青年の詩、少女の季節 第7話

94 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/13(土) 05:00:15 ID:rv2D23M1
「はーっ」手袋をはめてても、ほつれた毛糸の隙間から刺し込んでくる冷気で手がかじかんでくる。だからこうやって定期的に息を送り込んでいるのだが、それでもすぐにまた冷たさが戻ってくる。
結局終点でバスを降りたのは私一人だけだった。バスの運転手も乗り過ごしたのかい?とかすぐに折り返すからそのまま乗ってなさい。とか何度も何度も言ってきた。
しかし私はここでいいんです。とバスを降り、真冬の、シャッターの閉まった水族館にたどり着いたのだった。
もちろん、休業中の水族館なんかに誰が来るはずも無く、私は小高くなった水族館の前の階段の途中で、もう何時間もただひたすら座り込んでいた。
「寒い……」
そうは言うもののあたたかい飲み物を売る自販機など近くにはなく、ただ目の前には雪原と化した駐車場と、その奥にぽつんと場違いのように立ったバス停だけが写る。
「なんでこんなとこ来ちゃったんだろ」
冬の、こんな灰色の空の下、魚も見れない水族館にやってきた馬鹿な少女はつぶやく。
ここは夏に、兄貴と一緒にきてこそ楽しいのに、なんでこんなことやってるんだろ……。
「兄貴……」
あんなに酷いこと言っちゃったのに。私はもう兄貴と関わっちゃいけないって決めたはずなのに。なんで兄貴のことを思い出しちゃうんだろ。
ついさっきまでは、兄貴のこと大嫌いだったのに……。
ああ。やっぱ私、兄貴とは離れられないんだ。
兄貴のことが大好きで、兄貴に甘えるのが幸せで、兄貴と一緒にいないと、まるであの雪原の駐車場みたいに、心の中が真っ白になって、それがすっごい寂しくて……
「やっぱ兄貴がいないとダメだよ……私」
うさぎは寂しいと死ぬ。っていうのは嘘だって聞いたことがある。逆にうさぎは孤独に強くて、血縁じゃないうさぎと一緒に飼えば、縄張り意識が強すぎて殺し合いになるらしい。
きっといまの私はうさぎより手間のかかる動物なんだろうな。
兄貴がいないと寂しくてダメになる。でも兄貴が他の女の子に取られるのは絶対に嫌だ。
寂しがりで、嫉妬深くて、甘えたがりで……。
「なんだ」私は自虐たっぷりに笑ってみせた。「これじゃ犬じゃん」
雪はいつの間にか酷くなり、階段に座り込んでいた私の上にも、まるで帽子のような雪が降り積もっていた。
「寒い……」
寒い。
寂しい。
兄貴、会いたいよ。


95 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/13(土) 05:00:39 ID:rv2D23M1
「ったく、手間かけさせやがって」
寒くなりすぎて遠くなった感覚の向こうで、誰かが言う。
私はゆっくりと閉じていた目をあける。
そこには真っ白な雪原といは正反対の黒いコート。それを羽織ったよく見知った癖っ毛の男の人が立っていた。
「兄貴……」私は不意に歓喜の言葉が溢れそうになる、が、私の中の変な意地は、そこで私に素直になるのを許そうとはさせなかった。
「……なんで来たのよ」
「心配だったからに決まってるだろ」いつもと同じようなつっけんどんな口調で兄貴は言う。
「心配なんかしなくていいじゃない、こんな気持ちの悪い妹」
「……いいわけねーだろが」
「嘘つき、藍には私のこと気持ち悪い妹とか散々言ったって……!」
兄貴は手を額に付いて、やれやれと言う顔でもう片方の手をポケットに突っ込み、携帯電話を取り出した。
慣れた手つきでボタンを幾つか押して行くと、それを顔に近づける。
「北見だ。……うん、お前から説明しろ」繋がったらしき電話の向こうの人物にそう手短に告げると、電話を私に手渡す。
「俺が話すのも面倒だしややこしいから、とりあえず本人に聞いてみろ」
私は電話を受け取った。
「替りました、そらです」
『あ、そらちゃん?』
あっけらかんとした藍の子絵が受話器の向こうから響いてくる。
「……昨日の電話」私は低く、重い声で電話口の藍を問い詰める。「あれはなんだったの?」
『ああ、あれ……あれね』そして電話口からは罰が悪そうな声が帰ってくる。『あの電話の内容、全部ウソなの』
まさか、とは思っていたが、真面目そうで、絶対に変な冗談なんかつかないと思ってたそんな冗談言うはずがないと思ったのだが。
『いや、あんまりにも千歳さんとそらちゃんのレンアイが見てられなくて、ついひと押しのつもりで調子に乗って嘘ついたんだけど、どうも逆効果になっちゃったのかもって…………』
「…………か」
『はい?』
「馬鹿! 私全部信じちゃったでしょ! ただでさえ兄貴の将来奪っちゃたかもって思ってたときに変な嘘つかないでよ!」
私はいつの間にか叫んでいた。
いつの間にか声も鼻声になり、冷えた頬には暖かい滴がこぼれおちて、きっともう、私の顔はくしゃくしゃだったのかもしれない。
余計なことをしてくれた藍への怒りと、それと兄貴が私を遠ざけてくれてなかったと言う喜びが一気に涙と、叫びとなってやってくる。


