妹姫(その7)

163 名前:妹姫  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:34:46 ID:xwjdmc75
二日後の夕刻、日課になっている文を書き終えて芳之助に渡した後、舞姫は
叔父である信輝に呼び出された。

「叔父上様、何か御用でございましょうか。」
「ふむ、舞…お主には隣国の後穂之国へ嫁いでもらうことになる。」
舞姫の顔から血の気が引いていく。
(どうして…どうして…)

「後穂之国は先穂之国とは元々親しい仲。何ゆえでございましょうか。」
「先の勝利でわが国は日羽之国を使えるようになった。そこでお主に執心しておる
 後穂之国との結びつきを強くし、近隣の国を先穂之国の支配下に置くのだ。」
「戦が終わったばかりで…」
(いや…嫁ぐのは絶対に…)

「こちらは被害は少ない。それに清治や雪は相手を越える戦力を整えれば必ずや
 勝利していくだろう。先穂之国はかつてない強国となる。」
(雪…!また雪!!どこまでも…どこまでも私の邪魔を!!これももしかして…!)

「それに、あまり清治の下にいては後で別れが辛かろう。兄妹いつまでも共に
 いることができるものではない。これはいい機会だ。清治や雪の前途のためにも
 我慢してくれ。後穂之国の国主も悪い男ではない。」
(叔父上様も……私の幸せの邪魔を……私は兄上様がいれば何もいらないのに!邪魔するものは…)
「わかりました。」
(兄上様だけがいればいいんだ…。)
舞姫は深々と頭を下げた…その眼には狂気の炎が猛り狂っていた。

その夜、国主信輝の部屋に女の影があった。
女は短刀を振り上げると、躊躇なく信輝の首に刃を差し込んだ…。

夜の街に夜着を赤く染めた女が月明かりを浴びながら歩く。さながら
その姿は死霊のごとく生気はない。
(兄上様…兄上様……今、参ります…。私たちの間を邪魔する叔父上様は
 死にました…後は雪を殺せば…私たちは二人になれます。二人で…)

舞姫は血を滴らせながら清治の屋敷へと入っていき、清治の部屋に近づいていく。
中を確認すると一組の男女が裸で絡み合っている。
(雪…兄上様を縛るのも今日が最…え…嘘…)

男は清治…女は芳之助だった。舞姫にとって兄以外で唯一まともに話した人…
姉と思えた人…助言を貰い助けてくれた人。

(芳之助様…嘘…裏切って…いや元々…からかって…?何故…いや…)
「いや…いやあああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
もう、舞姫は何も考えられずその場に居れず、雪を殺すことも忘れて
走り去った。清治は声に気づく、

「何故舞がここに!」
「清治殿、考えるのは後!着替えてすぐに追いかけてくだされ。某も雪と共に
 探しに行きますゆえ。」
「わかった。任せた。俺は城へ行く。」


164 名前:妹姫  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:35:54 ID:xwjdmc75
「これはどういうことだ。」
「信輝様が何者かに刺殺されて…。」
「すぐ行く。重臣は国主の間へと集まっておけと大上清治の名で伝えよ。」
信輝の部屋に入ると血の匂いが充満していた。その死を確認し、慌てる家臣たちへ
命令を出していく。

一方その頃、先穂之桜の前では宴のときと同じように三人の女性が集まっていた。
三人を禍々しく赤く輝いた月が照らす。舞姫は夜空の月を静かに眺めている…。
赤く染まった夜着をきた彼女が赤い輝きで照らされるその姿は幻想的で酷く儚く、
雪と芳之助はその姿に魅入っている。

「舞姫様、これは一体どういうことだ。我に説明してもらえぬか?」
「ああ…叔父上様でしたら…兄上様との仲を裂こうとしたので死んでいただきました…。」
「なんてことを…。」
「だって、嫁げだなんていうのですもの。どれだけ私が兄上様を愛しているかも知らずに。」
「舞姫様はご自分が何をしたかわかっておいでか!」
舞姫は笑う。歪んだ血塗られた顔で。

「判ってますとも。兄上様との仲を邪魔するものを殺した。後は雪殿と…
 そして、私を裏切っていた芳之助様も…邪魔するなら消えてもらいます…。
 特に雪殿は…叔父上様を唆したのでしょう?貴女は…貴女だけは。」
「我はそのようなことはしておらぬ。初耳じゃ。」
「もうどうでもいいのですよ…そのようなこと…」
舞姫は短刀を抜いた。

「私は雪殿が憎いのです。何の障害も無く兄上殿と結ばれる貴女が…。
 愛されるあなたが…。力になれる貴女が…。」
短刀が月明かりを受けて不気味に輝きを放つ。雪は驚いたものの
恐怖はしていなかった。芳之助なら素人の舞姫を取り押さえることは難しくない。

