来店

古ぼけた家具屋、いつも何気に前を通り過ぎていた。
部屋にソファが欲しく試しに入ってみた。
入ってみると、少し暗めの店内に家具が並んでいる。
店員の姿は見当たらない。
目的であるソファを見つけて腰を下ろす。
革張りのどっしりとしたソファ、座り心地は悪くない。
ただ一点違和感があった背もたれにあるマッサージの揉み玉のような2つの膨らみ。
マッサージ機能でもあるのかとリモコンを探してみるが見当たらない。
その揉み玉を手で掴むように触ってみる、揉み玉にしては柔らかい。
強くその揉み玉を揉むと、どこからともなく大きく息の漏れるような音がした、
耳を澄ますがもうなにも聞こえない。
値段の表示もないため、このソファがどのくらいするものか聞きたくて店員を探すが見つからない。
その時、後方で物音がした。
振り返るとロボットのような角ばったモノがバックヤードへと姿を消すのが見えた。
慌てて後を追いかけたが、バックヤードへの入口の扉には鍵がかかっておりその先へは進めなかった。
そして先程、腰をかけていたソファは姿を消していた。
その後、店内で呼びかけてみたが誰も出てこなかった。

再来店

数日後、再びあの家具屋へと行ってみた。
「いらっしゃいませ」と女性店員が迎えてくれた。
「何かお探しですか」店員の質問に「ソファを」と答え店の奥へ。
例のソファのあったところへ行くと「あった」
ソファは初めて見た時と同じようにそこにどっしりと存在していた。
ソファに腰をかける、座り心地は悪くない。
ただ、違う点は背もたれの違和感がなくなっていたこと。
少し首を傾げていると女性店員が近寄ってきて「どうかされましたか」と。
ソファに気をとられていたので咄嗟に思いついたのは「いや、あの、このソファいくらですか」だった。
店員からは「セットで5万円になります」
高いなぁと心の中で思いながら立ち上がろうとして店員の言葉が引っかかった。
「セットで」ソファしかないのに「セット」って何が?
すぐに疑問をぶつけてみる。
「セットって何んですか」
私の質問に「以前、ご来店頂いていたのでご存知かと思いますが」そう言って店の奥、バックヤードへと通される。
バックヤードの棚には家具の部品やらネジが整理され置かれている。

説明

案内された一番奥の開けたスペースに先程のソファと同じ革でできた人型のスーツがいくつか吊るされていた。
「貴女様の身長はわたくしと同じくらいですし、失礼ながら体型もわたくしと変わらないように思われますので」そう言って人型のスーツを一つ手に取り私に手渡した。
本革の香りが渡されたスーツから上がってくる。
スーツの裏面を見ると縦に長くファスナーが走っている。
「そのファスナーを開けてスーツを着て頂きソファと一体となることができます」
「ソファとこのスーツのセットで五万円になります」
「以前来店頂きソファに座られた際、わたくしが中に入っておりました」
ということはこの店員さんの胸を知らなかったとはいえ触り揉んだだと思うと急に申し訳ない気持ちになった。
「あの時はすみませんでした」
店員さん謝罪すると「こちらこそすみません、恥ずかしながらあまりお客様がいないもので、営業時間ながらデモ品の試着をしておりました」
「よろしければデモ品で試着されますか、それともわたくしが入るのをお見せしましょうか」
少し迷ったが店員さんに入ってもらうのをお願いすることにした。
店員さんは先日の失敗がないよう、店を一時閉店としてからバックヤードへと戻ってきた
まず、革のスーツを着るコンセプトの説明。
革のスーツを着てソファの気持ちになってもらいたいというのが製作者の意向。
そしてこの革のスーツは洗えないのでラバースーツのような汗を通さないものをインナーとして着用した方が良いとのこと。
店員さんの説明では試着ですぐに脱ぐことを前提にこの前は水着を着て革のスーツを着たらしい。

