白愛 第3話

421 白愛 sage 2010/05/27(木) 06:14:40 ID:qyM5qRco
 眩しい程の春の木漏れ日。
 家の庭に沿っている縁側で、黒真は母親に膝枕されながら眠っていた。
 安らかな寝息を立てる黒真を見つめて、彼女は微笑ましい表情で彼の頭を撫でる。
 彼女が不意に独り言のように言葉を呟く。
 しかし眠っていた黒真には、その言葉を聞き取れることは出来なかった。


 目覚ましのアラーム音が耳に響き、黒真は目を覚ました。
「ん……」
 まだ意識もはっきりしない状態で、アラーム音が響く時計に手を伸ばそうとする。
 だが、彼の手が時計に触れる前に、音が止んだ。
「…………あれ?」
 不審に思ったところで、黒真は自分の後頭部の柔らかい感触に気が付く。
 女性に膝枕されていたと分かるのに、数秒は掛かった。
「――母さん?」
 寝ぼけながら黒真が呟くと、女性はクスクスと笑った。
「お早う御座います。兄様」
 可笑しそうに喋るその声を聞き、ようやく視界が定まり始めた。
「え? あっ……真白だったの」
 よくよく考えると、両親は出掛けているので、この家に居るはずが無い。
 そう納得した黒真は、何かを思い出したようにハッとなった。
「真白っ……ひょっとして、寝てないの?」
 黒真が彼女の様子に気になり、不安に思ったことを話す。
 少し震えた声で話す黒真に、真白は優しく微笑んだ。
 そして彼を落ち着かせるように、その頭をゆっくりと撫でる。
「大丈夫ですよ。私も先程兄様の部屋に来たのですから」
 だからご心配なさらずに、と語りかける。
「本当に?」
「本当ですよ」
 黒真が再度問い詰めるも、真白は笑みを絶やさずに答えた。
 そっか、と黒真が安堵の息を吐くと、彼女は愛しい兄の頭を撫で続けた。


 午前七時。
 現在の才堂家の朝は、真白の髪洗いから始まる。
 夕方と全く同じ要領で、黒真は妹の銀髪を洗う。
「兄様、今朝はどのような夢を見ていたのですか?」
「?」
 髪を洗っていると、真白が不意に訊ねてきた。
 黒真が怪訝に首を傾げる。
「寝言で母様のことを何度も仰っていましたから」
「え……そうなの……」
 真白の言葉に、黒真は少し戸惑ったように声が弱くなった。
「はい、私の膝の上でよく甘えていましたよ。私を母様だと勘違いをしていらして」
「…………小さい頃の夢を見てただけだよ。決してマザコンじゃないからね……」
「分かっていますよ」
 悪戯が見つかってしまった子供のようになる黒真に、真白はクスリと笑った。




422 白愛 sage 2010/05/27(木) 06:15:43 ID:qyM5qRco
 同時刻、四季野家にて。
「ほれほれ~、早く起きろよ愚妹よ~」
 四姉妹の長女・春香に揺さぶられ、舞夏は目を覚ました。
「うー……もうちょっとだけ」
 目覚めた舞夏は春香に背を向け、布団に包まる。
 そんな彼女に春香は溜息を吐き、両手を合わせて骨をポキポキと鳴らした。
「しょ~がね~な~。こ~なりゃ春香お姉さまの身体張った目覚ましを使わせてもらお~かな~」
 その言葉を言い放った瞬間、布団の中の舞夏がビクッと震え、春香は次に首を左右に捻って骨を鳴らす。
「本日のメニュ~はコブラツイスト、ブレ~ンバスタ~、バックドロップ、スコ~ピオン・デスロックでございま~す」
「分かった分かった! 起きるから!!」
 春香が掴み掛かろうとした瞬間、舞夏はすぐに布団を捲って飛び起きた。
 白のシャツに黒のスパッツを穿いている舞夏は、冷や汗を垂らして姉から遠ざかる。
 春香はニッコリと笑い、目覚まし(戦闘)態勢を解いた。
「全く~、起きれるなら早く起きろ愚妹よ~。もう秋穂(あきほ)や冬奈(ふゆな)はとっくに起きて飯食ってるぞ~」
 そう言い残すと、春香は手をひらひらと振って舞夏の部屋を出て行った。


