396 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:44:47 ID:sieKQt3d
昼休み。
人もまばらな校舎の屋上で、オレは妹と並んで弁当を広げていた。
妹と並んで、妹が作った、妹と同じ弁当を食べる。
慣れているとは言え流石に気恥ずかしいものがあるが、
拒否すると妹の作る弁当の数が一つ減るので妥協している。
学生の小遣いでは、出来る限り食費の負担を減らしたいのだ。
「美味しいねー、お兄ちゃん」
「ああ」
しきりに話しかけてくる妹と適当に会話をしながら、箸を進める。
何のかんのと今日は妹にやられっぱなしだ。
早く食って教室という他学年の人間を寄せ付けない空間に戻った方がいい。
「えへへぇ。やっぱりお兄ちゃんへの愛情が染み込んでいるからかなー?」
「馬鹿言うな、折角の飯がマズくなる」
「あ、ひどいー!」
しかし美味いのは事実なわけで、悔しいが食は進む。
が、弁当箱の一角を見て箸が止まった。細めた視線を妹に向け、そこを箸で指す。
「大体、これは何だこれは。
何が『お兄ちゃんLOVE』だよ!」
「んーとねー。愛妹弁当ー!」
箸の先には白米と食紅でハートマーク、そして『お兄ちゃんへ愛を込めて』という文字。
「アホかっ!」
かき混ぜてぐちゃぐちゃにしてやった。
「ああー!?」
妹が抗議の声を上げながら咄嗟に止めにかかるが、そのトロい動きではもう遅い。
数秒でハートマークは消え去った。
「あううぅ、ひどいよお兄ちゃーんっ!」
珍しく本気で気勢を上げる妹。
それにしてもくりくりした瞳を多少細めて短い腕をぶんぶん振り回す程度だが、
それでぽかぽかやられると流石に鬱陶しい。
「痛ててててっ、止めろって────ん?」
と、視界の端で屋上の扉が開くのが見えた。閑散とした屋上に、人影が増える。
友達と一緒に昼飯を食うでも教室で駄弁るでもなく、一人で屋上に上がってきた暇人。
妹もオレの反応で気付いたのか、そちらに目を向けた。
「・・・・・・」
隔てる物の無い屋上を吹き抜けて行く風が、腰まで伸びた黒髪を揺らす。
揺らされて目にかかる前髪を手で押さえながらキョロキョロと辺りを見回すと、
しっとりと艶やかな髪とは逆に活力に輝く同色の瞳と目が合った。
普段から明るく周囲に向けられる表情がぱっと笑顔に変わる。
探し物を見つけたとばかりに、後ろ手に扉を閉めてから歩き出す。
真っ直ぐ、オレと妹のいるスペースへと。
397 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:46:39 ID:sieKQt3d
「ねぇ、お兄ちゃん。『アレ』は、誰かなー?」
知るか、と言いたいところだが知り合いだった。
が、オレが答えるよりも早く相手が到着する。
オレと妹の前に。
「こんにちわ、大地君。唐突で悪いんだけど・・・お昼、一緒していいかな?」
風に揺れる前髪と、それからスカートを押さえて。
座っているオレに目線を合わせるように屈んだ我がクラスの誇る人気委員長(アイドル)、
羽々滝 翼(はばたき つばさ)はそう言った。
それから少し。
オレは自分と妹とクラスの委員長という、中々ない組み合わせで弁当を掻っ込んでいた。
中々ないこと、日常の変化やその外の出来事というのは大抵新鮮なものらしいが。
「大地君ていつも学食や教室にはいないし、
購買で何か買ってる様子もないからお昼はどうしてるのかと思ってたけど。
こういうことだったんだね。妹のさんの手作り弁当かあ。
それは、昼休みの友達付き合いを放棄してでも食べなくちゃだよね。
・・・・・・仲、良いんだね? 兄妹の」
「ま、まあな」
「・・・・・・」
ぶっちゃけ、空気が重い。
何だことの空間は。
饒舌な翼と沈黙する妹、両者の間に挟まれて白黒のオーラに身を晒されるオレ。
オレ、何か悪いことしたか?
