼みこんで彼女の手に掛かり、そして彼女だけを世界に残して、自分はオロチを
静めるために世界から切り離される。
そして、もう一人と会うために…
「千歌音…千歌音…」
巫女の運命がまだ続くのであれば、月の社の封印が解ける時に、愛しい月の巫女との逢瀬
がかなう。それを心の支えに姫子はこの選択をしたのだ。
だから、それには後悔しない。そう決めていた。
けれども、姫子が愛したあの儚げな面影を持つ千歌音には、もう会うことができない。
彼女はこのまま成長して行き、姫子がいつか見たいと願っていた華となって、そして姫子
が年をとらないのに対して、いつかあの世界を去っていく。
姫子を一度も思い出すこともなく。
扉が閉ざされた社の中は暗く、それだけに記憶の中の光景のほうが鮮やかに姫子の中によ
みがえる。
意識が薄れる前に最後に見た千歌音の泣き顔。
何度も姫子に詫びるその声。
最後に約束した、二人とも笑顔で別れようという約束は、どうしても千歌音には守れなかっ
たようだ。
「あんなに泣くことないのに…私は怒っていなかったでしょ?」
先ほどまで抱きしめてくれていた、細い腕の感触を思い出すように、自分を抱きしめる。
普段は姫子のほうが彼女を抱きしめていたはずなのに、今は最後のあの瞬間しか思い出せ
ない。
本当はこのままずっと千歌音との記憶に浸っていたかった。
誰にも邪魔されずに、次の剣の巫女の運命が始まるまで。
けれども、そろそろもう一人、自分に会いにくるものがいるのを知っているから、姫子は
居住まいをただし、瞼を閉じて息を整える。
できれば、今一番会いたくない相手…
「落ち着いた?」
先ほどまでの社の外で聞こえた仰々しい言葉遣いを使うことをやめたその声が衣擦れの音
とともにゆっくりと近づいたかと思うと、ふわりと背後から姫子の首に腕をまわされた。
この社のもう一人の封印。
「少しくらい千歌音との想い出に浸らせてくれてもいいんじゃない?アメノムラクモ」
抱きついてきた相手に振り返らずに、姫子が不満の色をこめて、そうつぶやいた。
オロチを封じるために、千歌音と姫子が必死の思いで召喚した剣神 アメノムラクモ。
そんな姫子の不機嫌な声に、小さく笑うと上機嫌な声音でムラクモはささやく。
「あの儚げなお姫様を残して…私に会いに来てくれたの?」
「どちらかというと、千歌音と貴女を引き合わせたくないからと言ったら、不満?」
遠慮もなしに、身体に触れてくるムラクモの手を押さえながら、姫子は巫女らしからぬ本
心を口にする。
以前の千歌音ならともかく、姫子の愛したあの千歌音だけはムラクモに触れさせたくない。
すべての記憶を取り戻したときに、このことまで思い出して、そのことを最初に思ったの
だ。
あの純真な千歌音が、このムラクモの腕に抱かれる姿など、想像もしたくもなかった。きっ
と従順にこの気まぐれな神に従ってしまうだろうから。
いつの間にかあたりには蝋燭の明かりがつき、自分の傍らにいる剣神の姿も明らかになる。
千歌音と同じ濡れたような黒い髪、紅を引いたような唇。千歌音をもっと大人にして、もっ
ときつめな感じにしたような風貌を持つその神は、楽しくて仕方がないという様子で、姫
子の頬に手を当てて、瞳を覗き込んだ。
「神に対して言い返すのは、陽の巫女くらいなものね」
「今になって思い出すと、貴女の力を借りた供物をささげているようなものね。あの儀式
は」
姫子からの問いかけに、心外だといわんばかりに肩をすくめる。問いには直接は答えず、
視線にほんの少しだけ先ほどまでの愉悦とは異なるものを含めてくる。
「月の巫女も、陽の巫女も私が愛した裔だもの。どちらが来ても愛してあげるわ」
「…勝手ね」
いくら姫子たちが転生を重ねた同じ魂の持ち主だとは言え、記憶があるとはいえ、個々は
別の人間なのに、この神はそれをまとめて愛してあげるという。
気付かないくらい自然に、肩を押され背中が床につく。組み敷いた相手からも視線を逸ら
さず相手の表情を確認する。
「その代わり、貴女達が地上に降りている間は、嫉妬しているのよ私の愛した巫女が心奪
われるのじゃないかってね」
床に散らばった姫子の琥珀色の髪をすきながら、その一房にいとしげに頬を寄せる。久々
の感触を楽しむかのように。
「巫女は地上に片割れの巫女、月に私…二人の相手がいるのだもの。贅沢だわ」
接吻を落とそうとした相手の動きを少し顔を背けることで、姫子は明確に拒否の意思を告
げている。
「…まだ、陽の巫女はその気にならない?せっかくの再会なのに」
「いきなり組み敷いてその言葉はないんじゃないの?もう少し千歌音だけの私でいたいか
ら…今はその気はならないわ」
記憶がなくても、地上で一人寂しく月を見上げていてくれるであろう想い人を脳裏に浮か
べながら、体重をさほどかけていない相手の腕を解き、身体を起こす。
見上げた窓の外には、青く浮かびあがる地球の姿が見える。
「それでは、手は当分出さないから、陽の巫女の傍にいてもよいかしら?」
「…そうね。お月見ならぬ地球見は、一人ではちょっと寂しいから…」
先ほどより、ほんの少しだけアメノムラクモに対する声のきつさを和らげて、姫子は提案
を受け入れた。
END