外伝・タバサと仮面 「スモークオンザマウンテン」




「きゅい~トゥーナいっぱい食べ損ねた!騙されたのね~!くやしい!きゅい!」
 ガリア上空。 
 リュティスに向かうタバサを背中に乗せて、風韻竜のシルフィードはタルブ村ではご馳走どころでは無く、魚の一匹にもありつけなかった事を今でも愚痴っている。
 タバサはシルフィードを無視して黙々と本を読み続けている。
「シルフィとっても頑張ったのね!タルブ村が無事復興したら、今度こそお腹いっぱいお魚食べてやるんだから!こんな肉の味をした、肉っぽいニセモノはもう嫌なのね!」
 シルフィードの手にはブヨブヨした何かの塊がある。
 最近売り出された魔法を使った代用肉であった。
 肉があまり手に入らない庶民が買う、豆で作った生地に魔法の『錬金』によって肉の味が付けられたものであった。
 肉よりも安く手に入るので、タバサは肉をしきりにねだるシルフィードに買い与えたのがこの豆でできた肉の様なものだった。
「シルフィはこう見えても美食家なのね!本物のお魚とお肉を要求するのね!主人は使い魔の食べ物に責任を持つべし。シルフィは使い魔として当然の権利を主張するのね!」
 と言いつつも、空腹には耐えきれず、シルフィードは手にした物をちびちびと口に運ぶ。
「お金が無い」
 タバサはシルフィードの主張を捻じ曲げる現実を淡々と突き付けた。
「いつも新しい本を買い込むくせに、よく言うのね!本は食べられないし、古くても中身一緒なのね!でも食べ物はそうはいかないのね!もっとシビアな現実に目を向けて欲しいのね!」
「食事は何を食べても同じ様に身体の栄養になる。でも、本は頭の栄養。質が大事」
 シルフィードはぷりぷりと怒り、首をぶんぶんと振るが、タバサはもう相手にしない。
「食べ物を笑う者は、いつか食べ物の差で泣くのね!」
 シルフィはきゅいきゅい喚きながら、リュティスに向けて飛び続けた。

 ガリアの首都リュティス。
 街の郊外の一角に広がるヴェルサルテイル宮殿のさらに一角、鮮やかな薄桃色の壁を誇るプチ・トロワでは、ガリアの王女であり、タバサの従姉でもあるイザベラがタバサの到着を待ちわびていた。
 タバサと同じ色の長い青い髪。
 しかし、その下の顔が持つ雰囲気は、タバサの涼しい冷たい風の様な雰囲気と違い、イザベラのそれは『冷酷』の一言で片づけられる、見る者を不安にさせるものだった。
「遅いねぇ。ほんとにあの『人形娘』はわたしをイライラさせるねえ」
 そんな冷酷さをむき出しにした声で唸ると、控えた女官や召使達が怯えた表情になった。
 イザベラ王女が機嫌を損ねていると、非常にロクでもない事である。
 命に関わると言っても大げさではない。
「この酒に料理……。なんてまずいんだい。もう飽き飽きしてしまったよ。お前らでたいらげな」
 イザベラは目の前のテーブルに置かれた様々な料理を一瞥して言った。
 それらは国中から集めた選りすぐりのコック達が作った豪華な昼餐であった。
 召使達は、ほっとした表情を浮かべた。
 どんな難題を持ちかけられるかと不安になっていたが、食事を自分達で片づけるだけならなんも問題はない。
「ただ、時間をかけちゃいけない。一分でたいらげな。一秒でも遅れたら、一週間、食事抜きだよ」
 召使達の顔が、恐怖に歪んだ。
 その表情が至高のご馳走と言わんばかりの顔で、イザベラは言い放った。
「食べ物に感謝しない奴は嫌いさ。わかったら、さっさとたいらげな。もう、七秒使っちまったよ」
 召使達は慌てて料理に飛びつき、食器を使う事も忘れ両手で料理をむさぼり始めた。
「あっはっは!まるで家畜のようだねえ!」
 イザベラは高らかに笑う。
 そのとき……、入口に控えた騎士が、タバサの来訪を告げた
「シャルロット様が参られました」
「だからあいつの事は『操り人形』って呼べと言ってあるじゃないの!『人形七号』で十分よ!まったく不愉快ね!」
「失礼しました。七号様、参られました」
 タバサ達の北花壇騎士は名前で呼ばれる事は殆どない。
 それぞれ番号で呼ばれるのが慣例であった。
 しかし、タバサは元王族。納得いかない思いを抱える騎士や貴族は少なくは無かった。
「入っておいで!」
 料理に群がっていた召使達は、一様にほっとしたような表情を浮かべた。
 自分達の暴君の興味の対象が、やっと別のものに移ってくれたからだった。
 無言で入って来たタバサを見て、イザベラは目の前で食い散らかされた料理を指差した。
「たまにはお前をもてなしてやろうと思ってね。ほら、一流のコック達が腕によりをかけて作った料理だよ。食べな」
 召使達が散々に食い散らかしたあとなので、残飯のようになっている料理がテーブルの上にあった。
 元王族が、口にできるようなものではない。
