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俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:09:09 ID:GMqcCs1+
「うわっ! ま、真帆奈か!?」
どうやら妹様が天岩戸から顕現なされたようだ。
「……えっと、雫悪い、用事ができたんで切るわ」
『えっ! ちょっ、待ちなさ――』
即座に切った。
「誰と電話してたの?」
「……し、雫だよ」
「ふーん、そうなんだ……」
昼ぶりに見た真帆奈の瞳は据わっていて妙に迫力があった。
えっ、なにがあったのいったい?
奇妙な沈黙がキッチンを支配する。
「……そ、そうだ。御飯食べるか? 温めるよ」
「真帆奈……その前にお兄ちゃんにお話があるの。真帆奈の部屋に一緒に来て欲しいの」
当然、例のエロゲーの話だろう。
「わかった……」
俺は静かに首肯した。
で、真帆奈と一緒に二階へと上がり、部屋に入ってクッションに腰を下ろした。
これから先の展開がまったく想像すらできない。もはや行き当たりばったりでいくしか
ないようだな。
心臓をフルに活動させながらそんなことを考え少しの時間待っていると、真帆奈は例の
アレ、『レイプ!&レイプ!&レイプ!』を俺の前に差し出してきた。
『ハハハーッ、越後屋、そちもワルよの~』
『イヤイヤイヤッ、お代官様には敵いませぬ~』
丁度、こんな感じの図だ。
さて、俺はなんと真帆奈に言ってあげればいいのだろうか? 女の子がこんな物をかっ
たら駄目だろ!、とでも叱るのか? いやいや、今にも泣き出しそうな顔をしてる真帆奈
に、そんなことはどう考えても言えないだろ。うん、たかがエロゲーだ。べつに人に迷惑
をかけたわけじゃないだし、兄である俺が妹を理解してあげないでどうするのだ。
「……ごめんなさい」
蚊の羽音のようなか細い声で真帆奈が言った。
「いや、べつにあやまることはないんだけど……そ、その、なんでこんなゲーム買ったん
だ?」
「ちょっと前に……お兄ちゃんの部屋でこういうゲームを見つけて……、それで真帆奈は、
お兄ちゃんが好きなことをどうしても知りたかったら試しにやってみたの……」
ちょっ! 黒木にコピーして貰ったエロゲーを勝手にやってたのかよ!
「本当はこんなことしたらだめだって思ってたんだよ……。でも、やってみたら真帆奈、
すっごくドキドキして、そ、それで……」
どうしても我慢ができなくなって自分で買っちゃったわけか……。
「お兄ちゃんに隠しごとしててごめんなさい……。でも、本当のこと言ったらお兄ちゃん
に嫌われるって思ったから……。それだけは真帆奈は耐えられないから……ご、ごめんな
さい、ごめんなさい……ううっ……」
とうとう真帆奈は俯いて、グスグスと鼻を啜りながら泣き出してしまった。
胸が痛い。昔から真帆奈の泣き顔を見るのは苦手なのだ。
「お、おい、泣くなよ! 俺がこんなことで真帆奈のことを嫌いになるわけないだろ!」
「ほ、ほんと……?」
「本当だよ! だいたい趣味なんか人それぞれなんだから、こんなことべつに気にする必
要なんかないんだぞ」
まぁ、俺にも責任の一端がないとは言えないしな。人間は間違いを犯す生き物なのだ。
ついつい魔が差してしまうことだって、誰にだってある話しじゃないか。
「お兄ちゃん……実はこんなゲームはこれだけじゃないの……」
「えっ!? ま、まだあるの……??」
「うん……」
真帆奈はすくっと立ち上がると、部屋の隅のカーペットを捲り上げた。なんとフローリ
ングの床に、床下収納庫の扉が現れた。
「お兄ちゃん……真帆奈の秘密を知っても……真帆奈のことを好きでいてくれる……?」
「あ、当たり前だろ……お前は俺のたった一人の、い、妹なんだから……」
337 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:09:49 ID:GMqcCs1+
そんな妹を思いやる言葉とは裏腹に、俺の声は明らかに不自然に裏返っていた。オマケ
に脇の下から嫌な汗が……。床下から漂ってくる負のオーラがもの凄いのだ。こいつは藪
の中からとんでもない大蛇が飛び出してくるに違いないぜ! と俺のゴーストがそう囁い
ていた。
「お兄ちゃん、真帆奈の全てを受け止めて!!」
真帆奈は収納庫の扉を勢いよく開けた。
そこから世界へと解き放たれた真実とは――。
「こ、これはっ!!」
鬼畜・陵辱ゲームのオンパレードだった。
最新から旧作までずらりと揃えられたそのさまは、まさにハードコアユーザーそのもの
のコレクションと言えた。
なんてこったい! ついつい魔が差したとか、ほんの気の迷いとかってレベルじゃねー
ぞっ! もう完全にドランカー状態の鬼畜エロゲーマーじゃんか!
