556 名前:弟は見た! ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 13:52:54 ID:E5CK/N5Q
僕こと天野 隆二はとんでもないものを見た。
とんでもないことが起きる日には、それなりの予兆があるのかもしれない。
今日、部活で怪我人が出て、部活は中止となった。
そのせいで帰るのがいつもより早くなり、
何となく詰まらない気分のまま寄り道をする気にもなれずに真っ直ぐ帰宅。
本意ではないが、日常とは少し異なる行動パターン。
それがなければ、あんなものを見ずに済んだのだろう。
姉が居た。
それは勿論、既に故人であるという生存の過去形ではなく、単純に家に居た。
普段よりずっと早く家の扉を空けると、何かリズムに乗った声が聞こえてくる。
姉の声だ。
高めの、それでいて何処か間延びして甘く響く独特の声音。
姉は毎日毎日先に帰宅していて、僕が家に着くと同時にぱたぱたと足音を立てて出迎えてに来てくれるのだけど、
流石に今日みたいにアクシデントで帰宅が早まった場合は例外らしい。
歌声らしいこの声のせいで、扉の開閉の音が聞こえていないのだろう。
僕自身よりも僕のことを知っている姉が、さしあたってエスパーではないことが証明された。
何となく、本当に何となく、聞こえてくる楽しそうな声を途切れさせるのが憚られて音を忍ばせて玄関から上がる。
ゆっくり奥へ向かうと、音の正体がやはり調子っ外れな歌声であることが判明した。
「今日ははんばーぐ~~♪
隆ちゃんの大好きっなはんばーぐ~~♪」
姉は成績も運動神経も非常に、本当に非常に優秀なのだが、この鈍さというか普段のズレた所だけはどうにかして欲しい。
実年齢を10歳以上も退行させたかのような歌は、台所の方から聞こえてきていた。
「こねてこねて込めましょう~♪ 滴るような愛情を~~♪」
どんな歌詞だ。作詞者はイカレているに違いない。
いや・・・もしかして姉だろうか?
僕の実名入りだし。
急に湧いた鬱な気分を否定しながら台所へ向かうと、扉の隙間から姉の背が見えた。エプロンをしている。
台所に居る以上当たり前だが、夕飯の準備中なのだろう。
ただ、揺れる背中の見せる動作は危なっかしくはないが非常に緩慢で、見ていて何とももどかしい。
歌の内容と肉の塊らしき物が容れられたボウルからするに、どうやらハンバーグを作ろうとしているようだ。
「うんしょ、うんしょっ!」
歌の合間に気合を入れて捏ね回している。
「ふうぅ~。これくらいでいいかなあ?」
何とはなしに暫く観察していると、どうやら捏ね終わったようだ。
あの姉のことだから、結構な時間をかけて作業をしていたのだろう。
と、姉は奇妙な行動に出た。
557 名前:弟は見た! ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 13:55:36 ID:E5CK/N5Q
「ふんふふんふふーん♪」
一旦奥に引っ込んだかと思うと、一抱えほどもあるガラスのビンを抱えてくる。
中には透明な液体が入っていた。どうも、少し粘性があるようだ。
姉はそれを置いてきゅぽんっと蓋を取ったかと思うと、
「滴るような愛情を~♪」
だばだばと挽肉その他の塊に向けてぶちまけた。
瓶を両手で掴んで傾け、どばどばと中の液体をかけている。
これからハンバーグになる物体が謎の液体X塗れになったところで、瓶の傾きを戻す。
どん、と重い音を立てて瓶が置かれる。
「これでよしっと。でも、ちょっと使いすぎちゃったかなぁ。
どうしよう・・・ここで足しておこうかな?」
おや? と思った。
両親共働きの家庭で我が家の台所を預かる姉の料理は外食などで食べるものと違って変わった味がするのだが、
姉曰く、それは隠し味のせいだとか。
特にドレッシングやダシや漬物に使うらしいのだが、さっきの瓶の中身がそれなのだろう。
だが、そんなに簡単に作れるものなのだろうか。
どうするのかと見ていると、姉はごそごそと何かを取り出す。
ハンカチか何かと思ったそれは、よく見ると僕の下着だった。
────は?
