俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない 第1話

154 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:25:38 ID:8lbHnZIT
「起きろー、寝坊助!」
 朝食を終え登校の準備を済ませた俺――乃木涼介は、いつもの虚しい日課を済ませるべ
く妹の部屋に突入した。
「おーい、朝だぞー。遅刻するぞー」
 勢いよくカーテンを開けると、眩しい春の日差しが一瞬にして部屋一面を覆い隠した。
 その部屋は、思春期真っ只中の女の子の部屋らしく、可愛らしい小物やぬいぐるみで溢
れ返っていた。少々というか、かなり溢れ返りすぎかもしれない。オマケに服まで脱ぎっ
ぱなし。片隅には、この空間には似合わない無骨な自作パソコンが鎮座していた。
 ちゃんと洗濯物は洗濯籠に入れるように言ってるのに……。
「おーい、真帆奈。早く起きろ」
 ベットの上の団子虫に声を掛けた。
「……」
 団子虫は返事をしない。
「真帆奈、いいかげんにしろ。さっさと起きなさいっ!」
 ガバっと布団を剥ぎ取ると、お気に入りのテディベアーを愛しそうに抱きしめながら夢
の世界を彷徨う妹が、
「うにゃー……むにゃむにゃ……あと五分だけ……」
 と、寝ぼけながらお約束の台詞を吐いた。
「駄目だ。お前はよくても俺が電車に間に合わないんだよ」
 一本遅れると電車が異常に混むので、できるだけ早く家を出たいのにこの不肖の妹とき
たら……。
 こいつがこんな時間まで暢気に惰眠を貪っていられるのも、ここから歩いて十五分の中
学校に通っているからである。実に羨ましい。まぁ俺も二年前まではそうだったんだがな。
でも、こんなに時間までは流石に寝てなかったぞ。
「ふにゃ……じゃぁお兄ちゃんがおはようのキスしてくれた起きる……」
「朝からアホなことばっかり言ってるんじゃない」
 よしっ、こうなれば実力行使だ。
 お気に入りのテディーベアーを取り上げた。
「あ~ん、だめだよー。リョーちゃん返してー」
「駄目です。だいたいなんでぬいぐるみに俺の名前を付けてんだよ!」
 この愛らしいクマさんの名前は、リョースケ。
 命名真帆奈。
 先日買い物に付き合ってやった時にあまりにもしつこくこいつがせがむので、仕方なく
買ってやったぬいぐるみ(結構高かった……)なのだが、なぜに自分の兄と同じ名前を付
けるのか?
「えー、べつにいいじゃない……可愛いんだし。それよりもリョーちゃん返してー」
 とりあえず起きたのでぬいぐるみを返してやると、真帆奈はそれを自分の控え目な胸に
押し付け、ギューッと愛しそうに抱きしめるのであった。
 うーん、なんだかムズ痒いな。
「お兄ちゃん、リョーちゃんをいじめちゃだめだよ。ね~、リョーちゃん。酷いパパでち
ゅねー」
「誰がパパだ!」
「お兄ちゃんがパパに決まってるよ。それで、真帆奈がママだよ」
 クスクスと楽しそうにリョースケとじゃれ合う無邪気な妹の姿を見ていると、なんだか
無性にいたたまれない気持ちになってしまう兄であった。
 俺の妹――乃木真帆奈は、美少女である。
 実の兄である俺がこんなことをいうのも大変に気持ち悪い話なのだが、実際にそうなの
だから仕方あるまい。


