18 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 15:46:39 ID:+eAx1AOK
城内に戻ると清治は一度叔父に事の次第を報告した
「ご苦労だったな。清治。あれにとってもいい思い出になったろう。」
「兄らしいことをしてやりたかったので、認めてくださったことには感謝しております。」
「負ければそのようなこともできぬからな。」
「今回は勝ちます。」
「だが、死なぬとは限るまい。」
「その為に生き延びる方策を考えておるのです。戦争は運ではやりませぬ。
生きてやることも多いのでおちおち死ぬことも出来ませぬな。
さて、そろそろ休みます。叔父上、ではまた明日。」
清治は城の客間を一室借り、そちらで休むことにした。酒を貰いうけ、
窓から見える月を見ながら物思いに耽っている。
彼とて初陣である。どれほど準備し、勝つ算段を整えても戦への恐怖と
緊張は取れない。兵力は相手が上、策が失敗して悪くすれば負けるかもしれない…。
「兄上様。よろしいですか?」
そんな時、舞姫が夜着で部屋を訪れてきた。夜の月明かりと蝋燭でうっすらと
照らされた彼女は、生来の美しさとあわさって幻想的な雰囲気を醸し出している。
思わず清治も見とれてしまった。
「このような時間に男の部屋にくるもんじゃない。」
「兄上様ですから構わないでしょう。お話が聞きたいのです。私と一緒でない
十余年の間のことを…。兄上様のことを全て知りたい。」
舞姫は清治の体に自らの体をぴたりとあわせる。彼女に自分の飲んでいた杯を
進めつつ、自らは徳利でゆっくりと飲む。
清治は舞姫の体の温かさを感じながら話し始めた。戦を思っての緊張と恐怖は
気づかないうちに既に溶かされていた。
19 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 15:49:28 ID:+eAx1AOK
「ゆっくり飲むんだぞ。さて、何から話せばいいやら。」
「子供のころから順番に…。」
目を瞑って子供の頃からの記憶を思い起こしていく。
「最初は荒れたな。城から出され、舞と別れ、誰も知らない寺へと預けられて。
手のつけられない悪がきだった。」
「兄上様が?」
「ああ。だが智水上人は辛抱強く諭した。まあ、寺をこっそり抜け出して
遊びまわったりはしたが悪いことはしなくなった。そしてそこで、
国を治める術、戦争に勝つ術…様々なことを教わった。」
子供の頃からの思い出をゆっくりと話していく。舞姫はそんな彼の穏やかな
顔を見ながら自分も同じことをしてきたような不思議な気分を味わっていた。
「芳之助とであったのは三年ほど前だ。その頃のあいつは鋭い刃物のような、
触れれば切れる…そんな冷徹な剣客だった。」
「あの優しそうな芳之助様が?」
「ああ。その頃のあいつは仇を討つことしか頭に無かった。ただ奴は馬鹿ではない。
何十人という相手を一人で相手にすることの愚かしさは理解していた。」
清治は話しながらその頃を思い出していた…。冷たい目、目標を貫徹するため
だけに生きる強い意志。そして…
「その仇討ちに知恵を出して協力をした。そして、あいつの仇討ちは終った。
問題はそこからだった。目的を果たした芳之助は抜け殻になった。」
「え…?」
「人は目的が無ければ生きてはいけない。あいつを気に入っていたから辛かったよ。」
「想像が出来ませぬ…あのような楽しそうに笑うお方が…」
「だから新しい目的を持ってもらった。自分たちをずっと友人と思うことと、
自分の心の赴くままに生きることと…別れてからも考えてあいつなりに考えて
立ち直ったんだろうな。」
妹には話せないこともある。仇討ちでどれほど卑怯な手段を使ったか。
壊れた芳之助を助けるためにどんなことをしたか。どんな暗い事でも大事な思い出
だったが、妹には綺麗なことだけを知っていて欲しかった。
20 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 15:50:18 ID:+eAx1AOK
「同じく三年ほど前に、先穂之国の才女と名が高い、重臣九条春尚の娘、雪と
出会った。国内では叔父上の跡継ぎの問題が話し合われていたらしく、
彼女は父の命で自分の人物を見に来ていたそうだ。これは後で聞いたのだが。」
「雪殿はどんな方ですか?」
舞姫のうちに、芳之助の話を聞いてきたときには沸かなかった強い不快感と、
暗く燃え滾るような嫉妬が燃え上がった。兄の口から初めて聞く芳之助以外の
女性の名前…。
「二つ上と言っていたな。美人だが容姿は子供に見える…そうだな、容姿は舞の
