345 約束の結末 3/1 sage 2010/04/02(金) 19:18:45 ID:DD9GhJes
新居に移る準備を整えて俺が家を出ようとすると道を塞がれた
例によって姉貴である
「何処行くのよ彰人」
つっけんどんな言い方に、背が小さいくせに人一人射殺せそうな目
家の横暴女の登場だ
「どこって、新居だよ、引っ越すって話したろ」
俺はそう短く言って姉貴の横を通って家を出ようとする
と、視界に姉貴の顔(というか頭のてっぺん)が映った、回り込まれたらしい
「駄目よ彰人、アンタは家にいなさい」
幼いが険のある姉貴の声
俺は心の中で舌打ちした
こいつはいつもそうだ、俺が何かしようとすると邪魔することしか考えねえ
俺は無視して姉貴をどけるとドアノブに手をかけた
しかし俺がドアを開くことはなかった
「ウソだよね?・・・・彰人?」
姉貴が、泣いていた
『あの』姉貴が
俺は驚愕でドアを開けられずにいたのだ
「ごめんね、ごめん・・・お姉ちゃん意地悪しすぎたよ
だからやめよう?お姉ちゃん優しくなるよ、優しくするもう照れたりしないよ
昔みたいに仲良くしようねそれでずっと二人でいようよ出て行かないでよ
今日のご飯はちゃんとお姉ちゃんが作るからほらお姉ちゃんの作ったご飯大好きだよね彰人はだから・・・・」
だけどそれも一瞬のことで
俺は何かを言い続ける姉貴を残して、住み慣れた家を出て行った
346 約束の結末 3/2 sage 2010/04/02(金) 19:19:40 ID:DD9GhJes
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一人、玄関にうな垂れるようにしてドアを見つめている
大事な大切な唯一の絶対の存在に『置いて』いかれた彼女は何をするでもなくドアを見つめている
彼女はこの盛大な『意地悪』が終わる時を待っているのだ
今にも弟が帰ってきて、自分に『仕返し』をした旨を伝えて、今日は二人で『仲直り』をするのだと
だから彼女は待っている
帰ってくるはずのない弟を待っている
「ウソだよ」
長い沈黙を破り、彼女は呟く
彼女は立ち上がり、自室へ向かった
夢遊病者のようにふらふらと、足取りはおぼつかない
自室の宝物箱の中にある沢山のビデオテープのひとつを引っつかみ、強引にビデオデッキに挿入していく
「あきひとあきひとあきひとあきひと」
リモコンの再生ボタンを押しながら彼女はずっと画面に魅入る
このビデオは彼女の精神安定剤だった
どんなに嫌なことがあっても、どんなに苦しい時もこれを見るだけで彼女の心は安定するのだ
砂嵐の後、幼い少年の姿が映る
『おねえちゃん・・・』
少年は自転車ごと転んでしまったようで、涙目になりながら姉の名前を呼んでいた
「あきひと・・・」
彼女の顔がふっと優しいものに変わる
それは誰にも見せない彼女の本当の素顔だった
いつも吊り目気味な瞳は柔らかく綻び、冷徹なまでに白い頬は朱に染まる
この少年に『おねえちゃん』と呼ばれることが彼女にとっての誇りだった
「あきひと、あきひと、あきひと」
何度も何度も、彼女は大事な弟の名前を呼ぶ
そして画面に映る少年は、幼い姉に頭を撫でられて無邪気に笑っていた
『僕ね!おねえちゃんをお嫁さんにする!』
画面の中の小さな少年は、幼い姉と約束していた
拙く幼い、結婚の約束
しかし今画面に魅入っている彼女には、何よりも大事な約束
「そうだよね・・・あきひとは、アイツよりおねえちゃんのほうが好きだよね・・・」
彼女の瞳は濁っていた
純粋で一途だからこそ、濁っていた
「約束したもんね」
幼い頃の、大切な大切な約束が、あの女との約束に劣るはずがない
彼女はいつしか立ち上がり、歩き出していた
弟を『迎え』に行くために
347 約束の結末 3/3 sage 2010/04/02(金) 19:29:50 ID:DD9GhJes
あれ、俺どうしたんだっけ?
