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【-グランド・フィナーレ-】

最終日。
入園が無料になり、乗り物も全て解放されメイプルランドは
数年ぶりの賑わいを見せていた。
『泣いても笑っても今日が最後!各自、悔いの残らないようにガンバルゾォーッ!』
ホット君が檄を飛ばし、キャラクター達が円陣を組む。
『メイプゥーーール!ふぁぃオーふぁぃオーふぁぃオーッ!』
「お前らどこの野球部だよ」と突っ込みが入りそうなくらい体育会系。
これは、ホット君が元高校球児だったせいだが、着ぐるみは体力勝負なので違和感はない。
朝、入り口に並ぶゲストを全員でお出迎えし
昼までは代わる代わる、グリーティング。
受け付けない胃袋に冷たい弁当を無理矢理流し込み
午後からは、吐きそうになりながらのパレード。
久しぶりに車庫から出したフロートに乗り込んで、必死に手を振る。

だが午後のグリーティング直前、妖精のミックスとアライ熊のシロップ。
それに兎のミルクが倒れた。
イベントを仕切るプロデューサーが夜のショーに合わせる為
三人を一時的にリタイアさせる。
当然のごとく、皺寄せは残りの四人にやってきた。
ホットが風船を配り、ケーキがキャンディを配り、メープルが握手をし
俺は子供をダッコして写真に写る。
四人とも、どうにか休憩時間まで生き延び、控え室に崩れ落ちる。
最後の出番まで後、三時間。
今の内に着ぐるみを開いて扇風機の風を当て
汗でグショグショになったタイツを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。

立場上、最後にシャワーを浴びて控え室に戻ると
テーブルに突っ伏しているTシャツ姿の先輩がいた。
「先輩…生きてるか?」
「うん…」顔を上げずに返事だけ聞こえてきた。
「後は、昨日のリハーサル通り行けば終わり…か」
「……」
(ん…?)最初グロッキー状態でテーブルに突っ伏しているのかと思っていたのだが
どうも様子が違う。身体がかすかに震え嗚咽が漏れ出した。
「…先輩…泣いてんのか?」
突っ伏しながら頭を振り否定する。
「…なら良いんだけど、泣くならショーが終わってからにしてくれ。
その後なら、俺の汗臭い胸を貸してやるから」
……いつもの反応がない。
やはり五年間、現場で頑張って来た彼女にとって、この遊園地は特別な思い入れがあるのだろう。
何か気の効いた事を言って慰めるべきなのだが
入ったばかりのぺーぺーに彼女の何が判るのか…?
結局、何も思い浮かばず、そっとしておく事にした。
「俺は、みんなが仮眠(ね)ている稽古部屋に行ってるから」
そう言って控え室から出る。
ドアを開ける間際、言い忘れていた事を思い出した。
「あ、先輩…このバイトに誘ってくれて、ありがとう」
「……」
「これでも本当に感謝してる。だから元気を出せって言うのはヘンだけど
俺は先輩のお陰で、立ち直れたから。先輩には、いつも元気でいて欲しい」
初めて素直に気持ちを表現出来た。
同時に言っている言葉のクサさに顔が赤くなる。
先輩が顔を上げたような気がしたが、恥かしいのでさっさと逃げ出す。
似合わない事はするもんじゃない…。

