妹姫(その3)

836 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/22(火) 17:29:59 ID:rXS26pGW
翌日、清治は戦の対策を行うために芳之助を伴って城を訪れていた。日和之国と
先穂之国の間には平手川という川が走っているため、渡河のできる地点それぞれでの
戦術を叔父である国主である信輝に進言し、戦には自らも出陣する意思を伝えた。
準備を終え、今は二人で城内を歩く。

「それにしても、清治…昨日は随分お盛んだったようだな。少し匂うぞ。
 今日は某なのだから体力は残しておいてくれよ。」

くっくっくといたずらっぽく笑いながらからかう様な声で芳之助は言う。
清治は戦に行く前に衰弱死するかもしれないと馬鹿なことを考えて苦笑しつつ、

「帰ったら既に部屋にいて後はなし崩しだった。昨日聞いたお前と雪の協定って
 冗談じゃなかったんだな。あいつは嫉妬心とかないのか。」
芳之助は彼に呆れたような顔を向け、大げさに手振りなどを加えながら言った。

「そんなわけなかろう!雪はそんな冷めた女じゃない。某にはこう、ぼーっ!!と
 燃えさかる雪の嫉妬の気が目に見えるぞ。今も二人でいることに我慢してるんだきっと。」
「ははっ、確かに目に見えそうだ。芳之助はそれでいいのか?」
「某のはただの本能だ。だが雪には悪いが、他の男はいやだしな。」
肩をすくめる大げさな身振りに清治が笑い、今度は芳之助が苦笑する。
そしてふと芳之助が真剣な目になる。

「そこに隠れておられるのは何方か。」
「ああ、芳之助。そのお方は妹……舞姫様だ。初めてお主を見るから
 人見知りしてるのだろう。でておいで。舞にも紹介しよう。」

いつの間にか近くに来ていた舞姫に声をかける。彼女はとことこと小走りで
駆け寄って清治の腕を取った。軽く睨むように芳之助を見つめている。
芳之助は真昼の太陽のような暖かい眼差しでにこやかに笑い、頭を下げる。

「某は沖田芳之助。八神清治殿に仕えて護衛をしている。舞姫殿、
 今後ともお見知りおきを。まー清治殿に近づく悪党は全て某が
 一刀両断にするので安心してくだされ。
 ……っとですが八神殿であるうちは某の仕事もございません。舞姫様、清治殿を
 よろしくお願いいたす。今日は城に泊り込むそうですので。」
「おいおい、芳之助!おまえ勝手に…」
詰め寄ろうとした清治に芳之助は指をまっすぐ突きつけて、

「人はいつ命を落とすか判らぬ。今日は妹姫殿に兄として付き合って差し上げよ。
 某は友とゆっくり酒でも飲んで愚痴でも言い合うとしよう。」
「芳之助様…よろしくお願いします。それと…ありがとう。」
「よいよい。それでは。」
舞姫は清治の腕を掴みながら、表情を和らげて芳之助を見て微笑んだ。
それをみて芳之助は頷いて豪快に笑いながら去っていった。

837 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/22(火) 17:31:09 ID:rXS26pGW
二人になった後、彼らは城内を散歩しながら歩いていた。
肌寒い空気と雲ひとつ無い空の太陽が心地よさを生んでいる。

「不思議なお方ですね…。兄上様、あの方、女性…ですよね?」
「寺にいた頃に出来た友人だ。色々あって男として育てられたらしい。」
「もしかして、恋人…?」
その質問の際、舞姫は自分が想像以上に冷たい声を出していることに驚いていた。
だが、彼女の兄は気づかなかったらしく笑って答えた。

「違う、友人だ。信頼しているし友情もある、美しいとも思うが恋心は無いな。」
「そうですか…。」
気持ちが落ち着くのを感じ、安心感が胸に広がる。

「まだ日は高い。何かやってみたいことはないか?」
兄からの提案に舞姫は少々考え、

「兄上様と城外を…一度歩いてみたい。私は外を見たことがありません。
 もし叶うなら…。兄上様と外を歩くのが私の夢でしたから。でも、無理ですよね。」
「それくらいならお安い御用だ。だが、その格好では無理だな。そのような着物では
 すぐばれてしまう。女中に服を借りるとしよう。」
「え、いいのですか?兄上様にご迷惑が…」
「叔父上には一筆書いておくさ。たまにはよかろう。大事な妹のためだ。」
そう笑うと一度舞姫の頭をなで、女中の詰めているところへと去っていった。

