「千歌音ちゃん、花火しよ!」
再会して初めて訪れた夏。夏休み最後の日だからと、姫子の住んでいる部屋で晩御飯の支度をしていた高校一年生の千歌音は、帰ってきたばかりの姫子に唐突にそう言われた。
「えっと…」
「花火しよ!」
なんとかの一つ覚えのように満面の笑みで連呼する姫子。
いや、姫子は決してなんとかではないのだけれど、と心の中でフォローをする。
なんでも、この夏姫子は仕事やら取材やら、千歌音は部活やら姫宮家の仕事やらで会えた日が短くなんの思い出も残せていないから、今から花火でもして思い出を残しておこうという事らしい。
「でね、会社の人にもういらないからって浴衣も貰ったの。雰囲気でるよね!」
「え、えぇ…そうね」
そんな事を考えている内に姫子はどんどん話を進めていく。花火の場所は近くの河原がどうとか、ライターはどこにしまっただとか、浴衣の着付けに少し自信がないだとか。
でも、それよりも重大な問題がそこにはあった。
「…姫子。私、手に持つ花火はしたことがないのだけれど」
言った途端、姫子が固まり、一拍の間を置いてから「えぇっ!?」と声をあげた。
そう、幼い頃から姫宮家の令嬢として厳しい教育を受けてきた千歌音は、打ち上げ花火ならまだしも手持ち花火など遠くの存在だったのだ。
何度か子ども達が楽しんでいるのを目にしたことはあるが、その世界と自分の世界は別物だと考えるように言われた記憶がある。
だから、千歌音は夜空に散る大きな花火しか知らない。
それを話すと何故か姫子はしかめっ面になっており、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしていた。
どうしたの、と声をかけると千歌音の手を強く握り締め、
「花火、しよ」
と言った。その鋭い眼光を見て、そんな優しいところが好きなのだと千歌音は改めて実感するのである。
そうして姫子が自信がないと言っていた浴衣の着付けも無事に済み、二人はカラコロと下駄を鳴らしながら河原へと向かっていた。
道中で互いの浴衣を――因みに、姫子はピンク、千歌音は水色をベースとした浴衣である――誉め合ったり、学校や職場での出来事を話したりと、二人の時間を楽しんでいた。
千歌音は相変わらず学園のアイドルのようで、日夜恋文告白が絶えないらしい。…まぁ、今更嫉妬したところでどうにもならないけど、と姫子は心の中でひっそりと思う。
一方姫子は、就職した小さな出版社でこっぴどく使われていた。新人故のミスで上司に叱られたり時にはネガティブになったりもするが、やはり好きな事を職業にできたのが嬉しいのか、それなりに楽しい日々を送っている。
そんな他愛もない事を話している内に、いつの間にか二人は河原へ到着していた。
「じゃあまずどれからやる?」
「えっと…」
千歌音が手に取ったのは、赤と青と色が巻かれた花火だった。無意識の内に自分と姫子の色を選んでしまったのだろう。
千歌音自身は気付いていないようだが、姫子はなんだか照れくさくて視線を反らしてしまった。
「?どうしたの?」
なんでもないよ、と上擦った声で叫ぶ姫子。疑問符は残るものの、千歌音はそこで詮索をやめてくれた。
花火の先に火を点けると、それは直ぐに綺麗な色を宙に散りばめた。赤から青へ、青から赤へ、綺麗に移り変わっていく。
「綺麗…」
思わずそう口にだしてしまうほど、それはきらきらと輝いていた。
「あっ、千歌音ちゃん。火ちょうだい」
「?」
火をちょうだいとは、一体どういう事だろうか。火を姫子の方に向ければいいのだろうか…いや、しかしそれでは姫子が火傷をしてしまう。
手持ち花火をしたことがない千歌音にとっては火をちょうだい、という言葉は聞き慣れず、意味が全くと言って良いほどわからなかった。