155 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:26:21 ID:8lbHnZIT
 まだ幼さが残るが端整で愛嬌のある顔立ち。腰まで伸びた黒絹のようになめらかでサラ
サラな髪。透き通るような優しい白い柔肌。ほにゃほにゃとえくぼを出してよく笑うので、
小柄で華奢な体格と相まって、まるで子猫を眺めているような保護欲を、老若男女を問わ
ず周囲に与える。
 妹自慢をしていると思われるのも不本意なのでこの辺りでやめておくが、だいたいはう
ちの妹のことを理解して貰えたと思う。
 だがしかし、一見するとどこぞの深窓の令嬢のようにも見える我が妹ではあるが、これ
が結構いい加減でかなり天然だったりするので、兄としては色々と危なっかしく放ってお
けない存在なのであった。
「はいはい、俺はもう行くからな……」
 本格的に時間がやばくなってきたので、妹の部屋を出て玄関に向かうことにした。
「勝手に行ったらだめだよー。真帆奈が下りるまで絶対に待ってなきゃだめなんだから
ねー」
 そもそも朝の忙しい時間に、なぜ俺が妹をわざわざ起こさなければならないのかという
と、
「お兄ちゃんをお見送りするのは妹の勤めなんだから、お兄ちゃんは真帆奈になにも言わ
ないで勝手に家を出たりしたらだめなんだよ」
 と、妹様が勝手に決めたルールを守るためなのだ。
 理不尽だろ? だったらちゃんと自分で起きて欲しい。常識的に考えて。全然納得いか
ないのだが、もしこれで真帆奈を起こさないで登校したりしたら、
「もー! なんで一人で勝手に行っちゃうの! お兄ちゃんは真帆奈のことを愛してない
の!」 
 と、鬼の首を獲ったかのようにもの凄い勢いで拗ねるので手に負えないのだ。
「真帆奈、もう本当に行っちゃうぞー!」
 玄関から二階に向けて声を放つ。
 低血圧の我が愛しい妹は、パジャマのままナマケモノのようにのそのそと二階から下り
てきた。
「なぁ、これから十分でいいから、もう少しだけ早く起きてくれないかな?」 
 本当にお願いします。マジデ。
「うー、考えとく……」
 炭酸が抜けたコーラーのような気のない返事だった。結局こいつは、いつもどおりギリ
ギリの時間まで惰眠を貪るに違いない、と俺は確信した。伊達に十三年間もこいつの兄を
やっているわけではないのだ。
 フーと諦念が篭った溜息が、自然に肺から零れ落ちた。
 さて、ここで真帆奈チェック。
「身だしなみよしっと、髪型もオッケー、あっ、ネクタイ曲がってるよー」
 新婚さんのように真帆奈がネクタイを丁寧に整える。
 こいつはなにかと俺の世話を焼きたがるのだ。でも、家のことはまったくしないんだけ
どな。掃除も洗濯もご飯の用意も、やるのは全部俺。せめて自分の部屋の掃除くらいは…
…。
「うん、今日もカッコいいよ、お兄ちゃん。んっ!」
 そして、いきなり目を瞑って唇を尖らせるマイシスター。
 いつものことだが確認せずにはいられない。
「……なに?」
「いってらっしゃいのキス」
 ビシッ!
 隙だらけのおでこにダイレクトアタック。
「いたっ! なんでそんなことするの!」
「それは俺の台詞だよ」
「うー、いつもはいっぱいキスしてくれるのに……」
「そんなことしたことないよ!」


156 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:27:10 ID:8lbHnZIT
 人聞きの悪いことをいうのはやめて欲しい。実の妹にそんなセクハラ行為をした覚えは
一度もないぞ。
「じゃあもう行くからな。お前も遅刻するなよ。弁当はテーブルの上に置いてるから忘れ
ないように」
「は~い。ところでお兄ちゃん、今日は早く帰ってこれるの?」
「ん? 帰りに買い物してこなきゃいけないけど、だいたいいつもどおりじゃないかな」
「そっかー。できるだけ早く帰ってきてね、わかった?」
「いいけど……なにかあるのか?」
「べつになにもないよ。ただ早く帰ってきて欲しいだけだよ」
 さも当たり前のようにおっしゃる真帆奈さん。
「そ、そうか……善処するよ」
「そ~れ~と~、知らない女の子に声を掛けられてもついて行ったらだめだよ」
 俺は子供か。だいだいなんで女の子限定なんだよ。
「女の子はみんな怖いんだよ。お兄ちゃんのことを誑かせようとビルの屋上から狙ってる
んだから」
 どこのゴルゴ13だよ。まったく意味がわからん。これ以上妹の御託に付き合ってられ
ないので、学校に行くことにする。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃ~い。本当に早く帰ってこないとだめなんだからねー」
 手をヒラヒラとさせている真帆奈を後にして、俺は玄関から外へ出た。
 空を見上げると、真っ白なキャンパスにウォーターブルーをぶちまけたかのような雲ひ
とつない一面の蒼。
 頬を撫でる外気は桜が散る季節にしてはやや肌寒く、太陽は異常に眩しかった。


『俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない』


 三十分ほど電車に揺られてそこから十分ほど歩けば、俺の通う私立高千穂学園に辿り着
く。 
 一応、中の上くらいの進学校だ。
 創立十年未満のまだ新しい学校で、校風はかなり緩い。
 あまり派手でなければ私服での登校も許されているのだが、俺はいちいち服を選ぶのが
めんどくさいので制服を着用している。入学当初真帆奈は、「真帆奈がお兄ちゃんのコー
ディネイトをしてあげる!」とえらい気合を入れていたのだが、もちろん丁重にお断りし
た。
 二年B組が俺のクラス。教室に入り自分の席に座ると、例によって一人の男子生徒が
飄々と近寄ってきた。
「よー兄弟。今朝もラブラブマイシスターのお見送りで登校してきたのか?」
「……」
 この男の名前は、黒木貴志。
 一度俺の家に遊びに来て真帆奈に出会って以来、勝手に真帆奈ファンクラブの会長を自
称するようになった変態野郎だ。即効で俺の家は出入り禁止にした。
「いいよなー、お前は。あんな二次元にしか存在しない天使のような妹と一つ屋根の下で
暮らすことができるんだから」
「あのなー、黒木よ。お前だって妹はいるだろ?」
「はぁぁぁっ!? なに言ってんだよてめぇーっ! 俺の妹とあの愛らしい真帆奈ちゃん
を比べるんじゃねーよ! 月とミジンコくらいヒエラルキーに差があるだろうが! しか
も俺んちの妹はミジンコの分際で、俺のことを地面を這いずる脂ぎったカサカサ以下扱い
してくるんだぞ! なんで俺がそんな屈辱を受けねばならんのだ!」
「そんなこと俺に言われても知らんよ。日頃の行いの悪さじゃないのか?」


