ここはとある大会社の社長の邸宅。 
社長はタブンネの親子を飼っていたが、ある日そのベビンネが何者かに誘拐され、 
犯人から身代金を要求する電話がかかってきたのだ。 
社長はペットに身代金を払うのはどうかと躊躇していたが、ママンネに泣きつかれたのと、 
断った場合、他の家族に危害が及ぶ可能性を考え、警察に通報したのだった。 
「このような事でご足労をかけて申し訳ありません、ささ、どうぞ」 
「ミッミッミッ!」(このような事って何よ!私の大切なベビちゃんの命がかかってるのよ!) 
恐縮気味の社長と、泣き顔で取り乱しているママンネに迎えられ、刑事達は応接間に入った。 
「では一応状況を確認しておきたいのですが。そちらのタブンネさんがお子さんを連れて、 
公園を散歩している間に誘拐されたということですね?」 
電話機に傍受用機器を取り付けながら、刑事の1人が質問する。 
「ミッ!ミッミッ……ミィミィミッ!」 
「ふむふむ……『私がベビちゃんを連れて公園のベンチに座っていたら、オボンの実が転がってきたの。 
見たらずっと先まで点々とオボンの実が置いてあって、うれしくなってそれを全部拾いに行って、 
戻ってみたらベビちゃんがいなくなってたの』、だそうです」 
涙ながらにまくし立てるママンネの言葉を、社長が通訳してくれた。
(先輩…この社長さんに『おたくはどういうしつけしてるんですか』って聞いていいスか!? 
なんで俺達、こんなアホな事件に駆り出されてるんスか!?) 
(我慢しろ……俺もそれが聞きたいところだが……営利誘拐には変わりはないからな、こらえとけ) 
小声で耳打ちする若い刑事に、表情を変えずに先輩刑事は返事をする。 
その会話の間にも、ママンネは居ても立ってもいられないといった風で、部屋の中を歩き回っている。 
「ミィミィ…ミィミィ」(ああベビちゃん、どうしてるかしら、お腹空かせてないかしら) 
社長はそれを見て、頭を掻いた。 
「いやはや、私も少々これを甘やかしすぎたようで…もうちょっと厳しくしていればこんな事には…」 
「ミーッ!ミッミッ!」(ご主人様!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!) 
またも社長に食って掛かるママンネを先輩刑事が止めようとした時、電話のベルが鳴った。 
「ミッ!?」 
ママンネがわめくのをやめた。部屋の空気がぴんと張り詰める。 
若い刑事が逆探知装置を起動した。傍受用レシーバーを耳につけながら先輩刑事が社長に言う。 
「いいですか、なるべく引き延ばして下さい。まずは人質…いやポケ質の安全を確認して」 
「わかりました……」 
唾をごくりと飲み込んで、社長は受話器を取った。 
「もしもし……」 
『よう社長さん、身代金を払う気になったかい?』 
押し殺したような男の声が聞こえてきた。間違いなく誘拐犯からだ。 
「う、うむ、金は払う……だがベビンネは無事なのかね?せめて声を聞かせてくれ!」 
『ああ、いいぜ。この通り元気さ、今のところはな』 
『チィチィチィーッ!!チィィーーッ!!』 
ベビンネの甲高い悲鳴がレシーバーから漏れてくる。ママンネが顔を覆った。
『だがあくまで今のところは、だ。このベビンネが今どこにいるかわかるかい?ミキサーの中さ。 
あんたらが下手な事をすれば、
スイッチ一つでこいつはあの世行きってわけよ』 
「ミヒィーッ!!」 
真っ青になったママンネが、社長にすがりついて肩を揺さぶった。 
「ミィッ!ミィィ!!」(お願いご主人様!お金を払ってあげて!ベビちゃんを助けて!) 
困り顔の社長と、顔をしかめる刑事達をよそに、ママンネは涙ながらに訴えた。 
先輩刑事はやむなく、「交渉に応じるふりをして下さい」と紙に書いて社長に示した。 
「わ、わかった……手荒な事はしないでくれ。それでいくら欲しい?どうやって渡せばいいんだ?」 
『そう来なくてはな。ではまず、今から言うところに……』 
犯人の男がそう言い掛けたところで、受話器の向こうからガガガガ……と機械音が聞こえてきた。 
『チギャァァァァァァァァ!!!!!!!』 
『お、おい!なんでスイッチも入れてないのに動くんだ!?』 
『兄貴!こいつ調子の悪い方のミキサーですよ!使わないでくれって言ったじゃないですか!』 
『え、え、こっちがダメな方だったっけ!?』 
『ァァァァァァァァァァァァ…………』 
『コンセント抜け!コンセント!』 
電話の向こうでベビンネの絶叫と、男達の騒ぐ声がひとしきり聞こえた後、ミキサーの音が止み、 
しばらく気まずい沈黙があった。 
『あー……すみません、ちょっと手違いがあったっつーか……この話はなかったという事で、そんじゃ』 
そして電話は切れた。