「委員長として毎回毎回コンビニのお弁当でも食べてるんなら注意しようとも思ったけど、
無駄になっちゃったなぁ。
そのお弁当、一見してバランス取れてるのが分かるものね。
物凄い手の込みよう・・・・・・まるで愛妻弁当みたい」
「・・・・・・」
妹よ、何か喋れ。
いつもの黙れと言っても止まらない饒舌っぷりはどうした。
今こそその真価を発揮する時だろうが。
「・・・オイ」
「何ー? お兄ちゃーん」
小声で呼びかけるが、間延びした声と裏腹に物凄くどす黒いオーラが見える。
そう言えば、通学路でもこんな感じになってたか。一体何なんだ?
「いや・・・何か喋れよ」
「・・・・・・」
だから其処で黙るな。
398 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:48:24 ID:sieKQt3d
「ねえ、大地君」
「う、ん。何だ、委員長?」
「あ。別に委員長じゃなくて翼でいいけど」
「ああ。じゃあ翼」
「・・・えへっ」
何故そこで笑顔になるのか。
いや、美人が笑うとそれはもう見る方には眼福なんだけどな。
「えっと。そのお弁当なんだけど」
指でも箸でもなく視線で示す翼。
「? これがどうかしたのか?」
唐突に何だろうかと首を捻る。
「ええと。そのお弁当の中で・・・・・・大地君の好物は何なのかなって」
「オレの好物ぅ?」
ちょっと発音が変になったかもしれない。
唐突に加えて脈絡のない質問だった。
「ちょっと気になっちゃって。別に答えてくれなくてもいいけど。
出来たら・・・・・・教えてくれないかな?」
余り理由にはなってないような。
まあ質問には答えるけどな。
「そうだな。今日の弁当の中ではコ────」
「コロッケー」
横から声。
オレを遮って、妹が頼まれても開かなかった口を開いている。
「コロッケ?」
オレ同様に固まりながらも、翼が鸚鵡返しに訊いた。
「はいー。
お兄ちゃんはぁ、火風の作るコロッケが大好きなんですよー。
それもー、クリームとかカニの入らない元祖のコロッケが」
「へえ・・・大地君、そうなんだ?」
頷きで返す。
クリームコロッケとか、どうも歯応えと言うか食感が気に食わない。
やはりジャガイモ中心だろうコロッケは。
しかも妹の作るそれは美味い。
市販のものでも、妹が手を加えただけで違いが分かる。
完全手作りなら尚更だ。
今日の弁当では残念ながら市販のアレンジ品だが、それでも間違いなく美味い。
399 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:50:17 ID:sieKQt3d
「ふうん。そんなに好きなんだ。
コロッケ・・・・・・コロッケかあ」
何処か神妙な面持ちで頷く翼。
その眼前に、オレの視界を横切る形で腕が突き出される。
「じゃあ先輩ー、一つ食べてみます?」
妹の腕だった。手の先には箸と、コロッケ。
「え・・・いいの? 私が食べても。火風ちゃん、だっけ?」
「はいー」
妹が自分の弁当箱から抜いた楕円の物体が挟まれている。
「お兄ちゃんの大好物、お兄ちゃんの好きなものをぉ、先輩も味わってみませんかー?」
「・・・・・・」
それを、喜ぶような訝しむような表情で翼は見詰めてから。
「さあ、一息にガブッとー!」
「じゃあ・・・少し、頂きます」
見惚れるような唇を開いて、いきなりの申し出に対する緊張に押されるように、
ちょっと意外なほど勢い良くかぶり付いた。
そして、弾かれた様に口にした物を吐き出して後退る。
「~~~~~~~~っ!?」
おそらく反射的に口に当てた手。
わなわなと震えるそれがほんの少し下げられた時、
オレがその手の中に見たものは。
「委員長!?
火風っ! 一体────っ!?」
紛れも無い血の赤色だった。
「・・・えー?」
間違いなく原因に関与している、こんな時でさえ間の抜けた声の妹を睨むように見る。
「何、これー?」
その手が握る箸に挟まれた、三分の一程がなくなったコロッケ。
オレの好物と聞いて翼が興味を示し、妹が差し出した物。
その内部からは、疑いようもなく錆びて茶色を含んだ釘が半ばから覗いていた。
先端に、何か赤色のものが付着している。
「火風、何もしてないよー?
今日のコロッケはぁ、市販品に手を加えただけだもん。
火風知らなーい!」
ぼとり、と。箸を掴む力が抜けてコロッケを取り落とす妹。
キンッ、と接触した床と釘が音を鳴らす。
400 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:51:35 ID:sieKQt3d
「・・・はっ!? それより保健室だ!