「これでも……真帆奈のことを嫌いになったりしない……?」
双眸に光を湛えながら真帆奈が言った。
いや、いくらなんでもこれはちょっと……。なにもこんなに収納庫が溢れそうになるほ
どコレクションしなくても……。
「お、お兄ちゃん……やっぱり真帆奈のこと、いやらしい妹だって思ってるんだ……うう
っ……」
「うわっ、待て待て! そんなこと全然思ってないぞ。俺は絶対に真帆奈のことを嫌いに
なんかならない。たとえ世界中の人間がお前を非難したとしても、俺だけはずっとお前の
味方だ!」
「それじゃぁ、お兄ちゃんは真帆奈のことを受け入れてくれるんだね?」
受け入れるっていうのはなんか引っかかるニュアンスだが、こんなことで可愛い妹を突
き放すような酷薄な兄ではないぞ。まぁ、このぶっとんだコレクションは少々問題は有り
だろうがな。もし親父がこれを見つけてたら、卒倒して病院送りだったかもしれないな。
真実を知ったのが俺で本当によかったよ。
「もちろん受け入れるぞ。さっきも言ったけど、俺はなにがあっても真帆奈の味方だから
な」
「お、お兄ちゃん、ありがとう!!」
真帆奈は歓びを身体全体で表現し、俺の胸に飛び込んできた。
「うわっ! おいおい……。まったくもう、お前はいつまでたっても甘えん坊だな」
「ううっ! ありがとう……ありがとう……お兄ちゃん」
「ほらっ、もう泣きやみな。可愛い顔が台無しだぞ」
胸の中の大切な存在を優しく抱きしめ、泣きやむように黒髪をナデナデしてあげた。
「もしお兄ちゃんに拒絶されたら、真帆奈もう死んじゃおうって思ってたから、ほっとし
ちゃって……ううっ、ご、ごめんね……」
そんなに思い詰めてたのかよ! 拒絶しないで本当によかったよ……。
「つーか、こんなことで死ぬとか言うなよ」
「うん、もう大丈夫だよ。……それでね、真帆奈、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど言
ってもいい……」
「なんだ? この際だから遠慮しないで言ってみな?」
「あのね……、お兄ちゃんに真帆奈のご主人様になって貰いたいの」
…………えっ? よく聞き取れなかったけど、ご主人様になって欲しいって言ったのか
な? ……いやいや、流石にこれは聞き間違いだろ? 兄が妹のご主人様になるとか全然
理解できないしな。うん、これは聞き間違いに違いない。つーか、頼むから聞き間違いで
あってくれ!
「えっと……ごめん。よく聞こえなかったからもう一回言ってくれるか?」
「お兄ちゃんに真帆奈のご主人様になって欲しいの」
聞き間違いじゃなかったか……。
「うーん……そのご主人様ってのは、具体的になにするの?」
338 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:11:02 ID:GMqcCs1+
そもそもなぜに兄妹間で主従関係を結ばなければならないのか? そのあたりはハッキ
リして貰わないといけないな。
「お兄ちゃん、そんなに深く物事を考えなくていいんだよ。具体的になにかをするわけじ
ゃなくて、真帆奈はお兄ちゃんとの精神的な繋がりが欲しいだけなんだよ」
「それだったらそんな怪しげな関係を結ばなくても、兄妹のままでいいじゃないか。家族
ほど強い繋がりなんか他にないんぞ」
「真帆奈がお兄ちゃんの妹なのはあたりまえなの! それ以外にも真帆奈は、お兄ちゃん
ともっとふかーい絆が欲しいの!」
真帆奈の瞳の奥には、強い意志の光が込められていた。
どうやら冗談でこんなことを言っているわけではないようだ。
「絆と言われてもなー。なんでそれがご主人様になってしまうのさ?」
「それだったらお兄ちゃん、真帆奈の恋人になってくれる?」
こ、恋人!? いったいなにを言ってるんだこの娘は? これがゆとり教育の弊害なの
だろか。
「俺達は兄妹なんだから、恋人になんかなれるわけないだろ」
