運命の赤い超紐理論(その1)

868 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:31:09 ID:XdID9b+m
この物語はフィクションである。地球はそう貫き通すのだろう。


俺には幼馴染みがいる。幼い頃に両親が居なくなった俺は、その幼馴染みの家に養われて育った。
見返りも無く俺を育ててくれたその家族には、感謝してもしきれない。
そんな感謝は今でも有る。有るからこそ、俺は遠い高校へ入学した。あの家族とずっと一緒にいれば、一生あの家のもう一人の息子として生活する事ができただろう。
幼馴染み以上で、兄弟未満で、そして親友。そんな代えがたい人物も存在した。
それでも……いや、だからこそ俺は離れる事を選んだのだ。人の良心で、俺の良心が擦り切れてしまうよりずっと良い。
そう結論付けた俺は、もしかしたら俺が思っている以上に卑怯な人間なのかもしれない。

人生に置いて大きな分岐点になる高校の選択。この時点では俺の思考の大多数を支配していた問題だった。
だが、そんな何処にでもある問題は何処にでも有るが故に結局は大した問題では無かったのだと、遠くない未来に思い知る事になる。
何故なら、高校を選ぶ理由となった家族の事を、ほとんど思い出さない時期が訪れるからだ。

869 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:33:05 ID:XdID9b+m
例えば夜空を見上げて、居なくなった人の笑顔があの星の何処かに有ると思えば、全ての星が笑っているように見える。
味気の無い引用と改編だが、俺は割と気に入っている。ただ一つ気になるとすれば、星を見る度この事を思う俺は、あまりにも滑稽じゃないだろうか?


一人暮らしが始まって三年目。平凡で無い事を目指そうとも平凡を心掛けようとも平凡としかなれない事を悟る位には自分を知り、それでも未来を諦める気にもなれない俺は、平凡な成績を修め、帰宅部を平然とこなしていた。
淡々と進む日常に取り残された様な、どうでもいい寂しさ。
そんな感情を、半額のシール付きパックに入れられた暖かみの無い惣菜を手提げ、帰路で抱くのだ。
夕方にもなればしなければならないものも無く、自己の為に何かするにはやる気が足らず、暇を潰せる娯楽もなく、かと言って眠れるかと言えばそうでもない。
仕方なしに取った行動と言えば、広がる空を見たり、父親の唯一残した丸いペンダントを眺める程度の物だった。
モラトリアムという単語に格好が付いたのは、はていつの事だろう。少なくとも今この時、俺の状況は間違いようも無くモラトリアムだ。

だが、まぁアレだ。一時停止なんてのはやっぱり一時的な物でしか無い訳で、となれば当然再生する事態が起り得る訳で、俺の視界を、突如光が満たした。

870 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:35:42 ID:XdID9b+m
兄は産まれた時は兄じゃ無かった。しかしそれを忘れないでいる兄は少ない。


目がくらむ……とかは、不思議と無かった。光しかない空間に俺はいた。
ついでに言えば、何で、とか、どうして、とかは、こんな状況への疑問では無く、目の前に現れた中年へと、熱量が有ったら貫いてしまいそうな程注がれていた。
「久しぶりだな」
知らない声だ。こんな顔の知り合いもいない。にも関わらず、俺が何も言えない程に胸が詰まるのは何故だろう。
「と言っても……最後に会ったのは三歳の頃だからな……覚えて無いのも仕方ない。それでも、俺はおまえを思わない事なんて一度も無かった。
 ……口にすると、安っぽいが……まあ事実だからしょうがない」
なんとなく、なんとなくなんだが、このオヤジは、俺の親父なのかもしれない。根拠も無く、照れ臭そうに名前を呼ばれた瞬間にそう思えた。
「実はな─────」
要約すると、今まで三千光年離れた星で新しい妻を見付けてよろしくやってて、腹違いの妹が一人此方に来るらしい。
一人っ子の俺としてはまぁ喜んでやろうじゃないか。
そしてその妹の父親違いの妹が12人いるんだとか。因みに妊娠してから出産までの速さが違うとか聞いたがこれは関係ないだろう。
「じゃあ、妹を頼んだぞ」
それだけ残して去ろうとする親父。言いたい事も聞きたい事も山ほど有るが、まぁ目を瞑ってやる。やろうと思えば、きっといつでも連絡は取れるんだから。