96 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/13(土) 05:01:01 ID:rv2D23M1
『本当にごめんね。でも、千歳さんからはホントの事絶対に言うな! って言われてて……』
「……ぇぐ、ほんとの、こと……?」
藍はうん。と落ち着いた声で、流れるように話し出した。
『昨日のお昼ね、千歳さんに偶然会って、で、そのまま千歳さんの相談に乗ってたのよ』
私は鼻声でうん。うん。と頷く。
『千歳さん、そらちゃんのことでちょっと迷ってて、で、ウチのお兄ちゃんの話してあげたらその話聞かせろって。
うちのお兄ちゃん。お姉ちゃんに襲われて、お姉ちゃんから逃げるために自衛隊入ったら、結局それがお姉ちゃんと一緒に暮らすのに都合よくなっちゃったんだって話したら、俺もなろうかなって言い始めて……』
「うん……」
『で、自衛隊の試験受けるからお兄ちゃんに詳しいこと聞いてくれないかって言われたの。それでそらにあんま迷惑かけたくないから。って千歳さんに口止めされてて……』
「ありがと、藍」
『うん……でもちょっと私はお邪魔みたいだから電話切るね』
「うん……切ってもいいよね、兄貴」
兄貴はこくりと頷いた。
「じゃあね、ありがと。藍」
私は通話を切ると、兄貴に携帯電話を返した。
「兄貴……」
「バス待たせてるんだ、すぐ行くぞ」
そう言って兄貴は私の手を握る。
不思議と、冷たくなったはずの手がそこから温まっていく感じがした。


97 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/13(土) 05:01:24 ID:rv2D23M1
ほとんど貸切状態の古びたバスが、私たちを乗せたままかたかたと揺れる。
もうすっかり暗くなった外の景色が変わるたびに、車内アナウンスが次から次へと呪文のように知らない土地の名前を連呼してゆく。
「ね、兄貴」
「なんだ?」
そらははにかんだ笑みを浮かべてこっちを向く。
「兄貴さ、私とエッチする前から私のために将来投げだす覚悟だったんだね」
俺ははぁ。と溜め息をついた。
「藍がしゃべったのか」
「うん」
俺はそらをじっと見つめ直した。
ふわふわと跳ねたくせっ毛のロングヘア。
くりっとした目と小さめの鼻と口。
あまり成長していないが、ほっそりとしたしなやかな肢体。
いつからこう思っていたのかは分からないが、俺もそらのすべてが愛らしいと思っていた。
だからこそ俺は、そらを幸せにしてやろうと思ってきた。
そらに愛する人が見つかれば全力で応援してやろうとも思った。
その対象が自分だと知ると、襲いかかる不安と闘いながらも将来のためにもと藍にかけあって陸自の曹試験の話を聞き出したりもした。
「兄貴」そらの顔が突然迫ってくる。「大好き。愛してる」
そして、俺はそらに唇を奪われた。
柔らかいそらの唇と、恥ずかしげに頬を赤らめた顔に似合わない、ひどく情熱的な舌の動きに俺は最初戸惑ったが、すぐに俺も応戦を始めた。
んちゅ、ちゅぅ。と淫靡な音がバスのエンジン音にかき消されてゆく。
やがてそらが唇を離すと、そらはこれ以上にないほどの笑顔で、俺に言った。
「結婚はできないけどお嫁さんとして兄貴の赤ちゃんいっぱい産んで、兄貴が死ぬまでずっと一緒にいてあげる」
そして、そらは俺の手を固く握った。
これ以上ないほどに強く、痛いくらいに握られた手を俺に見せつける。
「もう絶対に離さないから」
「そりゃこっちのセリフだ」
「やっぱり兄貴、だいすき」
バスはやがて市街地に入った。もうすぐ他のお客も乗ってくるころだろう。
だがそれまで、俺はこうしてそらとの時間を味わっていたかった。


98 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/13(土) 05:13:40 ID:rv2D23M1
おまけの小ネタ
「千歳さん、そらちゃんって犬っぽいですよねー」
「ん、まーなー」
「兄貴ー兄貴ー。ってワンちゃんみたいになついてますし、千歳さん二期のあり草案人が寄ると威嚇しますし」
「その上結構嫉妬深いからなー」

「誰が嫉妬深いのよ」
「うわそら! いつの間に!」
「さっきから居たから……確かに犬っぽいのは自分でも認めてるけどさー」
「あ、認めてたんだ……」
「うん。だから今夜は兄貴をいーっぱいマーキングして、私の臭いを体中に付けてあげるね」
「はぁ……」
「なんなら首輪つけてワンワンプレイとか裸でお散歩プレイしてもいいんだよ♪兄貴ならどんな恥ずかしいこともしてあげれるし♪」
「それはちょっと考えておく」

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最終更新:2010年03月14日 22:30
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