水木さんちの通学路

48 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:38:41 ID:UA9hH3f0
朝食を終え、着替えて家の扉を後にする。
慣れを通り越して見飽きた通学路。いつもより遅れているので、若干早足だ。

「お兄ちゃーん、腕組もうよぅ」

が、妹がさっきから腕を絡めてくるので速度が上がらない。
いちいち振りほどくのも煩わしく、何ともうっとおしい。

「だーっもう。
 ただでさえ遅れてるんだから止めろっての!
 兄妹そろって遅刻しちまうじゃないかっ!」

「むぅ。お兄ちゃんのけちー」

おまけに、ただでさえ動きのトロい妹だ。
遅れた原因がオレの寝坊だから置いていくのも憚られるが、
そろそろコイツに合わせて歩くのを止めるべきかと思案する。

「家族のスキンシップは欠かしちゃいけないんだよー?
 だからぁ、お兄ちゃんは私と腕を組んで仲良く学校に行くのー」

「ええい、鬱陶しい! いい加減に離れないと置いてくぞっ!」

一向に懲りる気配が無い妹に、
業を煮やしたオレが妹を置いて先に行くことを脳内会議で全会一致の可決をしようとした時だった。
後ろから、足音がぱたぱたと迫ってくる。

「あー、やっぱり火風(ひかぜ)じゃん。おっはよー!
 こんな時間にここ歩いてるなんて珍しいね、どしたの?」

妹と同じ様に高い、しかしはきはきとした明るい声が響く。
兄妹そろって振り向くと、そこには赤いショートカットの女の子が、
妹と同じ学校指定の制服を着て立っていた。

「お前の友達か?」

「・・・・・・」

尋ねてみるが、妹は何故かむっつりと黙って返事をしない。
オレが首を傾げると、女の子の視線がオレに向いた。

「あ、アナタが火風のお兄さんですね? 火風からよく話を聞いていますよ。
 私は火神原 赤音(かがみはら あかね)っていいます。火風の同級生です」

「あ、ああ。オレは水木 大地(みずき だいち)。
 どうも、妹がお世話になってるみたいで・・・・・・年、一個下だよな?」

「はい、そうですけど?」

活気に満ちた瞳に見つめられる。
何と言うか、妹とは対照的な子だ。
活動的な感じだが、礼儀もしっかりしている。
態度に加え、妹の未成熟な体型と比べて伸びきった手足に年齢を計りかねた。

「いや、オレはコイツの友達って殆ど見たこと無いからさ。
 コイツもあんまりそういうことは話さないし」

「ふーん。そうなんですか。
 火風って、クラスではいつもお兄さんの話ばっかりしてるんですけど。
 お兄さんに自分のことは話さないんですね・・・・・・火風?」

49 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:40:11 ID:UA9hH3f0

何を話してるんだ妹よ、と内心で突っ込みを入れると、
妹が一歩前に出ていきなり赤音ちゃんの腕を掴む。
黙り込んでいた妹の突然の動きに、困惑した声が上がった。

「ねえお兄ちゃん。
 火風、ちょっと赤音ちゃんにお話があるから先に行ってて欲しいなー?」

「え・・・? いや、おい。
 だけど急がないと遅刻」

「すぐ終わるしぃ、急ぐからー」

言って、ズルズルと赤音ちゃんを引っ張っていく。

「え、ちょっ、どうしたの火風!?
 何々、なに? ちょっと火風、火風ってばーー!」

何故か立ち止まったままで話すのではなく、妹は友達を連れて遠ざかって行った。
赤音ちゃんの声が遠くなっていく。

「・・・・・・・・何なんだ?」

一人取り残されたオレも彼女同様、事態に付いて行けなかった。



路地裏。
兄の前から無理矢理に友人を引き離した火風は、
狭い間隔にそびえる壁を背にして叩き付けるように握っていた手を離した。

「っ。火風、アンタいきなり、一体どういう積もり────」

「ねえー」

そして、訳の分からないまま連れて来られて説明を求める声を遮り、口を開く。

「『お兄さん』って────────何かなー?」

第三者が聞いていたなら、
それはひどく冷え切ったものに聞こえただろう。
溢れ出る何かを抑えて、無理に削ぎ落としたかのような。

「はぁ、いきなり何言ってんの?
 あの人は火風のお兄さんなんでしょ? だからそう呼んだだけじゃん。
 それがどうかした訳?」

「ふーん。そうなんだー?」

対する赤音の声には明らかに怒りが滲んでいる。
状況を考えれば当然のことだが、火風は気にした、いや気付いた様子もない。
冷めた瞳で友人を見詰めている。

「じゃあ、それ止めて」

路地裏、薄暗い空間に声が響き渡った。
いつもの甘く間延びした響きは欠片も無く、その分だけよく通る。
数瞬、しんと辺りが静まり返った。


50 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:41:30 ID:UA9hH3f0
「ねえ赤音ちゃんー?
 お兄ちゃんの妹はねぇ、火風一人なの。火風が、火風だけがお兄ちゃんの妹なのー。
 お兄ちゃんに火風以外の妹は要らないしー、火風しかお兄ちゃんを『兄』って呼んじゃいけないの。
 だからぁ、赤音ちゃんがお兄ちゃんのことを『お兄さん』なんて呼ぶのも、だめー。
 ねえ・・・・・・分かる?」

質問と言うよりは、通告のように言う。

「はああ? 何、アンタそんなこと言うためにわざわざ私を引き摺って来た訳?
 何それ。いい加減にしてよね。
 大体、前から思ってたけどアンタお兄ちゃんお兄ちゃんってちょっと懐きすぎじゃないの?」