不意に光が弱くなって行く。きっと気付けば見慣れた場所に戻るんだろう。

「兄さん、私と結婚して下さい! さもないと地球を母船で滅ぼします!」

871 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:39:23 ID:XdID9b+m
ほんとうにだいじなのはいつだってめにみえないもので、きょうだいのきずなは、なかでももっともとうといものだろう。


君は誰だ。
「片岡・エリ……かな? 一番日本語に近い発音だと」
そうじゃなくて……
「兄さんの妹ですよ? ……でも、お嫁さんでも有るの。キャッ」
……いやいやいや。冷静に考えろ俺。この俺と同じ苗字を持った女は妹らしい。それは良いだろう。
体付きは俺の三つ下の同年第日本人平均と大差無い……もとい大きく上回っている。
服は何か形容し難い程に前衛的だが許容範囲だ。大きい目もエメラルドみたいに淡く輝いている。
銀色の長い髪がクセもなく腰まで伸びてるのもまぁ良いだろう。
触手が生えてるとかクリスタルが埋まってるとかもなく、地球人となんら変わりがないみたいだ。で……

「それとも……星屑を増やしますか?」

オーケイ。ちょっと待ってくれ。もうちょっと考えよう。俺には生まれてからこの方彼女は居らず、今は好きな人もいない訳で、彼女の外見は好きな部類に入る。
普通なら喜んで踊り出したい気分だ。
とすれば何が問題かと言えば兄妹って事だろ。よし決定。無──
「……やっと兄さんの星で話せると思ったのに……残念だけど60億人程……」

872 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:40:42 ID:XdID9b+m
他の同じもののようにしか見えなくても、妹にとっての兄は、どうしようも無く特別で、愛しさに繋がる。


そも、何故いきなり結婚なんだ。
「あの、ね。私の妹が、兄さんと義理の妹になりたいって言うから……」
……つまり、俺では無く兄が必要、と。
「? なんで?」
いや、だって話聞く限りじゃ君の兄が俺じゃない誰かだったとしても、結婚を迫ったんだろ?
「? 兄さんは兄さんしかいないのに?」
……まぁ良いや。気にしてもしょうがない。真っ直ぐに俺を見つめる視線を正面から受け続けるよりは、そこは妥協するのが正しいんだろう。多分。
気の無い相槌に何を思ったのか、彼女は語り始める。多分、俺を選んだ理由だろう。

「私、物心ついた頃には兄さんがいるって父さんから聞いてて、その時からずっと兄さんとお話したくて……」
親父から話を聞いた……って、三歳の頃までしか親父は俺を知らないだろ……俺もだけど。そう思った。けど、口には出さなかった。

「だから、今日は兄さんと話せて凄い嬉しい」

言って、嬉しそうに笑う妹を見てると、野暮な事は口に出さなくて良かったと、俺は思えた。

「いつも見てた通りだった。だぁい好きな兄さんを、私はずっと見てたの」

聞くと、親父の残したペンダントは、映像や音声を、漁師なんたらしてタイムラグなしで全世界の何処にでも発信できるものだった。

873 名前:運命の赤い超紐理論[sage] 投稿日:2007/05/23(水) 01:42:19 ID:XdID9b+m
別れが悲しくなるのなら、仲良くなんてしなければ良かった。
妹でお嫁さんな私は、絶対に兄さんから別れませんがね。


俺は、今の今までを三千光年先へと送っていたペンダントを掌に乗せて眺めていた。
肌身離さず持っていたそれを疎ましく思うのは、初めての事だった。

「と言う訳で、兄さんの事なら何でも知っているのでそのつもりで」
どんなつもりだ。しかしここで余計な事を言おう物ならロクでもない事が起こるのは目に見えている……。ってか、兄妹での結婚は三千光年離れてたら良いのかよ。
「…………愛が有れば、多分何の問題も無いと思うんだけど」
愛なぞない。そして妹相手に愛が芽生える予定も無い。
「短い滞在期間だったね……行こう、兄さん。この星は時期になくなるよ」
勘弁してくれ……そう思って見上げた空には星が瞬いていて、その星全て、クソ親父が嘲笑っているかに思えた。

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最終更新:2007年11月01日 21:15
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