「ミッミッ♪」
休日男が部屋でテレビを見ていると、タブンネが可愛らしい鳴き声を上げて足にすり寄ってきた。
ふわふわしたビロードのような毛皮の感触がこそばゆい。
その仕草に思わず笑みが零れ、タブンネの頭を優しく撫でてやる。
「ミィ…♪」
タブンネは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をふりふりしている。
しばらく頭や顎を撫でられていたが、もっと甘えたいらしく少し勢いをつけてぴょんとジャンプ。
男の膝の上にちょこんと座った。
肉付きが良く背丈以上に重いタブンネに男は少しだけ表情を歪めたが、タブンネのぷにっとしたお尻の感触と、撫でて撫でて!とミィミィ甘えるその姿に表情が綻ぶ。
そして頭やお腹、尻尾を櫛で解かすように撫で始めた。
「ミィ~ミィミ」
タブンネも男の優しい手付きに全身の力を抜き、心底気持ちよさそうに鳴いている。
そして、耳の触覚をくいっと伸ばし男の手に当てる。
伝わってくるのは自分を愛おしく思ってくれている気持ち、一緒にいたいと思ってくれる気持ち。
変わらぬ男の愛情に、タブンネは幸せいっぱいだ。
「さて、と」
男は時計を見ながら呟くと、夕食の準備にソファーから立ち上がろうとする。
タブンネも触覚で朧気ながら男の意図を読み取り、膝から降りる。
そして台所へ向かう男の後ろを短い足でとてとて付いていく。
少しでもお手伝いをしようと、必要な野菜や食器を小さなお手々で一生懸命運ぶのだ。
時折皿を落としそうになりもたつくタブンネに苛つくこともあるが、微力ながらも役立とうと頑張るタブンネを男もまた愛おしく思っていた。
触覚で読み取る幸せな感情。
それが毎日続くものだとタブンネは思っていた。
「何をやっているんだ!こんな成績では給料泥棒もいいところだぞ!」
事務所に響く怒声。
休み明け、男を待っていたのは1人の人間には処理仕切れない程の激務だった。
それにノルマを達成出来ない故の上司の叱責がプラスされる。
一介のサラリーマンに過ぎない男はそんな日々にストレスをため、精神をすり減らしていった。
残業で帰りも遅くなり、仕事のために家を出ては寝るためだけに帰る生活が続く。
しかし帰れば身の回り、そしてタブンネの世話をしなくてはならない。
疲れから料理をする気力も湧かず自分にはコンビニ弁当、タブンネには乾燥フーズ等と食事も簡単でいい加減なものになってしまう。
「ンミィ…ミィ」
いつもより雑な餌にタブンネは顔をしかめるが、男の辛い気持ちを触覚で読み取り、我慢して精一杯の笑顔を向けるのだった。
男もこんな自分に笑顔を向けてくれるタブンネを嬉しく思い、そのままベッドに沈んだ。
その夜、タブンネは着の身着のまま寝息を立てている男にそっと近づくと、大きな耳についた触覚をぴとっとその頬に当てた。
「ミッ…!?フミィィ…」
伝わってきたのは未だ読み取ったことのないようなネガティブな感情。
その嫌な感覚にタブンネは思わず身体を仰け反らせてしまう。
ご主人様は外にいる間こんなにも苦しんでいる。
何とかして笑顔になって欲しい。
その思いからタブンネは翌日からもっともっとお手伝いしようと決心し、男に寄り添ったまま眠った。
そして、事件は起こった。
深夜、仕事から帰った男を待っていたのはおぞましい光景だった。
廊下にぶちまけられた水とバケツ、電源が入ったまま唸り続けている掃除機。
ぐちゃぐちゃに畳まれた洗濯物と散らばった洗剤。
そして台所に散乱した割れた食器に、その中心で泣きじゃくるタブンネの姿。
特性はぶきようではないものの、短手短足のタブンネに人間用の道具を使うことは無理があったのだ。
「ミィィィィィン!!ミィィィ…ミッ!!?」
大粒の涙を流し泣き叫んでいたタブンネだが、台所の入り口に立つ男の姿を確認すると、絶望の表情を浮かべながら固まる。
しかし男に抱きつくと再び大声で泣き出した。
ごめんなさい!ごめんなさい!
