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姉と弟。1 sage 2010/04/19(月) 23:47:17 ID:Kaw9ZtDj
「姉貴!また勝手に俺の部屋を漁っただろ!?」
先月から高校生になった少年――氷川太郎は、姉の氷川舞に詰め寄る。
それを受け、舞は平然とした顔で、
「え?それがどうかしたの?」
と言った。
その返答に苛立ちを増した太郎は、先ほどよりも声を大きくする。
「姉貴と同じ高校に入ったら、もうこんなことはやめるって約束しただろ!」
それに対し、理解できないといった顔で舞。
「……タローちゃんが高校生になったからこそ、だからこそ、お姉ちゃんはむしろ今までよりも厳しくタローちゃんを見守らなくちゃいけないのよ」
そして大人が子供に言い聞かせるように、
「タローちゃんにはまだよくわからないかも知れないけれど、世の中は危険な誘惑でいっぱいなのよ。お姉ちゃんはタローちゃんをそんな誘惑から守っているの」
言い終わると舞は太郎の頭を優しく撫で始めた。
ちなみに舞は高校二年生で太郎と年は一つしか違わない。
更に身長差もかなりなもので、太郎の179cmに対して舞は148cmしかないのである。
なので、軽くつま先を立て精一杯腕を伸ばし太郎の頭を撫でる童顔の舞は、おしゃまな小学生にしか見えない。
「や、やめろよなっ!いつまでも俺の事を子供扱いすんなっ!」
太郎は声を荒げると踵を返し、自分の部屋のドアを開けその中へと消えていってしまう。
「タローちゃん……」
哀しげな声が舞の口から漏れた。
小学生の頃、舞はこんなに可愛い弟がいる自分はなんて恵まれた人間なのだろうかと思っていた。
舞はいつもどこへ行くにも太郎を連れて歩き、太郎もそれを喜んでいた。
しかし舞が中学にあがり太郎と学校が離れると、自然と二人の心の距離も離れた。少なくとも舞はそう感じていた。
なので舞はその分を埋め合わせる為に家では出来る限り太郎と触れあう事にする。
具体的には、まず、毎日必ず一緒にお風呂に入るようにした(今までは週に2、3回程度だった)。
次に、それまでは別々だった子供部屋をひとつにする事を両親に提案した。
それは弟の非行防止にもなるし、勉強も私が教えるからと。
弟はイマイチ納得していないようだったが無理やりに押し切った。
そうこうしている内に太郎も小学校を卒業する。舞は『あぁ、やっとまたあの頃に戻れる』そう思い歓喜した。
しかし、その喜びも長くは続かない。
――太郎の身長が急激に伸び始めたのだ。
すぐに、背の低い舞は太郎に身長を抜かれた。それでも最初、舞はその変化を歓迎していた。
『タローちゃんは私の為に男らしくなっていってるんだ!』
だがそれも舞が中学三年、太郎が中学二年の秋までだった。
舞は、学校の廊下で並んで歩く太郎とおそらくはクラスメイトであろう女を見てしまった。
ただ、弟が、私以外の女と歩いている。その事実だけでも許せない、許してはいけない。
だけどそれだけではない。
弟とその女の身長差だ。
当時の太郎の身長は170cm、横に並んだ女は約160cm。
自分と。舞と並んでいる時とは何かが違っていた。
――そう、まるで二人がお似合いの彼氏彼女であるかのように見えたのだ。
502 姉と弟。2 sage 2010/04/19(月) 23:49:17 ID:Kaw9ZtDj
舞は自分をこんなに小さく産んだ両親を心の底から怨んだ。
いくら太郎という素敵な弟を作ってくれたからといって帳消しになりはしない。
