じゃのめでおむかえ

39 じゃのめでおむかえ (1/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2010/06/18(金) 06:22:39 ID:CR5wzhT9

 6月。梅雨の時期。雨の日が多い季節。
 ぶっちゃけた話、僕はこの季節がちょっとだけ好きじゃない。
 別に雨が降るのが嫌というわけじゃない。
 どちらかとゆーと、僕は雨の日が好きな部類の人間だ。
 子供の頃から、雨が降るたびに傘を差して、外を走りまわっていた。
 実のところ、今でも雨の中を傘一本で散歩するのが趣味だったりする。
 この話を聞いた他人は、どーにも怪訝な顔をして僕を見てくるけど。

 あー……。ちょっと脱線したんで、少し話を戻すか。
 ならどうして僕が、雨の日――梅雨の時期が苦手なのかとゆーと――
「ん。おかえりなさい、修次(しゅうじ)くん。
 ほら。雨が降ってるから、一緒の傘に入って帰りましょう」
 僕のねーちゃんである『雨部(あまべ)レイラ』が、こーして僕を迎えにくるからだ。
 ねーちゃんは昔から優しくて、明らかにブラコンな、20代前半の細目の美人さんだ。
 ……しかしこの人、大学出てからはずっと家にいるけど、いーのかな?
 まあ、何気にネット使いながら、ウチのオヤジより稼いでるらしーけど。

「いやねーちゃん、『おかえり』じゃねーよ、ここはまだ高校じゃねーか。
 てゆーか、また僕が買い直した新しい傘、勝手に隠しただろ?」
 僕は呆れながら、毎度お馴染みの文句をねーちゃんにぶつける。
「うん。なんのことだかさっぱりわからないよ、修次くん」
 対してねーちゃんも、お決まりのよーにシラを切ってくる。
 てゆーか、嘘をついてるのは明らかなのに、微塵も動揺しやがらねー。
 ねーちゃんが神k…傘隠しの犯人なのはわかってるってーのにな。
 おかげで僕は雨の日は毎回、ねーちゃんを待たねーと濡れて帰ることになっている。
 そして他の傘を用意しよーものなら、1日以内に傘隠しに遭うのだった。

「ねえ。それより早く、一緒に帰りましょう。
 傘は1本しかないから、いつもどおりに、相合傘で帰ろうね」
「いやだから、なんで最初から2本持って来ねーんだよ……?
 もう僕らもいーとs――おっきくなったんだから、傘1本じゃ心許ないだろーに」
 こちらも毎度お馴染みの掛け合い。もう慣れたもんだ。
 だから、このあとの済し崩しな展開も、やっぱりいつもどーりのもので――

「んんっ。2人で傘が狭いなら、ぴったりくっついて歩けばいいじゃない。
 こうすれば、雨もだいぶ凌げるし、何より2人の体温であったかいでしょう」
 有無を言わす間もなく接近したねーちゃんに、無理やり傘の中に入れられた。
 しかも器用に傘を挟みながら腕を組まれたんで、逃げるのも不可能だった。
「いやな、ねーちゃん。僕らはきょーだいだけど、女と男なんだからさ。
 こう軽々しく寄り添ったり、くっついたりはどうなんだと小一時かn」
「ん。いーから行こうよ」
 なおも文句を言おーとする僕を引っ張り、無理やり歩き出すねーちゃん。
 危ねーなぁ。僕だからいーものの、他のヤツだったら今ので転んでたぞ。

「あーめあめふれふれねーちゃんがー、じゃーのめでおーむかえうれしーかい」
「いやねーちゃん、リズム感ゼロなんだから、あんま耳元で歌うなよ……」
 あ、わかりやすく拗ねてら。つーか可愛すぎるぞねーちゃん。
「むぅ。いーでしょ別に、嬉しいんだから歌ったって。
 それとも何、修次くんは私が迎えに来るのは、嫌だったりするのかしら」
 表情が一切変わらない癖に『嬉しい』とか言われても、こっちはわかりづれーよ。
 ねーちゃんの弟やってる僕じゃなきゃ、ろくに感情すら読めねーよホント。
「……別に、嫌ってわけじゃ、ねーけどさ……」
「ならいいじゃない。雨の日は私がいつでも、いつでも迎えに来てあげるね」
 そうのたまいながら、ねーちゃんは僕の身体に、自分の頭を凭れかからせてくる。

 まったく。いつまで経っても、僕を子供扱いする癖は直ってくれねーな。
 まーでも、こんな風に実の姉に可愛がられるのも、そーそー悪いもんじゃない。
 結局、僕は嫌々ながらも、ねーちゃんに振り回されるのが嬉しかったりするのだった。