午後7時。森の広場に作られた特設ステージには
多くの観客が芝生に座りショーの開始を待っている。
開演まで、あと30分。
舞台の裏に立てられた巨大テントの中では、最後の打ち合わせが行われていた。
イベント会社から派遣された歌のお姉さん二人が入念にプログラムをチェックする。
着ぐるみ隊は全身タイツにジャージを着て、最後の練習をしていた。
「キャラクターのみなさん、そろそろスタンバイお願いしまぁーす」
スタッフの一人が顔を覗かせ、俺達に告げる。
いよいよ、最後だ。
飯も食ったし、タイツも新しい物に代えた。着ぐるみは、生乾きで気持ち悪いが問題ない。
「いよいよ、最後ね…」
着替えを手伝ってるさなか、ポツリと先輩が呟いた。
「うん。先輩の着替えを手伝うのもこれが最後だな……
ところで、俺がココに来る前、どうやって着替えてたんだ?」
前から疑問に思っていたのだが、離れにある倉庫には、いつも人がいない。
「べ、別にいいでしょ…そんな事…」
(…?)
何が恥かしいのか、さっさと面を被ってしまい、その表情を見る事は出来なかった。
『そんな事はいいから、さっさと着替えなさい』
先輩がいつもの口調に戻った。
さっきの涙を引き摺ってるかと思ったが、少し吹っ切れたみたいだ。
正直、俺はほっとした。
落ち込んだまま、最後の舞台に立つのでは、あまりに悲しい。
「開演5分前でぇーす!急いでくださーーーいっ!」
さっきのスタッフがまた、来て告げる。
『おぉーーいっ!バイトくぅーーーん!例のヤツ行くゾォーーーッ!』
声の方を見ると俺達以外のキャラクターが円陣を組んでいる。
(またかよ…)
ケーキとバターが顔を見合わせる。きっと面の中では、お互い苦笑しているだろう。
『行くか?』
『うん♪』

【 -舞台と花火と素の二人- 】

7時30分開演。
舞台上には、メイプルランドのテーマ曲にあわせて
オープニングのダンスを踊るキャラクター達。
それが、終わると同時に歌のお姉さんを迎え入れ、バラエティショーが始まる。
まずは、トークでお姉さんにイジられ
歌のコーナーでは、お姉さんが歌うアニメの主題歌や童謡にあわせ踊りまくる。
これまでの努力が実り、ダンスの息はピッタリ合っていた。
勿論プロのダンサーと比べれば、実に稚拙なモノだが
素人の寄せ集めにしては上出来だろう。
一回目の歌のコーナーが終わり、クイズ大会に移る。
まずは、ジャンケンマッチで参加者を絞り
生き残った者達をキャラクターが舞台に連れて来る。
クイズは〇×式で俺達の出番はないが、ゲストと一緒に考えてる仕草をしたり
正解した時は一緒に喜んだりで休む暇がない。
勝者に景品を渡してクイズ大会が終わると、再び歌のコーナーが始まった。
今度は、子供ウケしている流行の歌が中心だった。
たった一時間のステージなのに昼間よりハードな一時間。
暑さでフラフラになりながらも気分は、やたらと高揚している。
これが俗に言うランナーズハイだろうか?
このままブッ通しで朝まで踊れそうな気がする。
それでも終わりの時は、やって来た。
もう一度メイプルランドのテーマ曲にあわせ最後のダンスを踊る。
全員揃ってターンを決めた後、中央に集まってポーズ。
寸前に打ち上がった花火が同時に開いた。
「みんな、今までありがとーーーーーっ!」
歌のお姉さんが手を振る。
俺達も、めいいっぱい振る。
客席には、鳴り止まない拍手。
夜空には花火が次々と打ち上がり、そのまま花火大会に雪崩れ込んだ。

9時20分。
30分の花火大会が終わり、余韻に浸っていたゲストもほとんど居なくなった。
しかし俺達の役目は、まだ終わらない。
ゲートの前に整列し、帰っていくゲストにお別れの挨拶をするキャラクター達。
そして遊園地スタッフ。
みんな涙ぐみながらゲートをくぐるゲストに手を振る。
不覚にも俺まで目が潤んできた。
あれだけ、汗をかいたのに涙は別腹らしい。
ケーキの方をチラリと見ると、あいつも必死に手を振っていた。
きっと面の中では、汗と涙と鼻水でグショグショになっているだろう。
やがて、本当の終演がやって来た。
10時ちょうど。
最後のゲストを送り出し、ゲートの灯が落ちる。
ゲート前には、最後のゲストを見送る直立不動の男性。
「みなさん!今まで本当に御疲れ様でしたっ!」
背広姿の男性がこちらを振り向き深ぶかと頭を下げた。
暗くてよく判らないが、多分ここの総責任者だろう。
直接見るのは、これが初めてだった。
スタッフ一同が拍手で応える。
あちこちから、すすり泣く声が面の中にも響いてくる。
号泣と言っていい、泣き方をしている女性スタッフも数人いた。
俺は、こんなにも涙腺が弱かっただろうか?
(…つか、員数合せの臨時バイトが、なにスタッフ気取りで泣いてんだ?)
素直に感動している自分がいる。
そして、そいつを冷めた眼で見ている自分がいる。
やはり俺は、まだガキなのだと思う…。