こうして舞は、心の中で両親に感謝をする事をやめた。
そんな舞も高校生となり、またもや弟とは離ればなれに。
――この頃から舞は、太郎の抜けた体毛、血をふいた紙、切った爪などの収集を始める。
白い体液も手に入れたかったが、同じ部屋を使っていることがあだとなり、それは叶わなかった。
太郎の痕跡をポケットに忍ばせ堪える高校生活、そんな時分、太郎は舞の想像を超えた暴挙に出る。
なんと太郎は、舞とは違う高校に行きたいなどと到底舞には理解できない事を言い始めたのだ。
これには舞も驚き、怒り狂った(それを表情に出すことは無かったが)。
愛し合っている二人が特に理由もなく、別々の場所に通う必要は無いはずなのだ。
表面上は冷静に、しかししつこく同じ高校に行くよう諭す舞についには折れた太郎は、その代わりにと三つの条件を舞に出す。
一つ、部屋を別々に戻すこと。
二つ、部屋に自分の許可なく入らないこと。
三つ、人の入浴中、浴室に侵入してこないこと。
舞はそれらの条件を即座に呑んだ。
初めから守る気などはさらさら無かったが……。
――そして太郎は舞と同じ高校に通い始めた。
太郎が怒って部屋に閉じこもってしまいやることが無くなった舞は、夕食までの時間を自分の部屋で『タローちゃんグッズ』を眺めながら過ごすことにした。
「ふふ、別々の部屋なのは寂しいけど、タローちゃんのこのお汁が手に入るようになったのは棚ぼただったな」
呟きながら手に持ったカピカピの紙を鼻に近づけ、スーッと深くその香りを吸い込む。
「あぁ……、タローちゃんの匂い……、素敵……」
何度も何度も嗅ぎ続けていると、下半身がピリピリと痺れたような感じになる。
だが、彼女はオナニーをしない。
自分の何もかもを太郎の為に取っておきたかったからだ。
今後、たとえオナニーをするとしても、それは太郎に「俺に見せつけるようにオナニーしろ」と言われた時だけ。
そう決めていた。
精液の付着したティッシュを心ゆくまで堪能した舞は、それを大切そうに密封式の透明な袋に入れると次に太郎の爪の入った小瓶を取り出す。
蓋を外し、手の平に小瓶の中の爪をいくつか取り出すと、まずは親指の腹でその感触を楽しむ。
舞は、太郎の足の親指の爪が特に気に入っていた。
その大きさ、ザラザラとした固い感触、独特で深く乾いたような匂い……。
これらの爪には太郎の古くなって切り離された魂の一部が宿っているのだと舞は考えていた。
半年前の爪だから、半年前の魂の一部が。
「つまり過去のタローちゃんが私の手の平の上にいるのと同じことなんだよね……、こうして、いつまでも変わらずに私と……」
この上ない安らぎを感じる。
「そういえば、タローちゃんの集めてた漫画で似たような事をしている人がいたっけ」
あちらは自分自身の爪だという違いはあったが。
彼も、私のように過去を懐かしみながらその爪を口に含んだりはしたのだろうか?
舌でさんざんなめ転がし、前歯で軽く噛んだことは?
唾液とあわさる事によってより濃厚になった匂いを嗅いだことは?
……あの漫画が、舞は何故か無性に読みたくなっていた。
503 姉と弟。3 sage 2010/04/19(月) 23:51:45 ID:Kaw9ZtDj
舞、太郎、母親三人での夕食が終わると、すぐに太郎は自分の部屋に戻っていった。
「ねぇ、舞。また太郎と喧嘩でもしたの?太郎、何か機嫌悪そうだったけど」
母親は二階にある太郎の部屋のあたりを見つめながら尋ねた。
「ううん。別に、喧嘩なんてしてないよ」
この馬鹿は突然何を言い出すかと思えば私とタローちゃんが喧嘩をした?喧嘩をしたかだって?
