3月だったある日

265 3月だったある日 sage 2010/05/20(木) 02:46:41 ID:xbEYaDip
3月中頃両親が鬼籍に入った。

 俺は家で両親が納骨された仏壇に手を合わせていた。
涙もとっくに枯れ果ててもう何の感慨もわかなかった。
両親は先日、買い物に出かけその帰りに正面衝突、帰らぬ人となった。
年間数千人はいるであろう自動車事故死亡者に両親が入るとは思っていなかった。
家にいていきなりご両親が交通事故に遭いましたと警察から電話があった時は驚いたというよりも手の込んだ悪戯かと思った。

 「ここにいたの」背後から声がかかる。
振り向くと今年クリスマスイブの日付と同じ年齢になろうという姉がいた。
「お父さんたちもおしどり夫婦だからって一緒に死んじゃわなくてもよかったのにね」
そうおどけて言った。口調とは別に表情は複雑そうだった。
姉は大学卒業と同時に一人暮らしを始めた。
実家から車で30分ほどの所だったがまったく家には帰ってこなかった。
俺はよく呼び出されていたので会うのはそこまで久しぶりではなかった。
けれども、両親と姉が最後に会ったのは2年前までさかのぼらないと思いだせない。
いつも母が「お姉ちゃんも近所なんだから帰ってくればいいのに」と愚痴をこぼしていた。
久しぶりの連絡が訃報で、帰れば両親の葬儀が待っていたというのはどんな気持ちなのか俺には測りかねた。

居間へ戻りソファに座る。
姉は俺の横に座った。
ここ数日の疲れが溜まったのか虚空を見つめ呆けていた。
姉には両親が亡くなってから今まで世話になり続けている。
遺体の確認からずっと取り乱していた俺をなだめ、慰めてくれ。
右も左もわからない俺の代わりに葬儀の手配をし、喪主を務めてくれた。
本来、喪主は長男である俺が務めなくてはいけないのだが両親の突然死のショックで何も手に付かなかった。
駆け落ち同然で地元から出てきたという両親には親戚がほとんどいなかったが、両親の友人や職場の同僚への対応をすべてしてくれたのは姉である。
その間、俺はひたすら頭を下げて阿呆のように同じセリフを参列者らに言っていただけだ。
そんな姉の疲労を推し量るべきであろう。
俺がねぎらいの言葉をつぶやこうとすると姉がつぶやくように言った。

「あんたのスーツっていうか、礼服?よく似合っていたわね」

一瞬、何のことかわからなかった。
確かに中高一貫して制服が詰襟だった俺の礼服姿は初めてのものだったに違いない。
母も俺のスーツ姿を見ることを楽しみにしていたようだが結局叶わなかったわけだが。
こんな訳のわからないことを言い出す程度には姉が疲れているのは分かった。



266 3月だったある日 sage 2010/05/20(木) 02:47:10 ID:xbEYaDip
「それよりも、あんたはこれからどうするつもり?」
 どうするつもりとは当然進路のことであろう。
俺は先日高校を卒業し、4月から県内の国立大学への進学を決めていたが、
「親父たちがもういないんだから進学はやめて働こうと思ってるよ」
国立とはいえ4年間学費や、生活費など諸々の費用のことを考えるとそれが一番だとも思う。
実家から通えるとはいえ厳しい問題である。

 それ以上に俺にはやらねばならないことがある。
「それにこの家を管理していかなくちゃいけないだろう」
両親が残したこの家を俺は残したいと願っている。
先ほども述べたように両親は駆け落ち同然で地元から出てきた。
頼りになる親戚、友人が周囲に居ない中この家を苦労して建てた。
そこにはきっと少なくない苦労があったと思う。
そこまで大きくもない一軒家。
母が仕事の合間を縫って手入れした庭。
父が集めた本がたくさんある書斎。
幼いころに背比べをした跡の残る柱。
そのすべてを俺は残したい。
奨学金や両親の遺産で大学に通うこと自体はできるだろう。
けれども、俺にはこの家を、両親の生きた証であるこの家を残すことのほうが大切だ。
そう姉に説明をした。

 姉は黙って聞いていくれた。
途中で口を挟まずにただただ耳を傾けてくれた。
すべて説明し終えると姉はしばらく沈黙した後、頭を押さえて首を振った。
「あんたね、自分がどんだけずれたこと言ってるのかわかってる?」
そう言われても全くわからない。
困惑の表情を浮かべていると姉は大きくため息をついた。
「あんたのその話、それだけ聞くと美談ね。美談だし、立派な考えだとも思うわよ」
大きく息を吸って続きの言葉を紡ぐ。
「けどね、その話には私がいない」
そう言った姉の顔はまるで置いて行かれた迷子のようだった。