そう言わんばかりに大声で泣きじゃくるタブンネ。
しかしミィミィと鳴く声では人間である男には伝わらない。
壊滅状態の部屋に響き渡るタブンネの声。
男は思った。
何をやってるんだコイツは…!
この忙しいのに余計なことしやがって。
あんなに可愛かったミィミィ鳴く声が今は不快で仕方ない。
しかし、手伝おうとしてくれた気持ちは痛いほど理解出来たし、幸い明日は休日だ。
男は湧き上がってきたタブンネを蹴手繰り廻したい感情を何とか押さえ込み、一発頭を小突いた後、優しく撫でてやる。
「次は別の形でお手伝いを頑張ってくれな?」
男の笑顔と優しい包容に安堵したが、それでも申し訳なさそうなタブンネはおずおずと触覚を伸ばし、男の手に触れようとした。
瞬間、不味いと感じた男は必死でタブンネ可愛いタブンネ可愛いと念じた。
タブンネはサーナイトやエルレイドのように
テレパシーで感情を読み取る訳ではなく、心臓の音で大まかな喜怒哀楽を感じ取るに過ぎない。
そのおかげもあって男の本心は分からず笑顔を向けたタブンネ。
いちいち触覚を伸ばしてこちらの気持ちを読もうとするタブンネに微妙な感情を抱いた男と、今度こそしっかりお手伝いをしようと決意を新たにするタブンネ。
両者の間には僅かだが、確実な亀裂が生まれつつあった。
翌日、足りなくなった食器や洗剤を買いに行くのと、気分転換を兼ねてタブンネと一緒にショッピングモールを訪れていた。
「仕事も満足にこなせないのに買い物とはいいご身分だねぇ。大体君は…」
しかし出先で上司と鉢合わせ、街中で嫌みをくどくど言われる羽目になっていた。
泣きそうになる感情を抑え、男はひたすら言葉の暴力を耐えていた。
男の背後にいたタブンネはその小さくなった男の背中にこっそり触覚を当てた。
読み取れた気持ちは必死に堪えた怒りとあの男に対する畏怖の感情。
「ミィッ!ミィッ!」
ご主人様を守らなきゃ!
男の前に出たタブンネは上司に向かって可愛い鳴き声で精一杯威嚇した。
「た、タブンネ!?」
「何だこの生意気な豚は。この飼い主あればこの糞豚ありだな」
困惑する男を余所に未だ高慢な態度を取る上司。
「ミィィィィィ!!」
タブンネはご主人様をいじめるな!とばかりに勢いをつけて上司に突進した。
不意の一撃を腹に受けた上司は豪快に転び地面に頭をしたたかに打ち付けた。
顔面蒼白の男。
鬼のような形相の上司。
「ミフーッ!ミフーッ!」
威嚇するタブンネ。
気まずい沈黙の中、タブンネの荒い息遣いだけが聞こえる。
「貴様ぁっ!!ワシにこんなことをしてタダですむと思っとるのか!もう明日から会社に来れると思うなよ!」
その沈黙を破ったのは死の宣告に等しき言葉。
男は必死に弁解するが、完全にキレた上司は聞く耳を持たずに帰っていった。
男の中で、何かが弾けた。昨日生まれた亀裂が広がり、割れた瞬間だっだ。
「タブンネェ!!」
家に帰るなりタブンネに男の拳が飛ぶ。
顔面に拳を受けたタブンネは鼻血を吹きながら豪快に吹き飛んだ。
「ミッ…ミィィミィ…?」
何で?どうして?ご主人様はあの怖い人が嫌だったんでしょ?
