8 名前:水木さんちの朝御飯 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 10:17:25 ID:6qSuThE3
階段を下りて行くと、美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。
妹の作った朝食だろう。
作った本人はオレの朝の平穏と唇を奪って逃走しやがったが、
既に十分口はゆすいだ後だし、オレとて鬼ではない。
作られた料理自体に罪は無いのだから、キチンと頂く積もりだ。
食わないと、妹がびーびー泣くしな。
とんとんとリズミカルに一階へ着き、居間へ向かう。
ちゃぶ台の上には白米や味噌汁の入った椀にアジの開きや漬物の乗った皿が置かれ、
既に準備万端用意完了でオレを出迎えている。
兄のオレも朝の早さだけは妹に頭が上がらず、皿さえ運ばれた後で起こされるのが常だ。
「えへへ。お兄ちゃん、改めておはようございまぁす。
はい、お水ー」
その妹は制服にエプロンと言う出で立ちで水入りのコップを運んできた。
受け取り、一息に飲み干してからちゃぶ台の前にどっかりと座る。
空のコップに手を伸ばした妹は一旦引っ込み、コップに水を注いで持ってきた。
逆の手には、牛乳のパックを握っている。
オレの対面に座り、くぴくぴと飲み始めた。
「お前、まだ体型を気にしてるんだな。もうその年じゃ無理なんだから諦めろ」
身長と胸。
まあ、大抵の女性が通る悩みだ。
妹も生物学上はホモサピエンスのメスである。
「むぅ、そんなことないもーん。諦めない限り可能性はあるの。
絶対ナイスなバディーになってぇ、お兄ちゃんを誘惑するんだから」
何故かここで無い胸を張る妹。
「まあいいけどな。ただ、朝っぱらから冷えた牛乳は腹に良くないぞ」
「火風、子供じゃないもーん。お腹も強いしぃ、安産間違いなし!」
いや、子供だろ。間違いなく。
「へいへい・・・・・・っと、今日の漬物美味いな」
「火風が愛情をこめて漬けたんだから当たり前ー。でも、お兄ちゃんにそう言われると嬉しい。
ねえお兄ちゃん、頭なでてなでてー」
普通は子供しかそんな要求しないんだがな。
取り合えず、美味い飯の礼に撫でてやる。
「わっわっ!? お兄ちゃーん、激しいよー!」
確かに利き腕じゃないしちょっとぞんざいな撫で方だったが、何と言うかもうちょっと語彙を選べ。
ほんの少し優しく撫でてやってから、さっさと手を引っ込める。
「ありがとー」
にへら、と緩んだ笑顔を返された。
幸せと言うか、安いと言うか。我が妹ながら単純だ。
「しっかし、やっぱ自家製か。これ」
漬物を箸で摘み上げる。
9 名前:水木さんちの朝御飯 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 10:18:40 ID:6qSuThE3
「そうだけどー?」
「相変わらず手が込んでんのな。お前も、まあオレが言えた義理じゃないが毎日大変じゃないか?
三食手作りってのは」
何せオレよりずっと早く起きて、朝食どころか昼の弁当まで作っているのである。
兄妹二人分、きっちりと。
・・・いかん。オレがダメ人間に思えてきた。
「そりゃいきなり全部に手を抜かれても困るけど・・・別にいいんだぞ?
朝くらい適当で。わざわざオレと一緒に登校するために待たなくてもいいし。
朝飯なんざ、途中のコンビニでパンでも────」
「それはダメー!
お兄ちゃんは火風の炊いた御飯を食べて、火風の作ったお味噌汁を飲んでから火風と腕を組んで学校に行くのー!」
唐突に、可愛らしく声を荒げるという神業をして見せる妹。
手足をばたばたさせながら喚く。行儀が悪いこと甚だしい。
「行くの行くの行くの行くのったら行くのー!
お兄ちゃんがどこかに行くのも誰かの作ったごはん食べたるのもついでにエッチな本を買うのも全部ダメー。
ダメったらダメったらダメったらダメだもーん!」
これがオママゴトに興じる年の妹なら可愛いんだがな。
それとさりげなく不穏当なことを言うな。
「はぁ・・・はいはい、分かったよ。けど、毎朝ありがとうな。最後のは余計だけど」
「んー。分かればいいの。でもでもぉ、やっぱりエッチな本はダメー」
箸と茶碗を持った両手で×の字。
しつこいぞ、妹よ。お兄さんはそんなことしません。
エロ本とは、
クラスに一人は居るエロい奴が厳選したコレクションを借り受けるのが最も効率的なのだ。
証拠は残らず、いざという時にそいつの趣味や付き合いということに出来るからな。
「あ、お兄ちゃんの目がいやらしいんだー。火風、妊娠しちゃう」
「ったく。馬鹿なこと言ってないで、もう片付けるぞ。
オレの寝坊のせいだが・・・余り時間がないからな」
この手の話は引き摺らせたら終わりだ。
早々に切り上げるが勝ち。
実際、いつもの時間を若干過ぎているし、空にした食器を持って立ち上がる。
「待ってー。火風も終わりー」
体型そのままに低燃費な妹も続いた。
食器は軽く流した後に水に浸けておく。洗うのは夕方だ。
「じゃあ、上行って着替えてくるから待っててくれ」
「はーい」
起床してすぐの飯なので着替えもまだだ。起き抜けにアレだし。
対する妹は着替えは済ませていたし、既に学生鞄も持って準備完了。
10 名前:水木さんちの朝御飯 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/23(水) 10:19:45 ID:6qSuThE3
「あ、お兄ちゃーん」
なので部屋に戻るべく妹に背を向けた処で、声がかかる。
反転。
「何だ?」
「うん。あれー」
言われ、妹の指先を追って目を向ける。
が、そこにはさっき切ったばかりのテレビが黒い画面を晒して鎮座するだけ。
「えへへ」
悪戯に成功した子供のような妹の笑い声。
酸欠の覚醒が脳裏にフラッシュバックする。
嫌な予感に振り向いたのがまずかった。
「ちょっと早いけどぉ。行ってらっしゃいのちゅー!」
唇に湿った温もり。
不覚にも柔らかく思えるそれは、年頃の男にとってはどんな料理にも勝るご馳走な訳で。
起き抜けに続く連戦連敗の結果は、何故か苦さでも朝食でもなく甘い牛乳の味がした。
最終更新:2007年11月01日 21:29