Heartspeaks

252 名前:Heartspeaks[sage] 投稿日:2011/03/11(金) 01:50:45.03 ID:jlBJ2DBI
食卓を囲んだ兄と妹と母は、淡々と夕食の焼き魚をつついていた。父は今夜も仕事で遅い。
まばらな会話の隙間を、テレビの芸人グルメ番組が独り賑やかに埋めている。

「お兄ちゃん、醤油取って」
高校受験を目前に控えた妹の鳩子が言った。
「ん」
大学1年の兄・鷹司が醤油差しをつまんで手渡す。
二人の指先が軽く触れた。

「ごちそうさま」
鳩子は魚の身も米粒も残さず綺麗に食べ終えると、重ねた食器を手に席を立った。
「お粗末さま。お風呂沸かすから入っちゃいなさい」
「うん」
「勉強も大事だけど、食べた後くらいは休憩しなさいよ」
「うん」
食後は直ちに部屋に戻って机に向かう、そんな習慣が始まってもう長い。

勉強机の一番上の引き出しから分厚いシステム手帳を取り出し、参考書やノートの上にどんと広げる。
『靴下』『背中かゆい』『駅のホーム』『鏡に変顔』……
ダイアリーには既に多くの書き込みがあったが、なぜかその殆どは単語、もしくは短い文の断片だった。
鳩子はペンを握り、今日の日付のついた枠に素早く書き込んだ。

『しょうゆ 指』

(うあああぁぁぁ!! 私……私お兄ちゃんに醤油取ってもらったあぁぁ!!!
 愚妹のリクエストに即返! 超反応! ノータイムで醤油だよ! 何なのあれ神様? 仏様? お兄様?
 もしかしてひょっとして、お願いしたら何でも私の思いのままに動いてくれるの? くれるのかなぁ? ぐふ、ぐふふふふ……。
 いくぜお兄ちゃんスイッチ、さしすせその「し」! 醤油! 違う、しは塩だ! 醤油はせ!
 それでそれでああああぁ、指が指が指と指が触ったの! 触ったのおおおぉ! お兄ちゃんこの人痴漢です! 私は痴女です!
 はうぅたまんないぃ、もっと触ったり転がしたりつねったり潰したり千切り取ったり抉り出したりしてほしいよぉ。
 でも今は軽く触られるだけで十分。時間はまだまだたっぷりあるもん。あと4か月しかない地上アナログ放送とは違うもん。
 あぁ、触られたところが熱い……ジンジンして血が集まって、まるで強い力で吸われてるみたい……。ていうか吸ってるの私だ……。
 駄目だろ私こんなに吸ったら内出血しちゃう。でも美味しくてやめられないよ……お兄ちゃんの味は黄金の味だよ……。
 ほら焼肉食べたくなってきたじゃない。おばあちゃん御飯はさっき食べたでしょ。あぁん嫁子さんのいけず。
 いいもん今夜は特別にお兄ちゃんの爪ひとかけらと髪の毛1本、封切ってお祝いしちゃうんだから。
 まめにゴミ出しする人だからゲットの隙が少ないんだよねー。レア物はこんなおめでたい日にこそ味わわなくちゃ! レッツパーリィ!!)

「もともと口数の少ない子だけど、最近特に愛想がなくなったわねぇ」
「試験来週だし、そりゃピリピリもするって」
鷹司は笑って答えた。
「あと、そろそろ家族と距離を置きたい年頃なんじゃねーの」
「そんなもんかしら」



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最終更新:2011年04月29日 14:51
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