家具になる

「それでは着替えてきますので」といって店員は別の部屋へと消えていった。
店員を待つ間、手渡されたスーツを触ってみる。
しっかりとしていて固い、ぴったりサイズだったらほとんど身動きが取れないだろう。
これを着てソファに入る事を想像すると、アソコが熱くなってきた。
自分の変態の一面を再認識する。
店員が消えていった扉が開く、現れた店員は水着姿でなく、顔から下がすでに革のスーツに覆われていた。
「ご協力お願いできますか」の店員の言葉に唾を飲み込み頷く。
「では背中のファスナーをお願いできますか」言葉なく頷き、店員の革のスーツのファスナーを上げていく。
ファスナーの間から見えていた水着を着た背中が革に覆われていく。
頭のてっぺんまでファスナーを閉めようとした時「待って下さい」と。
店員は革のスーツから頭だけを出した状態でソファの準備を始めた。
固い革のスーツだが動けない訳ではないようで、ぎこちないロボットのような動きながら、ソファの背面の左下からヘッドレストの近くを通り右下まで続くファスナーを開らいていく。
中には人一人がなんとか入れそうな空間があるだけ。
以前見た時と違い、ソファヘッドの様になっている、これはおそらく中に入り易くするためのもの。
「では、続きをお願いします」そう言って店員は背中を向けた。
顔まで革のスーツを被せ、ファスナーを閉じると目の前には革の人形が現れた。
少し動くだけでもギチギチと音を立てるこの革人形は手探りでソファへと辿り着く。
それもそのはず、革のスーツには呼吸用に鼻の部分に穴が二つ開いているだけであった。
それでも革人形は器用にソファの中へと収まっていく。
きれいに収まると革人形は動かなくなったのを合図にファスナーを閉める。
するとソファは肘掛けを支えにし立ち上がった。
脚となる部分は二つに割れている。
ソファは正座をするように座りなおすと、そこには購入を考えたソファが現れた。

購入

ソファの中に入るといったいどんな気分なんだろう。
その思いを直接ソファにぶつけてみた。
しかし、私の声は聞こえていないようで、ソファは肘掛けを動かし、私に座るようにといったしぐさをする。
とりあえず、ソファに座ってみる。
初めて座った時の感覚が蘇る。
店員さんの胸が背中に当たる。
暫しの間、ソファを愉しんでいるうちに、いつしかソファに座り眠りに落ちそうになっていた。
ソファの肘掛けが動いたことでハッとした。
肘掛けの動きで店員がソファから出して欲しことを察した私は慌ててソファのファスナーを開く、ソファは脚を投げ出す。
ソファの背面を大きく開くと、革人形が頭から体を小刻みに左右に揺らしながら出てきた。
革人形の鼻からの呼吸は荒々しい、それを見て革人形の背後に回り頭のてっぺんまで閉められたファスナーを開くと、熱気と汗の匂いとともに水着姿の店員さんの上半身が飛び出してきた。
「すみません、つい気持ちよくて」
とお詫びすると、「気に入ってもらえました?」と笑顔で返してくれた。
私はこのソファの購入を決めた。
五万円でソファと革のスーツ、それに革のスーツの中に着るラバースーツもつけてもらった。
ラバースーツは店員さんが着る予定で購入していたが、私なら着ることができるだろうとおまけしてくれた。
さすがに持って帰ることはできないので、後日配送してもらうことになった。