267 3月だったある日 sage 2010/05/20(木) 02:47:43 ID:xbEYaDip
 「なんですかあんたは、二人っきりの家族であるお姉さまなんか頼りにならないから全部自分でやらないといけないとこの家がなくなるとでも思ってるの

?それとも私はこの家が、生まれ育った家がなくなっても全く平気な性格をしているとでも、そう思ってるっての?」
激しい姉の『口激』にグゥの音も出ない。
当然、最初に姉に相談すればとも思った。
「けど、もう家を出てるし一方的に迷惑をかける訳にはいかないだろ」
この家を維持していこうとしたらまず間違いなく姉に頼ることになるだろう。
それだけは避けたい。
「バカ!」
そう怒鳴る姉の瞳の端に涙が溜まっていた。
幼いころから思い出しても姉のなく姿など数えるほどしか見たことのない俺は動揺した。
まさか、泣かれるとは想像もしていなかった。
「あんたはもっと私を頼ってもいいんだよ。大事な弟なんだから、あんたがこの家をどれだけ大事に思っているかは分かったよ。それにあんたが少なくない

時間を勉強に費やしてきたことも知ってる。あの大学に入るために頑張ったんでしょ。だから私が、お姉ちゃんがどうにかしてあげるからあんたが全部背負

う必要はないんだよ」
姉は俺に、まるで幼子に言い聞かせるように言う。
 しかし、姉ももう24である。
結婚していてもおかしくないし、耳にしたことはないが彼氏がいてもおかしくない。
それなのにここで重荷を背負わせて婚期を逃がしたら天国の両親に申し訳ない。
とはいえ、姉の結婚について心配しているとは言いづらい。
言うべきかどうか迷っていると姉が目を細めてこちらを観察するように見てきた。
ああ、この目はやばいと、弟としての直感が告げる。
「もしかして、あんた私の結婚の心配をしているとか言うんじゃないでしょうね」
口角を釣り上げて拳を震わせている。
ああ、やばいな。
「いや、俺はただ行き遅れにならないかと心配を…」
「そんなこと、あんたに心配される筋合いはない」
その言葉とともに振り上げられた拳は正確に俺の頬を穿った。


 縁側でずいぶん昔、父が何処からか買ってきた植えた白梅の木を見ながら頬を冷やし、座っていた。
姉に頬を殴られて話が中断した。
少しばかり気に入らないことを言われたからといってすぐに手をあげる性格を直さないと本当に行き遅れるんじゃないかと思う。
氷嚢を押し付けすぎて感覚の無くなった頬に風を感じる。
例年になく寒いがそれでも花をつける白梅を感動の心持ちで眺めていると。
背中にそっと温かな重みを感じる。
俺のではない手が俺の体の前で交差する。
姉が俺を背後から抱えるように抱きついてきた。
人の身体とはこんなにも温かいものなのだということを知る。
それとともに両親の冷たくなった身体を思い出す。
こうして家族と共に居られることに感謝をする。
「あんたは私が養ってあげる。今住んでいる所引き払ってこの家に帰ってくるだから大丈夫、あんたを一人ぼっちになんかしない。ずっと私が一緒にいてあ

げる。だからそんなに悲しそうな顔しないで」
俺の顔をよく見てないのにそんなことを言わないでほしい。

 俺は姉が言ってくれた言葉がうれしくて泣きそうなのだから。


268 3月だったある日 sage 2010/05/20(木) 02:48:28 ID:xbEYaDip
 私は自分のアパートに一時的に戻るために車を発進させた。
家からアパートまではおおよそ30分本当は誰もいないアパートなどには帰りたくない。
いや、弟の居ないアパートになど帰りたいと思うわけがない。
しかし、家には着替えも仕事の資料も置いてない。
それを取りに帰るためだけにアパートに帰り、また戻ってくるつもりだ。
私は弟のそばを離れたくない。
特に今は両親の死によって精神的に弱っている。
そんなあいつを無防備なままほっとけない。
もし万が一泥棒猫があいつの周りに湧いて出たら大事だ。