 タバサが無反応なので、イザベラは業を煮やした。杖を持ち上げ、それをタバサに向けた。
「食べな」
 タバサは無言のまま、テーブルに近づきフォークを握った。
 イザベラがにやっと笑った。
「ああっと、フォークを使うんじゃないよ。宮廷のフォークは、王族のみ使用を許されているんだ。知らないのかい?」
 タバサはわずかに目を細めると、肉や野菜の残骸に手を伸ばし、それを口に含む。
「どうだい?おいしいだろ?わたしに感謝するんだね。お前なんか、一生かかっても口にする事はかなわないような高級な食材を使っているんだ」
 わずかに硬い表情で、タバサは黙々と料理をたいらげた。
 食べ終わったタバサに、イザベラは任務を告げた。
「さて、今回の任務は、火竜山脈に出向いて、時折周辺の鉱山村を襲う悪名高いはぐれ火竜を一匹退治して欲しいのさ。簡単な事だろう?細かい事はそこに書いてあるから後で読んでおきな」
 イザベラは冷ややかに命令して、タバサの顔に一巻の羊皮紙を投げつける。
 そこにははぐれ火竜に関する領民からの報告が書いてあった。
「ああ、それと私用だけど、わたし毎日同じ様な料理に飽き飽きしちまってね。お前に極楽鳥のタマゴもついでに火竜山脈から取って来て欲しいのさ。公式の任務ではないけれど、お前にとっては同じぐらいに重要な任務である事には変わりないよね?」
 後ろに怯えながら立っていた召使達の表情が変わった。
 自分達より過酷な運命に置かれた者をみる、同情を含んだ目だった。
「知っての通り、今の季節、極楽鳥のタマゴは簡単に取れなくてね。しかし、わたしは『今』食べたいのさ。だからせいぜい命を張って頑張るんだね。たかがわたしの美食のためにね」
 満足気にイザベラは言い放った。


「火竜一匹でも大変だと言うのに、更に極楽鳥のタマゴですって!できるわけないじゃない!きゅい!」
 タバサから今回の任務を聞いたシルフィードは、ガリア南西へと飛びながら、驚きの声をあげた。
「いいこと、おねえさま。これからの季節、火竜は繁殖期にはいるの!とってもピリピリしていて、近づいたらどんなものでもその強力なブレスで丸焦げにされちゃうのね!」
 シルフィードの言うとおり、繁殖期に入った火竜の雄ほど性質の悪い幻獣はいない。
「しかも極楽鳥は高い山の洞窟に巣を作るけど、同時にそこは火竜の住処でもあるのね!この季節にそこに行くなんて自殺行為なのね!」
 イザベラが『私用』と称した極楽鳥のタマゴの採取も、通常は火竜がいない季節を狙って行われる。
 タバサを自分の『美食』のために、その様な任務を付け加えるのは嫌がらせ以外のなにものでもなかった。
 シルフィはまだ続けてタバサを説得しようとする。
「火竜はシルフィ達古代種たる韻竜と違って、知能の代わりに強力な炎を進化させてきた連中!風竜みたいにものわかりがいいわけじゃないし、おまけにとっても気が荒いのね!きゅい!」
 しかしタバサは首を縦に振らない。
「急いで、明日にはつきたい」
「もう!おねえさまったらほんとに竜族の怖さがわかってないんだから」
 文句を言えるだけ言ったものの、まさかタバサを放りだして逃げ出すわけにもいかず、シルフィードは仕方なく火竜火山へと飛んだ。
 火竜火山は、ガリアを横切るように六千メイル級の火山が連なる、長大な山脈である。
 いたるところに赤く焼けた溶岩流が噴出し、さかんに振る雨を水蒸気に変え、一面を白く濁った霧で包む。
 シルフィードに乗ったまま、空から直接向かうのが一番早いのだが、それではすぐに火竜に見つかってしまうだろう。
そのため、タバサ達は麓からこっそりと山を登り、極楽鳥の生息地に向かう方法を選んだ。
「この姿で山を登るのはごめんなのね」
 風竜の姿のままでは目立つので、シルフィードは『変化』の魔法で人間の姿になり、タバサが貸したお仕着せに着替えた。
 黙々と山を登って行くタバサに向かって、シルフィードはぶつぶつ文句を並べた。
「まったく、あの最悪姫の食い意地ったらないのね!たかが自分の食堂楽のために、いらない注文を追加するなんて!」
 極楽鳥の住処のある所まで半日もかかった。
 火竜の群れに見つからぬ様、慎重に登ったため時間がかなりかかってしまったのだ。
 濛々と立ちこめる水蒸気の中、瑠璃色に光る鳥の羽が見えて、シルフィードは興奮した声を上げた。
「あの羽!極楽鳥なのね!」
 タバサは振り向いて、自分の口に指を立てて当てた。
「そうなのね、つまりここは同時に例の火竜の巣でもあるのね。きゅい」
 はぐれ火竜の被害を受けている鉱山村からの報告では、雌争いに敗れ、片目に傷を負った一匹の雄の火竜が腹いせとばかりに山脈の各所にある鉱山村にちょっかいを出し、家屋などを焼いて回っているとの事であった。
