姫千歌風呂 その1

 

神無月の巫女 エロ総合投下もの

姫千歌風呂 その1

 

「千歌音ちゃーん、居る?」
 ここん、と軽やかなノックに続いて、姫子がドアの隙間から顔を出す。
 そのタイミングではノックはまるで用を成していないのだけれど、そんな事気づいても
いないのだろうはしゃぎようが可愛らしくて、千歌音は目を細めた。

「ええ、姫子。どうしたの?何か用?」
「えと…別に、用ってほどの事じゃないんだけど…ごめん、邪魔だった?」
 手に持っていた本を閉じて姫子を室内に招き入れる。窓からの光が丁度手元に
差し掛かるころだったので、そろそろ読書も終わりにしようと思っていたところだった。
 なにより、一人読書に勤しむなんて、いくら読書の秋とは言え勿体ない。
 せっかく姫子と一緒にいられる休日なのだから。
「いいえ、そんな事は無いわ。用事なんて無くて良い、いつでも私の部屋に来てくれて
 構わないのよ、姫子」

 姫子をこの屋敷に迎え入れて、一緒に暮らすようになってからもう数ヶ月はたつのに、
いまだに姫子はどこか遠慮がちに邸内を歩く。その様が慣れ親しんでくれないと寂しくもあり、
また可愛らしくもあるのだ。
 もう大人と言っても良い歳になっているのに、きょろきょろと少し怯えたように慣れぬ屋敷で
過ごす姫子はなんだか小動物じみていて、やはり千歌音の知る姫子なのだと少し嬉しくもなる。
「うん。…えへへ」
 たとえば、こういう笑顔に。
 髪は幾分短くなって、大人の面差しを見せる姫子だけれど、千歌音に向ける顔やふとした
仕草は昔のままで。
 それが、どうしようもなく千歌音の心を温める。冷たく閉ざされた数年間を越えて。

 

「…ふふ。姫子、お茶は何が良い?」
「あ!そうだ、私ね、千歌音ちゃんをお誘いに来たの」
 ぽん、と手を打ってニコニコと姫子が説明するには、先刻一人で庭を散歩していて、
裏庭にひっそり建つ紅葉の美しい東屋を見つけたのだそうだ。

「あぁ、東屋…そういえば、忘れていたけれど裏庭にもそんなものがあったわね」
 裏庭はたしか秋の庭。秋を彩る木々と植物たちを多く配置してあった筈だ。他の季節に
庭のどの場所が美しいのかまでは、今は思い出せなかった。
「それでね、千歌音ちゃんがよければそこでおやつ…じゃない、お茶できないかな、って」
「そうね…」
 くすり、と笑って、ふと考えをめぐらせる。
 この時期なら、お茶は、お茶請けは何が良いだろう。
 姫子の身体が冷えてはいけないから、ブランデーなどを持って行っても良いだろうか。
 姫子も一応もう大人であることだし――
「千歌音ちゃん?」
 黙りこむ千歌音に不安になったのか、姫子が上目遣いで千歌音の袖を引いて、
千歌音の物思いは中断された。

「…駄目、かな?」
 そんな姫子の様子に、自然に頬が緩んで笑いが漏れてしまう。

 答えなんて、決まっている。

「もちろん、大賛成よ」


 名前を知っていたり知らなかったりする裏庭の木々は、秋のまだ高い陽に照らされて
とても眩しく輝いている。ひらひらと舞い落ちる黄葉した葉が、その向きを変えるごとに
光を浴びて綺麗だった。

「わ…やっぱり綺麗」
「あ、姫子。あまり急ぐと転んでしまうわよ」
 簡単なティーセットを持って裏庭へ向かう。後ろからたしなめる様に、でも楽しげに
響く千歌音の声に、姫子はなんだかとても幸せな気分になった。
 こんな風に、声が届く距離にお互いが居るってなんて贅沢な事なんだろう。
 ただ、一緒にいるだけで。言葉を交わせるだけで、こんなにも嬉しい。
 目を奪われる程の景色の美しさよりも、ずっと感動的だった。

 くるりと振り向くと、微笑む千歌音の顔がすぐ近くにあって、心が浮つくような感じがする。
「大丈夫だよ、もう私、子供じゃないんだから。ね、千歌音ちゃん早く――ッ!?」
 ぐらり、と身体が傾ぐ。踵が何かに引っかかったのだ。

 ――転ぶ。

 分かっていても後方に身体が傾いでいるから、もうどうしようもなくて。
「…っ!」
 息を呑んで目を閉じる姫子の耳に、切羽詰ったような千歌音の声が聞こえた。
「姫子!」