 学校の制服に着替えた舞夏が居間に下りると、そこには一人の少女が朝食を終えたところであった。
 物静かで凛とした雰囲気の空気を纏った、舞夏と同い年くらいの少女。
 髪留めを使いその長い髪を後ろで束ね、舞夏とは違う高校の制服を着ている。
「随分、遅延な起床だな」
 少女は舞夏を見るなり、無表情ながらも嘲笑うような言葉を漏らした。
「うるさい。そういうアンタこそどうせジジババみたいにバカ早い起床だったんでしょ」
 言われるなり、舞夏も負けず劣らずの罵声で返した。
 少女の名前は、四季野 秋穂(しきの あきほ)。
 四季野四姉妹の三女で、二女の舞夏とは二卵性双生児の双子の妹であり、とある事情で仲が悪い。
「ほいほ~い、二人とも初っ端なら火花鳴らしてんじゃね~ぞ~」
 二人が言い合っていると、奥からエプロン姿の春香が出てきた。
 彼女の両手はお盆を握っており、それには茶碗に盛った白米に味噌汁、焼き魚等が乗っている。
 春香の言葉に、舞夏と秋穂は互いに顔を背けて火花を止めた。
「ほれ~、愚妹の分の飯だぞ~。早く食べて学校に行った行った~」
 春香がお盆をテーブルに置くと、舞夏が席に着いた。
 それと同時に、秋穂が自分の食べ終えた食器を持ち、席を立つ。
 あからさまな態度に舞夏はフン!と鼻を鳴らす。
 その様子に秋穂は彼女に背を向けながらハッと鼻で笑う。
 二人の妹のやりとりに、春香は眉毛をハの字にして溜息を吐いた。
「本当に仕方ない愚妹達だな~、全く~」
「ほっといてよ。どうせすぐに決着なんてつけてやるから」
 不機嫌なまま、舞夏は朝食を摂り始めた。
「あ、そういえば冬奈は?」
 食べている最中、ふと四女の姿が見当たらないのに気付く。
 舞夏の問いに春香は頭を掻きながら、
「飯食ったら早々に学校に出て行ったね~。まだ時間に余裕あるって言うのにね~。
 ま~、あの子も変わり者だから特に気にもしないけどさ~」




423 白愛 sage 2010/05/27(木) 06:17:34 ID:qyM5qRco
 午前十時。
 才堂家には真白一人だけが居た。
 黒真は舞夏と共に学校へ行き、家庭教師の春香が来るのも昼からである。
 真白は現在自室に籠もり、読書をしていた。
 安定した速度でページを捲っていく真白は、突然クスリと笑った。
 その笑みは、何も読んでいる本に面白い部分があったからではない。
 彼女の背後数メートル先に立っている、一人の人間に向けられたものであった。
「家に上がるのなら、ベルくらい鳴らして下さいよ」
 声を掛けられた人物はニヤリと笑い、パチパチと拍手を鳴らした。
「お見事です。出来る限り足音を殺して近付いたんですけど、やっぱり無理でしたか」
「足音を消しても、衣擦れや呼吸の音で分かりますよ」
「そんな人間離れした感知が出来るのは、真白と春香姉だけですよ」
 あっぱれと言わんばかりの拍手と声を放つ人物は、少女であった。
 腰まで伸びている漆黒の髪。
 口を三日月状に歪ませたその表情は、何処か不気味さを感じさせる。
 何処かの学校の制服を着ている少女は、拍手を止めると腕を組み、壁に背を預けた。
 真白と同じく敬語で話しているが、偉そうな態度が漂う。
「学校にも行かないで、一体何の用でしょうか? 冬奈」
「いえ、最近の経過について訊きたいと思って今日は来たのですよ」
 彼女は四季野 冬奈。
 四季野四姉妹の四女で、年は真白と同じ十六であり、親友でもある少女。
 人の家に無断で侵入することを何にも思っていない辺りから分かるように、少々常識が破綻した性格をしている。
 その彼女の破綻ぶりは、家族の姉妹よりも、腹を割って話す真白の方がよく知っている。
「経過――とは?」
 彼女が訊いたことに、真白は背を向けたまま訊き返す。
 冬奈は真白の問いに人差し指を立て、何気ない顔で、

「いえ、だってご両親が発って一週間も経つんですよね?
 邪魔も入らないですし、その間にとっくに黒真君とセックスして、既成事実を作ったのかな~、っと思いまして」

 さも当たり前かのように、淀みない口調で言い放った。
 言い放たれた言葉に、真白の本のページを捲る指が止まる。
 真白の様子に、冬奈は呆れたような溜息を吐いた後、ニヤリと笑った。
「あらら、その様子じゃまだ黒真君と最後までヤってないみたいですね」
「それが……どうしたのですか?」
「精々寝かせた黒真君にキスしたり、身体くっ付け合う位しかシてないんでしょう?」
 冬奈に見事に見透かされ、真白は言葉を失い黙り込んだ。