 そして群れからはぐれた行動を取りつつも、未練がましく住処は他の火竜とはあまり遠く離れていないとの事であった。
 そのためタバサは、はぐれ火竜に挑み火竜の群れを刺激してしまう前に、極楽鳥のタマゴを早々に回収しておこうと計画していた。
「しかしおねえさま、この霞というか湯気、忌々しいのね。むしむしするし、視界が悪いし。片目が潰されたはぐれ火竜でしたっけ?見つかる訳無いのね」
「でも同時にわたし達をも隠してくれる」
 タバサはいつもと変わらぬ涼しい声で、岩の隙間を一つ一つ覗き回っては、極楽鳥の巣を探した。
 立っているだけで汗が噴き出る程に蒸し暑く、火竜が闊歩する恐ろしい場所なのに、タバサは全く動じた所が無い姿をシルフィードは見つめていた。
「おねえさまはやっぱり並じゃないのね。きゅい」
 タバサは机の下に落ちた羽根ペンを探すかの様な気安さで、ひょいひょい岩の隙間を確かめて行く。
「あった」
 やがて、ぽつりとタバサが言った。
「ほんと?ほんとなのね?」
 シルフィードも駆け寄り、タバサが指差す隙間に覗き込んだ。
 岩の間に、極楽鳥の巣があった。
 動物の毛が敷き詰められた中には、瑠璃色に輝くタマゴが三つあった。
「すごい!ほんとにあった!これで任務の一つは完了なのね!」
 タバサはタマゴに手を伸ばした。
 しかし、岩の隙間は深く届かない。
 そこでタバサは魔法を使おうとした瞬間、親鳥が戻って来た。
 ビャアビャア!ビャアビャア!
 瑠璃色に光る翼とトサカを持った翼長七十サント程の鳥が、タマゴを守ろうとしてタバサの前に立ちはだかり、暴れる。
 健気な行為だが、タバサも命がかかっている。
 手を振り、親鳥を追い払う。
 すると、親鳥は空高く飛び上がり、更に甲高い声でわけきちらす。
 ビャアビャア!ビャアビャア!
「ほんとに煩い鳥なのね!」
 シルフィードが文句を言った。
 その極楽鳥の鳴き声に嫌なものを感じて、タバサは靄の中を凝視した。
「おねえさま、どうしたの?早くタマゴを取って、例の火竜を見つけるのね」
 シルフィードがそうつぶやくのと同時に、靄の中から巨大な影が現れた。
 タバサは咄嗟に杖を振り、魔法を唱えてシルフィードの身体を弾き飛ばす。
 同時に自分も岩の陰に身を伏せた。
 ゴォオオオオオオオ!
 太い柱の様な炎が、タバサ達がいた空間を薙いで行く。
「火竜!」
 シルフィードが怒鳴った。
 靄から現れたのは全長十五メイルあろうかという、大きな火竜だった。
 そして領民からあった報告の様に、その火竜の目には痛々しい二重に重なる引っ掻き傷があった。
 任務の対象となっているはぐれ火竜だ。
 荒々しくギャアギャアと鳴き喚いた後、はぐれ火竜は上空で反転して、再びタバサ達の方へと向かって行った。
 その瞬間、タバサは岩場の隙間から躍り出た。
 対象の火竜と遭遇する事は予定外だったが、探す手間が省けた、ここで一気に勝負つけるつもりなのだろう。
 目の傷の痛みに怒り狂う巨大な火竜と、それに対峙する小さな少女。
 しかしそんな小さなタバサは少しも臆した様子を見せず、身長より長い杖を凛と構え、強力な呪文を繰り出すべく、詠唱を開始する。
 わずか数秒の間に、実戦魔法に通じたタバサは呪文を完成させる。
 杖の先には大きな氷の槍が出来上がる。
<アイス・ジャベリン>だ。
 タバサは迫りくる火竜に向けて、<アイス・ジャベリン>を放つ。
 しかし、火竜が吹きかけるようにブレスを吐くと、そのジャベリンを一瞬で蒸発させた。
「!」
 タバサは驚愕した。
 あれだけ太い氷の槍が、一瞬で燃やし尽くされるとは思っていなかった。
 一瞬で先を読んで、作戦を組み立て、戦うのが得意なタバサであったが、途中で予想外の事態が起こると、判断を誤りやすい弱点も持っていた。
 タバサは火竜のブレスの強さを見誤り、そして氷が作りにくいこの熱気を帯びた火山の環境を計算に入れていなかった。
 わずかに焦った表情を浮かべ、タバサは<アイス・ウォール>を詠唱して、氷の壁を作る。
 しかし、火竜のブレスの前には焼け石に水の呪文である。
 地面に伏せたシルフィードが怒鳴る。
「無茶なのね!おねえさま、逃げてなのね!」
 しかし、遅かった。
 火竜は真っ赤に燃えるブレスを吐きだす。
 氷の壁が、炎に飲みこまれる。
 シルフィードが咄嗟に飛び出して、小さな主人の身体を抱えてブレスをかわした。
 しかし、傍らをよぎった火竜の尻尾が、ぶん!と唸ってそんな主従を弾き飛ばす。
 二人は投げ飛ばされ、タバサが呪文を唱える暇も無く、二人は地面に強く叩きつけられた。
 朦朧とする意識の中、タバサは何か温かい風に包まれて辺りの靄が晴れた、そしてうまく聞きとれなかったが、背後から誰かの声が聞こえた様な気がした。