 2年前家を出た時は断腸の思いだった。
しかし、あれ以上家にいたらきっと私は思いを隠しきれなかっただろう。

そう、弟に対する異常なまでのこの愛情を。

 弟に対して好意をもったのは最初は弟が中学生の時、あいつは女子から陰湿な嫌がらせを受けていた。
理由は告白されたのにそれを受けなかったからというくだらない、本当にくだらない理由。
その日は雨が降っていて傘を持って行ったはずの弟が濡れて帰ってきた。
おかしいと思い、弟に問い質すと弟は最初は渋っていたが次第に口を開いた。
理由も、されてきた嫌がらせも―傘を壊されたことも―ふつうは憤って当然だと思う。
実際、その理由のくだらなさに私は怒りをあらわにした。
しかし、弟がしたのはただ苦笑いをしただけだ。
ただ告白を断ったというだけで与えられた苦痛に対して苦笑いを返しただけなのである。
それでも憤る私に弟は肩をすくめるばかりだった。
「あの人たちも気がつくと思うよ。今していることがどうしようもなくくだらないことだって。ただ僕はわざわざ教えてあげるほどやさしくないから」
そう言うと弟は話はそれだけだとでも言うように席を立った。
「まあ、将来あの人たちの今の行動についての客観的見地を教えてあげるつもりだけどね」
そんなセリフを残して部屋へと戻って行った。
この時の私は6歳も年下の男の子言った言葉とは思えなかった。
そう思った瞬間、私はあいつのことを弟として見れなくなった。
ただただ気になる『男』としてあいつを見るようになった。
 しばらくして弟に対する嫌がらせは無くなったそうだ。
けれど私の問題はそんなことではなかった。
気になる男が四六時中ひとつ屋根の下で一緒に居るのだ。
はっきり言ってもう気が狂うかと思った。
弟は当然そんな気が全くない。
当然だが自分がこんなに恋しい気持ちになっているのにと八つ当たりめいた気持ちを持つこともあった。
いっそ襲ってしまおうかと捨て鉢な思いにもなった。
そんなことをすればきっと弟はもう自分のものになることはないだろう。
葛藤を抱えたまま就職と同時に家を出た。
家から遠くもなく近くもない場所にアパートを借り暮らし始めた。
離れれば少しはましになるだろうと思ったがこの思いは自分で思っていた以上に強く激しいものだった。
1日過ぎる毎に恋しくなり、弟の居ないアパートに帰ることが苦痛になる。
私を口説こうとする男と話すと弟と比較してしまし、さらに弟に遭いたくなる。
狂おしい情愛が私の中で育っていくのを自身で感じ、弟を呼び出し食事をとることでそれを発散する。
そんなことをしていてもすぐに決壊することは目に見えていた。
そのくらい私の暗い、背徳的な愛は育っていた。
そのうちどうすれば問題なく弟と愛し合う関係に至れるかと考え始めた。


269 3月だったある日 sage 2010/05/20(木) 02:48:54 ID:xbEYaDip
 後ろから、クラクションの音がけたたましく鳴る。
どうやら信号待ちで考え事をしていたらいつの間にか信号が赤になっていたようだ。慌てて車を発進させる。
ここで両親と同じ末路を逝く気はない。
それにしてもと思いため息を少しこぼした。
「私が手を出さなくても勝手に死んじゃうんだから」

私は両親を自分の手で亡き者にしようと思っていたし、その覚悟も決めていた。
計画も立て、準備もしてきたがすべて必要なくなった。
両親の訃報を聞いたときは自分の手を汚す必要になって喜ぶべきなのか、両親の不幸な事故を悲しむべきか一瞬困惑した。
しかし、今になって思うと本当に私に両親を殺すことができたのかとも思う。
弟ほどではないが両親のことは敬愛していた。
そんな両親を私は……いや、こんなことを考えてもしょうがない。
今は、早く帰って弟と愛を育む準備をしなくては。
重要なのはむしろこれからだ。
弟を養いながらさらに姉としてではなく女として意識してもらわなくてはいけないのだから。

 それにしても、弟を養う。
この言葉をつぶやくと思わず身体が熱くなる。
私がいなければ弟は食べていけない、私がいなければ弟は生活できない。
そんなことを考えるだけで今までになく身体が熱くなり、身体を弄りたくなる。
しかし、今日から家に泊るつもりだ。
本当に久しぶりに弟と夜を過ごす。
こんなことで私は自分を抑えられるのだろうか?
「………取り合えずチョット休憩してから帰ろう」
アパートに到着し、急いで部屋へと向かう。
明日からの生活に、弟との生活に淫蕩な望みを抱きながら私は自慰行為をした。

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最終更新:2010年06月06日 20:08
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