雨に打たれながら、歩く、歩く、歩く。
さっきまで気持ちよく晴れていた空は、今はすっかり陰に覆われている。
服も着ずに家を飛び出したので、上半身はすっかり濡れてしまっている。
肌に吸い付く包帯が不快だったが、それを取り払う気分にはなれなかった。
むしろ今は何も考えたくない。だからこんなどしゃ降りの中をひたすら歩き続けた。
ふと気付くと、辺りは深い闇に包まれていた。全ての光を遮り、そこはひたすらに深く暗い。
正面には何時の間にか、一軒の教会が在った。なぜかそこに続く道だけは明るく照らされている。
あきらかに不自然だった。普段なら間違いなく引き返していただろう。
しかし、麻痺した脳はなぜかそれに引き寄せられていた。
そこに行けばきっと自分の痛みは無くなるだろう、という確信がある。
と同時に、絶対に行ってはならないと本能が警鐘をならす。
そこで痛みを無くして貰いたいという欲求と、絶対に行ってはならないという危機感。
「………………」
相反する二つの感情は、一瞬ソウマを躊躇わせたが、
結局、欲求に屈することにした。
我慢するにはこの痛みは少し辛すぎた。
――ザッ
覚悟とともに一歩を踏み出す。
目の前の教会は、異様な雰囲気も手伝い酷く不吉なもののように思える。
そこには外の教会には無い、闇が存在しているように思えた。
近くまで来てみると見上げるほど大きいドアの前に立つ。
ここまで来たらもはや躊躇いは無い。そのドアを開けようと、両手にぐっと力を入れ―――
ようとした瞬間、向こう側から勝手に開いた。
整備されていないのか、ギ、ギィーという音とともに巨大なドアが両側に開いてゆく。
それと同時にむっとした空気が流れ込んでくる。
ソウマは気がつかなかったが、それはあの時姫子が発していたものに良く似ていた。
信者たちが座る傍聴席には、誰もおらずステンドグラスから指す暗い光がただそれを煌々と照らしていた。
正面の壁にかかる聖母の肖像は、粘つく空気と闇に晒され酷く淫靡な物に思える。
さらに中へ入ろうとソウマが足を進めたとき―――
―――その声は伽藍とした聖堂の中に凛、と響いた。
「ようこそいらっしゃいました。悩める子羊よ」
額の強烈な痛みに、意識が一気に覚醒してゆく。
ソウマの中に宿るオロチの血により、本能的に相手の正体を知る。
「お前…っ!―――オロチかっ!」
「正解。私はオロチ衆の一人、シスターミヤコ。久しぶりね。七の首」
最悪だった。まさかみすみす敵の陣地に入り込んでしまうとは―――!
考えている暇は無い。瞬間、退転。一気にドアに取り付き開け放つ――
「なっ……!?」
開――かなかった。
いくら力を込めてドアを押そうと開く様子は全く見られない。
その様子をミヤコは追おうともせず眺め続ける。そして、幾分か楽しそうに告げた。
「無駄よ。もはや貴方は私の胎内にいるも同然。ここから出ることはできないわ」
「ぐっ……貴様……!」
そこでミヤコは可笑しさが堪えられなくなったのかクスクスと忍び笑いをもらす。
「でもわざわざ貴方のほうから来てくれるなんて………何か余程の事でもあったのかしら?