『同じブレスばかり使って雑魚丸出しだろ・・まぁいいが』
 そこで、タバサは意識を失った。

「気がつきましたか?」
 タバサが目を覚ますと、そこはテントの中だった。
 寝床代わりの藁の上に、寝かせられていた。
 むくりと起き上がると、身体の節々が痛い。
 見ると、包帯が幾重にも巻かれている。
 隣にはシルフィードが人間の姿のまま、自分と同じ様にして寝かせられている。
 タバサとシルフィードを介抱してくれたであろう人物は心配そうにタバサの顔を覗き込んでくる。
 年の頃十七、八と思われる少女だ。
 長い髪は無造作に後ろで束ねられ、顔も汚れている。
 服はボロボロになり、所々穴があいている。
 しかし、彼女の薄い鳶色の瞳には、強い意思の力が宿っている。
 生活臭漂う薄汚れた格好だが、高貴な生まれ特有の雰囲気を放っている。
 なるほど、右手には杖を握っている、貴族だ。
「あなたが、助けてくれたの?」
 少女は首を横に振る。
「わたしはその包帯を巻いただけです。実際にあなたを助けたのは別の二人です」
「別の二人?」
「ええ、何でも『火竜は何匹も倒した事がある』と言う凄腕のメイジとその方のご友人である剣士の二人組です。わたしと目的が偶々一致していたので一緒に行動を取っていたのですが、火竜に襲われていたあなたを二人が見つけ、彼らが火竜の相手をしている間に、わたしが風魔法であなた方をここまで運んだのです」
 そのうちに、シルフィードも気付き、ぱちくりと目を開けて絶叫した。
「おねえさまぁ~~~!火竜が~~~~!きゅい~~~!」
 慌てた少女はシルフィードに取りつき、その口を塞いだ。
「しっ!音を立てないでください。このテントは魔法で岩に偽装してるんです。今火竜の群れは繁殖の時でその大部分はこちらに気付かないとしても、先ほどの様な雌にあぶれた火竜に気付かれてしまうかもしれません」
シルフィードは、んぐんぐと、言葉を飲みこんだ。
「その二人は今どうしている?」
 タバサは少女に訪ねた。
「あの二人組が、先程の傷を負った火竜と何度か対峙した所を見た事があるので心配は無いと思います。息の合ったあの二人は、確かに凄腕だとわたしでも思いました。でも、例の火竜が中々仕留め切れなくて、すぐに逃げられてしまうので、戻って来るとしたらそろそろ……」
 少女がそう言った時に、テントの外から人の足音が近づいてきた。
 テントの幕が捲れあがると、橙色の色眼鏡をかけたメイジが入って来た。
 いつぞやタルブ村で見かけた男だ。
「参った参った、今回もあいつに逃げられてしまったよ。魔法の風で奴が飛び立つのを止める作戦も失敗してしまったよ」
 続いて後ろから白い鉄仮面を被った剣士風の男が愚痴をこぼしながらテントに入って来た。 
「お前頭悪ぃな火竜が空を飛べるのはずるい」
「はっはっはっ、友の言うとおりだ。私の考えた作戦が甘かったな。だがいい経験になった」
 タバサは意外な顔ぶれが登場した事に顔色を変えずとも、驚いた。
 そしてタバサが何か言おうとした瞬間、シルフィードが仮面の男に飛びついた。
「うわ~!ブロントさんだ~!きゅいきゅい!ぴかぴかのブロントさんだ~!」
 仮面の男は手でシルフィードを押しのけた。
「は?俺がブロント?なんでそうなるのかわからん。俺は仮面ヴぁーんなんだが、俺がどうやってブロントだって証拠だよ。言っとくけど俺はブロントじゃないから。あんまりしつこいとバラバラに引き裂くぞ」
 シルフィードはむー、と頬を膨らませる。
「う~、そのぴかぴかはブロントさんなのね。シルフィ見間違えるわけないのね。絶対ブロントさんなのね!」
 そこに色眼鏡の男が割り入って来る。
「まあまあ、彼がブロントではないと言う事を証明してあげよう」
 色眼鏡の男はこほん、と咳払いをして仮面の男に問う。
「こんにちは」
「何か用かな?」
 仮面の男は律儀に答えた。
「ブロントさんですか?」
「俺はブロントさんじゃない」
「そうですかありがとうデルフンすごいですね」
 色眼鏡の男はにっこり微笑み、仮面の男の腰に帯びた剣を指差して言った。
「それほどでもない」
「それほどでもねえって、相棒そりゃないぜ……」
 腰に帯びた剣が切ない呟きを漏らした。
 色眼鏡の男は再びシルフィードに向かってにこやかな笑顔を見せた。
「ほらこの通り、彼はブロントではないよ。しかもインテリジェンスソード持っているのに、それほどでもないと言う程、とても謙虚な者だ」
 シルフィードは全然納得がいかず、うー、と唸る。
「そんな白々しい事されてもシルフィ騙されないのね。絶対ブロントさんなのね。それにシルフィ知っているんだから、そこのあなた本当はウェー……」
 タバサは杖でコツンとシルフィードの頭を軽く叩いた。
「痛い!何するのね!このちびすけは!」