157 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:28:07 ID:8lbHnZIT
 お前は一体今まで、妹になにをしてきたんだ?
「なぁ、親友を哀れと思うんだったら、そろそろお前の家の出入り禁止を解除してくれよ。
べつに真帆奈ちゃんを取って食ったりしないからさー。俺はただ見ているだけで満足でき
るタイプなんだよ」
 心の底から拒否する。ただ見ているだけでも、頭の中で世にもおぞましい妄想に更ける
に決まっているからな。可愛い妹のそばにお前のような害虫を近づけるほど兄は愚かでは
ないのだ。
「ほらっ、これを納めてくれよ」
 机の上にドンと置かれたDVDの束。
 中身はもちろん大っぴらには公表できない代物ばかりだ。
 俺だってこんなものを使って溜まりに溜まった若気の至りを解消したくはないのだが、
彼女いない暦=年齢なのだから仕方あるまい。
「いつも悪いな」
「いいってことよ兄弟。それよりも例の件頼んだから」
 真帆奈に会わせろっていうんだろ? それは絶対に許しませんから。いくら袖の下を貰
ったとしても、それとこれとは話がまったくべつなのである。まぁ流石に悪い気もするの
で、今度飯でも奢ってやることにしよう。
「またそんな物を学校に持ってきて、いやらしい!」  
 すると突然にジャージ姿の女子生徒――児玉雫が、汚物を見るような目付きでそう吐き
捨てた。
 どうやら今の裏取引を目撃ドキュンされたようだ。
「出たな、リアル幼馴染キャラ!」
「はぁ!? 誰がリアル幼馴染キャラよ!」
 軽口を叩く黒木に食って掛る雫。
 実はこのジャージの彼女は俺の幼馴染で、丁度俺の家の真向かいに住んでいるのだ。
 肩まで伸びた茶色がかった髪は、別に染めているわけではなく地毛だ。いつもやや勝気
そうな表情をしているが、顔立ちは充分に整っており、幼馴染の俺から見ても健康的な美
少女と思える。こいつは子供の頃からスポーツ万能で、現在では女子バスケ部の期待の星
だそうだ。スポーツウーマンらしく、贅肉の欠片もないすらりと引き締まったスタイルを
してはいるのだが、胸の方も必要以上に引き締まっているのはいかがなものだろうか?
「今、ものすごーく我慢できない殺意が湧いてきたんだけど……いったいなんなのかしら
ね?」
 オマケに勘まで鋭い。
「おはよう、雫……。今朝も朝錬だったのか?」
「おはよう。うちも今年こそはインターハイ狙ってるんだから大変よ……って、話を逸ら
すなバカ涼介!」
 いや、べつにそんなつもりはなかったんだが……。
「アンタね、こんなバカと付き合ってたら本当にバカになるっていつも言ってんでしょ!
 だいたいそんないやらしい物ばっかり見て、幼馴染としてホントに情けないわっ!」
「なにを言うか児玉! 貴様は俺が乃木に託したお宝の中身を知った上で、そんな愚かな
ことを言っているのか!」 
「知りたくもないわよそんなこと! どうせいやらしいゲームとか、いやらしい動画とか
に決まってるんだから! そういうのって海外の人達からもの凄く批判されてるの知って
んの? 日本の恥よ、恥!」
 ビンゴだった。DVDをチラ見しただけで中身を正確に当てやがった。ニュータイプの
素質有りだな。
「貴様にエロゲーのなにがわかる! エロゲーは人生だ! どれだけの神ゲーが存在する
と思っているのだ! そこら辺の小説や映画などでは、到底到達することができない感動
とカタルシスが待っているのだぞ!」


158 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:29:36 ID:8lbHnZIT
 黒木よ……。そんなに真剣にエロゲー談義をしたところで、雫は絶対に納得してはくれ
ないぞ。こいつは昔からかなり潔癖なところがあるからな。
「はぁぁっ!? アンタ本気でそんなこと言ってんの? ねぇ、バカなの? 死ぬの?」
 すでに皆さんもおわかりだろうが、この二人はトコトン相性が悪い。そりゃー、お互い
両極端に位置する存在同士なのだ。方角でいうなら北と南、磁石ならN極とS極。わかり合
えるわけがないだろう。喧嘩するほど仲がいいとはよくいうが、この二人だけには永遠に
当て嵌らない方程式なのだ。
「まぁまぁ、二人とも少し落ち着けよ――」
「乃木! 貴様は同志としてこの愚かな三次元の女になにか言うことはないのか! 我ら
のパーソナルリアリティーを脅かそうとしているのだぞ!」
 俺も多少なりともオタクの自覚はあるが、お前ほどアクセル全開で二次元の世界に突っ
込んでるわけではないからな。
「涼介、アンタも同罪なんだからね! 昔はそんなんじゃなかったのに、不潔よ不潔!」
 こいつらはなんでこんなに朝から元気なんだ? 俺はちょっとついていけないわ。
 そんなありふれた朝の喧騒の教室も、ある人物の登場で波打つように静まり返った。
艶やかに輝いた長い黒髪と、オシャレメガネをした学園一の美女の誉れの高いその人物
の名前は、東郷綾香。
 世の中には色んな才能を持ち合わせ、あらゆることを常人以上にやりこなしてしまう人
種が存在する。たった今登校してきた彼女も、そういう選ばれた人間の一人だ。
「お姫様のご登場か……」
 黒木が呟いた。
 お姫様、というニックネームは実に的を得ている。
 容姿端麗、文武両道、抜群のプロポーション。
 我が家のインスタントお嬢様とは違い、彼女からは内面からも高貴なオーラが醸し出さ
れている。
 学園で彼女に恋をする男は腐るほど存在するが、あまりにも高値の花すぎて、告白をす
るような無謀な男もまた少ない。そして、そんな限られた特攻野郎どもは、ことごとく玉
砕しているのであった。
 かくいう俺も、そんな彼女を少なからず意識する分をわきまえない最下級兵士の一人だ
ったりする。もちろん己を痛いほどに理解している俺は、バンザイ突撃をするような気概
など毛頭ないのではあるが。
「おはよう、乃木くん」
 惚れ惚れとする凛とした声で、高値の花が挨拶をしてくれた。
「おおお、おはよう!」
 それだけで狼狽しながら挨拶を返すだけが精一杯の一般庶民の俺。
 どんな生徒に対しても分け隔てなく接する東郷さんは、俺のようなモブキャラにでも毎
日きちんと挨拶をしてくれるのだ。そんなお高くとまらない親しみやすさが、更に彼女の
人気を不動の物にするのであった。
 東郷さんが通り過ぎた後の甘い香に当惑しながら、俺は彼女が窓際の自分の席に着くま
で視線を逸らすことができなかった。
 すると、何者かによって頬をギューッと抓られてしまった。
「いたたたたっ! な、なにするの!」
 雫だった。
「そんな痴漢みたいないやらしい目付きで東郷さんを見ないの、バカッ!」
「なっ! べ、べつにそんな目で見てないだろ!」
「見てたわよ! ビローンってこんなに鼻の下伸ばして! あー、いやらしいいやらし
い!」
「うっ……か、仮にそうだったとしても、お前にはまったく関係ないことじゃないか!」
「な、なんですって! きぃぃぃーーッ!!」 
 狂犬ように八重歯剥き出しで睨んでくる雫さん。