 ――ゆっくりと丁寧に包帯を巻く。
 傷の上に当てられたガーゼを押さえて、包帯を巻きつける音だけが、微かに室内に
響いていた。
 たおやかな細い手に青白いそれが巻きつけられる様が、痛々しくてなんだか哀しい。

「ごめん…っ、千歌音ちゃん、ごめんね、私のせいで」
「姫子に怪我が無くて良かったわ」
 千歌音は、転びかけた姫子をかばって傷ついたのだった。
 後ろ向きに倒れこんだはずなのに、気がついて目を開けば姫子は千歌音に抱きしめ
られていた。したたかに背中を打ちつけたのだろうに、千歌音は平気な顔をするから
すぐには気づかなかったけれど、千歌音は姫子を庇って怪我をしていたのだ。
「急ぐと危ないって言ったでしょう?下草に隠れて分かりにくいけれど、あのあたりは
庭石の段差が大きいの」
 千歌音の声はどこまでも優しい。

「長袖を着ていて良かった。…これはね、姫子。受身を取る時に小石で傷つけただけ
だから、そんなにたいした怪我ではないのよ」
「千歌音ちゃん…っ、でも手首だって捻って…」
「ね?泣かないで、姫子。姫子に泣かれる方が、ずっと痛いわ」
 包帯の巻かれた右手で、柔らかく姫子の頬を撫でて、優しく覗き込んでくる。
「ごめんね、千歌音ちゃん…」
「良いのよ、姫子。…なんだか、思い出すわね」
 千歌音が、ぽつりと呟いた。


「え?」
「あの時とは、反対だけれど…」
 なんだか懐かしげな声音と遠くを見る目に、姫子もようやく思い当たった。
 千歌音と過ごした一夜の思い出。
 姫子にとっては数年、千歌音にとっては生まれてからの十数年。それだけの
年月が経った今でも心の奥に確かに眠っている最後の優しい時間のこと。
「そっか…うん、あったね、こんな事。あの時は私が怪我してて、千歌音ちゃんが
手当てしてくれたんだよね」
 温かくて、そしてどうしようもなく切ない気持ちになる、ひとときの記憶。
「ええ」
「あの時の千歌音ちゃん、すごく優しかったなぁ…」
「あら、今の私は優しくない?」
 くすり、と千歌音が笑う。つられて姫子も笑った。
 いつも、こうして千歌音は姫子に元気をくれる。

「今度は、私が優しくする番だね」
「え?」
 頬に当てられていた千歌音の手を取って軽く口付ける。包帯の上からだけれど、
千歌音は軽く身じろぎして頬を染めた。

「千歌音ちゃんの怪我が治るまで、私が千歌音ちゃんのお世話するから!」


「千歌音ちゃん。はい、あーん」
「え?ひめ…来栖川さん?」
「ほら、利き手の怪我だから、ナイフ使いにくいでしょ?」
「いえ、でもね」
「……来栖川さま?そのようなことなさらずともお嬢様のお食事は本日、きっちり一口サイズに
切り分けてお出ししております。来栖川様のお手を煩わせずとも…ええなんでしたらこの私が」
「でも、千歌音ちゃんが怪我したの私のせいですし…。はい、あーん」
「あ…」
「…えへへ。美味しい?千歌音ちゃん」
「ええ」


「冷えてきたね。…んと、上着はっと…」
「あ、姫子。そのくらい自分で…」
「だめ。千歌音ちゃんはじっとしてて?…これで良いかな。はい、腕貸して」
「……来栖川さま?お嬢様のお召しかえは私ども侍女が致します。お客様のお手を
煩わせずとも…」
「ううん、今日は私がしたいんです。乙羽さんたちは休んでいてください」


「ちょっと失礼するわね」
「あ、千歌音ちゃんどこ行くの?」
「え?あ、その……お手洗いに」
「あ、うん」
「……」
「…えと、て、手伝えること無いよね?外で待ってるから、困ったことがあったら呼んでね」


 そんなこんなで、今日は一日中千歌音には姫子がべったりくっついて回って、
甲斐甲斐しく世話を焼いたのだった。
「お風呂も?」
「当然じゃない。怪我してるんだから、一番大変だもの」
「でも、そのね、姫子。姫子が私のために色々してくれるのは嬉しいのだけれど、
ちょっと恥ずかしいわ」
「え?お風呂なんていつも一緒に入ってるよ?」
「お風呂のことだけじゃなくて。その、人目があるでしょう?」
「あ…そっか。気がつかなくてごめんね、千歌音ちゃん」
「分かってくれたのなら良いのよ」
「でも、お風呂は二人っきりだから大丈夫だよね!さ、行こ。千歌音ちゃん」
「あああ…」