方がみんな美しいというだろう。だが、彼女は頭が切れる。」
「この国一の才女…。」
「ああ。あれは嘘ではない。男として生まれていれば自分が国主になったとき
さぞかし楽が出来たろうに。…彼女は寺に二年間滞在し、共に智水上人から
様々なことを学んだ。机を並べてな。あいつには勝てなかったな。
芳之助の仇討ちもあいつの意見が大きかったしな。」
苦笑いしつつも嬉しそうな彼に名しか知らないその雪に、舞姫は敵意を強くしていく。
「だがそれほど賢いにも関らず、性格は回りくどいことが嫌いで愚直なまでに素直、常に
真直ぐで己の気持ちに正直だ。あいつは自分を信じ、この国に呼び戻した。」
「兄上様は雪殿をどう思われているのですか?」
「仕事の相方としてこの上ない。国を守るのに必要な人物だ。」
自分を見つめる彼女の瞳の色にそのときようやく気づいた。今彼女は、
異なる答えを求めて真剣に見つめている。
21 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 15:51:52 ID:+eAx1AOK
「そのような意味ではなく、女性としてどう思われているのですか。」
「…悪趣味なことに彼女は自分を好いてくれている。家格、才能、容姿…
そして個人的な友情…。あいつは自分が嫁になると言っているが冗談でなく
恐らく事実、そうなるだろう。何一つ不満は無い。」
「愛しておられるのですか?雪殿を。」
「物語にあるような熱い恋…という意味では否だ。だが長い人生を共に生きれば
愛するようになるだろう。そんな魅力はある。」
舞姫は目を伏せた。
「兄上様…私…嫌なのです。兄上様が他の女性といることが。私は…私は…
耐えられません。私だけの兄上様にしたいのです。…舞は嫉妬深い妹です…。」
「いいのだ。だが判ってくれ。国のため、これ以外の道はないのだ。」
彼女は決然と顔を上げ紅潮した顔で目には涙を溜めながら叫んだ。
「判りません!国など……関係ありませんっ!私は…一人の女として…
一人の男として兄上様をお慕いしてしまったのです。だからっ…誰にも渡したくない!!」
「舞…俺達は同じ血を持つ兄妹。この世で舞とだけは愛し合うわけにはいかぬ!
それが舞のためでもある。今日はもう遅い。寝なさい。」
「兄上様…。うっ…うっ…せめて…一緒に寝てください。今日は一人では眠れません…。」
「わかった。すまぬな…。」
舞姫は清治の寝床に潜り込み、腕に体を絡ませながら眠りに落ちた。
妹の告白に不快と思わなかったことに、彼も苦悩し、遅くまで寝ることは出来なかった
22 名前:妹姫 ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 15:52:46 ID:+eAx1AOK
─────────同時刻、清治の屋敷。雪と芳之助は二人で酒を飲んでいた。
「雪、不機嫌だな。」
「そんなことはない。我は普段どおりだ…と、いいたいところだがお主が言うからには
そうなのかもしれん。」
「言ってみろ。気になるだろう。何かあったのか?」
「町でな…清治が見たことも無いような美人と恋人のように寄り添って歩いていたらしい。」
芳之助は得心して頷いた。雪は無表情である。
「ああ、それはきっと舞姫様だろう。某が清治殿に今日一日付き合ってあげろと
言い含めておいたのだ。大方、城を抜け出してみたかったのであろう。」
「なるほど…。だが何故そのようなことを?」
「若者の恋を応援するのは大人の役目ではないかね。雪?」
雪の杯が傾いてピタリと止まった。芳之助はにやにや笑っている。
「あの二人は兄妹。そんなことはあるまい?」
「城で出会ったとき、姫様は初対面の某に殺気を放っておったよ。このままに
しておけば、雪が嫁に入った際に害されるやもしれん。」
「そうか…で、お主は何故応援する?」
「結論から言うと失恋させるためだ。いずれ彼女は政略で結婚するだろう。
その時に後悔の無いようにさせてあげたい。某はあの姫様、嫌いではないしな。」
「まあ例え清治が本気になったとしても…我は必ず取り戻すがな。」
「清治殿は物の道理を弁えている。万が一にも私情で国を脅かすようなことはないさ。」
「当然じゃ。その程度であれば我は惚れておらん。」
暫く雪は芳之助を見つめていたがふと思い出したようにくすりと笑い、
「……だが悔しいな。我も一度は腕を組んで町を歩いてみたいものだ。」
「雪相手じゃ~清治殿はやらないだろうなあ。しかし、某も一度はやってみたいな。」
二人の酒席は和やかに夜遅くまで続いた。
最終更新:2007年11月01日 21:37