159 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/12(水) 23:30:29 ID:8lbHnZIT
 はっきり言ってかなり怖い。
「もう知らない! バカ涼介!!」
 雫はズンズンと地響きを立てながら、自分の席へと戻っていた。
 ふー、怖かった……。ほんのちょっとだけ東郷さんに見蕩れてただけなのに、なんで雫
があんなに怒るのかさっぱりわからんよ。もしかしてあの日か……?
「気持ちはわからんでもないがやめておけよ、乃木……」
 黒木は俺の肩に手を置いて、しみじみと言った。
 いやいや、俺なんかがどうこうなるような相手じゃないことくらいは、十二分に理解し
てますから。
「だいたい俺達に三次元の女など必要ないだろ。二次元がこの世の全てだ。世界中の男が
二次元の彼女を愛せば、この薄汚れた世界からだって戦争はなくなるさ」
「お前の歪んだ常識を俺にまで当て嵌めるのはやめろっ!」
 俺だって本当は三次元の彼女が欲しいよ。まぁ、だからといって積極的になにか行動を
起こすわけでもないんだけどな。めんどくさいから。
 そんな益体もない二次元三次元論争を俺と黒木がしていたところで、先生が来て朝の
ホームルームが始まった。
 どうでもいい教師の話を右耳から左耳へと聞き流しながら、俺は鼻腔に微かに残された
東郷さんの甘い香りのことを思い出していた。
 いい匂いだったな。化粧品とかの匂いじゃなかったけど、シャンプーかリンスの匂いな
のかな? まぁなんでもいいけど東郷さんってどこまでも完璧超人なんだよな……。
 と、まったりと電脳ダイブしていたところで、ポケットの中の携帯電話が元気よく振動
した。
 メール着信。雫からだった。
『今日、帰り付き合って!』
 実に雫らしい絵文字もなにもない簡潔な内容の文章。
 教室をチラリと振り返り、雫に視線を向けた。
 俺の視線に気付いた雫は、アッカンベーをしてからフンッとそっぽを向く。
 意味がわからん……。
 これといった用事があるわけでもないので、べつに付き合ってもいいんだけどな。断る
と後が怖いし……。夕飯の買出しはその後にでもするか。
『了解』
 そんな短いメールを、俺は雫の携帯電話に送信した。


 続く。

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最終更新:2010年06月06日 20:04
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