何故殴られたか分からないタブンネは涙ぐんだ顔で男を見上げる。
触覚で気持ちは読めても人間の複雑な気微までは汲み取れなかったのだ。
タブンネにお腹に容赦のない蹴りが放たれた。
「ミギャッ!」
小さく悲鳴を上げ、苦しそうに悶絶しているタブンネを更に踏みつける。
「触覚で気持ちが分かるからって俺の全部を理解した気になってるんじゃねぇ!」
言いながら男はタブンネの耳を掴み思い切り引っ張る。
タブンネは短い手で必死に男を払いのけようとするが、勿論届かない。
「もう滅茶苦茶だよ!全部お前のせいだ!!」
男の言葉がタブンネに突き刺さる。
確かにタブンネはことあるごとに男の身体に触覚を当て、気持ちを感じ取っていた。
しかしテレパシーとは程遠いそれで男の求めるものを勝手に自己完結し、自己満足なお手伝いをしていたに過ぎないのだ。
「ミ…ミェェェェェェン!!」
大声で泣き始めたタブンネ。
それも今となっては男の神経を逆なでするだけ。
男はタブンネの尻尾を掴むと、ジャイアントスイングのように左右に振り回した。
「ミギャアァァァアァア!!」
引きちぎれそうな痛みがタブンネを襲い、小さな手足が上下左右に動き回る。
振り回す内にタブンネの身体が机やクローゼットに当たり、そこに血が付着するが男はお構いなしだ。
勢いに任せて振り回した結果、掴んでいた尻尾の毛がブチッという音と共に大量に千切れ、タブンネの身体が男の手から離れた。
「ミギィ!?」
壁に背中からぶつかり、ずるずると倒れ伏すタブンネ。
優しかったご主人様の変貌にタブンネはただただ身体を丸めてガクガクと震えている。
しかし男の怒りは治まらない。
それどころか、タブンネを殴り蹴る度に異様な快感が湧き上がってくるのを感じていた。
男はクローゼットからベルトを取り出すと、それを丸まりお菓子のように見えるタブンネの背中や尻に打ち付けた。
「ミャア!!ミヒッ!ヒィ!ミァァア!!」
打ちつけられる度に軽快な音と悲鳴が響き、タブンネの身体に傷痕が刻まれてゆく。
男はつい昨日までは可愛くて仕方なかったハート型の肉球を特に入念に痛めつけた。
「ミギャ!ミィ!ミギゥ!ピャア!?」
何故かは分からない。
ただ今はその肉球が憎たらしくて堪らないのだ。
ベルトで打ち据える度、血が滲みピンク色が赤黒く変わっていった。
男はベルトを放るとタブンネに馬乗りになり、今度は顔面を何度も殴りつける。
「ミガッ!ハ……ッ!ミィ…ァ!」
次第に弱々しくなり始めたタブンネの声に男は殴るのを辞めた。
もしかして許してくれたの?
急に止んだ暴力に固く目を瞑っていたタブンネのつぶらな瞳が恐る恐る開く。
広がったタブンネの視界に入ったのは薄ら笑いを浮かべてホチキスを持つ男の姿。
「ミ…ミィィィィィィィィィィィィィイ!!」
直後、叫び出すタブンネ。
男のタブンネに対する純粋な暴力衝動に恐怖し、イヤイヤと暴れ出すタブンネ。
しかし、馬乗りになられてはどうしようもない。
男は暴れるタブンネを押さえ込み、ホチキスをその大きな耳にあてがう。
ホチキスを打つ音が複数回響き渡る。
「ミギャアァァァアァアアァァァアァアァ!!!」
甲高く喧しい悲鳴が部屋に反響し、タブンネの耳には幾つものホチキス芯が鈍い輝きを放っていた。
タブンネは口から泡を吹き気絶している。
全ては触覚で読み取れる感情程度で相手の全てを理解した気になって、タブンネが起こした行動が原因。
この後、虐待に目覚めた男は毎日のストレスをタブンネにぶつけるようになる。
- タブンネざまぁwwおもしろかったよ。 -- (名無しさん) 2012-01-03 17:36:49
- タブンネちゃんに家事は無理そうだな、石運びが良いところだね -- (名無しさん) 2012-01-03 23:20:33
- 文章うめぇ。タブンネちゃんの虐待楽しそうw -- (名無しさん) 2012-01-10 22:08:28
最終更新:2011年05月08日 11:37