 タバサは首を横に振って、ポツリと呟いた。
「『彼』はブロントでは無いと言っている。人にはそれぞれ自分を名乗れない時がある。それ以上詮索するのは良くない」
「何ね、おねえさまも。ふん、いいわ。シルフィも本当は別に名前があるけど、それはおねえさまとの間だけの秘密だもん」
 一同の中で一番見た目が大人っぽく見えるシルフィードが、まるで子供みたいに拗ねた。
 タバサは尋ねようした事をようやく聞く事ができた。
「あなたたちは、ここで何をしているの?」

 色眼鏡の男が、隣に立つ仮面の男に目配せをして頷くと、質問に答えた。
「私は友の火竜山脈を巡る物見遊山に付き合っていただけ所なのだが、そこで持ち合わせていた路銀が少々足りなくなった所なのだよ。そして偶々噂に聞いたのがこの周辺の村を困らせていると悪名高いあの片目の火竜に対していくらかの賞金がでると言うではないか。そういう訳で私達はあの火竜を狙っているわけだ。嘘ではないぞ、偶然聞いた獲物があの片目に傷負った火竜だったというわけだ」
 仮面の男は黙ってそれに頷いた。
 タバサはやけに『偶然』を強調した事に少し気になったが、軽く聞き流して今度は小女に目を向けた。
 少女はリュリュと名乗った。
 リュリュはまず、自分の生い立ちからタバサに語った。
 ガリアのとある行政官の娘として生まれ、何不自由なく育った事。
 おいしいものをたらふく食べて育った事。
 そのうち、『美食』に強く興味を持ち、ハルケギニアを巡り色々な料理を金に任せて食べ歩き、次第に食べる事から、自分で作る事に興味が移った事。
 しかし、料理とは身分の低い者が作る物とされていたので、貴族である彼女が厨房に立つ事に対して風当たりが強く、結局彼女は家をでて、各地を放浪して回った事。
「そこである一つの事に気が付いたのです!世の中の殆どの人は、おいしいものを食べられない!と言う事に!美食は、貴族だけのものであってはなりません!万人に認められるべき娯楽なのです!旅の途中、困った私を助けてくれた親切で真っ当に生きている人達が、かつてわたし達が食べていたようなおいしい料理を食べられないのは間違っていると!」
 シルフィードは感動した顔で、リュリュに飛びついた。
「素晴らしい!シルフィ感動したのね!きゅいきゅい!」
「そんなあなたが、ここで何をしているの?」
 よくぞ聞いてくれました、といった顔でリュリュは傍らからブヨブヨとした何かの塊を取りだした。
「うわ!肉の出来損ない!」
 その塊はシルフィードがここに来る途中食べていた代用肉であった。
 そこでリュリュは少し恥入った声で呟いた、
「そうです。出来損ないです」
「あなたが作ったの?」
 その言葉の調子で気がついたタバサが尋ねる。
 リュリュは頷いた。
「はい、わたしが考えたんです。庶民の方々にもおいしい物が行き渡るにはどうしたらいいかって、それで一生懸命考えて、この豆に『錬金』をかけて代用肉を作りました。街の商人と取引して店に置かせて貰っています。それほど売れ行きは悪くは無いのですが……」
「味があんまりよろしくないのね」
 シルフィードの言葉に、仮面の男も頷いている。
 その通りです、とリュリュは悲しそうに答えた。
「まぁ、肉っぽい気はするのね。でも肝心な何かが抜けているのね。うまくいえないけど、それがこの肉っぽいものを『肉』にするのを拒んでいるのね」
「そうです。私はそれが何であるかを知るために、もっと世の中のおいしい物を、もっともっと知る必要があります。その修業のためにここにいるのです」
「極楽鳥のタマゴ」
 タバサはポツリと呟いた。
「そうです!あなた方ももしかして?」
シルフィードとタバサは顔を見合わせて、首をかしげながら頷いた。
「半分はそう。もう半分はあの片目の火竜」
「まあ!わたし達と目的はぴたり一緒ですね!わたしとあなたはタマゴが目的、そしてそこの二人とあなたはタマゴを取るのを邪魔する火竜が目的!ああわたし、世界七大美味の一つとうたわれる、あの極楽鳥のタマゴ食べてみたいのです!それも殆ど手に入らないこの季節の!きっと、手に入りやすい季節のものより、おいしいに違いありません」
「で、こんな所にテントを張っているわけなのね」
「はい、二週間近く張っているんですけど、あの火竜に邪魔されて、うまく極楽鳥の巣を探し当てる事もできなかったんです。いざ見つけても、親鳥がすぐに火竜を呼び寄せる習性をもっておりので。あ、でも先日から協力していただいているヴァーンさん達のお陰で何とか火竜の注意を向けて貰っている間、タマゴがある巣を探せるようになった所なんですよ」
 タバサはそこで何故あの場に彼女等が居合わせていたのか納得いった。
「タバサさんが極楽鳥の巣の在りかを見つけてくれたので、今度こそはタマゴを取れる筈です!」
