「あなたの声って昔耳にしたことのある曲を思い出すの。
美しい曲よ。でもどこか切なくて甘い響きが似ている気がする…
そうだわ、あなたの名前は千の歌の音と書いて千歌音にしましょう。
もし私がその曲を思い出したら、千歌音、ぜひ歌って頂戴ね」
幸せなうたた寝から目覚めたあと、あの人はそう言った。
それから私は「千歌音さま」と呼ばれ、
何人もの下女と下男にかしづかれて過ごしている。
「きっと皆が見惚れるようになる」と言われたあの日からもう数年が過ぎた。
私はあの人の思ったとおりに綺麗になっているのかしら……
「ち、千歌音さま、書き取りできました!」
頬杖をついて物思いにふけっていた千歌音は、はっとして目の前の子供を見つめた。
今まで意識の外に追いやっていた蝉の声がうるさいほど耳につく。
千歌音が村の子供達に字を教えている社務所の中は暗かったが、外は夏の日差しが照りつけている。
突然見つめられた少女は耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「ごめんなさい、ぼうっとしてて……あら、よく書けてるわ。これで帰っていいわよ」
「は、はい、失礼しますっ」
勢いよく駆け出したため、足を滑らして転んでしまう──と見えたが、
立ちあがった千歌音がからくも抱きとめた。
「大丈夫?」
急接近のうえ綺麗で憧れの千歌音に耳元でささやかれ、
哀れなほど狼狽しきった少女を救ったのは社務所の外から掛けられた声だった。
「千歌音? 遅いから迎えにきたわよ」
とたん、千歌音は極上の笑みを浮かべる。
「怪我はないわね。じゃあ気をつけてお帰りなさい」
弾んだ声で言い、少女を放すと、千歌音は外に走り出た。
「姫子!」
無意識のうちに満面の笑みを浮かべ、まるで飛びつかんばかりに。
姫子はそんな千歌音を見て、口元がほころんでしまうのを抑えられない。
「姫子、それは何?」
千歌音は姫子の腕の中に抱かれているものをみて、尋ねた。
「何って、兎よ」
「ええと……」
兎のつぶらな瞳と目が合って、それ今晩のおかずなの? と聞くわけにもいかず、
千歌音は言葉につまってしまう。
「怪我してたのを見つけたのよ。このまま放しても狐にやられるだけだわ。
治るまで邸で面倒をみようと思って」
兎を大事そうに抱きなおす姫子を見て、千歌音はやっぱり聞かなくて良かった、と
胸を撫で下ろした。
「姫子は優しいものね」
「あら、無益な殺生をしたくないだけよ。私が見つけたのも何かの縁よ、きっと」
姫子は道の先をゆっくりと歩いていく。千歌音は立ち止まって姫子の後姿を見ながら胸の内で呟いた。
(それでも姫子は優しい……私とは比べものにならないくらい)
「千歌音、どうしたの?」
「何でもないわ」
振りかえった姫子に微笑みかけて歩き出す。
(姫子は私に優しい。でも私が特別なわけではないわ。誰にでも優しいのよ姫子は…)
胸中の呟きは陰りを帯びていた。
「じきにお祭りね」
「そうね。今年は無事に収穫を迎えられそうだし、盛大にやれるわね」
黄金色に色づきはじめている田を見やり、そんな会話を交わしながら村の道を歩いていくと、
遠くに数人が集まっているのが見え、姫子と千歌音は顔を見合わせた。
「何かしら」
「行ってみましょう」
足を速めて近づくと、網代笠を被った僧形の男が声を張り上げている。
「皆様! 生きることは苦しみの連続、さながら業火に焼かれつづけるようなものかも知れませぬ。
しかし、しかし! 自ら命を絶つことは決してしてはなりませぬぞ!
そのような罪深い行いをした者は─…」
僧らしき男はそこで言葉を切り、ばっと天を仰いだ。
「永遠に輪廻転生の輪からはずれることになりましょう! 我は数多の霊魂と話をしました。
我の言葉に嘘はありませぬ」
その場にいる数人の村人の間からおお、と吐息ともため息ともつかぬ声が洩れた。
話を終えた男は一礼して、杖をつき村の外へと続く道を歩いていく。
姫子と千歌音は並んで男の後姿を見送った。
何とも言えない緊張感から解き放たれて、千歌音は握り締めていた拳から力が抜けるのを感じた。
「本当かしら、自殺すると転生できないって……」
姫子は首をすくめて答える。
「そんなこと、死んで生まれ変わってみないと分からないわ」
「それはそうだけど」
「なあに? 千歌音がそういうことを気にするなんて珍しいわね」
「私はただ……生まれ変わって姫子ともう一度出会えるのなら、絶対に自殺なんてしないって思って」
姫子は一瞬あっけにとられたあと、吹き出した。
「まあ、あんな不吉めいた話を聞いてそんなことを考えていたなんて、貴女ったら」
盛大に笑い転げる姫子と赤くなって「笑いすぎよ」と抗議する千歌音と、それはいつも通りの光景だった。
一方で運命は、気配すら感じさせずに忍び寄ってきていた。
その夜、明るい月夜のもとで二人は水浴をしていた。
夏でも邸の裏手の小さな川の水は冷たい。
汗を流した千歌音は隣りの姫子をちらっと見た。
ほどよく膨らんだ乳房、華奢で片腕で抱き込めそうな腰、
水を含んで身体にまとわりつく色素の薄い髪……
姫子の全てがまぶしかった。
視線に気づいたのか、姫子が振りかえって微笑んだ。
「どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないの」
