64 名無しさん@ピンキー sage 2010/03/09(火) 00:03:56 ID:YDGgaVW3
――な女。
心底憎悪すると同時に、感謝の念もついて来る。己の欲望のままに本性を曝け出
すなんて……「ありがとう」といいたかった。おかげで、兄が私だけを見てくれる
ようになった。“女”というものに疑念を抱いた兄が“家族”という私を、もっと
意識し始めた。
「……いけないいけない」
小さく自分をいさめる。今は兄のためにも悲しい顔でいないと……!
「香奈、どうしたんだい?」
それでも、気を抜くと頬が緩んでしまう。
「う、ううん!何でもないよ!」
「それより、……」一呼吸置いて言おうとした言葉は、ぶつかった視線と一緒に宙
を舞った。見慣れた兄の目。優しい兄の顔。顔も知らない親の代わりにずっと傍に
いてくれた、私だけの愛しい人。
そんな兄に近づいた害虫が許せなかった。憎かった。殺してやりたいとさえ思っ
ていた。でも本当に、本当に怖かったのは、兄が私から離れていく事。もし、そん
なことになっていたら……ダメだ、考えるな。カンガエルナ。
手を伸ばせば兄に触れるはずなのに、ひどく遠くにいるような気がする。
喜び、恐怖、愛情、憎悪、色んな感情が胸の中で抑えられないほどにぐちゃぐち
ゃに混ざり合っていることに、頬を伝う涙で気付いた。
「だ、大丈夫だよ!ちゃんとあいつには言っておいた。香奈と一緒にいれないなら、
君と一緒にいることはできないって……」
その言葉に弾かれるように兄の胸に飛び込んだ……距離も忘れて。そんな私を包
み込む暖かく大きな腕。頭を撫でてくれる大きな手。兄の全てが好きで、好きでた
まらなかった。ここが私の居場所。ここだけが私の居場所。自分でさえも止められ
ない想いが後から後から、溢れ出す。
兄の隣は私だけのもの。そう……私だけの。
真横にある心配そうに眉をひそめている顔に頬をくっつけた。短く生えた髭が私
の肌を、撫でるように突き刺すことですら愛おしい。
「きょ、今日、お兄ちゃんと一緒に寝たいな……」
心配そうな顔がすぐに笑顔になると共に頷いた。
兄の静かな寝息が聞こえてくる。
不安だった。私のせいで負担をかけていないかということが。
胸から聞こえる兄の心音はとても穏やかだった。
怖かった。私のせいで迷惑をかけていることが。
そんな兄の胸に頬を摺り寄せる。
嬉しかった。私を選んでくれた事が。
「お兄ちゃん……愛してる」
寝ている兄の胸で呟く。ふと、兄の腕の力が強まった気がした。途端に、心臓が
苦しいほどに音を立て始める。
「愛してる」
もう一度呟く。私の想いはここに辿りついた。違う。物心ついた時から、私の胸
に抱いていた想い。それほどに私は兄を……。
「病めるときも、健やかなる時も、私は絶対に誓います」
気持ちよく寝ている兄の顔に、私の唇が愛しい愛しい兄の唇に近づいていく。
「例えこの先に何があろうと、貴方を愛する事を」
最終更新:2010年03月14日 22:26