妹姫(その1)

672 名前:名無し@ピンキー  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/19(土) 18:30:29 ID:o8sV2YqM
春──久しぶりに帰り着いた故郷の城下町は昔と変らぬ賑わいを見せている。

国を離れて十余年、二度と帰れぬと考えていた故郷の地を地味ながらも涼やかな顔、
目に知性を感じさせる青年──八神清治(やがみきよはる)は踏みしめていた。

清治はこの国には戻れぬ事情があった。
先穂之国の当主であった父、大上清輝が逝去した際に本来ならば清治が後を
継ぐことになっていた。しかし、当時清治は体が弱く、国も不安定な状態で
あったために優秀な叔父である大上信輝が後を継ぐこととなった。

そうなると清治の立場は微妙なものとなり、幼子が謀反の生贄とされることを嫌った
叔父、信輝の手により死んだものとされ、懇意であった隣国にある智泉寺へと預けられた。

しかし、今年の春に国内の事情が変った。
叔父である信輝に嫡男が生まれず、高齢となったために清治に祖国への帰還が
求められたのだ。手紙には、謝罪と帰還の要請とともに妹からの手紙が添えられていた。

─────兄上にお会いできる日を心より楽しみにしております。─────

「再びこの国に戻るときがくるとは……ね。」

寺での生活には特に不満はなかった。住職である智水上人はあらゆる学問に
博学であり教えを受けていると退屈することはなかったし、住職を尋ねて様々な
客人が来ることもあった。
中でも先穂之国出身の才女とは、二年ほど滞在し机を共にして学問を学んだ。
彼女の鋭い視点は清治の考え方に大きな影響を与えた。


673 名前:妹姫  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/19(土) 18:31:27 ID:o8sV2YqM
「叔父上、お久しぶりです。清治───ただいま戻りました。」
「よく戻った。長旅ご苦労だった。重臣たちにはお主のこと、伝えてある。
 だが、暫くは大上清治ではなく八神清治としてわしの補佐をしてもらう。
 後継者としてではなく、まずは一人の男として国のことを学んでくれ。」
「承知いたしました。信輝様。必ずやご期待に答えてみせます。」

国主の間において対面と挨拶を終えると、清治は城の門へと向かった。
そこは彼がこの国と一度別れを告げた場所であり──この国の真の主とも崇められている
国より遥か古い樹齢を持つ先穂之桜の咲く場所である。
そこには艶やかな黒髪、透けるような肌の美しい少女が立っていた。
そして二人は再会する。

「兄上様…お会いしとうございました。もう二度と…私は兄上様の側を離れませぬ。」
「舞か…いや、舞姫と呼ぶべきか。美しくなったな。」

十余年ぶりに再会した兄妹は咲き乱れる満開の桜の元、お互いを抱きしめる。
二人の意味の異なる抱擁…片方は兄妹への親愛の情。片方は恋しい人への思慕の情。
──────そして、狂った歯車は動き出す。

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最終更新:2007年11月01日 13:09
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