準備

待ちに待ったソファが配送されてくる日、緊張と期待で落ち着かない。
インターホンが鳴り、自分でも驚くほどの速さで対応した。
ソファには傷がつかないよう丁寧に梱包がされている。
その梱包をはやる気持ちを抑えながら剥いていく。
ソファの背面を開くとそこには革のスーツと半透明のラバースーツが折りたたまれて収まっていた。
店員さんが着ていた革のスーツは、中が汗で変色していた。
革のスーツを汚さないために、まずはラバースーツを着ることから取りかかる。
ラバースーツの着る方法は教えてもらっていないので、適当に着始めるが滑りが悪くうまくいかない。
そういえば、ラバースーツを出した際、何か付属品があったことを思い出した。
ラバースーツの梱包されていたビニール袋を探すとボトルが出てきた。
ボトルに貼ってある説明によると、ラバースーツを着るためのローションであることが分かった。
それを薄く塗りラバースーツに足を通すと今までのことが嘘のようにすんなりと着ることができた。
店員さんよりも私の方が少し太いせいか、ラバースーツの締め付けがキツく感じる。
このラバースーツはマスクも一体となっていて、マスクには鼻の部分に呼吸用のチューブが二本外側へ飛び出している。
店員さんの説明では、この二本のチューブを革のスーツの呼吸穴に通して呼吸を確保してほしいということだった。
革のスーツとソファを準備してから、マスクの内側にも伸びるチューブを鼻へと入れてラバースーツを着る。
全身をラバースーツに覆われて少しキツめの圧迫感に興奮しながら、革のスーツを着ようとするが、半透明とはいえ顔が潰されていて視界はままならない。
それでもなんとか薄っすらと見えている革のスーツに辿り着き、足を通していく。

革人形

ラバースーツを着ているため、滑りが悪くなり革のスーツを着ることに悪戦苦闘することを想像していたが、吸い込まれるように革のスーツへと収まった。
店員さんが革人形になるのを見ていた時、自分が革人形になることを想像し興奮していたが、これから実際にそうなるかと思うとあの時とは比べ物にならないくらい興奮が高まる。
まずはラバーマスクから伸びるチューブを革のスーツの穴へと通していく。
半分手探りで行ったが意外も上手く通すことができた。
その後、両腕を革のスーツへ通し、予め革のスーツのファスナーには一人でも脱着出来るように紐をつけておいた。
その紐を手繰りファスナーを頭のてっぺんまで上げていく。
ファスナーが閉まっていくごとに、強まる圧迫、高まる興奮。
ファスナーが頭のてっぺんまできた時、あまりの興奮でアソコが濡れて座り込んでしまった。
興奮で呼吸が荒くなるが、鼻からしか呼吸はできない。
鼻の穴から入ってくる僅かな空気を必死で吸い込む。
革人形が床に女の子座りをした状態で、鼻の二本のチューブから必死に呼吸している様子を想像すると、興奮が増してきた。
私って変態だ。
そう思いながら手を股に擦り付ける。
ラバースーツと革のスーツを着ているため、アソコに擦り付ける感触は僅かであったが、今の私にはそれで充分だった。
あっという間に逝ってしまい、そのまま床に足を曲げうつ伏せで意識を失ってしまった。

ソファ

暑さと息苦しさで意識を取り戻した。
革人形となり、視界を奪われ時計どころか周りの状況も、そしてどれくらい気を失っていたかも分からない。
ラバースーツと体の間に汗が溜まっていることから、かなりの時間が経っていることは想像ができた。
ソファに入るのは明日にしようかとも考えたが、ソファが届いた日に中に入ると決めていたことを思い返し、手探りでソファを探す。
ソファへと足を伸ばしたまま、入っていく。
ソファの中は若干の弾力はあったものの、想像していたよりも私の足をしっかりとホールドする。
下半身がソファに収まったところで、上体を捻りソファのファスナーを閉めていく。
ソファの中は一人でも脱着が出来る程度のスペースがあった。
頭や腕をソファの背もたれ、肘掛けに入れると足同様、しっかりとホールドされた。
最後に一度立ち上がり正座すると人間ソファの完成。
程よい圧迫と包まれる安心感、それに先ほどの疲れも合間って眠くなってきた。