目を擦る。見る。頬をつねる。見る。瞬きをする。見る。
間違いない。姉の手にあるのは僕が洗濯に出したパンツだった。
「・・・・・・えへぇ」
姉は、それを顔に近づけてにへら、と頬を蕩けさせると。
「くん、くん。んふうううぅぅぅ~~~~」
顔に押し付けて、匂いをかぎ始めた。
両端を握り締めて強く顔に、鼻先に当てて僕の、おそらくは最も汚らしいだろう部位の臭気を吸い込む。
「っはあああぁぁ~~~~」
そして吐いた。
一呼吸。僅か数秒の間に姉の顔は此処からでも見て取れるほどに赤く染まり、細かく両肩を震わせている。
普段から締まっていない顔の筋肉が一層緩み、それでいて艶を帯びていた。
呼吸のたび、姉の体は朱色を帯びていく。
不必要に大きな呼吸を繰り返す姿は、状況が違えば僕を心配させただろう。
だが、今僕は固まっていた。
「っ、あはぁ・・・隆ちゃん。隆ちゃん・・・っ!」
姉の体が蠢く。
上向きながら背を逸らせて顔に僕の下着を乗せたまま右手を下腹へ伸ばし、左手は胸を掴んでいた。
背の高い姉の両脚を覆う衣が不自然に揺れ動き、上着の布が背中から前のほうへ引っ張られてしわが出来る。
何をしているのかは明白だった。やけに長い時間、僕が動けないままでいると。
558 名前:弟は見た! ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 13:56:28 ID:E5CK/N5Q
「んんっ! んぅううううううううう~~~~っ!」
姉の体が盛大に震え、一際熱い吐息と押し殺した声が漏れる。
姉の顔に乗った僕の下着が、手を触れてもいないのに動いていた。
食べている。
姉は果てながらそれを含み、噛み、舐めながら声を抑えていた。
これ以上ないくらい朱に染まった姉の頬が、内側から内容物と舌で押されて不自然に膨らんでいる。
一杯になっている口の代わりに、大きく鼻を膨らませていた。
やがて。
余韻に浸っていた姉が動き出すと、左手で口から唾液に塗れた僕の下着を取り出し、粘液塗れの右手を股の間から引き抜く。
「はあっ・・・はあ・・・はあぁぁ・・・これで、よしっと」
抜けそうになる腰を抑えて、例の瓶を掴むと床に置いた。
またぎ、濡れたスカートでそれを僕の視線から隠すと、また右手を下腹の方に突っ込みながらしばらく立ちっ放しになる。
時折、体を不自然に跳ねさせることしばし。
姉がどいた時には、随分と瓶の中の水かさが増していた。
それに蓋をすると、再び奥のほうへと消える。
ここまでなら、僕も見なかったことに出来たのかもしれない。
だが極普通の一弟が目撃するには刺激的、もとい衝撃的過ぎる光景だ。
脳がオーバーフローを起こしたまま突っ立っていた僕は、そのせいで更なる衝撃を受けることになる。
「あとは・・・んー、そうだ!」
奥に引っ込むこと三度。
さっきとは逆側の奥に消えた姉は、今度は極々普通の物を持って来た。
爪切り。どこの家にでも、爪の手入れに欠かせないものである。
脱力した。
そう言えば、最近爪が伸びてきたとか言っていた気がする。
料理に当たっても、まあ長いよりは短い方が良いのは分かるが。このタイミングで普通やるだろうか。
いや、内心で突っ込むより、いつもの姉らしい部分を見られたことに安堵するべきか。
緊張が抜けたのか、口から溜息が出た。
「大分伸びてきちゃったしぃ」
姉はそう言って、パチパチと爪を切り始める。
その表情はいつも通りの、能力は凄いくせにどこか緩い姉のものだった。
ぱちぱち。
小気味いい音が台所に響く。
一頻り切り終えると、姉は爪切りをしまった。
それはいいのだが、姉よ、切った爪のカスがまな板の上に散乱しているのはどうかと思う。
そんな僕の嘆息を他所に、姉は調理を再会する積もりのようだ。
すっきりした笑顔で包丁を取ると。
まな板の上の爪の切りカスを刻み始めた。
だん、と鈍く大きい音が台所を走る。