そう例えば――貴方の愛しい陽の巫女が自「黙れぇぇぇぇっ!!」
ミヤコが喋り終えないうちにソウマが疾走する。
猛スピードから繰り出される右の拳がミヤコを捉えた、と思った瞬間―――――砕けた。
ガシャン、と音をたて鏡が砕ける。そこに在ったのはミヤコではなく鏡であったかのように。
「………なっ…!!」
「貴方の拳では私を捕らえることはできない。ましてや切り札を奪われた貴方に私に対抗する術は無い…」
周囲の空間から声が響く。砕けた鏡が共鳴し合い、煩雑な音が空間を満たす。破片は舞い上がり、新たな鏡となってその数を増やす。
いつの間にかソウマは20枚ほどの鏡に囲まれていた。
バリン、と激しい音を立ててまた一枚鏡を割る。しかしミヤコはそれを意に会する様子はない。何せ鏡が尽きることは無いのだから。
疲れと焦りがソウマを襲う。
(くそっ……このままじゃ………)「うあっ!」
一瞬の迷いが命取りだったのか、周囲を舞う破片がソウマの服に刺さり空中に縫い付けられる。
外そうともがくが、取れる様子は無かった。そして正面に人影が現れる。今度こそ本物のミヤコだった。
「ふふ、愚かで純粋な七の首……これほどまでに違うのに、やはり貴方の中にもツバサ様と同じものがある…」
ぺろり、とミヤコの驚くほど紅い舌がその唇を濡らす。
見るものを蠱惑するそれは恐怖すらも快感に変えた。背筋にゾクゾクしたものを感じるが必死にそれを抑える。
ミヤコの顔を見ないよう俯き、歯を食いしばり耐える。
ふと、顔に何かが近づいた気がした。
突然のミヤコからのキス。とっさに対応できなかったソウマの唇を割り裂き舌まで侵入してくる。
ミヤコの舌が一方的に口内を侵略し、ソウマの舌へと絡みつく。本当の蛇ではないかと間違えるほど長い舌は絡みつくだけでは飽き足らず
舐め、擦り上げ、更には唾液まで流し込んできた。口を強引に開けられている状態では、それを飲むしかなかった。
こくん、こくんと唾液を嚥下する音がやけに大きく響き渡る。しかしソウマにはそれを気にする余裕すらなかった。
「ふ……んん…ぬぁ………んむ……ふふ、痺れちゃって、可愛い顔ね。こういうのは初めてだった?」
「う…………あぁ……」
もとより、恋愛に疎いソウマがディープキスなど知る由はない。ただただミヤコの恐るべき舌技を受けて、意識を保つのに必死だった。
身体を束縛され、口内を犯されても、しかし、その目は諦めてはいなかった。
「…本当に頑張るわね。……いいわ、私が救ってあげる」
ミヤコはソウマから一歩離れると、仰々しく手を広げた。
「懺悔の時間よ。主の元へと貴方を堕としてあげましょう」
「ん……はむ………んんっ……………」
あれからソウマはずっとキスをさせられていた。痺れるような快感とあまりにも長いキスにもはや時間の感覚さえ殆どない。
舌の感覚はすっかり麻痺し、自分の口の中の唾液がどちらのものか判別もつかない。
だというのに、ミヤコの舌はまるで疲れを知らぬかのように動き続ける。舌もあごの感覚も完全に麻痺してしまっているのに、ミヤコから
与えられる快楽だけはなぜかしっかりと感じる事ができた。
舌を絡ませ、唾液を飲み、歯の裏側まで擦られる。それらすべてが快感となって襲ってきた。
「んむ……んんんんんぅ…」
「ぷはっ…どう?少しは自分に素直になってきたかしら?」
ミヤコのいうとおり、ソウマはもう余計な事は殆ど考えられなくなっていた。未だ頭の中に残るのは一つだけ。
「…姫子……」
その名を耳にしたミヤコは表情も変えずに呟く。
「やはり…陽の巫女、ね。けど……現実から目を逸らすのは感心しないわね」
そうミヤコが言うと、周りにあった鏡の内の一枚が、す、と前に出てきた。それはソウマの前に出てくるとまるで石を投げ込んだ池のように波紋を広げる。その向こう側に浮かんだのは……
「………う…うああっ!」
鏡を覗き込んだソウマが叫びを上げる。
そこに映し出されたのは、裸で絡み合う二人の女性。一人は闇に映えるような美しい黒の長髪を持つ女性。
学園でも皆の羨望の眼差しを一身に受けており、今は…姫子を襲い、オロチに下った月の巫女、姫宮千歌音だろう。
もう一人は――――
意識が現実を否定する。視覚から入った情報は、しかししっかりと脳へと送られていた。そこにいたのは紛れもなく―――
「千歌音ちゃんのお肌、すべすべ。とっても気持ち良い…千歌音ちゃん……千歌音ちゃん………」