 姫子に手を引かれて浴場へ向かう。
 足腰に怪我をしているわけではないから、手を引いてもらわなくても普通に歩ける
のだけれど、姫子の手のぬくもりが心地良くて黙っていた。
 姫子がこうして甲斐甲斐しく千歌音の身の回りのことを世話してくれるというのは、
人目があれば気恥ずかしいけれど、その実すごく嬉しいことでもあった。
 何かにつけて千歌音の用事を探し、ちょこちょこと動き回る姫子は本当に可愛い。
 くす、と笑うと、姫子が怪訝そうに振り向いて曖昧に笑った。
 そうこうするうちに、脱衣所にたどり着く。

「じゃ、脱ごうか千歌音ちゃん」
「ええ」
 言うなり、姫子は自分の荷物を適当な棚に置いて、千歌音の背後に回る。
千歌音が何を言う暇もなく、脇のスカートのホックを外して、チャックを下ろしにかかった。
「あっ!…姫子。片手でも脱ぐだけなら出来ると思うの…」
 姫子に着衣を脱がされるなんて、初めてのことではないけれど。
 侍女や乙羽たちに入浴の付き添いを任せることもあるけれど。
 やはり、姫子にこんな明るいところで脱がされて、見られてしまうというのは恥ずかしい。
浴室のように湯煙が身体を隠してもくれないから、なおのことだ。

「だーめ。千歌音ちゃん、ちょっと足上げてくれる?」
 腰元から姫子の声がする。それに従って片足ずつ上げ下げすると、するりとスカートが
落とされて、抜き取られた。
「ん…」
 さわさわと肌をすべる布の感触と、腿に添えられた姫子の手の感触に微かに声が
漏れて恥ずかしかった。


 姫子に聞かれていないと良いのだけれど。

 心臓の鼓動を落ち着けるように胸に手を当てるけれど、そんな事で落ち着くはずも無くて。
 ドキドキしてやたらと過敏になっている自分の身体を、千歌音はもてあましていた。
 手遊びにショーツの縁のあたりをなぞる姫子の指が、熱く感じられる。
 スカートを籠に置いて、姫子が立ち上がった。
「千歌音ちゃんの脚、やっぱり長くて綺麗…。じゃ、次は上だね」
 満面の笑みでそんなことを言いながら、前に回りこんで一つずつ丁寧にシャツの
ボタンを外していく。

 見ていられなくて、千歌音は視線をそらした。
 シャツの前を全部外して、姫子はそれを肩を滑らせて落としていく。
 その動作が妙にゆっくりで、じれったく感じられて。
 布地と一緒に肩を、腕を滑る姫子の手の感触にぞくぞくした。
 片腕ずつ抜き取って、床に落ちる前に姫子がシャツをすくい上げる。それを、
スカートと同じく籠に入れて、そのまま背中に手を回された。
「っ姫子、後ろからのほうが外しやすいんじゃ…」
「大丈夫だよ、千歌音ちゃん。慣れてるもん」
「…っ」
 どうして、とは、何に、とは聞けない。
 意識しているのかどうか知らないけれど、今の姫子は意地悪だと思う。
無邪気に笑いかけてくるから、なおさらだ。

 ――何も、こんな時に情事を思い出させるようなことを言わなくても。


 俯いて目をそらす千歌音を、姫子は首をかしげて覗きこんだ。
「千歌音ちゃん?もしかして熱でもあるの?」
「いいえ…っ、大丈夫だから、姫子…はやく」

 もしかして怒ってるのかな?
 心当たりは…無いわけでもない。
 千歌音の身体はやっぱりものすごく綺麗で整っていて、しかもこんな明るいところで
まじまじと見る機会なんて無かったから、ついじろじろ見てしまったり、余計なところを
触ってしまったりした。
 それが嫌だったのかもしれないし、時間が掛かると脱ぎ掛けだから寒いのかもしれない。

