756 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 15:54:14 ID:iWGEN4E/
清治は城に居を構えずに叔父が昔利用していた屋敷を譲り受け、城下に住まうことを選んだ。
城においての仕事をこなす分には不便ではあるが、町の噂や商人からの他国からの情報を
集めることなど、大上ではなく、八神の性を名乗っている現状では便利となることが多いことが理由だ。
「清治様、お客人が尋ねてこられました。」
身の回りの世話をしている若い女中の声で、清治は仕事の手を止める。
こちらの知合いはまだ殆どおらず訪ねてこられる理由も判らず、怪訝な顔をしたが
誰とでも話をする主義の彼は女中に部屋に通すように伝えた。
部屋に入ってきたのは物堅そうな雰囲気に刀を持った、長い黒髪の男性用の袴を着た
年の頃二十前半の中背の中性的な──女性である。清治にとっては旧知の人物である。
その人物は清治の顔を見ると笑顔を見せた。
先ほどまでの雰囲気ががらりとかわり、憎めない悪がきといった印象に変る。
「久しいな、清治。元気なようで何よりだ。国への帰還を祝いに来た。ほら、酒だ。」
「芳野か。よくここが判ったな。」
「芳之助…だ。住職に聞いた。某はお主に借りを返しに来たのだ。」
中世的な人物の名前は、沖田芳之助──寺にいたころの客人で剣の腕で生活をする
剣客だった。この剣客は仇を討つための知恵を上人に借りにきたのだが、生憎不在で
あったため、清治と当時共に学んでいた女性が知恵を出して協力したのだ。
「あれは芳之助が自ら仇を討ったのだ。自分達はただ独り言をいっただけ…借りなど
作った覚えはない。そんなものはあいつにだけ返してくれ。」
「では、友人として───お主に仕えに来た。要するに護衛だな。清治は知恵は回るが
力はあるまい。腕に自信がある某は役に立つはずだ。」
二人は少し微笑んで酒を入れた杯を交わした。
「俸給はあまりだせないぞ。今は一介の八神清治なのだから。」
「生活ができればそれでいい。後はそう……体で払ってもらおうか。
浮気をするなとはいわない。そういうのは男の甲斐性だからな。」
にやりと笑うと芳之助は清治に口付け、彼も嫌がる風はなく受け入れる。
「それではここに居を移す準備をするので失礼する。ああ、あいつも後日ここに
伺うといっていた。よろしくとのことだ。」
寺を去ってからも芳之助と親交があるらしいあいつ───同門の女性を思い出し、清治は顔をしかめた。
757 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 15:55:04 ID:iWGEN4E/
芳之助が去った後、請け負った仕事を終わらせた清治は城に報告し、城内の
内部の状況を調べていた。
(明らかに無駄が多い…。使うより稼ぎを多くすれば問題はないが、それと
同時に無駄を省く作業を行っていかなければ…さて…)
「お兄様、何をなさっているのですか?」
「うおっ!ああ、これは舞姫様。少しお城を豊かにする方法を考えていたのです。」
急に声をかけられた清治は慌てながらも答える。舞姫はかわいらしく頬を膨らませ、
不服そうに言った。
「敬語はやめてくださいませ。兄上様に敬語を使っていただきたくはありません。」
「わかった、わかったよ。だけど、人がいる前では敬語使うからな。今は八神清治なんだから。
で、何の用だ?」
清治が問い返すと彼女はさらに不機嫌になり顔を上向けて目に涙をため、
頬を真っ赤にして怒った。
「何の用だ?じゃありません!何故城に居を構えてくださらなかったのですか。」
「一言で言うとだ…。そう…便利だからだ。国に仕える者の仕事は城の中だけではない。」
「だけどこれじゃ、兄上様に中々お会いできないではないですか。うぅ~。」
「ごめんな。折角もう一度生きて会うことができたのに。だけど、今の自分は
国のみんなを守らなくてはいけないんだ。判ってくれるな?」
清治がそういうと、舞姫は不承不承ながらも頷く。
「兄上様は変られました。昔のように私だけを守ってくださるという
わけではないのですね…。でも約束してください。私にもなるべく会うように
して下さると……兄上様は私にとって本当に…大切な方なのです。」
その美しい顔を赤くして必死に自分のことを見上げる彼女の頭を撫で、微笑んだ。
「舞は変ってないな。綺麗になっても相変わらず甘えん坊だ。だけど…舞は
自分にとってもたった一人の大切な妹だ。その約束は忘れないでおくから。」
「はい!必ずですよ?」
彼女は満開の桜のような華やかな笑顔を浮かべ、再び歩き始めた清治の手を取った。
758 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 15:56:11 ID:iWGEN4E/
清治は暫く舞姫と共に城内を調べ、全てを確認したころには夕刻に差し迫っていた。
名残惜しそうな舞姫と別れ、居所に帰宅する。そこで清治は衝撃的なことを女中に
聞かされた。奥方様がご到着になりました。お部屋のほうにいらっしゃいます…と。
清治はまだ独身である。
(こんなことをするやつは一人しかいない。)
木の廊下をきしませて『奥方様』の待つ、部屋のほうへを急ぐ。そこには、
清治の予想通りの人物がいた。十代前半の身体つきに、行動の邪魔にならぬよう女性にしては
短めにした髪。切れ長の瞳が印象的で、年齢どおりの体がもし備わっていたならば
