タブンネと少年

「おーい!タブンネー!」
少年が呼び掛けると草むらの陰からぴょこんとタブンネが姿を現す。
「ミッ♪ミッ♪」
少年を見るなり嬉しそうに鳴きながら駆け寄るタブンネを、少年も笑顔で迎えた。
「今日もお菓子をたくさん持ってきたよ!一緒に食べよう」
「ミィミィ♪」
少年の鞄に入った大量の菓子にタブンネは大喜びだ。草むらに広げ、少年と一緒に食べ始める。
この少年はポケモントレーナーになることを夢見ていたが、両親にまだ幼いからとポケモンを持つことを禁じられていた。
他人のポケモンを羨ましく眺めるだけの日々を送っていた少年の前に、偶然現れたタブンネ。
元来温厚な種族な上、このタブンネは人懐っこく、ポケモンに憧れる少年とはすぐに打ち解けた。
しかし、家に連れ帰れば自分は両親に怒られ、タブンネは草むらに帰されてしまう。
そして恐らく草むらに行くことも禁じられてしまうだろう。
それを避けるため、少年は毎日学校帰りにこの草むらに寄ってタブンネと遊び、暗くなったら家に帰るという生活を続けていた。
今日もそんな1日。
菓子を食べ終えた少年は持ってきたボールでタブンネと遊びはじめた。
ボールを投げればタブンネはせっせと取りに行き、少年の元へ持ち帰る。
「偉いぞ、タブンネ」
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、「ミィ…」と鳴く。
何度かボール投げを繰り返していると、タブンネがボールに手を伸ばし、「ミィミィ」と鳴き出した。
どうやら自分もボールを投げてみたいらしい。
「分かった。頑張れよ」
少年は快諾し、タブンネにボールを渡してやる。
「ミィミィ♪」
笑顔でボールを受け取ると、嬉しいのか早速投げる態勢に。
短い手を精一杯振りかぶり、お粗末なフォームながらボールを投げる。
やはり慣れないせいかボールはあらぬ方向へ向かって行った。

弧を描いたボールは何と、最悪にも木に吊されていたスピアーの巣に激突してしまった。
当然、地面に落下した巣からは住処を荒らされ、怒りに燃えるスピアー達が飛び出してくる。
少年とタブンネは慌てて逃げ出すが、空を飛ぶスピアーのスピードからは逃げる
ことが出来ずあっという間に追いつかれ、スピアーが鋭い2本の針を突き出してきた。
「うわぁあ!?」
勢い良く突き出された針は少年の背中を捉え、彼の肩に深々と刺さった。
肩に走った激痛と熱に少年はのたうち回り、始めは激しく泣き叫んでいたものの、やがて毒が回ってきたらしく身体を痙攣させ始めた。
スピアー達は弱った少年に止めをさそうとするが、そこにタブンネが割って入った。
スピアーは邪魔だと言わんばかりにタブンネに群がると、至る所にダブルニードルを見舞う。
「ミィッ…!ミィ…!」
身体の至る所を突き刺され、血が吹き出す。
身を焼く熱さが全身を襲うが、しかしタブンネは退かない。
リフレッシュで毒を回復させながら、少年を庇いひたすら攻撃を耐える。
やがてスピアー達も折れたのか、タブンネへの攻撃を止め引き返してゆく。
「ミィミィ…」
ふらふらの身体でタブンネは少年に癒やしの波動を使う。
しかしそれもポケモン用の技。
効き目は薄くある程度は癒せても血は止まらないし、毒も消せない。
このままでは恐らく死んでしまう。野生の本能からそれを感じたタブンネは、自
分のりも大きい少年を引きずり、彼の住む街へ向かった。
彼を助けたい――
また一緒に遊びたい――
その一心でタブンネは、血だらけの身体にも関わらず必死に少年を運んだ。