「ほらねっ、そういうこと言うでしょ? だ~か~ら~、お兄ちゃんには真帆奈のご主人
様になってもらうんだよ。それで全てが解決するでしょ?」
……いや、その発想はおかしい。なぜ俺が真帆菜のご主人様になるのか、説明している
ようでまったく説明になってないし、なにも解決していない現実がそこにある。
「そんなこと言われても意味わかんないよ……」
「うー! なんでだめなの! お兄ちゃんは真帆奈を受け入れてくれたんじゃなかった
の!」
「いやいや、それとこれとは話が全然違うだろ?」
「お兄ちゃんはやっぱり真帆奈のことをふしだらな妹だって、この世界からいなくなっち
ゃえって思ってるんだね!」
「そんなことはこれっぽっちも思ってないよ!」
「じゃぁなんで真帆奈のご主人様になってくれないの!」
「意味がわかんないからだよ! 恋人のなれないからご主人様になるとか、はっきり言っ
て理解不能だよ!」
ガーンとショックを受けた表情で石化した真帆奈は、再び眉根に涙を溜めていく。
「信じてたのに……お兄ちゃんのこと信じてたのに……。お兄ちゃんに拒絶されたら、真
帆奈はもう生きていけないよーっ!!」
床に突っ伏してワーンと大声で泣き始める真帆奈。
「おい、泣くなって、ご近所にも迷惑じゃないか……」
更に泣き声のボリュームが上がる。
いったい俺はどうすればいいんだろうな? このままでは真帆奈は納得しそうもないし、
かといって本当に真帆奈のご主人様とやらになってしまって大丈夫なのだろうか? 下手
に約束なんかしてしまうと、後々とんでもないことが起こりそうで怖い。つーか、これが
エロゲーだったら間違いなく選択肢が出てきてるよな?
『真帆奈のご主人様になる』
『真帆奈のご主人様になる』
ちょっ!? 全然、選択肢になってないじゃん! どうなってんのこれ??
「わ、わかったよ真帆奈……ご主人様になるよ。それでいいんだろ。だからもう泣きやん
でくれよ……」
「ほんと!?」
不自然なくらいピタッと泣きやみやがったぞ。
「本当だけど……。で、でもアレだぞ。べつに俺達の関係は今までどおり兄妹で、おかし
なことはなにもしないんだからな!」
339 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:11:38 ID:GMqcCs1+
「やったーっ!! お兄ちゃんがほんとに真帆奈のご主人様になってくれたーっ! 全部、
麗ちゃんの言ったとおりになったよ! 麗ちゃんすごーいっ!!」
「えっ?」
「あっ!」
なんか今、聞き捨てならないようなことを真帆奈が口走ったような気がしたんだが?
たしか麗ちゃんがどうとか……?
「おい、真帆奈。今なんて言ったんだ?」
「な、なにかな? 真帆奈はなんにもおかしなことは言ってないよ??」
真帆奈は唇を尖らし口笛のようなものを吹いているが、ヒューヒューと二酸化炭素が出
るだけで音はまったく鳴っていない。
つーか、お前さっきまで泣いてたんじゃなかったのか? 全然泣いてたような顔に見え
ないんだけどな。なんなの、このもの凄い違和感は……。
「そ、そんなことよりもお兄ちゃん! 気が変わらないうちにこれにサインして欲しい
の!」
「サイン? いったいなんにサインするのさ?」
真帆奈は、机の引き出しから一枚の紙を持ち出してきた。
「ここがお兄ちゃんがサインするところだから。それと拇印も一緒に押して。早くしてし
て」
真帆奈は、名前を書く欄を指差してくる。その欄の下にはすでに真帆奈のサインが記入
されており、拇印までもがきっちりと押されてあった。
「この紙はいったいなんなの? ちゃんと読ませて――」
「読むのは後でいいの! まずはサインしてから、はーやーくー!!」
「なんで読ませてくれないんだよ!」
「うー! ご主人様になってくれるって約束したのに、舌の根も乾かないうちにもう真帆
奈を裏切る気なの!!」
「なんで怒るのさ! 全然意味わかんないよ!」
どう見てもご主人様に対する接し方とは思えないぞ!