しかし、それを姫子は察したのか「そのままそこにいて」と言うと千歌音の花火の先に、まだ着火していない花火をくっつけた。
「火、ちょうだいっていうのはこういう事だよ」
そうやってきらきらと輝く花火を持ちながらにこりと笑う姫子が、なんだかとても煌びやかで、千歌音は思わず頬を染めてしまった。
「千歌音ちゃん?顔赤いよ?」
なんでもない、と上擦った声で叫ぶ千歌音。先程とはまるで正反対だった。
そうして殆どの花火をやり尽くし、二人は最後に残った線香花火をパチパチと弾かせていた。
正に夏の風物詩。花火の終わりにはやはり線香花火だろう。
しかし、不思議と寂しいものだ、と千歌音は感じた。
あれだけきらきらと輝いていた花火達はもうその役目を果たし青いバケツの中、その締め括りがこんなこじんまりとしたものだなんて。
最後は静かに安らかに、という事なのだろうか。
(…この火が落ちたら、二人の時間も終わり)
千歌音は何故かそんな考えに至ってしまい、フッと少しだけ目を伏せた。
「千歌音ちゃん」
「えっ?」
「今変な事考えたでしょ」
びく、と千歌音の肩が跳ねる。姫子を見るとまるで何もかも見透かしているような目で千歌音を見ていた。
そんなことない、と言うと隠しても無駄だよ、と返された。どうやら、姫子には全てお見通しらしい。
「これが…この火が消えたら、二人の時間も終わりなんだって思って」
「……」
「そう考えたら、少し寂しくなって……それだけよ」
千歌音がにこりと笑うが、姫子のつり上がった眉は戻らない。
えっと…と千歌音がどうするべきか考えていると、急に姫子は千歌音の手から線香花火をもぎ取り、バケツに投げ入れた。
そのまま引かれるが儘に茂った林へ入ると、姫子は千歌音の体を抱き寄せた。とくん、とくん、と姫子の鼓動が聞こえる。恐らく姫子にも千歌音の鼓動が聞こえているだろう。――とくん、などという大人しい音ではないだろうけれど。
「これで寂しくなくなる?」
それとも、と姫子が続ける。
「これじゃあ、足りない?」
どくん、とこれまで以上に千歌音の胸が高鳴った。熱が一気に顔に集まるのを感じる。
熱に浮かされて上手く口が回らないけれど、千歌音は小さな声で囁いた。
「…す、…少し、足りない……かも…」
瞬間、きょとん、とした表情を浮かべた姫子だったが、言葉の意味を理解すると満面の笑みになり、千歌音に口付けた。
「ん…、ふっ」
千歌音から鼻の抜けた息が漏れる。ただ口付けただけなのに、と思いつつもそっと千歌音の口に舌を差し込む。びく、と千歌音の体が大きく震えた。
舌を押し付けるように千歌音の舌と絡ませる。暫くすると、ぎこちないながらも千歌音も積極的に舌を絡ませてきた。
「ひゃ…っ!」
千歌音が口付けに夢中になっている隙を突いて、その豊かな胸に手を這わせる。少し撫でただけなのに、千歌音は可愛らしい声をあげてきゅっと目を瞑った。
それが余計に姫子を興奮させる。
「は…、ぁあ…ッ、んっ、んん…っ」
強めに、弱めに、弾力のある胸を揉む。その快感に戸惑いながらも、千歌音の身体は敏感に快感を受け止めている。
ふにふにと、指が沈む度に形を変える胸がなんだかとてもいやらしく見える。自分で自分の胸を見るときは何も感じないのに。不思議なものだ。
「千歌音ちゃん、ここ」
「やん…!」
浴衣の厚い布の上からでもわかってしまうほど固くなっているその突起を、ツ、と軽く撫でてみる。
それだけで千歌音は体をしならせ、甘い声を漏らした。
直にそれに触れたくて、浴衣を剥ごうと襟元に手を置くと千歌音の弱々しい手がそれを抑えた。不思議に思って千歌音の顔を見ると、目尻には涙が溜まっており今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ここで…するの?」
「え」