ざすっ!!
肉に刺さる嫌な音が夜の桜の下に響いた。

「くっ…舞姫様、そのようなところを刺しても人は死にませぬ。」
「芳之助様…何故…」
「芳之助!!」
肩に刺さった短刀の痛みに芳之助はその端正な顔を歪める。

「某が黙っていたことを謝ろうと思いましてな…あの方には…昔、仇に
 汚された我が身を忘れさせてもらうために清めていただいていたのだ。某の我侭じゃ。」
「芳之助様…」
「某は舞姫様には好いた人と添うて欲しかった…。そこに偽りは無い。
 清治殿に抱いてもらったのだろ…女らしくなった。」
芳之助は呆然とする舞姫に対して優しく微笑む。

「文を交換したり、二人で出かけたり…。体だけでなく心も通じ合ったろう?」
「………はい……」
芳之助は舞姫の頭を撫で、今度は雪に振り返る。
雪は相変わらず無表情ではあったが、眼は悲しみで満ちていた。


165 名前:妹姫  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:37:20 ID:xwjdmc75
「雪…清治殿の性格を考えればこれからどうなるか分かるな?」
「ああ…。」
「ならば、清治殿には神として使えと伝えよ。」
「芳之助…お前何をする気だ…」
「舞姫様、恩に着せるわけではござらぬが某の命に免じて雪のことはお許しくだされ。
 奴も我が友人にして恩人なのだ。」
そこまでいうと肩に刺さった短刀を引き抜き、舞姫の手に戻し、芳之助は
自らの心臓に短刀を突き刺した。体から血が噴出し、舞姫と先穂之桜の根元を
赤く…紅く染めていった。

「え、芳之助…様…わ、私は何を…」
「正気に…戻られました…か。舞姫様は…可愛い…まるで妹のよう……」
「芳之助!おい!芳之助!我の許可なしに勝手に死ぬな!!約束が違うぞ!芳之助!!」
呆然としている舞姫を気にせず、雪は芳之助の頭を抱え泣き叫んだ。
そこにいつもの冷静さは微塵も無い。

「雪…ありがとう…」
「うわああああああああ!芳之助!!なんと馬鹿なことを!!!」
暫く放心したように舞姫は月を見上げ、雪の泣き声がただ響く…

そして、指示を終えた清治もついに先穂之桜の下へと現れた。
紅い月が二人を照らし、春の嵐のような強い風を受けながら向かい合う。

「これは…。」
「兄上様…お待ちしておりました。」
「お前がやったんだな…本当に。」
「嫁ぎたくなどなかったのです。兄上殿以外に抱かれるなど…。」
「俺を頼ればよかったのだ。」
「我慢が出来なかったのです…。兄上殿を私だけのものにしたかった。
 結局は叔父上様を理由にしただけなのかもしれません…。」
強い風に煽られて紅く照らされた血のように赤い桜の花びらが二人の間を
通り過ぎてゆく。

「俺のせいだな…。」
「違います。私の我侭なのです。そのせいで姉のようによくしてくれた芳之助様をも…。」
清治は強く、痛いくらいに力強く舞姫を抱きしめた。

「辛いなら泣け!」
「うう……うっ…兄上様…どうして私たちは祝福されないのですか…っ…。」
「舞…」
「私はっ…私は…ただ兄上様といたいだけなのに!!!」
「舞…辛かったか?」
「はい…。」
清治は、抱きしめていた手を緩める。そして右手は自らの腰へと伸びる。
左手で舞姫を抱きしめ口付けを交わす。

「俺は…八神清治はお前を…誰がなんと言おうとも、誰も認めずともお前を愛している。」
「ありがとうございます。兄上様…。」
舞姫との初めての口付けは、錆びた鉄の味がした。

「辛うございましたが…………幸せで……たのしゅうございまし…た……。」
清治は右手を離し、体を全身震わせながら冷えていく舞姫の体を抱きしめ続ける。
彼女の心臓には……短刀が刺さっていた。

166 名前:妹姫  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:38:28 ID:xwjdmc75
「雪……芳之助は何か言っていたか?」
「……神として使えと。」
「雪すまない。お前と外を出歩く約束は叶えられそうに無い。」
「魂は輪廻するそうだ。来世に期待しよう。」
雪は冷静さを取り戻し、表情を消してそう答えた。

「雪、重臣たちに伝えてくれ。逆臣八神清治は舞姫との不貞の末、国主を
 殺害し逃走しようとしたが、次期当主であるこの大上清治が討ち取ったと。」
「桜が…赤いな。血を吸いすぎて…。」
赤い月に照らされた桜は、多くの死を悼むように花吹雪を散らせていた。


その後、芳之助の遺体は八神清治として舞姫と共に火葬され、その骨は
国主となった大上清治の命により、一緒に先穂之桜の下に埋められた。
二人の事件は恋の悲劇として伝えられ、後に賢君とうたわれた清治の
悲劇の妹姫として、先穂之国で語り継がれる。


清治は叔父の名前から一字取り、大上信治を名乗る。正室には雪を向かえ、
二人で先穂之国を治めた。二人の治世により先穂之国は戦国時代の強国と
なり、時流に上手く乗ることにより天下が一つになるまで戦火を免れた。