「うん。ごめんね、千歌音ちゃん」
 すべすべの背中に手を回して、ホックを外す。外し方は心得ているから、金属の
かっちりしたそれは、いとも容易く外れて肩紐が緩んだ。
 下着の圧迫から開放されても、千歌音の胸はぴんと張っていて、真ん中には
深い谷間が影を作っているから、ちょっと羨ましいと思う。姫子だとこうはいかない。
 姫子だって特別小さい訳でもないけれど、やっぱり大きい胸は女の子には憧れ
なのだった。
 落ちかかる布を剥ぎ取ろうと摘み上げると、千歌音の両腕が胸を庇うように組まれた。
「…千歌音ちゃん、腕どけてくれないと脱がせられないよ」


「……ん…」

 頬を紅潮させて、千歌音が片方ずつ肩紐から腕を抜いていく。
 その仕草と表情が妙に色っぽくて、心臓の鼓動が強さを増した。
 ただでさえさっきからドキドキしっぱなしなのに…。
 いけない、と自制する。
 これから千歌音ちゃんのお世話をして、お風呂に入るんだから。
いけないことを考えていては駄目だ。

「――はい。遅くなってごめんね、千歌音ちゃん」
 極力千歌音を見ないように目をそらしながら、姫子は最後の一枚を
両足から取り去ると、千歌音を浴室に送り出した。
「私もすぐ行くから、ちょっと待っててね」
 脱衣所と浴室とを仕切るドアが閉まったのを見て、姫子も急いで服を脱ぎ始める。

「…どうしよう。大丈夫かな、私…」


「お待たせ、千歌音ちゃん」
「え、ええ」
 タオルを身体に巻いて浴室へ行くと、千歌音はもう鏡の前に座って身体を洗う
準備をしているところだった。

「じゃあ、洗うね」
 後ろに跪くと、柔らかいスポンジを選んで石鹸を泡立てる。

 白くしなやかな腕を取って、そっとこすり始めた。細い手首から肘、無駄が無いのに
柔らかい二の腕、まろやかで小さな肩。
 綺麗な肌。千歌音の肌は、羨ましいくらいに白くて、頬擦りしたくなるくらい滑らかだった。
いっそ、スポンジなんかでなくて手で直接触れたいと思ってしまうくらいに。
 こんな風に擦って、傷がついてしまわないか心配になる。

「千歌音ちゃん、痛くない?」
「ん…大丈夫よ」
「良かった。気持ち良い?」
「っ…!え、ええ……」
 何故か身を強張らせて、千歌音が俯く。
 それに、先ほどから千歌音は姫子と目を合わせようとしない。
「千歌音ちゃん?」
「なんでもない…から」
 首を傾げながら両肩に手を置いて、ふと鏡の中の千歌音を見て、姫子は息を呑んだ。

 うわ……っ。
 
 艶っぽい。


 白い肌、完璧なくらいに整ったプロポーション。
 背中を流すために今は肩から前面に、身体を隠すように流れる艶々の黒髪。
 軽く伏せられた目に、微かに寄せられた眉。
 上気した頬と、ほんのり色づいた身体。

 それらすべてが、どうしうもなく艶かしかった。
 目が離せない。心臓がドキドキして、耳の奥が痛いほどにうるさい。
 それなのに、何故かはっきりと聞こえるのだ。
 千歌音の薄く開かれた唇から漏れる、艶を帯びた吐息が。

「姫子…?」
 鏡の中の千歌音が、鏡越しに姫子を見る。すぐに視線は伏せられてしまったけれど、
それは姫子をハッとさせた。
「あっ、ご、ごめんね千歌音ちゃん」
 慌てて目を戻して、肩から背中を洗い始めるけれど、一度意識してしまえば、
もう駄目だった。
 泡立てたスポンジで擦りながら、首筋から肩、背中から腰のラインにうっとりしてしまう。

 ――どうしよう。触れたい。

 スポンジが邪魔でどうしようもない。


 何度もスポンジを往復させて、背中を洗い上げる。力を入れるのが恐いから、
その分丁寧に擦って綺麗にした。
 元々、洗う必要があるのか疑問なほど綺麗な肌ではあるけれど、そういう
問題じゃないだろう。

「千歌音ちゃん…前、洗うね。包帯が濡れるといけないから、右手上げておいて」
 一方の肩から前に垂らされた長い髪を、背中に流す。
「あ、ええ……」
 大人しく従って、千歌音が軽く腕を上げる。その脇を通してスポンジを当てた。
 前に回りこむのが、なんだか気恥ずかしくて。正面から千歌音を見たら、
もうどうしようもなくなってしまいそうだったから。
 後ろから抱きしめるように腕を回して身体を密着させる。