邪まな胸のうちを見透かされそうで、慌てて答える。ついでに話題を変えた。
「姫子は祝詞を覚えるのも早いし、何でもできていいわね。私も姫子みたいになりたい」
「何でもって、それは千歌音のほうよ。私はもう弓も剣も千歌音にかなわないわ」
ぱしゃん、と水音を立てて姫子は淀みに足を踏み入れる。
「私ね、村の長の娘でしょう。おまけに陽の巫女でやたら有り難がられてしまって
期待にそむかないように頑張っていたら、いつの間にか色んなことが一応は
こなせるようになって……でも」
淀みの中ほどで、腰まで水につかって姫子は月を見上げる。
横顔は神々しくて、なのに寂しそうだと千歌音は思った。
「本当は虫を一匹殺すのだって怖い。こんな私が世界を救う陽の巫女だなんて…
神様って見る目がないと思うわ。私はもっと普通の村娘で良かったのに」
思わず千歌音は声をあげた。
「そんなことない!」
ばしゃばしゃと派手に水飛沫をあげ、姫子の傍へ駆け寄った。
激情のまま、冷たい身体を抱きしめる。
「姫子は本当にお日様みたい。誰にでも優しくて……私はそんなふうにできない。
だって、私、姫子が……姫子だけが大切なんだもの!」
言ってしまったあとで、我にかえる。
青ざめてぎこちなく手を離した。その場で立ちすくんだまま、姫子の顔を見られずにうつむいた。
いたたまれない沈黙が数瞬のあいだ流れた。
「千歌音、顔を見せて」
「……いや」
「どうして」
姫子の声はいつもの通りだ。わかっていないのかもしれない。
それでも、きっと真っ赤になってしまってる顔を見られたくなくて、
千歌音は姫子に背を向けて、両手で顔を覆った。
「だって私、きっと変な顔してるもの」
「千歌音」
水音と背後の気配で姫子がすぐ後ろに立っているのが分かる。
「貴女ほど綺麗な人を私は他に知らないわ。変な顔なんて言わないで」
言葉は吐息のようだった。
「きっと貴女が巫女でなければ、村中の男が貴女を求めに邸に押し寄せたことでしょうね。
私はそのことでは、貴女と私が巫女で本当に良かったと思ってるの……」
ひんやりした手が千歌音の腕に触れる。あ、と思う間もなく姫子の両腕にきつく抱きしめられていた。
背中に姫子の乳房の感触と、首に押しつけられた、そこだけ熱い唇を感じて、千歌音は息を呑んだ。
「ひ、姫子……」
「なあに」
返事をする唇は首を愛撫し、背中へと下りてくる。
「くすぐったいわ」
震え声でいうと、姫子が笑った気配がした。
「じゃあこれは?」
腰を抱いていた腕を外し、千歌音の胸を掴む。先端の尖りかけてる乳首をいきなり強くつままれて、
千歌音は声にならない悲鳴を上げた。
「痛かったかしら」
姫子の声は楽しそうだ。じわりと涙がにじんでくるのをこらえ、千歌音はうなずいた。
「千歌音は敏感なのね。じゃあもっと優しくするわね」
姫子は指を口に入れ、唾液で濡らしてから千歌音の乳首を弄った。言葉通り柔らかく、淫らに優しく。
「あ……」
思わず吐息のような声が洩れ、千歌音は再び赤面した。
「綺麗な声」
姫子に言われて、唇を噛み締める。もうあんな声は出すまいと思って。
手で胸を、唇で背中を愛撫されているうちに、脚に力が入らなくなってしまう。
がくがくと震える脚を踏みしめて千歌音は姫子に頼んだ。必死だった。
「もう止めて、お願い姫子」
「じゃあ場所を移しましょうか」
違う、と呟いたのに姫子には無視された。腰を抱きかかえられて、川からあがる。
夜気は濡れた肌に冷たいのに、身体の芯は熱く燻っていた。
脱ぎ捨てた衣を姫子は草の上に敷いている。どうするつもりなのかと傍で見ていると、腕を掴まれて
千歌音は姫子の上に倒れこんでしまった。
重いだろうと思い、慌てて腕を立ててどこうとすると、姫子に止められた。
「このままでいて」
先ほどいじられて尖ったままの乳首を熱いものが包む。
舌で包み込まれた感触に息をとめる間もなく、歯をたてられて、
「う、やっ、あー……っ、いや、姫子…」
泣き声のような嬌声を放ってしまう。一度出してしまうと止まらない。
姫子の右手は千歌音の太股を愛撫しながら茂みの中に侵入してきて、
指でぬめりを確認すると周囲を優しく押しながら撫で回した。
「千歌音が可愛すぎて…私も止まらないわ」
泣いている千歌音の涙を舌で舐めとって、姫子は囁く。
「巫女は純潔でないといけないから、あなたの処女をここで奪うわけにはいかないの」
つ、と指が侵入してくるのを感じ、千歌音は怖気を感じてはじめて身体を硬くする。
「大丈夫よ」
接吻を唇に贈って姫子は千歌音をなだめた。
「全部は入れないから」
そう言うと、狭くて熱い中を押し広げるように指をさらに入れ、
前後に動かして優しいけれど容赦なく攻めたてた。
千歌音は甲高く一声上げると、身体をのけぞらせた。
絶頂を迎えた身体は弛緩して、ゆっくりと姫子の上に覆い被さってくる。
「千歌音、千歌音?」
姫子が声を掛けても荒い呼吸が聴こえるばかり。
(失神してしまったの……?)
身体を起こしても千歌音は目覚めない。頬に残る涙を指で拭ってやって、それからその指を
舐めながら姫子は思った。
(私、やりすぎてしまったのかしら)
単衣をはおったあと手拭をしぼり、千歌音の身体を清めながら姫子は感慨深げに呟く。
「なかなか夢想しているとおりにはいかないものなのね…」