姫子は驚愕せざるを得なかった。姫子はここでするき満々であったのに。というかここまでしておいて何故この子は今更場所など気にするのだ。
「だって、誰かに見られたら…」
「こんな時間に誰もこないよ。……多分」
「ねぇ、一旦姫子の家に帰らない?」
「えぇぇっ」
遂に姫子が恐れていた言葉が千歌音の口から飛び出した。ここまで気持ちを高ぶらせておいて、場所を変える為にせっせと着崩れた浴衣を正すなんて、なんというか…惨めすぎやしないだろうか。
それに、もう姫子は限界なのだ。
この頃仕事続きでロクに千歌音にも会えず、色々と不足気味だったのだ。本当なら、今日会った瞬間押し倒して、足りなかった分を補いたかったくらいだ。
でもそれはなんだか千歌音を性的欲求を鎮める道具の様な扱いをしている気がして、そんなのは絶対に嫌だったからここまで我慢したのに。
「やだ」
「姫子?」
「……今すぐ千歌音ちゃんを感じたいよ」
その言葉に、千歌音は仄かに頬を染める。しかしぶんぶんと頭を振って煩悩を払う。
「で、でも…ここでしてしまったら帰りが……」
「大丈夫だよ。私が千歌音ちゃんを運んであげるから。……だから」
不意に姫子は千歌音の腕を引き、自分は木の幹に体を寄せて座り、その上に千歌音を跨らせた。
その体制から、千歌音の内腿をなぞるとぴくりと小さく反応が返ってくる。
「この体制でいい?ちゃんと千歌音ちゃんの事支えるから……ね?」
そうやって首を傾げながら問いてくる姫子は年上の社会人の姫子というより、昔の子犬のような姫子に近かった。
うるうるとした瞳で懇願され、千歌音にはもう、縦に首を振るという選択肢しか残されていなかった。
しゅる、と姫子が千歌音の帯を解くと、それまで浴衣に支えられていた千歌音の胸が瑞々しく弾んだ。
そこに軽く口付けながら、内腿を触れるか触れないかの位置で撫でる。
千歌音は姫子の頭にしがみつきながら、上半身の確かな快感と下半身のぼやけた快感に翻弄されていた。
「ん…、ぅ……ぁっ」
もどかしい。ぎゅっとしがみついている腕の力を強くして姫子を急かすも、姫子はその翻弄を止めてはくれない。
いじわる、と呟くと姫子は文字通り意地の悪そうな笑みを浮かべるのだ。
やがてそのもどかしい刺激に耐えられなくなった千歌音はゆらゆらと腰を揺らし、自ら姫子の指を招き入れようとする。しかも、無意識に。
「ぁ…ッ、はぁ、ん…!」
「あ、こら」
腰を掴んで動けないよう固定すると、千歌音は体をふるふると震わせ、更に姫子にしがみつく腕の力を強めた。
流石に少し痛いのか、姫子は顔をしかめる。けれど千歌音の丸い双丘を撫でてやるとすぐに千歌音は力が抜け、痛みも消え去った。
そうすると千歌音はふにゃふにゃと姫子に体を預けてくる。
「ひ…、めこ…!お願…っ」
「ほら、頑張って、千歌音ちゃん」
「やっ、あぁぁっ!」
もう一度立たせようと千歌音の秘部を強く押すが、逆に、より力が抜け姫子に寄りかかってしまった。姫子の耳元で、荒い呼吸を繰り返す千歌音。さすがにやりすぎてしまっただろうか、荒い呼吸と混じって涙ぐんだ声も聞こえる。
「ごめんね、千歌音ちゃん…」
「ひぁっ、ぁあ…ッ!」
ずっと焦らしていた指を、十分に濡れたそこへと侵入させる。すぐ側にある千歌音の耳元に唇を寄せ、そこを軽く甘噛みすると、指を入れている秘部がきゅっと締まった。
「んゃッ!あぅっ、姫子…!」
「私ね、本当は今日、すぐにでも千歌音ちゃんとこういう事したかったんだよ」
「そこで喋らな…ッ、ぁあっ、はぁん…ッ!」
耳元で喋ると敏感に反応してくれる千歌音が可愛らしくて、つい姫子はくすくすと笑みを零す。それを悟ったのか、また千歌音は頬の赤味を濃くさせた。
と、その時。