「えへへ。やっぱり、使えるものは使わないとね。
伸びるまで時間が掛かるのが難点だけど」
リズミカルに刃が踊り、姉の体から切り離されたそれらが細かくなって行く。
爪だったものが見る間に細分化されて行き、もう包丁では刻めないというサイズになった。
それを確認した姉が、流しの下をごそごそやって何かを取り出す。
ゴマを擂ったりするすり鉢だ。
それにまな板の上の物体を移し、棒を手に取った。
磨り潰す。
ごりごりごりごりと、姉は似合わない手早さで棒を回し、細かくなった爪を更に砕いていく。
559 名前:弟は見た! ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/15(火) 13:59:20 ID:E5CK/N5Q
「ごりごりごりごり、ごぉ~りごりぃ~~♪」
さっきとは違うが、同じ様に調子が斜め上にすっ飛んだ歌がどのくらいの間続いただろうか。
姉の手が止まり、すり鉢を持ち上げると中身を移す。
ただ、最早粉末に近くなったそれはまな板の上に戻されることは無く、
姉の蜜が染みたハンバーグになる予定の物体へと振りかけられた。
「えへへぇ。下準備、殆ど終わり!」
姉は嬉しそうに、誰にともなくそう宣言する。
その顔には、何か不安とか疑問とかそういったものが全く無い。
今日も、僕が部活でずっと後に帰ってくると思っていて、
だから両親が共働きの家で誰に憚ることも無く、あんな奇行を行っていたのだろう。
躊躇いも無く、それはそう、日常の一部のような手馴れた手つきで。
今までも、それを繰り返してきたように。
日常の動作。いつも使われていた、あの瓶の中の隠し味。それはつまり────。
「じゃあ、仕上げをしちゃおーっと」
姉の声で現実に引き戻された。戻りたくはなかったけど。
姉の背中。もう、何処か遠くに感じるそれへと意識を戻す。
と、姉がまた奇妙な行動に出た。
右手を真っ直ぐ前に伸ばし、左手に包丁を握る。
包丁を握る左手の親指と人差し指は、姉が右手首に巻いている布の端を摘んでいた。
ここまで来て今更なこと甚だしいが、まさか、と思った。姉が、右手に巻いている布。
あの布は、幼い時に姉が負った怪我の跡を隠すためのもののはずである。
絶対に人前で解いたりはしない。事実、家族の僕ですらそれを外しているのを見たことは数回しかないのだ。
なのに。それはもう、ひどくあっさりと。それは解かれた。
はらりと布が床に落ちて、姉が隠し続けてきた場所の素肌が露わになる。切り傷があった。
リストカットは精神の安定のために行われるものだと聞いたことがあるが、
ならあれだけの奇行を取る姉の心はどれだけ不安定なのか。
そこには無数の傷痕があった。
指の数程度では利かない、でたらめな密度で横線が引かれている。
姉はそれを何ともいえない無機質な顔で眺めてから。
新たに一本、赤い線を引いた。
欠片ほどの躊躇も無く、さっと引かれた刃が姉の肌理細やかな、だけど全身でそこだけは醜い部分を切り裂く。
じぃっと、返したままの手首を姉が見詰めていると、薄く赤色の線が浮き上がる。
血が滲み、やがて少しずつ流れ出した。赤い線が雫となって滴り落ち、点となって弾ける。
落ちた先は、捏ねた挽肉の入るボウルの中だった。
昔、子供時代としては半ば当たり前のことだが、僕はハンバーグが好きだった。
だから、姉は僕によくハンバーグを作ってくれた。
ある程度僕が成長して物の味が分かるようになったころ、姉の作るハンバーグは生焼けが多いと言った事がある。
正確には、焼けてはいるが肉汁が妙に血生臭いと。
きっと、そういうことだったのだろう。
恐る恐る、僕は赤い雫の軌跡を辿るように視線を上げた。
「えへへぇ。今日も私を食べてね、隆ちゃん♪」
姉は笑っていた。
いつの間にかこちらに向けられた瞳に、呆然としている僕を映し込みながら。
最終更新:2007年11月01日 12:59