「あきひと、あきひと」
あきひと?彰人か、俺のことだな
誰だよ俺のこと呼んでるの
「ごめんね、おねえちゃんあきひとにいじわるしすぎたよね」
意地悪?お姉ちゃん?ああ、姉貴のことか
いつもいつも気まぐれに殴ってきたり俺の恋人からの贈り物をことごとくぶっ壊したりムカつくったらない
そんな姉貴が俺にしおらしく謝るなんて正直驚くな
「あたしね、ただあきひとに構ってほしかったんだよ?だけど、照れくさかったんだ」
構う?
冗談じゃねえ姉貴みたいな横暴女に構ってたら身がもたねえよ
「でもね、それじゃだめなんだって気がついたよ」
そうそう、姉貴はもっと穏やかになるべきだよな、折角可愛い顔してるんだし
「これからはね、おねえちゃんにいっぱい甘えていいんだよ?」
は?甘える?
気持ちわりぃな、そんなことするもんかよ
「おねえちゃんがいっぱいいじわるしちゃったから、すねちゃったんだよね」
拗ねてねえよ
気持ち悪いって言ってんだろうが
「だからあんな人と一緒に暮らすなんて酷いウソおねえちゃんについたんだよね」
あんな人?一緒に暮らす?
そうだ、思い出した
俺は恋人と同棲するために家を出ようと思ってたんだった
あいつ、新居で待ってるのかな
俺みたいな冴えない顔で、特に取り柄もないやつを、初めて好きになってくれたやつ
一緒に暮らそうって言ったらすごく嬉しそうな顔してたっけ
そういえばそろそろ新居に行かないと
「あきひとはあんなところ行かなくていいんだよ」
そんなわけにはいかねえだろ、あそこには俺の恋人がいるんだし
「あきひとはずぅっとおねえちゃんと一緒にいるんだよ」
だから姉貴なんかと一緒にいたくねえんだって
「・・・お薬、もっと必要だね」
薬?いらねえよ、具合なんて悪くないし
「だめ、あきひとは病気なんだよ」
病気?
いや健康そのものだって
「だめ、お薬使わないとあきひとの病気がもっと酷くなっちゃうよ」
痛えな
薬って注射かよ
「えへへ、あきひとちっちゃい頃から注射苦手だったもんね」
頭撫でんなよ、ガキじゃないんだからさ
でも、なんかすげえ久しぶりだな、姉貴に頭撫でられるの
「そうだね、昔は『おねえちゃんおねえちゃん』ておねえちゃんの後ろばっか着いてきてたのにね」
やめろよ、恥ずかしいな
ああちくしょー、でもなんかすげえきもちいいな
「あきひとの気が済むまで撫でてあげるね」
ああ
うん、たのむわあねき
「『姉貴』じゃないよ」
あれ、そうだっけ?
「おねえちゃんはあきひとの『おねえちゃん』だよ」
おねえちゃん
「うん・・・おやすみ、あきひと」
348 約束の結末 余話 sage 2010/04/02(金) 19:30:52 ID:DD9GhJes
あれ?おれなんかわすれてなかったっけ?
「ううん、なんにも忘れてないよ」
そうだっけ?なんかすごくだいじなやくそくがあったきがするんだ
「あきひとはなんにも約束なんてしてないよ」
そっか
おねえちゃんがいうならきっとそうなんだな
「うん、あきひとはね、もうおねえちゃんのこと以外なんにも考えなくていいんだよ」
かんがえない
「そうだよ、あきひとのして欲しいことは全部おねえちゃんがしてあげるから、考える必要なんてないんだよ」
うん、じゃあ、そうする
おねえちゃんがいうんだもんな
それがただしいにきまってる
くちびるがふさがれてくるしいけどおねえちゃんがしているんだからただしいことにきまってる
おねえちゃんの『した』がおれのくちのなかをうごいてるけどおねえちゃんがしてることだからただしいにきまってる
なんだか『いちもつ』がきもちいいけどおねえちゃんがしてるんだからただしいんだ
おれの『りょうて』と『りょうあし』がいつのまにかないことも
おれがなぜか『ないてる』ことも
ぜんぶぜんぶただしくて、おれはなにもかんがえなくていいんだ
最終更新:2010年04月15日 18:23