揺れ

気がついたのは体に揺れを感じたから。
地震?
視界はなく息苦しい。
そうだ、私ソファに。
そう思った時、体が後ろへと倒れる感覚。
ヤバいと思った時は遅かった。
体の前面に感じる圧迫と今まで感じていなかった背後からの圧迫。
状況がよく飲み込めないが、ある程度分かることはソファが倒れ、この中から出ることが困難になってしまったということ。
ソファに入る時には背後にスペースがあったので、ソファのファスナーを開けることはできたが、今は仰向けの状態になってそのスペースはソファから圧迫され自分がそのスペースを潰してしまっている。
どうしよう?このままソファとして生きていかなければならないのか?
汗が噴き出てくるのを感じながら、パニックにならないよう必死に落ち着こうとする。
そしてあることを思い出した。
このソファ着ぐるみみたいに動けるんだった。
安堵したのも束の間、足を伸ばすことができない。
どうして?
考えてもさっぱり分からない。
力を込めて足を伸ばそうとするがビクともしない。
また、焦りによる汗が毛穴という毛穴から噴き出してくるような感覚に襲われる。
どうしよう?
一人暮らしのこの部屋には親も来なければ、恋人がいない私には彼氏が来ることない。
誰か助けて。
そう思いながら気を失った。

目覚め

どれくらい時間が経ったかも分からないが、再び息苦しさと暑さで気がついた。
目の前が真っ暗なので、ソファの中ということはすぐに分かった。
私、このまま死んじゃうのかなぁ。
悲しくて涙がこみ上げてきて流れていく。
しかし、あることに気づく。
涙は目から鼻先の方へと流れていく。
ソファが倒れた状態ならば、耳の方へと流れていくはず。
それに背中からの圧迫がない、座っているような感覚。
慌てて肘掛けから両腕を抜き、背もたれから頭を抜き、体を捻る。
ラバースーツの中を大量の汗が、足先に流れていくのを感じながら、必死にファスナーを探す。
あった!
そのままファスナーを開く、チューブから体に入ってくる空気の新鮮さを感じながら大きく吸い込む。
そして一気に両足を抜いてソファの外へ。
ソファから飛び出した革人形は鼻から伸びる二本のチューブから荒い呼吸をしている。
兎に角、ソファの外へ出られたことに安堵するとまたも疲れが襲ってきて眠ってしまった。

閉店

次に目覚めた時は朝になっていた。
そして、私の体を覆っていた革のスーツもラバースーツもなくなっていて部屋着だった。
目覚めた場所は大きなビニールに覆われたソファの上。
ソファは確かに私が革人形となり中に収まったソファと全く同じ。
ソファの背面に回り、入口となっていたファスナーを探す。
あった!
開けてみたが、中には人が入れるスペースなどはなく、ごく普通のソファであることを確認できただけ。
夢でもみていたのかと思い頭を傾げる。
梅雨でジメジメしているこの時期に、ビニールで覆われたソファで寝ていれば当然汗ばむ。
現にソファの上には私の汗が見てとれるほどになっている。
それにしてもリアル過ぎる夢だったのかと思い、顔に手をやった時ラバースーツのゴムの匂いがした。
やっぱり、夢じゃない。
部屋着のまま、部屋を飛び出しあの家具屋へと向かう。
しかし、入口はシャッターが閉まっている。
人通りもまばらな早朝。
当然かと思いながら近づいていくと貼り紙が目についた。
「長らくのご愛顧いただきありがとうございました。」とある。
「閉店したの?」思わず声をあげた。
建物の裏側に周り込んでみたが、当然電気も点いていないし人の気配もない。
それどころか、ガラス越しにはバックヤードの棚もなくなっていることが分かった。
何だったんだろう?
もう訳が訳が分からない。

再会

ソファは今も気に入って使っています。
時々、ソファの革の匂いを嗅ぐと革人形になりソファになっている夢を見ることがあります。
そんな日々を過ごしていたのですが、ある日ショッピングに出かけた時、何気なく通り過ぎたお店の中に、ソファを買った家具屋の店員の姿を見つけたのです。
私は迷わず店に入り、店員に声をかけました。
店員は私に向かって笑顔で「いらっしゃいませ、今度は何をお探しですか?」と接客を始めた。


おしまい
最終更新:2017年06月30日 20:29