一足遅れで倉庫の中に入ると、張り込んでいた?ホット君がそっと耳打ちして来た。
『バイト君も打ち上げ出るだろ?』
『あ、はい。お邪魔します』
これから、園内のレストランでお別れパーティーが行われる。
俺は車なのでアルコールはマズイが、いざとなったら車に泊まるつもりだ。
『まだ時間があるから、彼女慰めてやんなよ…』
『…え?』
『今、控え室で一人だから』
そう言いながら親指をグッと立て足早に姿を消す。
どうやら、お父さんチームは余計な気を効かせたらしい。
俺は溜息を付き控え室へ向う。
ノックもせずにドアを開けると着替えもせず椅子に座る先輩がいた。
『よっ、お疲れさま』
先輩は無反応だった。一度は取ろうとしたのだろう。
面の中からベルトが垂れ下がっている。
俺は無言で、面を抱えるように持ち上げた。
案の定、声を押し殺して泣く先輩の顔があった。
汗と涙と鼻水でグチャグチャになった顔。
今まで見た中で最高に汚い顔だった。
『先輩、顔がツッパリ食らった力士みたいになってるぞ』
「…わ゙ぅかっぁだわ゙ね゙!!」
鼻詰まりな声が部屋に響く。
『まぁ、それはともかく約束通り俺の汗臭い胸を貸すから存分に泣いてくれ』
「ゔわ゙ぁかっだ…」

そう言うと、毛むくじゃらの胸に顔を埋め泣き出した。
まさか本当に来るとは思わなかった…。
胸で泣く先輩に戸惑いながらも、そっと後から腕を回し抱きしめる。
『…なぁ、先輩。素の俺とバター君、どっちが好きだ?』
「バダーぐん…」即答されてしまった。
『…そっか…なら、仕方ないな…』
ここで《俺》と答えて、面を取りキスする流れを想定していたのだが
完全に出鼻を挫かれた。
『…ところで今、俺の被っている面を取ってくれると良い事があるんだが…』
「バダーぐんがい゙い゙…」
『…そうですか』
諦めの溜息を付く。
…が、不意に首の部分に先輩の手がモグリ込んで来た。
慣れた手付きで、顎のベルトを外すと、おもむろにオオカミの面を取り去った。
湯気が出そうなくらいの熱気と、共に俺の顔が露出する。
「…ヘンな゙かお゙」
「まぁな…」
俺の顔も、眼が真っ赤に腫れた酷いものだろう。
「…先輩も素敵に不細工だぞ」
「ゔん…」
お互いの顔を見詰め合う。
「ここは一つ、ブサイク同士キスでもしてみないか?」
未練がましくそんな事を言ってみる。カッコ悪い事この上ない。
だが先輩は、何も言わずゆっくりと、顔を近づけて来た。
お互い目をつぶっていたのは、ムードを出す為か。
はたまたブサイクな顔を見たくないからか…。
ともかく、俺のメルヘンな日々は、しょっぱいキスで幕を閉じた。

【 -八畳一間の夢の国- 】

あの日から1ヶ月。
俺は以前のように、印刷関係の仕事をしている。
万券数枚で買えそうな化石パソコンと共に
画像の調理とフォントの詰め合わせに頭を抱える毎日。
コイツは、ちょっとでも機嫌が悪いと保存する間もなく凍り付き
ひとの労力をあっさり無駄にしてくれる。
もっとも、これは俺だけへの仕打ちと言う訳ではない。
その証拠に殺伐とした雰囲気の職場には、今日もヤニ臭い男達の怒号が響き渡る。
ここと比べると、あそこは本当に夢の国だった。
今になって、あの暑く苦しく汗臭い日々が恋しくてたまらない。
メイプルランドは解体が始まり順調に姿を消しつつある。
悲しいが、時が経ってゴミと落書きだらけの
心霊スポットに《されて》しまうよりはマシだ。
けど、あの緩やかな時間が流れていた場所が
更地に変わり果てた姿を見たら、きっと俺は泣くだろう。
現に、こうして想い出に浸っているだけでも涙目になっている。
あの夜以来、俺は涙もろくなってしまった。
少しは、大人になれたのかもしれない…。