40 じゃのめでおむかえ (2/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2010/06/18(金) 06:25:03 ID:CR5wzhT9

 ― ※ ― ※ ― ※ ― 

 6月。梅雨の時期。雨の日が多い――というかそのもの雨の日。
「うんんん~うん、うんんん~んうんう~……」
 全くリズム感のない鼻歌を奏でながら、私は今日も待っている。
 もう少ししたら、大好きな弟である『修次くん』が来るからだ。
「うん。今日も修次くんと一緒に、雨の中を歩いて帰ろっと」

 修次くんは、昔から雨の日が大好きだった。雨の中で遊ぶのが大好きだった。
 そして私は、そんな無邪気な修次くんのことを、誰よりも愛していた。
 当然、両親よりも。いや、これから彼の前に現れるだろう、数多の女性よりも。
 私は幼いころから、修次くんのことが愛しくて仕方ない、駄目な姉だった。
 そんな感情を必死で隠して誤魔化すうちに、私はどうも無表情な人間になってしまった。
 それでも修次くんは、私のことを気味悪がらず、姉として慕ってくれている。
 これを奇跡と言わずして――愛の力だと言わずして、何と言えばいいのだろう。
 ああ、修次くん大好き。愛してる。かっこいいから抱いて欲しいっ。

 んー……。ちょっと取り乱したので、閑話休題。
 とにかく、今日も修次くんと一緒に雨の中を帰るため、私はここで待っている。
 もちろん傘はいつも通り、修次くんと一緒に入るための傘1本のみである。
 この傘はボロボロだけど、修次くんとの大切な思い出の傘だ。
 小さいころの修次くんのために、両親に無理言って買ってもらった、大人用の傘。
 大きくて重かったから、差す時はいつも、修次くんと一緒に持っていた。
 この傘で無邪気だった修次くんと並んで遊んだ日々は、私にとってかけがえのない思い出だ。
 まあでも、修次くんはこの傘がそれだってことは、忘れてるっぽいんだけどね。
 それでもこの古ぼけた傘は、修次くんと私を結ぶ、永遠の相合傘だから――

「おうねぇちゃん、こんなトコで待ちぼうけかい?」
「こんな雨ン中待たせるヤツぁほっといて、俺らと遊びに行かね?」
 ……人の回想を邪魔する、無粋な輩が絡んで来たけど、無視無視。
 修次くんを待っていると、時々こうやって話しかけてくるボウフラが湧いてくる。
 鬱陶しいけど、大抵は無視していれば、勝手に向こうが諦めて帰っていくのだ。
「そんな小汚い傘より、俺たちの傘のほうが、よっぽど濡れネェぜぇ?」
「まあ俺らの包容力と遊びのスリルで、別んトコが濡れるかもだけどな?」
 下品に人の思い出の品を侮辱してくるけど、相手にするのも面倒くさ――

「……ヒトサマのハナシは、ちゃんと相手の目を見て聞けやぁっ!?」
 バシィ! という激しい音が響いた途端、私の身体はずぶ濡れになった。
 手元を見ると、柄の部分と直線の骨を残して、傘が無くなっていた。
 あまりに古い傘だったから、今のボウフラの一撃で、折れてしまったらしい。
 そう、折れた。折られた――壊サレテシマッタ、オモイデノシナヲ。

 その時私は、痛いほどに懐かしい感情を、心の中で迸らせていた。
 そしてその感情の赴くままに、周囲に散ったボウフラを確認する。
「おお、ようやくこっち見たかねぇちゃん。やっぱ美人だなぁオイ」
 無視。高級品気取りの下衆な傘を差したボウフラ、金髪とハゲを二匹確認。
「濡らしちまってゴメンよォ。でも艶っぽいなぁ。俺らがもっと綺麗にして……」
 上等。人様の思い出を傷つけたボウフラは、ご自慢の傘とやらで○○しよう。

「……る……だよ……ろ……が……」
「あん?」「なぁに言ってn」

「……ぅるっせぇんだよぉド素人どもがああぁぁっ!!」

 体内の呼吸を全て吐き出して。全身の筋骨を全て捻り上げて。
 ボウフラに自らの罪業を思い知らせるために、私はその場から跳躍した。

 ― ※ ― ※ ― ※ ―


41 じゃのめでおむかえ (3/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2010/06/18(金) 06:27:51 ID:CR5wzhT9

「……っ! ねーちゃんゴメンっ!!
 今日は委員会があるってゆーの忘れt……ってどーしたんだよぉっ!?」
「……………………」
 僕の都合でねーちゃんを待たせたことに、罪悪感を感じて必死で駆けつけ――驚いた。
 いつも雨の中で傘を差して待ってるねーちゃんが、傘を持たずに佇んでたからだ。
 当然、雨の降る中に立っていたねーちゃんは、ずぶ濡れびしょびしょの濡れ鼠だった。