姫子の肩に置いた手で、ぐっと千歌音は姫子から体を離した。普段ならこのまま姫子は千歌音を愛撫し続け、やがて絶頂を迎えた千歌音と朝を迎えるはずなのだが。
――まさか、笑った事を怒っているのだろうか。
そう思った途端、姫子の唇に柔らかい千歌音の唇が押し当てられた。なにがなんだかわからない内に千歌音は濡れた唇を何度も重ねる。
「ち、かねちゃ…!?」
「私も…っ!…した、かった……」
千歌音が発した言葉の意味を考える暇も与えずに、千歌音は再び姫子の唇を塞ぐ。
薄く開かれたそこに控え目ながらも舌を差し入れ、あろうことか、千歌音自身から進んで舌を絡ませてくる。
「…んっ、ふ」
「っは、ぁむ…っん、んんぅ…!」
閉じた瞼をピクピクと震わせながら、千歌音は懸命に口付けを繰り返す。その姿がいじらしくて、可愛くて、ついまた意地悪をしてしまいたくなる。
本当に、千歌音は姫子の欲望を煽るのが上手い。それに加え本人は無自覚というのが質が悪い。…それもこれも全部ひっくるめて愛しているのだが。
「千歌音ちゃん」
そう囁いて指の動きを早める。姫子でさえ頬を染めてしまう程の水音が響く。
「っぁ!やぁっ、あッ、ぁ…んあぁッ!!」
「千歌音ちゃん…っ」
耳元で甘い声を聞かされて、姫子の欲望が爆発してしまいそうになるが、寸前のところで押し止める。
愛しくてたまらない。いつも、行為の最後に差し掛かるとこの気持ちでいっぱいになる。
可愛い。愛しい。そんな拙い言葉では全然足りない。この気持ちを表しきれない。
「千歌音ちゃん、千歌音ちゃん…!」
「ひめ…、んく…っ!はぁ、ぁっ、あ!姫子っ、姫子…っ!ひ、ぁあッ、あ…ッ!」
限界が近いのか、段々と千歌音の声と締め付けが短くなっていく。
散々焦らしてしまったのだから、もう意地悪をするのはやめてあげよう、と姫子は心の中で言う。それに、僅かにとは言え、その意地悪のせいで千歌音が泣いてしまったのだから。
一方的に懺悔しつつも、手は絶えず千歌音を愛撫している。少し上にある千歌音の唇に口付けを降らしながらぐっと親指で固い突起を押し込むと、千歌音はぶるりと体を大きく震わせた。
「―――ッぁ、は、ぁあ…ッ!!」
「千、歌音ちゃ…」
姫子の頭を抱えるように抱き締めながら、千歌音の腰はがくがくと震え、姫子の指をきつく締め上げた。
やがて一際大きく声をあげると、そのまま千歌音はぐったりと姫子の肩に頭を寄せる。千歌音ちゃん、と呼びかけてみるも返事はなく、顔をのぞくと未だ頬を染めながらも深い眠りに落ちていた。
すぅすぅと規則正しい寝息が姫子の首を掠める。ざわざわと夏の夜風が千歌音の汗を拭っていた。
「ん…」
上下に揺らされる感覚で目が覚める。一番に見たのは鮮やかな栗色の髪だった。
「姫、子…?」
そう朧気に呟くと姫子はぴくりと反応し、千歌音の方を振り向いた。気が付いた?と微笑みながら囁く姫子の顔を見て、千歌音はほっと安心した心持ちになる。
千歌音は今、姫子におんぶされながら姫子のアパートへと運ばれていた。姫子の手には千歌音の草履が二つぶらぶらと揺れている。
「千歌音ちゃん、体冷えちゃったでしょ?帰ったら一緒にお風呂に入ろうね」
千歌音の体は冷えるどころか、今現在も姫子によって熱されているのだが。それでも千歌音は嫌だとは言えなかった。姫子の穏やかな表情や優しい声を聞くと、どうしても断れそうにない。
けれど、一応釘は打っておかなければ。
「姫子」
「ん?なぁに?」
「……今日はもうなしだからね」
「えぇっ!」
そう狼狽する姫子に、千歌音はやはりまたやる気だったのかと呆れる。しかしまぁ、そんなところも、嫌いでは…ないけれど。
つくづく姫子に甘いな、と少しだけ皮肉めいた笑みを零した。
数十分後、千歌音が風呂の中で「十二時回ったからもう今日は終わったよ」などという屁理屈を言う姫子に美味しくいただかれたのは、また別の話。