街に着いた頃には日も沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
息を切らし、引きずる少年の血を浴びながらタブンネは必死に街中を進んだ。
初めて見る街の中にタブンネは驚く。
明るく光る不思議な木、丸い足を回して走る不思議な生き物、そして沢山の人間。
普段ならば辺りを興味津々に歩き回るところだろうが、今は少年を助けるのが先だ。
道も分からぬまま、タブンネは夜の街を進む。
「おい、アレ見ろよ」
「子供と…ポケモンか?」「怪我してるぞ!」
少年を引きずるタブンネの姿は繁華街では当然目立つ。
怪我をした少年とタブンネを見るやいなや次々に人が集まってきた。
「ミィ!ミィ!」
やった。助けがきた。
これで少年を助けることが出来る。
血だらけのタブンネは懸命に鳴き、集まる人達に呼び掛ける。
人々はタブンネを突き飛ばし、少年に駆け寄った。
「酷い怪我だ…すぐに救急車を!」
「ミィ!」
彼らが少年を助けようとしてくれているのは何となく分かった。
タブンネがお礼を言おうと、人間達に近寄ろうとしたその時、一人の男の足がタブンネの鳩尾にめり込んだ。
「ミギァ…!」
酸素と一緒に妙な悲鳴を上げうずくまるタブンネを、住民は怒りと恐怖の表情で見つめていた。
「可愛い顔しておきながら、子供をこんなになるまで痛めつけるなんて…」
「やっぱり野生のポケモンだから…」
「お、俺達で追い返すんだ!」
運んでいるうちに少年の血を浴びてしまい、自身の出血と併せて返り血のように見えてしまったのだろう。
勘違いした住民達はタブンネを取り囲み、殴る蹴るの暴行を加え始めた。
どうしてぶたれるの?
私は友達を助けにきただけなのに…
何故殴られているか分からないタブンネは、自分の倍程の背丈のある住民達からの攻撃に「ミィ!ミィ!」と悲鳴を上げながら、身体を丸めて逃げ帰るしかなかった。

草むらに戻ったタブンネは、それから幾日も少年を信じて待ち続けた。
また来てくれた時のプレゼントにと集めた木の実を抱え、雨の日も風の日もひたすら待った。
そんなある日、草むらに近付く足音が聞こえてきた。
聴力に優れるタブンネは、それが人間のものであるとすぐに分かった。
木の実を抱え、息を切らしながら走る。
早く会いたい――
その一心でいつも少年と会っていた場所に辿り着いた。
そして…

パァン――――――――

乾いた音が響いた。
同時に急に下半身の力が抜け、タブンネは豪快に地面を転がる。
顔面から転んだタブンネの周囲に、集めた木の実が散らばった。
いきなりの事態に混乱するタブンネは自身の左足に痛みと違和感があることに気づく。
見てみると、左足には穴が開いており、そこから血が止め処なく流れ出ていた。
「ミィーーーーッ!!」
気付いた瞬間、貫通した左足から走った激痛にタブンネの甲高い悲鳴が上がる。
タブンネの足を撃ち抜いたのは猟銃。
そして猟銃を持っているのは見知らぬ成人の男。
しかし、タブンネは知らない筈の男に何故か既視感を抱いていた。
男はタブンネに近付くと、今度は右腕と脇腹を撃ち抜いた。
「ミ゛ビャアァァオァァァア!!」
痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い!!
肉を抉られ骨を砕かれた痛みに、普段の可愛らしさは考えられないような悲鳴が上がる。
喉がはち切れんばかりに絶叫するタブンネを男は憎しみに震え見ていた。
「……した」
震えながら男は呟く。
その声は聞き取れない程に小さなものだったが、タブンネの優れた聴覚はそれを鮮明に聞き取っていた。

「お前の……お前のせいで息子が死んだ。お前さえあの子の前に現れなければ…」
その声からは、タブンネから痛みさえも感じなくさせる程の絶望を与えた。
――少年が、死んだ。
既視感の正体は少年にあった父親の面影。
あの後治療が間に合わずに少年は死んだ。
死に目にも会えず絶望した両親が聞いたのは、彼を引きずっていた血だらけのタブンネがいたという事実。
無論、スピアーの毒が原因であることは医師から聞かされていたし、両親はタブンネの投げたボールが原因であることも知らない。
しかし、少年の死にこのタブンネは関わっていた。
両親がやり場のない怒りを向けるには十分だった。
悲鳴を聞きつけた人が来ないよう口に石を含まされ、タブンネは身体のあちこちを撃たれ続けた。
撃たれる度に身体が痙攣し、死が近付くのを感じるが、最早タブンネはどうでもよくなっていた。
自分の投げたボールのせいで少年は死んだ。
この事実はタブンネから生きる気力を奪うのに十分すぎる理由だった。
頭を掴まれ、持ち上げられた身体に押し当てられる銃口。
心臓に向けられたそれは数秒の余韻の後、発射された。
――――――――――
少年の父親が去り、静かになった草むらに血だらけで倒れるタブンネ。
死ぬまでのほんの少しの時間、タブンネの視界に入ったのは泥だらけのボール。
それは少年がタブンネと遊ぶ時、いつも使っていたボール。
タブンネがスピアーの巣にぶつけそのままになっていたボール。
タブンネが少年を殺したボール。

ごめんなさい
ごめんなさい、ごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

意識が失われていく中、タブンネはただただ少年に謝り続けていた。
ごめん……なさ、い
タブンネの目の前は真っ暗になった。


  • 悪いタブンネではなかったが、タブンネに生まれたことが間違いだったということか。 -- (名無しさん) 2013-05-17 23:08:41
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最終更新:2011年05月09日 01:33
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