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テグスダー sage 2010/11/02(火) 23:17:55 ID:LmoCdC9X
第一話
私は萌花。手楠田 萌花(てぐすだ もえか)。
15歳の高校一年生。周囲の評価は『文武両道』『才色兼備彼女(サイカノ)』『俺orアタシの為に毎朝味噌汁を作って欲しい!』
などなど、かなりの高評価を頂いてい…
…エプロンをつけて、と。
あ、すみません。ええと、そんな非の打ち所のない美JKと太鼓判を押されている私ではあるが、人である以上、当然他者には言えない秘密が…
あぁ、ここもシートを敷いた方がいいかな。
…秘密がある。まずひとつ目は……私は、兄を愛しているということだ。それも家族としてではなく、異性として。
人前では兄さんに迷惑や心労をかけない様、『仲の良い兄妹だね』と言われる程度に自身を抑えているが、実際のところは、そんなものではない。
例えば、兄さんの事を考えていただけで大会が終わっていた事もある。
私は幼い頃、兄さんと共に空手を習っていた。
ただ単に兄さんと一緒にいたいが為に始めただけなのだが、どうも私は才覚があったらしく、幾度も大会で優勝し、神童ともてはやされた。
因みに、兄さんは人並みの…いや違う!兄さんは私など軽々と凌駕する天才だ。
ただ、優しすぎるのだ。
だからわざと負けて、抱えきれないほどの華束を相手に持たせていただけなのだ。華キューピットなのだ。
そして、凡人共がその圧倒的な才能の前にひれ伏し、空手への情熱を失う事を危惧し、自ら空手を捨てたのだ。
あぁ、本当に、なんてお優しい兄さん…兄さんの優しさの前では、マザーテ●サもテロリスト同然です…
あ、勿論私も兄さんと共に空手を辞めた。周囲も鬱陶しかったし。
と、そんな過去もあって、つい先月、空手部の助っ人として大会に無理やり出場させられたのだが、前のり遠征のため大会前日に家を出て、気付いたら家に居た。
トロフィー片手に。
あの時どこでどう戦ったのかは、未だに何一つ思い出せない。
ただひたすらに、私の帰りを待っていてくださる兄さんの事を考えていた気がする。
後日、大会の事を空手部員に尋ねると
「え?萌花も何だかんだで結構楽しんでたじゃん。ね、もういっそ空手部入ろうよ!」
「…萌花なら、熊爪装備のファイティングコンピューターも片手だね。…いや~、にしてもほんと萌花のブラジリアンキックは軽く光速を(以下略)」
571 テグスダー sage 2010/11/02(火) 23:25:41 ID:LmoCdC9X
と言われたが、実際はブラジリアンキックどころか、指先一つ動かした記憶も無い。そもそも私の中では外出していない。
そんな状態でもぼろを出さずにすんだのは、おかしな兄妹だと噂を立てられ兄さんに迷惑をかけない様、普段からきつく戒めている私だからこその芸当だろう。
自分で自分をほめちぎりたい。
そしてもうひとつの秘密なのだが、これは……本来なら兄さんに隠し事など唾棄すべき事なのだが、たとえ兄さんといえども
(兄さんへの愛はいつか必ず告げるから隠し事には入らない)打ち明けることが出来ない。
実は私は、世間一般で言うところの、シリアルキラーだ。つまり殺人鬼だ。
…インパクトのセーフティを解除。
そうカテゴライズされるのは甚だ不本意なのだが…
何故なら、何の罪もない善良な人々を無作為に殺す!
なんて罪深い真似は、私には恐ろしくてとても出来ないからだ。
そして私には亡き父と約束した、殺しの掟(ルール)があるからだ。
選別のルール。私が手をかける人間は、《兄さんを貶めようとする愚者》と《兄さんに近づこうとした泥棒猫》この2種類のみ、ということ。
ようは殺されて然るべき咎人だけだ。
さしずめ私は《兄さんを守護する戦乙女》という訳だ。
…まあ、世間の常識という名の戯言の前では、戦乙女から快楽殺人鬼へと超大幅ランクダウンされてしまうのだろうが。全く腹立たしい。
獲物を始末する際に快楽を感じてしまうのも、正義執行の悦びと、兄さんを護れたことへの達成感という訳だから、仕方がない事なのにな。
ええっと、ナイフナイフ~……あった。良し、準備完了。
「…これで良し、っと。お待たせしました、先輩」
儀式の準備を終え、作業台に横たわる様にして縛り付けられた少女を見下ろす。
これが今回の獲物、藤樟 杏奈(どうくす あんな)。
兄さんのクラスメイトにして、生徒会書記。
穏やかな性格と、小柄で控えめな体躯、高校生にしてはあどけなさが残る、可愛らしい顔立ちが男子に人気の2年生だ。
まあ、今は全身縛られているうえに、その整った顔は涙と鼻水でデコレートされている為、見る影もないのだが。
「お、お願い…や、止めて…」
「大丈夫ですよ。優しくしますから。…大人しくしていてくれれば、ね…?」
そう優しく告げると、彼女の白磁のような頬を手にしたナイフで薄く横に切りつける。頬に走った線から赤い液体が零れ落ちた。
572 テグスダー sage 2010/11/02(火) 23:37:27 ID:LmoCdC9X
「い、痛いっ!!痛いよおっ!!いやぁ!!!!」
彼女は悪霊にとりつかれたかの如く頭を振り乱し、声が涸れることも構わず叫び声を上げる。
なるほどなー。これは男子に人気な訳だ。彼女の魅力はその被虐性。
声音、仕草、容姿、彼女の全てが動物の持つ嗜虐心を刺激する。
これはなかなかにそそる獲物だ。
「お、お願いします…もう、お家に帰、してぇ…」
幼子のように、ポロポロと涙を零し懇願する獲物の頭を優しく撫で、目元から零れ落ちる涙を舌で嘗めとる。
「ひゃん!い、いや、いやっ!!やめてぇ!!もう嫌ぁ!!!!」
「ほら、あんまり暴れないで下さい先輩。…痛くしちゃいますよ?」
「うっ、ひっ!…い、いやだぁ!!もう嫌だよおぉ!!!」
まるで小動物そのものだ。軽く脅しをかけるだけで、期待通りのリアクションをくれる。
たまらないな。早く殺したい。
「いくら叫んでも無駄ですよ、先輩。ここには誰も来ませんから」
そう、今私達がいるのは、その機能をより交通の便の良い土地へと移転したためにゴーストタウンと化した、元鉄工団地の最奥にある、港に隣接した一棟の廃工場。
昔は港から、製品を各地に大量に輸送していたらしいが、今や夢の跡地と化している。
加えてこの場に至るまでの道筋は複雑で、廃墟にたむろしたがる珍走団の類ですら、最奥まで訪れる事は無い。
本当に都合が良い。裏手が廃港というのも、さらに都合が良い。もう殺そうか?