信治は愛妻家としてもしられ、雪のほかに側室を置かずに生涯愛し合ったと
伝えられている。そして、五百年のときが流れた。


167 名前:妹姫エピローグ  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:40:05 ID:xwjdmc75
私────大上舞雪(おおがみまゆき)は来年高校生になる。今、春休みに
今年二十歳になる兄の清仁(きよひと)と共に大昔にご先祖様が治めていた地を訪れてた。
腕を組んでるんるん気分で目的地に向かって歩いている。

兄は一流大学に在籍する歴史オタクで、我が家の倉庫から発見した古文書から
面白い文献を見つけたので事実を究明しに行くんだという。

「やっぱ、歴史は熱いね。歴史家たるもの謎があれば解明しなければっ!!」
「でもさー。清仁兄さん。妹姫の伝説って調べると祟られるって代々言われてるじゃない?」

兄は、特別格好いいわけじゃないけど優しいし子供っぽくて可愛い。
時々理知的で格好よくもある。彼女はいない…作らせはしないけどね。
今日の私はそんな兄のお目付け役。大好きだけど…先祖代々うちの女はちみっこくて
女としてはちょっと悲しい。胸も小さいし…うう…。

「呪いが怖くて歴史を学べるものか。それより舞雪は伝説はどのくらい知ってる?」
「んー。確か八神って武将と舞姫が恋愛して、謀反起こそうとして失敗するんだよね。」
私が知ってるのはその程度。我が家に代々伝えられている昔話だ。

「ああ。だが、見つけた信治の日記に妹との思い出を先穂之桜の下に埋めるって文が
 あったんだ。もし、それが見つかれば実際のことが分かるかもしれない。」
「なるほどねー。恋物語の発掘かー。清仁兄さんもたまには面白そうなこと考えるね。」
先穂之桜を見つけるのは簡単だった。地元では有名な大きな桜で、城跡にあるのだという。
ここ十年花をつけなかったらしいが、今年は綺麗に桜の花を咲かせているらしい。

「綺麗ね…。すごい桜。」
「ご先祖様も愛する奥さんとよくここで昼寝してたんだそうだ。」
「由緒正しき昼寝どころだね。」
「とりあえず、掘ろう。場所は夕日で陰になる方向に一歩の場所だ。」
私はだめだろうなって思ってた。でもお兄ちゃんが楽しそうだしいっかと
思って一緒に掘った。一時間ほど経った頃、私のスコップに硬い音が鳴った。

「嘘…。」
「おおおおおおおおお!ナイスだ舞雪!!!!!!!ぐっじょぶ!!!!!」
桜の下から出てきたのは、土の下でも腐らないように加工された綺麗な
小さな箱だった。空けてでてきたのは…


168 名前:妹姫エピローグ  ◆x/Dvsm4nBI [sage] 投稿日:2007/05/27(日) 10:41:40 ID:xwjdmc75
「なんだろう。二つの巾着に入ってるのは骨?櫛と……それと刀の先…?」
「この紙は、八神清治と舞姫の手紙だな。何故、こんなとこに。」
二人は満開に咲く大きな先穂之桜に腰掛けて五百年前の手紙に眼を
通し始めた。

「清仁兄さん~読めた?読めたっ?」
「嘘だろ……。」
「何が?」
「舞姫から清治にあてた手紙には…あ、兄上様へ──って書いてるんだ。」
私にその言葉の意味が届くまで十秒くらいかかった。

「えええええ!じゃあの伝説って!!」
「最後の手紙の内容から考えて、兄を慕ったばかりに何らかの事件が起こり
 亡くなることになったと考えるのが妥当だな。これ以上は調べないとどうとも。」
「じゃあさ…手紙ってどんな内容なの?」
ひょっとしたら…これが見つかったのは偶然じゃ…ない?

「ああ、二人でこっそり城抜け出してデートして櫛を買ってもらったこととか。」
「これってそんないわくの櫛なんだ…。」
「舞姫が清治に情熱的な手紙を送って、清治はそれに困って妹へ手紙を返してる。」
「ふむふむ。」
「どんどん、舞姫に押されていってついに…」
そこで清仁兄さんが真っ赤になって言いよどむ。

「…まさか、やったの?」
「馬鹿!そんな言い方するな。最後の手紙とかはもう恥ずかしくてとても
 読み返せないような内容だ。」
「なるほどね。妹姫様の伝説…そんな話だったんだね。本当は。」
私はわかった。舞姫様はきっと私を応援してくれたんだろう。私は唯一の自慢の
長くて綺麗な黒髪を預かった櫛で少し梳いた後、清仁兄さんに抱きついた。

「ご先祖様は悲劇になっちゃったけど…。私たちは幸せになろうね。好きだよ。兄さん。」
「俺も好きだ。きっとこれは俺たちが見つけるべきだったんだな。一生やってく
腹は決まった。迷いはもう無い。」
「ふふ…ご先祖の供養にもなるね。」

清仁兄さんと綺麗で雄大な先穂之桜の下で優しく抱きしめあい、キスをする。
信治からの最後の手紙は、愛する妹と我が友にして舞姫の姉芳野へ──と宛てられていた。

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最終更新:2007年11月01日 13:26
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