「姫子だって…とっても素敵よ。ほらここだって………あぁ…姫子…姫子ぉ………」
二人は抱き合ったまま、キスをし、互いの舌を味わいあう。鏡の中からぴちゃ、ぴちゃ、と卑猥な音が響く。
そしてキスをしながらもお互いの身体を責め合っていた。
千歌音の手が、彼女のものと比べたら、まだずいぶん慎ましやかな姫子の乳房へと伸びる。
ちょうど手に収まるほどのそれを、ぐにぐにと揉みしだく。そのタイミングに合わせて姫子の繋がった口元から堪えきれない喘ぎが洩れる。
自分の手にあわせて形を変えるそれを楽しんだ後、千歌音の指はその桃色の頭頂部へと向かった。
千歌音の細く美しい指がそれに触れた瞬間――――ビクンっと目に見えて姫子が快楽に震える。
「あぁん……あっ、千歌音ちゃん、気持ち良いよぅ…んっ……ふあっ、だめっ、そこはぁ…」
「ふふ……姫子のここも、もうこんなになっちゃって……」
千歌音が、姫子の限界まで起立した乳首をぐりぐりと押しつぶす。
「あっ!ああああああああっっ!」
ついに達してしまったのか、姫子の身体からぐったりと力が抜ける。少しばかりの間蕩けていた姫子だが、おもむろに千歌音の腰を両手でロックすると、その剥き出しの秘部に顔を近づける……
「ちょっ……姫子、何を―――」
「お返しだよ、千歌音ちゃん」
姫子の舌が千歌音の縦筋を下から上まで舐め上げる。
「っひぃん!」
予想外の姫子の行動に、思わず千歌音が悲鳴をあげた。しかし姫子はそれをやめようとはせず、ますます激しくそこを攻め立てる。秘部を舐めあげ、割り開いて中まで舌で弄んだかと思うとこんどはその上にある陰核へと舌を伸ばす。
「あっ、はっ、ひ…姫子、ちょっと、ぁあっ、感じ…すぎちゃうっ!」
「千歌音ちゃん……感じて…私を……」
そして姫子が陰核を、ちゅぅ―っと吸い上げると千歌音は一気に絶頂へと達した。
「あああああああああっ!駄目ぇ!イっちゃうぅぅ!」
千歌音の秘部から潮が噴出し、姫子の顔にかかった。しかしそれが逆に姫子の艶やかさを引き立てる。
それを復帰した千歌音が舐め取り、二人はまた絡み合い………
「やめろおっ!もうやめてくれっ!」
嘘だ……こんなのは…あんまりだ……嘘だ、見るな、見るな見るな見るな見せないでくれ……
「本当よ」
ミヤコがソウマに言い放つ。それも聞いたのか聞いていないのか、ソウマの身体はがたがたと震え出した。
それでも、ソウマは顔を上げ、問いかける。
「嘘…?」
「本当。私は嘘は言わないわ。なんなら彼女に聞いてみたら?」
とミヤコが鏡の向こうの姫子を指し示す。ソウマは縋るような思いでそれに喋りかける。
「く、来栖川……俺は………」
それが聞こえたのか姫子がちらりとこちらを一瞥する。そしてにこりと微笑んだ。それは自分が取り戻したかった姫子の本当の笑顔。
「ああ…ひめ――」
「大神君。私は、千歌音ちゃんを愛してるの。これからも私達はずっと一緒。私が千歌音ちゃんを守ってあげるし、千歌音ちゃんが私を守ってくれる。だから………大神君はもう――――
イラナイ
脳が裏返る。目はひっくり返り、心は捲れ上がる。
「う、あああぁああああああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ
ぁあぁああああああああああああああ亜あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ
ああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁああああ!!!!!!!!!」
絶叫の衝撃に鏡が砕ける。と同時に幻影も砕けた。
だが――――――砕けたのは鏡だけではなかった。
「う……ぁ…………」
「あらあら…振られちゃったわね」
「………」
「これから貴方はどこへ帰るのかしら?貴方の居場所は…どこ?」
「………う…うう」
「周りに誰もいないまま貴方は進み続けるのかしら?」
「……あ、あぁ………い……い、や……」
「自分の居場所が欲しい?」
「自分を迎えてくれる場所が、自分を必要としてくれる、愛してくれる人達が」
「――――――――貴方が、望むのなら」
「…………………」
がくりと、重力に引かれる様に、しかし確実に自分の力で、ソウマの首が――――下ちた
それを見届けたミヤコはソウマに向けて柔らかく微笑む。それはまさしく聖母の笑み。
「そう………なら―――共に堕ちましょう」