「ね、お願、い…もう、やめて…誰に、も、言わな、いから…」
「誰にも言わないだなんて…嘘はよくありませんよ」
辺りを見回すと、廃油の溜まったドラム缶の縁に、黒ずんだ雑巾が掛けられていた。
手にとってみると、すえた臭いが鼻をついて思わず顔をしかめる。
…手袋ごしでも気持ちが悪い。
「これでいいよね」
雑巾を手に獲物のもとへと、恐怖を煽り、かみしめる様にゆっくりと歩み寄る。
傷つき動けぬ獲物を追い詰める獅子も、この高揚感を感じるのだろうか。
よし、殺ろう。もう《アレ》を済ませて、殺ろう。
「ヒッ!いぁ、オエェ、モゴォ!!」
首を振り逃れようとする獲物の頭を押さえつけ、薄い唇に縁取られた愛らしい口に、雑巾をねじ込んでいく。
「気持ち悪いかもしれませんが、嘔吐しないほうが身のためですよ。吐瀉物を再度飲み込みたくは無いでしょう?」
573 テグスダー sage 2010/11/02(火) 23:43:42 ID:LmoCdC9X
やんわりと忠告しつつ、ジャージのポケットから未使用のタンポンを取り出すと、獲物の頬を流れる赤蜜を丁寧にそれに染み込ませていく。
すると忽ち、無垢な純白が赤黒く穢されていく。恍惚の一瞬。
「家に着いたら、他のお友達(コレクション)に会わせてあげますからね。仲良くするんですよ?」
たっぷりと獲物の蜜の染み込んだタンポンを手に独りごちる。
これは兄さんを護ったという証。私の誇り。
戦利品をピルケースに入れ、ポケットにしまい込む。
ああ…早く防腐処理を施して宝石箱に並べたい。
「さて、と」
儀式もいよいよクライマックス。蝋燭の灯りが大きく揺らめき、私の影を醜く歪める。…体が熱い。
意識が朦朧とするような、それでいて、1km先の針の落下音が聞こえそうなほどに全神経が研ぎ澄まされるような。
不思議な感覚が私を包む。
「ムー、ムグー!!」
「名残惜しいのですが、早く帰って兄さんの為に朝食を用意しなければならないので、そろそろ逝ってもらいますね?
ああ、冥土のギフトに先輩の今後について簡単に御説明しますね。
いいですか、まずあなたを細かく解体して、三つの袋に小分けします。
それから、廃港に隠匿してあるモーターボートで沖へと出て、殺害の証拠一式と共に海中へ投棄。
勿論、袋が浮上しないよう細工を施しますから、あなたの恥ずかしい姿は誰の目にも永劫―
晒されることはありませんのでどうか御安心を…」
「ムグ!!フグゥー、フゴー!!!」
最後通告を言い渡された獲物は、その命を燃やし尽くすかの様な抵抗を見せる。
しかしいくら暴れようとも、動かせるのはその小さな頭とチョークの様なか細い指先のみ。
悲哀を誘うなぁあ、ぁあ~堪らないぃ。
「あははっ、ごめんなさい。何をおっしゃりたいのか、あいにくとブタ語はわかりません。…では、籐楠先輩…」
「ンゴッ!!!フゴオォォォ!!!!!」
「兄さんに近づいた己を呪いながら、地獄に落ちて下さいね」
―そして、獲物の首筋にゆっくりとインパクトを―
「―おやすみなさい―」
574 テグスダー sage 2010/11/02(火) 23:50:58 ID:LmoCdC9X
※※※※※※※※※※
「おはようございます」
「おはよう。朝から頑張るねえ、お嬢ちゃん」
明け方の住宅街をジャージで駆ける私の姿は、中年の新聞配達員の目には、早朝マラソンに勤しむ運動部系美少女と映った様だ。
この男に限らず、今の私の姿を見て、人一人を解体してきた帰り道だとは誰が思うだろうか。
普段と異なる行動を怪しまれない様、日頃から朝に晩にマラソンを欠かすこともなければ、それは尚更だろう。
徹夜の疲れはまるで無い。獲物を仕留めた充足感と、兄さんをこの手で護ったという誇らしさが、私に活力を与えてくれる。
「もうすぐ帰りますからね、兄さん」
兄さんへと続くカーブを曲がりながら私は、今日の朝食は兄さんの好きなポークサンドにしよう、と決めたのだった。
最終更新:2010年11月07日 18:26