「いつまでもそんな風にモタモタしてると、黒真君が何処ぞの女狐に奪われちゃいますよ?」

 沈黙している真白の耳元で、さも楽しげな冬奈の声が響いた。
 真白が目を見開いて息を呑み、上半身を瞬時に後ろに動かし、その勢いを利用して右手を水平に薙ぎ払った。
 激情に駆られ、背後に忍び寄った冬奈と言う名の羽虫を弾き飛ばすために行った動作。
 しかし薙ぎ払った右手は空を切り、空振りに終わった。
 同時にストンとした軽やかな着地音が響き、真後ろに佇んでいた冬奈は、数メートル先に飛び退いていた。
「恐いですね。黒真君のことになると本当に感情剥き出しになりやすいんですから」
 ヘラヘラと、まるで挑発するような言葉を放つ冬奈に、真白は目を鋭く細めて睨む。
 彼女――四季野 冬奈は唯一、真白が黒真に寄せる想いを知っている人物であり、時には助言をし、時には唆し、
 真白にとっては親友になれば敵にもなる存在の人物なのであった。




424 白愛 sage 2010/05/27(木) 06:18:43 ID:qyM5qRco
「悪ふざけは大概にして下さい。これ以上言葉を続ければ、幾ら冬奈でも許しませんよ」
 冬奈を睨む真白の瞳は、とても鋭く、そして何処か寂しそうな色を出していた。
 その瞳を見た冬奈は頭を押さえて深く溜息を吐く。

「本当に…………真白、君は優し過ぎますね。いや本当に」

 彼女の予想外の言葉に、真白は怪訝な表情になる。
 だが、冬奈は何処までも見透かしたような口調で続ける。
「黒真君と最後まで――セックスまでしないのは、彼を傷付けたくないからでしょう?」
「なっ……」
「君は兄である黒真君を狂おしい程に愛しています。けど、それに比例するように彼を大切に想っています」
 言っている意味が分かりますか?と冬奈が首を傾げて訊くが、真白は返事を返さない。
 彼女の様子に、冬奈は結論を言い放つ。
「君は世間と言う常識に縛られています。兄妹同士で愛し合う近親相姦が、許されざることだと無意識に自覚しています」
 真白は黙したまま、冬奈の言葉を聞き続ける。
「とはいえ、君は黒真君を心の底から愛している、禁忌でありながらも兄妹で結ばれることを望んでいます。
 でも、そんなことをしてしまえば世間から指を差されて非難されるのは確実。
 君はそれでも良いかもしれませんが、そこで一番傷付くのは黒真君です」
 一番傷付くのは黒真――この言葉に、真白は視線を冬奈から反らした。
 それでも冬奈は止めない。
「例え君が黒真君を犯す形になったとしても、それでも黒真君は自分を責めるでしょう。
 自分が腑甲斐無かった、真白がこんなことになってたことに気付けなかった、助けてやれなかった、と言った具合に。
 そして黒真君は自分に罪と罰と言う十字架を背負わせ、辛い人生を生きて行く選択をするでしょう。
 真白、君はそんな黒真君の姿を見たくないのでしょう?
 兄には、愛する人には、ずっと笑顔で居て欲しいと思っているのでしょう?」
 今まで自分支えてきてくれた兄。
 その兄が存在していたからこそ、今の自分が存在する。
 そんな兄に、悲しい思いをして欲しくない。
 涙なんて流さないでいて欲しい。
「皮肉なものですよね。黒真君を大切に想っているからこそ、自らの一方的な愛を押し付けられずにいる。
 真白、君は今この葛藤に苦しんでいるんでしょう? 自分では自覚してませんが」
「兄様はいつでも私を見てくれてます。今この場に居なくても、兄様は私を想ってくれています」
 冬奈から目を反らしたまま、真白は言い返した。
 だがその声色は、普段のような落ち着きが感じられず、とても弱々しい。
「その想いは、あくまで一人の男が一人の女に送る想いではないことくらい分かっているでしょう」
 弱々しい反撃に、力強い攻撃が圧し掛かる。
「不幸な体質を持っている妹の身を心配している――という想いなんですよ」
 そう。
 黒真が真白を第一に想い、真白と共に居続けるその根本は、彼女の体質によるモノ。
 この世に生を受けた時から授かった――授けられたこの白銀の髪。
 白銀の髪が及ぼす影響から、黒真は真白を守ろうと誓った。
 果たして自分が身体に異常が起こらず、普通に髪が黒い女の子に生まれていたら、黒真はどう接していただろう。
 真白はその見えない可能性と、その可能性が及ぼす環境に、胸が締め付けられるような錯覚に、陥った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年06月06日 20:24
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。