 色眼鏡の男が更に付け加える。
「空を自在に飛ぶ火竜相手に、私の『風』だけで抑えつけるのに難儀していたが、君のその『水』と『風』を合わせた『氷』があれば助かるのだが。どうだ、同じ目的を持つ者同士協力してくれないか?」
 仮面の男が口を挟む、
「何いきなり怪我人に無理を言っているわけ?」
「そうだったな。何、その身体に響くような無茶な事は言わない。あの火竜が逃げるのを止めるための氷魔法を唱えて欲しいだけだ。荒っぽい事は私と友が引き受ける」
 タバサにとっても悪い条件では無い。両方の目的が一度に達成できるのであれば、願ったり叶ったりだ。
 それにあまりぐずぐずしていては火竜の繁殖期が終わり、子育ての時期になれば片目のはぐれ火竜以外にも他の火竜達も辺りを警戒するようになるかもしれない。
 そうなってしまうと火竜退治やタマゴ探しどころではなくなってしまう。
 タバサはこくりと頷いて、互いに協力する事に賛同した。
「おねえさま、おねえさま。シルフィは何すればいいのね?」
 リュリュはちょっと困った表情を浮かべた。
「そ、そうね。じゃ、あなたは親鳥を鳴かせる係、って事でいいかな?」
「わかった!シルフィ頑張ってあの煩い鳥をびゃあびゃあ鳴かせるのね!るーるー♪」
 絶望的な任務が思っていたより簡単に済みそうとわかり、シルフィードはご機嫌に鼻歌を歌い出し始めた。
「タバサさん、今からでも、身体大丈夫ですか?」
「問題無い」
「ヴァーンさん達は……大丈夫のようですね」
 見れば、男達二人は既に準備を整えてテントをでてしまっている。

 一同はタバサ達が火竜に襲われた所までやってきた。
 辺りは相変わらず白い水蒸気に包まれていたが、色眼鏡の男が軽く杖を振り、風を起こすと、山のごつごつした黒い岩肌が露わになった。
「タバサさん、巣のあった場所覚えていますか?」
 タバサは辺りを良く見まわして、見慣れた岩の形を探しだすと、巣があった岩の隙間を指差した。
「では、私が魔法で岩の中に潜り隠れます、そこでええっと、シルフィさんでしたっけ?あなたが親鳥を鳴かして火竜を呼んだら、すぐにテントの所まで逃げてください。ヴァーンさん達が火竜の注意を惹きつけた所を見計らって、私がタマゴを回収します」
 一同はリュリュの出した作戦に対して頷く。
 リュリュは『土』の魔法を唱え、巣の傍らの地面に潜りこむ。
 タバサは男達二人と共に火竜が現れた時に飛び出せるように岩陰に隠れる。
 一人残されたシルフィードは、辺りに再び白い靄が立ち込めるのを見て、急に不安になりだした。
 火竜が今くるのではないか、と軽く怯えながら、岩の隙間を覗き込む。
「シ、シルフィ行くよ?あの火竜呼びだすのだからね?み、皆準備いいのね?」
 だが誰も返事をしない。
「ええい、もうどうにでもなれなのね!」
 シルフィは隙間に手を突っ込んでバタバタと振りまわした。
 突然差し伸べてきたシルフィードの手に驚いた極楽鳥の親鳥はけたたましく鳴いた。
 ビャアビャア!ビャアビャア!
 火竜を呼び寄せるに様に甲高く鳴いた後、間もなくして巨大な影が靄の中に現れた。
「きゃ~、火竜がきたのね~!」
 そう叫び、シルフィードは一目散にテントのある所へと走り出した。
 その叫びを合図に、岩陰に隠れていたタバサ達が飛び出す。
 計画通り、片目の火竜が又しても極楽鳥の鳴き声によってやって来たのだ。
 片目の火竜は雄たけびを上げながら、上空から飛び降りてきた。
 しかし、仮面の男の姿を見るや否や、逃走しようと翼をはためかせた。
「おいィ!ウェントゥス!?」
「今度こそ大丈夫だ!」
 色眼鏡の男が杖を振ると、火竜の周りの空気が歪む。
 するとまるでずしりと重くなったかの如く、火竜がバランスを崩し、再び足が地につく。
「友が言っていたな、火竜が飛べるのはずるいと!それならば、と<フライ>の逆をする風魔法をかけてみたのさ!奴の周りの空気を重くした」
「ほう、経験が生きたな」
 仮面の男は剣を抜き放ち、盾を上げて地に降りた火竜に突貫する。
 火竜の塞がれた右目の死角に入るように仮面の男は火竜の周りを時計周りにぐるぐると旋回する。
 姿が中々捉えられない火竜は必至に首を回して、白く光る人間の姿を見つけては炎のブレスを吐く。
 灼熱のブレスは仮面の男を掠めつつも、大した効果はでていないようだ。
「タバサ君、ブレスの直線上に立っては危険だ、我々も回るぞ!」
 そう言い放ち、色眼鏡の男は反時計回りで火竜を中心に旋回しはじめた。
 タバサは少し考えて、仮面の男と重ならない様に大きく時計回りで回りだした。
 土から顔を出したリュリュはその様子を遠目から見て、その宇宙の様に壮大で綺麗な光景を前にして、ふと見とれてしまっていた。