「ひ、姫子…っ」
「こうしないと、安定しないから…」
 これは本当。
 背中側から力を加えて洗う分には良いのだけれど、前面から…となると、
ともすれば後ろにひっくり返してしまいそうで恐いのだ。
 多分に、千歌音と触れ合っていたいという気持ちもあるのだけれど。

 肌に、スポンジを走らせる。
「あ…っ、く…、…ぅん」
 すぐ近くで熱い吐息と共に漏れ出る小さな声に、ゾクゾクして我を忘れてしまいそうだった。


 鏡は視界に入っていて、少し目を下ろせば直接今洗っているところを確認できる
けれど、それを直視する勇気が無いから、どうしても手元がおぼつかなくなってしまう。
 洗いやすいお腹から擦っていて、胸の膨らみにスポンジを持った手が触れるたび、
その豊満さを実感してドキリとした。

 ――いつまでもお腹ばかり擦ってたら変…に思われるよね。

 文字通り手探り状態で、姫子は千歌音の胸元にスポンジを這わせた。
「…っ!」
 千歌音の身体が、びくりと跳ねる。
 でも何も言っては来ないから、良いのだろうと判断してスポンジを動かし始めた。
「ん…っ、…っふ」
 時折、堪えるような吐息が、千歌音の唇から漏れる。
 どうして千歌音はそんな声を出して、姫子を悩ませるのだろう。
 どうしよう。
 ドキドキして、なんだか手元がおぼつかない。

「あっ」
「……んんっ!」
 手元が滑って、姫子の手が直接千歌音の胸に触れる。
「ご、ごめんね、千歌音ちゃん…」
 すぐにスポンジを持ち直すために手を引こうとして、ふと違和感を感じた。

 ――え?あれ?


 どうして姫子は、こんなにも優しく触れてくるのだろう。
 ぼんやりとした頭で、千歌音はそんなことを考えながら、姫子に身体を任せていた。
 痛いわけがない。
 柔らかいスポンジで、本気を出してさえ決して強いとも言えない姫子の力で。

 ――それどころか、むしろ。

 堪え切れなくて、時折声が漏れてしまう。
 姫子は何も言わないけれど、気付いているのだろうか。
 気付いていないといい。段々呆けていく思考の中で、それだけをただ願った。

 いっそ、痛いくらいに力を込めて擦ってくれたら良いのに。
 そしたら、こんな風にならなくて済むのに、と思う。姫子が優しくしてくれるのは、
気遣ってくれるのは、本当に嬉しいのだけれど。

 そうこうするうちに、姫子の手が前に回る。抱きしめられて背中が姫子の胸に密着して
しまって、ドキリとする。
 触れた肌から、心臓の鼓動が伝わってしまうのではないかと思うと、千歌音は
気が気ではなかった。肌が熱い。まだ湯船に浸かっても居ないのに、のぼせてしまいそう。
 相変わらず優しく優しく千歌音の肌を滑る姫子の手に、涙が出そうだった。
 身体の中がじりじりしている。耐えられないくらいに。
 どうしたら良いのだろう。こんな風になっていることに気付かれたらと思うと、恥ずかしくて
消えてしまいたい心持になる。


 不意に。
 姫子の手がずれて、スポンジでない肌が直接、過敏な胸に触れた。
「んんっ!」
 ――しまった。

 不覚にも声が出てしまって、姫子が慌てて手を引こうとする。
 その動きが胸を刺激して、目を瞑って声を堪えるのに必死だった。
身体は強張って、反応してしまったけれど。
 と、姫子の動きが止まる。妙に長い静止に、訝ってそろそろと目を開ける。
 ちらと鏡を見ると、姫子がなんだか呆けた顔で、ぼんやりと鏡の中の千歌音を見ていた。
 頬が紅潮している。姫子の手が少し動いて、指先が胸先に触れた。

「あっ…!姫…」
「あれ?…ええと、あの、その……千歌音ちゃん、もしかして」
 頭を振る。
 いやだ。恥ずかしい。
 それ以上、何も言わないで欲しい。続く言葉を聞きたくない。


 でも。

「もしかして――感じて…る?」
「…っ!」

 ――慙愧に堪えない。

 此処が、寝所であれば。
 そういう時だったのなら、まだ素直になれるけれど。

 姫子は千歌音の世話をしてくれているのに、怪我をしているから身体を洗って
くれているだけなのに……と考えると、それに感じてしまっている自分がどうしようもなく
淫らな生き物になってしまったような気がするのだ。

 姫子の顔を、視界の端にでも見ていられなくて。
 千歌音はただ、俯いて頭を振った。

最終更新:2007年04月21日 20:43
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