絶世の美女となれたかもしれない。だが、清治より二つ上にもかかわらず若く見えすぎる
その身体つきでは少年と間違われかねない。感情を表情に出さないお陰で不思議な雰囲気を
纏っており少年と間違われることは無いが。
彼女───二年間共に学んだ仲であり先穂之国の才女と呼ばれている女性…
先穂之国の重臣九条春尚の娘、雪は芳之助の持ち込んだ酒を上品な手つきで飲んでいた。
「久しいな。我が愛しき人よ。一年と半振りか。君と離れている間は無限の時のように感じたよ。
君が元気そうで何よりだ。」
「雪…後日に挨拶に来るんじゃなかったのか?それと奥方とは何だ。」
「我が君にすぐに会いに来ない道理があるまい。それは君を油断させるためだ。
謀とは裏をかくのだよ。君が不在の間に荷物も運びこんだ。奥方は……
まあ、近い将来の確定事項といったところか。」
雪は清治にほんの僅か微笑みかけて続けた。
「君をここへ呼び寄せたのは我だ。父に働きかけてな。」
「そうか…それについては感謝する。だが、急に奥方というのは…。」
「ああ、判っている。君は将来の国主。結婚に政治が絡むのは百も承知だ。
だから側室でもよい。我は君を好いているからな。父も君の様子を見に寺へ
行けといったときは頭がボケたかと思ったものだが、今では感謝しているよ。」
「当事者を置いて勝手に話をいろいろ進めないで欲しいんだが…」
「…ふふ…ちなみに芳之助とは我が二日で奴が一日で話し合いはついている。
我の目を盗んで他の女を抱いていたとは君も中々に獣だな。」
「何で知ってる…じゃないっ…だから勝手に決めるなって!」
759 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 15:57:06 ID:iWGEN4E/
清治は雪が苦手だった。決して嫌いではないのだがどうにも感情が真直ぐ
すぎるのだ。真直ぐに自分を好いているといいそこに微塵の嘘も無い。
知性が高いうえに勘も鋭く、嘘も通じない。そして…。
「まあ、どうにしろ我はもう君以外に嫁には行けないからな。貰ってもらうしかない。
お互い初めての相手同士だ。仲良くやろう。」
この弱みがあった。三年前、この真直ぐな気持ちに完敗し以来幾度となく身体を
重ねていた。責任を取れといわれれば反論できない。それに恩もあるし、愛情とは別に
共に学んだことからくる友情も感じている。
雪はいつの間にか同じように酒を飲んでいた清治の胡坐の上に座っている。そうしていると、
子供がじゃれているように見える。しなやかな指が清治の顎に触れる。
「そうそう──桜が何故あれほど綺麗に咲くか知っているか?桜は本来白いもの
なのだそうな。それが血を吸ってあのような色になる…。」
「桜の下には死体が埋まっている…か。急になんだ?」
「今年の桜はまだ白いということだ。」
「血を欲している…戦争が起きるのか?」
「ご名答。理解が早い。さすが我が生涯の伴侶。間者の報告と商人の情報、様々な
物の売れ筋、人の出入りなどを考えると十日というところであろう。相手は隣国の
日羽之国だ。先穂之国が一つと半分はいるほどの強国だ。」
雪は清治に完全に身体を預けながら淡々と戦と政治を語る。まるで、世間話のように…
男女の恋焦がれる会話のように。熱い目で清治を見つめながら。
「ここで、手柄を立てろということか。 兵力は負けているが、地の利はある。
侵入経路がわかれば勝てるな。雪のことだから全て用意してあるのだろう。」
「もちろん。さあ、楽しい会話はここまで…。一年半我慢してきたのだから
我は一瞬でも早く君が欲しいのだ。この長い時間分慰めてもらう程度の余裕はあるだろう。
さあ………っん…………」
日が落ち蝋燭の光だけとなった薄暗い部屋の中、二人の影は遅くまで動き続けた。
760 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/21(月) 15:59:34 ID:iWGEN4E/
城内において舞姫は身分が釣り合う同性がいないため、話す相手もおらず
空を見ながら考えにふけることが多かった。
特に月が好きだった。日に移ろい、そして元の形に戻る───兄との関係も
そうなることを彼女は望んでいる。
幼い頃、自らを守ってくれた兄──そして別れ──国を守るために変ってしまった兄。
そう、兄は変ったと舞姫は思う。
自分が想像していたのは幼い優しい自分を守る兄の姿。
今の兄は武骨ではないが力強く男らしい、厳しさとそれでいて昔の優しさも
持ち合わせている。
想像上の兄と違ったことに、舞姫は残念だとは思わなかった。
違っていただけにかけ離れていた時間のせいで兄と思うことができずにいた。
───しかし、
話すと優しさを感じて安心した。
手を繋ぐと幸せに満たされた。
抱きしめられると胸が熱くなった。
兄のことを考えると心臓の鼓動が早くなった。
兄と再会してからその想いは膨れるばかりで、衰えることが無い。
兄ずっと一緒にいたい。離れたくない。身も心も一瞬たりとも離れずに…
これは、舞姫にとって初めて感じる気持ちだった。
燃えるような激情…冷やしてくれる夜風は心地よかった。
(そう…月の満ち欠けのようにきっといつか私だけを守る兄上に戻ってくださる…)
月明かりしか見えぬ暗闇の中、美しい顔を少し曇らせて目を瞑りその日が早く
訪れることを彼女は祈った。
最終更新:2007年11月01日 13:19