「きゅい~~~!道を間違えたのね~~~!」
 逃げる時に、逆の方向に向かってしまっていたシルフィードが、戻って来て、横切って行った。
 困惑した火竜は、重くなった自分の翼を無理やり広げ、飛び立とうとした。
「相棒!こいつ逃げる気だぞ!」
 剣がそう叫ぶと、仮面の男は盾を突きだし、それで火竜の腹を強打した。
 心臓が止まるような衝撃を受けた火竜がぐらりとよろめく。
「未だタバサ君!『氷』の魔法で火竜の動きを!」
 色眼鏡の男がそう叫ぶのを聞き、タバサは杖を振り、<ウィンディ・アイシクル>を唱える。
『水』一つに『風』二つをあわせたトライアングルスペル。
 しかし、先ほど受けた怪我によって本調子ではない上に、思っていたよりも精神力を消耗していたタバサは『水』一つを詠唱するのがやっとだった。
「ダメ、氷が作りだせない」
 タバサは首を振ったが、色眼鏡の男は明るく答える。
「『水』魔法、それで良い。私は『風』には少し自信があるが、『水』魔法の詠唱が不得手なのでな、あとは任せろ!」
 色眼鏡の男はタバサの水の詠唱に重ねて、『風』を二つ合わせてきた。
タバサは驚いた。
 他人の魔法に重ねて詠唱する事など聞いた事が無い。
 自分はいつもの様に『水』を唱えているが、この男は慣れた雰囲気で、『風』の詠唱を自分にあわせてくる。
「ラグーズ・ウォータル…」
 続けて色眼鏡の男が詠唱を完了させる。
「イス・イーサ・ウィンデ!」
 その瞬間、タバサの杖から無数の氷の矢を飛び放たれる。
 火竜の翼の薄い膜を突き破り、穴だらけにして再び火竜を地に落とす。
 その隙を逃さず、仮面の男が剣を振り上げる。
「ボッパルブレードでバラバラに引き裂いてやろうか!」
 一呼吸の合間に、仮面の男の剣が火竜を四回切り裂く。
 火竜に刻みつけられた斬撃の痕が捻じり、湾曲する。
 小さくうめき声を一つ上げて、片目の火竜はずずん、と地面に倒れ、絶命する。
「す、凄い……本当に火竜を退治してしまうなんて……」
 倒れた火竜を見つめるタバサ達の後ろから、泥まみれのリュリュがタマゴを大事そうに抱えていた。
「それほどでもない。まさかそれが出来なかったらタマゴだけ持って逃げるつもりだったのかよ?お?」
「いえ、そんな事は!でも一応念を入れて、逃げられてしまってもタマゴだけでも確実に手に入れておけるかな、と思って。その」
「それより俺はこの火竜を倒した証拠がいるんだが、貰ってもいいのか?」
 仮面の男は倒れた火竜を指差してタバサに尋ねた。
 タバサは任務としては問題の火竜さえ倒せれば、別に証拠品を持ち帰る必要が無いので、構わない、と一言だけ返事をした。
 それを聞いて、仮面の男は剣を手にとって倒れた火竜に向かう。
「お、おい相棒。俺様を構えて何をするのかな?一応念を入れておくが、俺は武器であって、調理器具じゃねえからな」
 仮面の男が携えた金色に輝く盾が口を開く。
「火竜の鱗をも斬り開き、骨を断つ程の切れ味を持つ刃と言えば誰かのう?」
「そりゃ、お前。このデルフリンガー様しかいないだろう……っておいちょっと待て相棒!俺様は包丁じゃねえって!いやー、やーめーてー!」
 仮面の男は剣の悲鳴を無視しならが、てきぱきと火竜の角、爪、頭骨、肉、心臓と次々と『素材』へと解体してゆく。
 リュリュはタバサに駆け寄る。
「タバサさんありがとうございました。おかげで無事極楽鳥のタマゴが手に入りました!わたし、このタマゴをおろそかにしません!きっとこの味を、代用肉に活かせてみせます!」
 そう言って、リュリュは自分に一つだけ残して、残りをタバサに渡す。
「修業にもっと必要なのでは?」
「修業と言っても、食べて味を知るためですから。一口あれば、用は足ります。もしよろしければ今ここで試してみます?」
 リュリュはそう言うと、タマゴを持ち、それに杖を振りかざした。
 タマゴの周りの空気が熱せられ、表面が蒸されて瑠璃色の殻が土気色に変色していく。
 リュリュが慎重に殻をむくと、ぷりんとした白身が現れる。
 いい匂いが辺りに立ち込めた。
「ふむ、これが幻の季節の、幻の極楽鳥のタマゴか……見た目は普通のタマゴに見えるが」
 色眼鏡の男は興味ぶかそうに覗きこむ。
「あ、ヴァーンさん達もどうぞ、一緒に食べてみましょうよ」
 火竜を解体し終わって、いつの間にやらどこかに仕舞い込んだ仮面の男は剣を布で拭っていた。
「うっ、うっ。俺様汚れちまった。生臭い肉を切る包丁にされた。うっ、うっ」
「まったく、剣が女々しく泣くでない。斬ってしまえば、肉はどれも一緒じゃろうて」
「そういうならよ、イージスてめは胡桃割るのに使われてもいいのかよ?」
「それは嫌じゃ。だが胡桃を相手にするわけがなかろう。それとこれは違う問題じゃ」