「いいから、早くサインしてー!」
「わ、わかったよ……もう、しょうがない奴だな……」
あまりにも真帆奈がしつこかったので、渋々サインをして拇印を押してしまった。
まぁどうせたいした内容ではないだろうし、後で適当に確認しとけはいいかな、とこの
時の俺はそんな感じで致命的に楽観視していたのだ。もちろんすぐに後悔することになる。
「こ、これでお兄ちゃんは、正真正銘に真帆奈のご主人様になったんだね……。ま、真帆
奈は感激してるよ!!」
一枚の紙を大切に愛しそうに抱きしめる真帆奈。
「それで、その紙はいったいなんだったの?」
向日葵のような満面の笑顔で、真帆奈が紙を渡してくれた。
その紙に書かれていたあまりにもぶっとんだ内容を読み、俺は文字通り戦慄した。
340 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:12:15 ID:GMqcCs1+
『奴隷誓約書』
私こと奴隷、乙(乃木真帆奈)は、ご主人様である、丙(お兄ちゃん)の忠実なる下僕
として、健やかなる時も病める時も永久的に御奉仕することをここに誓うんだよ。
1、乙は丙の命令に対して絶対服従なので、いつでもどこでもどんなにエッチな命令だ
ってしてもいいんだよ。
2、乙の肉体の所有権は丙に譲渡しているので、いつでもどこでもどんなにエッチなこ
とだってしてもいいんだよ。
3、乙が誓約に反するような行為を行った場合は、丙は乙に対してすっごいエッチな罰
を与えてもいいんだよ。
4、丙は好きなように誓約の内容を追加することができるので、乙にやらせたいエッチ
ことを色々と考えて付け足していいんだよ。
5、仮にこの誓約書が物理的に破棄されたとしても、誓約の効力は関係なく永久に持続
するので、乙に無断で破いて捨てたりとかしても無意味なんだからね。
341 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:12:58 ID:GMqcCs1+
ナンデスカコレハ??
ちょ、ちょっと待ってよ! ご主人様って言うから、てっきり、『真帆奈はお兄ちゃん
のメイドになる!』とか、そういう類の話かと思ってたのに、なんなの奴隷って!? 国
連で採択された世界人権宣言で、奴隷制度は禁止になってるんだからね!
「これは真帆奈が大切に保管しておくからね」
手元にあったはずの奴隷誓約書が、いつの間にか真帆奈の手元へ。
「あ、あの……なにかの冗談だよね……」
そうだよな。これはちょっと遅いエイプリルフールかなんかだよな。昔から少々思い込
みが激しい子だとは思ってたけど、まさかこれは本気なわけがないだろ……ハハハ……。
「冗談でもなんでもないよ。たった今からお兄ちゃんは、真帆奈の正式なご主人様になっ
たんだからね。ちゃんとその自覚を持って、真帆奈をお兄ちゃん色の奴隷に調教しないと
だめなんだよ」
「……」
ああぁぁ……今日はいい天気でしたね……。
「お兄ちゃん、真帆奈はまだまだ不束者ですが、これからもずーっとよろしくお願いしま
す」
真帆奈はビシッと正座をして、三つ指を立ててお辞儀しながら言った。見栄えだけはい
いので、その姿は実にさまになっていた。言うこととやることは、限りなく無茶苦茶なん
だけどな。
で、猫科の動物のように真帆奈の瞳の奥がギランと光ると、しなやかに身体を躍動させ
て俺の胸にダイビング。
「これで真帆奈とお兄ちゃんは、死ぬまでずーっと一緒だよ! お兄ちゃん、だぁーい好
きぃぃ! はう~、真帆奈のご主人様~!!」
『彼女が背負っている物は重いぞ。共に行くにはこの世界の重みを受ける覚悟がいる。そ
の自信がお前にはあるか? ……だが行け。恐れるな。自分の中の可能性を信じて力を
尽くせば道はおのずと開ける』
※BGM UNICORN スタート。
私のたった一つの望み。可能性の獣。希望の象徴。父さん、母さん、ごめん……俺は…
…つーか、いきなり誰のナレーションなのよ!? 「出て行けー!」とか言わないと駄目
なのか!?
無邪気に俺の胸の中で歓ぶ真帆奈を見ていると、なんかもうどうでもよくなってきた。
少なくとも泣いているよりはまだましだな。世の中上手に生きて行くには、諦念と妥協に
楽観も必要なのかもしれない。後で俺の辞書に書き足しておこう。
そして俺は、呆れるほど大きな溜息をゆっくりと肺から吐き出した。
episode 1 「ご主人様ができた日」
342 俺の妹がこんなにとびっきりに変態なわけがない sage 2010/05/23(日) 21:13:41 ID:GMqcCs1+
次回予告
ひょんなことから実の妹と主従関係を結ぶことになってしまった乃木涼介は、とんでも
なく深い泥沼の底に急降下しつつある己の人生に苦悩する。一方この事態を最大の好機と
判断した妹の乃木真帆奈は、兄との既成事実化を虎視眈々ともくろみ迅速に行動を開始す
る。キックの反動を利用した真帆奈の通常時の三倍以上の暴走は、平和だった乃木家を一
転してルール無用の修羅の屋敷へと変化させるのであった。果たして涼介は、妹の魔の手
から生き延びることができるか!?
次回 episode 2 「ものすっごく赤い彗星」
最終更新:2010年06月06日 20:15