それに『また』?『また』と言ったのかこの女は。
タローちゃんが本当は照れているだけだということがわからないのだろうか?……まぁ、わかっていないんだろうな。
所詮は『結婚』なんてイカレた事をした惨めな売女だ。頭蓋の中に四十過ぎのおっさんの汚い精液が詰まっているのだ。
「そう、それなら良いけど」
母親は立ち上がると、テーブルの上に置かれた食器を流しに持って行く。
「あ、お母さん、私も手伝うよ」
舞は母親が一度には持ちきれなかった食器などを手に取りながら腰を上げた。
洗い物を済ませ、浴槽に湯を張ると舞は階段を上り太郎の部屋のドアをノックした。
「タローちゃん、お風呂沸いたよー」
「あー、わかったぁー」と太郎。
少しの間をおき、
「ちょっとさ、部屋、入っても良いかな?」
舞はそう言うと太郎から返事をもらう前にドアを開けた。
「おまっ、俺は入って良いなんて言ってないぞ!」
「ああ、うん、でも良いんでしょ?」
「全っ然、良くない!」
「見られて困るものでもあるの?」
「別にないけど、これはプライバシーの問題だから!」
「プライバシーの意味は?」
「……確かあれだろ、自分の私生活を守る権利とかそんな感じだろ」
「お姉ちゃんが部屋に入るとタローちゃんの私生活は脅かされるの?」
「……いや、何もそこまで言うつもりはないけどさ」
「じゃあプライバシーの問題じゃないじゃん」
太郎の顔が苦虫を噛み潰したそれになる。
「と、とにかく、勝手に人の部屋に入るのはやめてくれよ」
「入る前に確認はしたはずだよ?」
「だから入って良いとは言ってなかっただろ!」
「そんなにお姉ちゃんが部屋に入ると都合が悪いの?」
「そこまでは言ってないってさっきも言っただろ!」
「ならなんで入っちゃダメなの?」
「入るなとは言ってない!俺が許可してからにしろって言ってるんだ!」
「わかった、じゃあ許可して」
「だーかーらー、入ってから言っても遅いんだって!」
「だったらお姉ちゃんはどうすればタローちゃんの部屋に入れるの?」
「何度も言わせんなっ!俺が入れと言ったら入れ!」
「わかった、入れって言って」
太郎は頭を滅茶苦茶にかきむしる。
「あーーーー!もういいよ!入れ入れ!」
504 姉と弟。4 sage 2010/04/19(月) 23:56:37 ID:Kaw9ZtDj
「うん、入りました!」
満面の笑みで舞。
「……はいはい、それで何の用?」
呆れ顔で太郎。
「ちょっとタローちゃんの漫画読ませてもらおうかなぁーって」
「漫画ってどの漫画?」
「ほら、前にタローちゃんが『最悪なんだけど格好良い敵役が出てくる』とか何とか言ってお姉ちゃんに読ませてくれたのがあったでしょ?」
「あぁ、……でもあの漫画、絵が気持ち悪いからあまり好きじゃないって言ってなかったっけ?」
「うん、そうなんだけど、何だか急に読みたくなっちゃって」
「まぁ、それは良いけど、前に読ませたのはそいつが出てくる四部の途中からだったよな?今回は最初から読む?」
「四部って?」
「あれは一部二部三部四部って主人公を替えながら続いてんの」
「へぇ、そうなんだ。ああ、でも別に最初からは読まなくて良いの、タローちゃんの言ってたキャラが気になるだけだから」
「……ん。じゃあ少し待ってろ」
部屋のクローゼットを開き、中の衣装ケースに詰めた漫画本数冊を取り出しパラパラとページを捲る太郎。
「あー、ここからだな。でっと……」
更に数冊を確認し、計12冊の漫画本を床の上に積み上げた。
「え?こんなにあるの?」
「あるよ」
「四部の途中からなんだよね?」
「そうだよ」
「無駄に多くない?」
「いや、多いけど面白いから無駄ではないよ」
「はぁ……、ま、いいや。じゃあ借りてくね」
「おお、別に急いで返さなくても良いからな」
「はーーい」
部屋から出て行こうとしている舞の後ろ姿を眺める太郎。
「……姉貴が少年漫画ねぇ……」
小さく呟く、すると、
「ん?何か言った?タローちゃん」
舞は閉じかかったドアの隙間から顔を覗かせる。
「いや、特に何でもないよ」
「……そう?」
舞が出て行くと、今は完全に閉じられたドアを見つめながら、これまた小さく太郎が呟いた。
「……やっぱ、可愛いよなぁ、姉貴」
太郎は幼い頃からいつも一緒にいて頼れる姉の舞に強い憧れを抱いていた。
端的にいえば『好き』だった。
しかし、当時それはあくまでも肉親としての『好き』であり、姉を異性として見るような事はなかった。
――太郎が中学にあがり、舞の身長を追い越すまでは。
最終更新:2010年05月09日 22:08