 リュリュは仲良くタマゴを四等分にして分けると、口に含む。
 苦労して手に入れた味だ。
 さぞかし夢を見る様な味に違いない。
「…………」
「…………」
「…………」
 しばらくの沈黙が続いた。
 まず色眼鏡の男が感想を漏らした。
「なんというか、懐かしい味がするな……実にアルビオン風な……」
「……その、調理方法が悪かったのでしょうか?」
「おいィ?これはゆで卵なのか?シャレにならんしょ」
 タバサが首を振り、一言で切り捨てた。
「まずい」
 リュリュはがっくりうなだれる。
「この季節のタマゴは食用に適さないみたいですね。ああ、これでは肉の味が遠ざかるばかりです」
 突然仮面の男が両手を上げて、首を振る。
「肉の味を知るのに、タマゴを食べている時点で相手にならないことは証明されたな。本当の肉の味を知りたかったら明日ここにきてもらえませんかねえ・・?」
 そう言いながら、腰のカバンから先程切り捌いた火竜の肉を取り出して、熱く滾る溶岩流の隣の地面に剣を突き刺した。
「ちょっ。相棒。てめ、つるはしなら持っているだろ」
 仮面の男は溜め息を吐くと、カバンからつるはしを取りだしてザクザクと硬い地面を掘った。そしてその掘った穴に竜の肉を埋めた。
 その様子を不思議そうに見つめた後、一同はシルフィードが待つテントへと戻った。
 翌朝、肉を埋めた場所に戻ると、何とも旨そうな匂いが立ち込めていた。
「おいしそうな匂いなのねー!お肉ー、おーにーくー♪きゅいきゅい!」
 久々の肉の香りを嗅いで上機嫌のシルフィードは腰を左右に揺らしていた。
 風竜の姿をしている時の癖で、嬉しい事があると、無意識にその滑稽な仕草を取っていた。
「まさか、あの肉を食べるのですか?そんな事想像した事も無かったです……その、食べる側が食べられてしまうのは盲点でした」
 リュリュは仮面の男が掘りだした肉を見た。
 分厚い肉の外側がこんがりと焼き上がり、仮面の男が剣で器用に切り分けて行くと、中はルビーの様に朱色を帯びた肉汁滴るミディアムレアに焼き上がったステーキになっていた。
 今回はシルフィードも含む一同が切り分けられたドラゴンステーキを口にする。
 シルフィードがステーキを口にする時、タバサは声をかけて静止しようとも考えたが、その暇もなく一口で頬張ってしまっていたため、何も言わず、自分も黙ってステーキを口にした。
「…………!」
「…………!」
「…………!」
 全員が感銘の息を漏らした。
「これは……!本当に焼いただけの肉か!?ローストした牛肉以上の肉があったとは!」
「凄い!肉の生命力が感じる程に生き生きとした味!まるで体中に血が駆け巡るようです!これ一枚で三日は食べなくても平気な気がします!」
「お肉!最高なのね!これが本当の肉の味なのね!」
 タバサが一言だけ的確な感想を漏らす。
「うまい」
 リュリュは興奮して、仮面の男の手を取ってぶんぶんと振った。
「この味です!わたしが探していた「肉」の味です!これほど強く記憶に刻み込まれた味は一生忘れません!ヴァーンさんありがとうございます!まだこの世には知らない美味がある事を知りました!ハルケギニアの美食を知っていたつもりであった自分が恥ずかしいです!もしかして、さぞかし名のある料理人なのでしょうか?」
 仮面の男は首を横に振った。
「それほどでもない。俺より調理スキルが高い奴なら知っているんだが」
「ほんとですか!お願いです!誰だか教えてください!」
「トリステイん魔法学院のマるトーって言うんだが……」
リュリュは仮面の男の手をぐいぐいと引っ張る。
「場所はわかりません!だから案内してください!何と言ってもそのマルトーさんに合わせて頂きますよ!料理人の意地としてこれは譲れません!」
 リュリュが仮面の男を連れて早々と山を下りていき、それに色眼鏡の男も笑いながらあとを追う。

「なんか今回とっても面白い任務だったのね!きゅい!さあ、おねえさま早く帰ろうなのね」
 リュリュ達がいなくなった事を確認してシルフィードは風竜の姿に戻り、タバサを乗せて帰路についた。
 道中、タバサがシルフィードの食べた肉が火竜の肉で会った事を教えた。
 種は違えども、竜族の肉を食べてしまった事にシルフィードは複雑な気持ちになった。
 しかし五分後には「おいしい物には罪はないのね」と言う事でケロリと開き直ったとか。





第25話 「黄昏の恋人たち」   /   各話一覧   /   


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最終更新:2011年07月25日 21:13
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