「ねーちゃんっ、ねーちゃんっ!? なんでこんなとこで傘も無しに、突っ立ってんだよっ!?」
 僕は濡れるのも構わずに、ねーちゃんの傍に駆け寄った。
 一応通学鞄だけは校舎玄関の軒下に残したが、制服はもう雨水でドロドロだ。
「……………め……ご……………ん……………ごめ………」
 雨に濡れて寒かったのとはまた別に、寒気を感じてしまった。
 ねーちゃんはひたすら必死に、何かに謝り続けてた。

「ごめんねごめんねごめんねごめんね…………っ、しゅーくん?」
「!? よかった戻ってきたか、ねーちゃんっ!」 
 今まで目の焦点が合ってなかった瞳に、僅かに光が戻ってきた。
 それを確認したと同時に、ねーちゃんは僕に抱きついてきた。
 そしてそのまま、僕はねーちゃんと一緒に、雨水と泥の中に飛び込んだ。
「ぐぅ~~。にゅるにゅるじゅるじゅるして、気持ち悪りぃ~……」
「あ、ああ、ああああごめんねごめんねしゅーくんっ……」
 僕を巻き込んだことに気付いたねーちゃんは、また必死に僕に謝ってきた。
 そういや、僕の呼び方が昔の『しゅーくん』呼びに戻っている気がする。
「あーもう、謝んなくていいからな、ねーちゃん。
 それより、なんでお迎えのハズなのに、傘持ってないんだよ?」
 僕の質問に、もいっかい身体をビクリと震わせて、ねーちゃんは答えた。
「ごめんねしゅーくん。いつもの傘がね、来る途中で壊れてなくなっちゃったの。
 私の不注意のせいで、私だけじゃなくて、しゅーくんまでずぶ濡れにしちゃうの。
 本当にごめんなさい。私としゅーくんの宝物、壊してゴメンナサイ……」

「だから、謝んなくていーんだってば。ねーちゃんが無事ならそれでいーよ。
 そりゃ傘は懐かしいモンだったけど、ねーちゃんの命と引き換えにはできねーって」
 そう言ってやりながら、僕はねーちゃんの身体を、力いっぱい抱きしめてやった。
 それ自体は、純粋にねーちゃんを宥め落ち着かせ、温めてやりたいが為の行動だった。 
 けれど、それ以外の理由があったことに、僕は心のどこかで気付いていた。
 ねーちゃんの泣き顔が――久しぶりに無表情を崩した顔が、なんか可愛くてヤバかった。
 あれ以上謝られながら、泣き顔で僕の顔を覗きこまれてたら、イケない気分になりそうだった。
 くそぅ、無口キャラがどーとかより、僕が重度のシスコンだったんに、気付かされたよ。

「ほ、ほんとにいーの? ゆるして、くれるの?」
「いーってば。僕はねーちゃんがいればそれでいーから。
 傘はまた買――わなくても、家に新しいのがいっぱいあるしさ」
 僕がそうゆーと、ねーちゃんはなんか嬉しそーな、ちょっと不満そーな顔をしてきた。
 だから、僕は少しだけ苦笑いしながら、ねーちゃんの耳元で囁いてやった。
「大丈夫。今まで僕が買ってた傘は、いつもの傘と同じ大きさだぞ、『れーちゃん』♪」
「ふぇ#vい)$”ま=しゅーくん、れ、れれれーちゃんって?」
 おおぅ、ねーちゃんの顔がわかりやすいよーに、真っ赤になってら。
「よぉし、れーちゃんも僕もずぶ濡れドロドロだし、もう傘とかどーでもいーやっ!
 せっかくだし、昔みたく家まで濡れながら競争しよーぜ、れーちゃん♪」
 こっちも恥ずかしさの絶頂のまま、昔の呼び方でねーちゃんを呼んでやる。
 けど恥ずかしくて、ちゃかしながら逃げ出しちゃったよ。何してんだ僕ぁ。
「あっ。待ってよ修z――しゅーくんってばぁ!?」
 負けじと顔を真っ赤にしたままのねーちゃんが、珍しく元気に、僕を追いかけてきた。
 そんな懐かしい光景に、僕も、見えないけど後ろのねーちゃんも、いつしか笑っていた。

――結局空は薄暗いままだったけど、いつの間にか弱まった雨が、僕らを優しく包んでくれていた。


                                 ― The rainy devil loves younger brothers. ―

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最終更新:2010年06月30日 19:06
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