「兄上様と外で…。」
彼女は自分が外にでることなどありえないと諦めていた。それを簡単に破った兄と
出歩ける緊張と嬉しさで頬を染め、落ち着かない気持ちで戻るのを待った。


838 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/22(火) 17:32:09 ID:rXS26pGW
「これが外…兄上様、賑やかで人がたくさんいますね。」
「ああ。商人だけでなく職人、芸人…様々な人が城下には住んでいる。」
清治は、舞姫に女中の服を着せ城下を散策していた。彼女は女中の服を着ていても
その物腰を損なうことは無く、その美貌は周りの視線を集めている。
はぐれないように手は清治にしがみつくように絡め、大通りをゆっくりと二人は歩く。

(ど、どうしよう。動悸が止まらない…。楽しい…嬉しい…)
「どうした?舞。大丈夫か?」
「えっ!あ、はい。色々珍しくてすごく楽しいです。兄上様ありがとうございます。」
「そうか、それはよかった。ついでに何か食べるか。城の食事は冷めてて美味くあるまい。」
「食事とはそのようなものでは?」
何もかも新鮮な物事を楽しみながら町を歩く。まともに会話する相手もいなかった
彼女にとって人生で最も楽しい時間のように思えていた。
浮かれつつ清治と歩き一軒の店に入る。いきつけの店のようであり店の主が気安く
挨拶してきた。

「よー!これは八神の旦那。今日もなんか食っていくかい?」
「ああ親父さん、二人分、熱い蕎麦をくれ。」
「にしても、旦那~こんな別嬪な女中さん雇ってるなんて羨ましいね~。いや、
 こんな昼間から二人で腕組んでるってことは……旦那の恋人ですかい?」
「いや、彼女はいも…「恋人です!!」」
説明しようとした清治に被せる様に立ち上がって舞姫は叫んだ。次の瞬間、
羞恥で真っ赤になって座り込む。清治は困惑顔である。そんな彼に舞姫は上目遣いで、

「お、おい舞…。」
「い、いいのです。今日は一日兄上様と自由に過ごせと芳之助様もおっしゃってました。
 私も一度物語りの様な…その…恋人のような一日を過ごしてみたいのです。だめですか?」
「わかったわかった。今回だけだからな。」


839 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/22(火) 17:32:53 ID:rXS26pGW
清治は呆れたように肩をすくめる。しばらくすると二人分の蕎麦が置かれ、
湯気を立てるそれを舞姫は興味深く見つめ、

「兄上様これはなんですか?」
「蕎麦だ。この麺を箸ですくって食べる。熱いから火傷しないようにゆっくりな。」
「あつっ!!!あ、でもこれはおいしゅうございますね。」
「城の料理も本来は温かいものだ。だが、叔父上や舞への料理は常に毒見役が
 毒の有無を調べてから料理を出すからな。それであんな冷めた料理になるのだ。」
「私はあれが当然のことだと…ふふ…兄上様には知らぬことばかり教えていただいてますね。」
「寺に預けられたとはいえ、好き勝手に生きてきたからな。実は城の生活など性に合わぬ。」
蕎麦を食べながら関心と尊敬の念を込めて見つめられ、清治は苦笑した。

「─────いっそ、私と二人で逃げますか?」
「そうもいかん。皆が困るからな。まあ、人柱みたいなもんだ。」
彼女が半ば本気でいっていることを、目をそらして食べていた清治は気づくことはなかった。
その目が兄を見る目ではなく異性を見る目になっていることも。

そして夕刻、日が落ちる前に二人は城へと戻ることにした。影が伸び始めるのに合わせて、
店も徐々に閉まっていく。清治は一軒の装飾の店で足を止めた。

「舞、少し待っていろ。すぐに戻る。」
暫くして、戻ると優しく舞姫の頭に触れた。

「これは…櫛?」
「…今日は舞の恋人らしいからな。恋人は出かけた後は贈り物を贈るものだ。」
「ありがとうございます。兄上様…大事にします…。」
「お、おい。それくらいで泣くな。まったく…。」
静かに泣く舞を宥めながら二人は暮れる城下を歩いていった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年11月01日 13:21
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。