が、赤音の方は嘆息して非難するように火風を見た。
怒りに任せて、以前から思っていたことが口をついて出る。

「私が追いつくまでもべたべたべたべた。
 兄妹にしたって行き過ぎだよ、幾らなんでも。
 挙句に呼び方にまでケチ付けてさ。
 気付いてないのかもしれないけど、周りから見たらそれって────」

火神原 赤音。
彼女はもともと感情をストレートに表す方だし、それは怒りであっても変わらない。
気心の知れた友人。初めて会った兄の方も今は傍にいない以上、気を遣う必要も無い。
包み隠さず、思ったことを並べていく。

反応は劇的だった。

「なぁんだ。赤音ちゃんもなんだー」

「・・・は? 急になん」

ぽつりと。
溜息を付くように、紡がれた言葉。
虚を突くようなそれに、反応の遅れた赤音は。

「のこ────がはっ!?」

最後まで言えずに、壁に叩き付けられた。

「赤音ちゃんも、火風とお兄ちゃんを引き離そうとするんだー?」

反動で前のめりになった体を、首を掴まれて再度叩き付けられる。

「ぁ・・・ぐっ・・・火風、苦し」

ぎりぎりと、首を掴む手が締まる。

「赤音ちゃんも火風からお兄ちゃんを奪おうとするんだねー?
 お父さんみたいに、お母さんみたいにー。
 伯父さんや叔母さんや従兄弟のお兄ちゃんやお姉ちゃんや親戚の人たちや
 近所の小父さんや学校の先生や病院のお医者さんや、何も知らない大人たちみたいに。
 火風がどれだけお兄ちゃんのことを想っているのか何一つ分かっていない人達みたいにー」

「は・・・あ・・・っ!」

恐ろしい力だった。
火風の体は赤音より一回り以上も小さく、腕の太さも筋肉の量も彼女より下である。
だと言うのに。片腕だけで首を締め上げる火風を、赤音は振り解けない。
息苦しさにばたばたと暴れる彼女の四肢は火風を打ち、蹴り付けるが、
火風は眉一つ動かさず能面のような表情で彼女を見上げる。

51 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:43:37 ID:UA9hH3f0

「ねえ? 答えてよー赤音ちゃん。
 もしそうなら火風は赤音ちゃんも『要らない』けど、違うなら別にいいからー。
 ねえ」

無機質だった表情が変わる。

「答 え て よ 赤 音 ち ゃ ん !」

怒号が路地裏の空気を震わせ、燃え上がるように表情が憤怒へと変わる。

「お兄ちゃんとの登校を邪魔してお兄ちゃんとの時間を邪魔してお兄ちゃんのことを『お兄さん』なんて呼んで!
 挙句に赤音ちゃんも火風からお兄ちゃんを奪おうとするの!?」

「ぅ・・・ぁ・・・」

口調さえ変わっている火風の声は、既に半ば赤音へと届いていない。
四肢からは暴れるだけの力も失われ、彼女の意識は遠くなりはじめていた。

「残念だよ。これでも、赤音ちゃんのことは良い友達だって思ってたのに」

「・・・・・・」

そんな彼女を見詰めて、ふっと火風の腕から力が抜けた。
しかしそれは、決して『敵』を助けるためではなく。

「雌猫────ううん」

力を蓄えて。



「泥棒猫の首は────────捻じ切らなきゃ」



両腕が、赤音の首にかけられた。


52 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:44:32 ID:UA9hH3f0

「お兄ちゃーん!」

聞きなれた声に、校門の見える位置まで来ていたオレは振り返る。

「待ってー!」

見慣れた姿が突撃してきた。

「うわっ!」

飛び込んできた相手を受け止める。
軽い妹の体は、加速をつけても大した衝撃を齎さなかった。

「えへへー。お兄ちゃんの匂いー」

背中に腕を回して頭を擦り付けて来る妹をひっぺがす。

「ったく、んな校門の近くで止めろっての!
 で・・・あの、赤音ちゃんだったか? はどうしたんだ?」

一緒にいるはずの姿を探す。

「んー。赤音ちゃんは来ないよー?」

「? どうしたんだ?」

もう遅刻ぎりぎりなのに。

「うんー。えっとねー?
 昨日、とっても難しい宿題が出て、答えに自信が無いからそれを見せて欲しいって頼んだのー。
 そしたらぁ、赤音ちゃん宿題を家に忘れて来ちゃったんだって。
 そう言ってお家に走って行っちゃったー」

「そうなのか」

それは災難だな。

「じゃあ仕方ない。ほら、行くぞ」

「あ、うん。ところでぇ、お兄ちゃんー?」

相変わらず、しつこく腕を絡めようとするのをかわしていると、
妹がぴたりと動きを止めて見上げてくる。

「何だ?」

「えへへー。えっとねー?」

再度、腕を組もうとする動き。
オレはぱっと腕を上げてそれを防ぐと、

「お弁当の間までの、お別れのちゅー!」

制服のネクタイを引っ張られ、無理矢理妹に近づけられた唇を奪われた。

「それじゃあ、行って来まーす!」

手を振って駆けて行く妹。
オレはそれを見送り、本日三度目の敗北にがっくりと肩を落としながら校門をくぐった。

53 名前:水木さんちの通学路 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2007/05/24(木) 18:46:28 ID:UA9hH3f0

兄より一足先に校門をくぐった火風。
彼女は校舎の手前で一度振り返り、後ろを見た。

「殺したらぁ、お兄ちゃんといられなくなっちゃうもんねー。残念ー」

今しがた別れた兄の姿。
その更に後ろ、遠くの方を見詰めるように。

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最終更新:2007年11月01日 21:30
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