先輩は、昔の仲間が所属しているアクションチームに入り
地方の遊園地に出張(でば)ってしまった。
そこで行われている着ぐるみショーはデパートの屋上や
スーパーの駐車場でやる即席のものとは違い、セットまで組まれた特別なモノらしい。
きっと今頃は正義のヒロインとして
ワイヤーに吊られながら地球を狙う悪と戦っているだろう。
お陰で《一緒に暮らそう計画》は、初っ端からコケた。
まぁタテマエとは言え、一緒に暮らす理由が就職活動だったから
仕事が見付かれば、そっちを優先するのは当然だが…。
こうもあっさり仕事の方を選ばれると、実に立場が無い…。

オマケにようやく見つけたアパートには、せまい部屋を更に狭くするダンボールの山。
中身は先輩が手当たり次第貰って来た、メイプルグッズの売れ残りだ。
(…ど~すんだよ、これ…)
オークションで叩き売りたいが、そう言う訳にも行かない。
崩れないように祈りつつ、背中を丸めカップメンをすする。
気のせいか土手で飲んでた缶コーヒーと同じくらい、せつない味がした。
溜息を付きつつカレンダーの×印を見る。
公演期間が終わるまで後、一週間。
そうすればカップメンと菓子パンの日々が終わる。
たぶん終わる…。
(終わればいいなぁ…)

一週間後。
仕事が終わりアパートに帰宅すると
ドアの真中に見覚えのあるプリクラが張ってあった。
顔を真っ赤にしながら、あわてて剥がし部屋に飛び込むと
そこは、すっかり異世界になっていた。
部屋を占拠する大小様々なヌイグルミ。
キャラクターがプリントされたクッションが7個。
壁には3種類のタペストリーが掛けられ
計5個の壁掛けの時計と目覚まし時計が無駄に時を刻む。
そして極め付けは、部屋の真中に堂々と居座る着ぐるみ。
『おかえり~♪』
「……」
『びっくりした?』
「……」
俺は何から驚けば良いのか?
取り合えず、俺の私物の行方は知りたい気がする…。
『お腹空いてるでしょ?ケーキの手料理食べて♪』
テーブル代わりのダンボールには、皿にもられた山盛りクッキー。
「…いただきます」
もそもそとクッキーを頬張る。
『美味しい?』
「…前に無理矢理買わされたクッキーと同じ味がするんだが…」
『あら、ふしぎ♪』
「これが手料理なら、納豆の蓋あけるのも立派な手料理だな」
『じゃぁ、今度は納豆を開けておくね♪』
「………」
『………』

笑ったままの顔が反って、有無を言わせない威圧感を放っている…。
ここまでされるのに、心当たりが無い…事も無い。
「あの…この嫌がらせは、どこまで本気で、どこから冗談なんでしょうか?」
『冗談ってナニ?ケーキの事、好きって言ってくれたじゃない♪』
やっぱり、グリ終わりの控え室での事を根に持ってる。
冗談の通じない女性(ひと)だ…。
そう言えば、容姿を褒めた記憶が
一度も無いのも、関係しているかもしれない…。
しかし先輩は、この意趣返しの為にわざわざ着ぐるみを貰って来たのだろうか?

「って言うか、お前一人で着ぐるみ着れるぢゃん!何時も何時も人に手伝わせやがって!」
『ケーキはケーキだよ。中に人なんて居ないよ』
「『居ないよ』じゃねーっ!俺の荷物はどこだっ!ちゃんとしたメシ作れっ!」
『ふ~んふんふんふんふんふん♪…』
「シカトすんな、このリストラマスコットがっ!」
あさっての方を見ながら鼻歌を歌うケーキ。
この狭過ぎる夢の国にメイプルランドのテーマ曲が流れる。
そこには、幕が降りた筈の緩やかな時間が確かに流れていた。

【 -終わりー 】

最終更新:2017年12月11日 16:33