委員長大丈夫か? 痛くないか?」
多分、オレ達同様に理解が追いつかないのだろう。
黒い瞳を僅かに濡らしながら、困惑の顔で翼が頷く。
口を閉じたままの翼の手を取ろうとして、横から手が伸びた。
「火風?」
「お兄ちゃんー。先輩は火風が連れて行くよー」
何を言ってるんだこんな時に。
「お前っ!」
「だってぇ、これって火風の作った料理のせいでしょー?
だから、火風が連れて行くのー!
火風の料理で人が傷付いて、それはもしかしたらお兄ちゃんだったかもしれなくてー。
だからぁ、だから火風が責任もって連れて行ってあげるのー!」
きっ、と睨みつけられる。
「分かった。だけどオレも行くぞ」
「それはダメぇ、お兄ちゃんは火風の作ったお弁当を調べてー。
まだ・・・まださっきみたいなのがあるかもしれないからー」
「・・・・・・分かった。だから早く行って来い」
「うんー。さあ先輩、行こー?」
屋上から階段の奥に消えて行く妹と翼の背を見送る。
何となく視線を下げると、落ちた食べ掛けのコロッケが眼に入った。
摘んで、錆びた釘を取り出す。
五寸釘。
結論から言えば、他のコロッケからも弁当からも、釘なんて見付からなかった。
401 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:54:35 ID:sieKQt3d
廊下の奥を右に曲がる。
直ぐそこに保健室の扉が見えた。
昼休み。教室や付近の廊下、特定の場所以外人気は少ない。
「・・・っ・・・っ・・・」
口内の状態はどうなのか。
羽々滝 翼はその恐怖に閉じ合わせた唇を開くことも出来ず、
鼻息を荒くして足早に扉へと近付いた。
しかし。
ガクン、とその体が動きを止めてバランスを崩しかける。
「~~~!?」
腕を掴まれた感触に振り返ると、
自身の現状の原因にして此処まで付き添ってきた少女、水木 火風(みずき ひかぜ)がいた。
ぎゅう、と強く翼の手首を握り締めている。
仁王のように足を止めて真っ直ぐに立ち、ただ、俯いているために表情は見えなかった。
「・・・っ!」
何なの! と思いながら翼は腕を引くが、ビクともしない。
どころか、掴まれた手首を締める力が一層強くなった。
「ねえ、先輩ー」
垂らされた前髪の奥から声がする。
今日、翼の計画を最初から台無しにしてくれた上に怪我の原因まで作った少女の。
「コロッケー・・・・・・美味しかったですかぁ?」
耳朶に張り付くようなその声に、何故か翼の背筋が震える。
「錆びた五寸釘は────美味しかったですかー?」
鼓動が跳ね上がった。
「お兄ちゃんの傍でのお昼は楽しかったですかー?
火風のお兄ちゃんの傍で火風がお兄ちゃんとお弁当を食べる時間を邪魔して
火風とお兄ちゃんの間に入って食べたお昼はー、美味しかったですか?」
更に強く、握力が増して翼の手首が軋む。
「っ痛────んぐっ!?」
「喋らないで下さいねー」
思わず口を開きそうになり、それを逆の手で塞がれた。
「聞くつもりはありませんから」
口を、頬を鷲掴みにされる。そのまま押されて背中を壁に押し付けられた。
「先輩がお兄ちゃんを狙う泥棒猫だっていうのもバレてますしー」
「っんんん!?」
まさか、と思った。
402 名前:水木さんちの昼御飯[sage] 投稿日:2007/06/03(日) 22:57:33 ID:sieKQt3d
「だって先輩ぃ、お兄ちゃんがコンビニ弁当とか食べてるようだったら自分のお弁当上げるつもりでしたよね?」
声は続く。
「先輩のお弁当箱、二段重ねだったしー。二段目にご飯もオカズも全部入ってたし。
あれぇ、お兄ちゃんと先輩の二人分ですよね? 一段目がお兄ちゃんの分」
翼の目が見開かれた。違う、と首を振るが拘束は外れない。
先程から抵抗を試みてはいるが、一体どんな力をしているのか、
翼は自分より小柄な少女の腕を払えなかった。
「火風はお兄ちゃんのことも、お兄ちゃんに関わることも全部知ってるんですよー。
最近、先輩がお兄ちゃんのことをあれこれ調べまわってたこととかぁ。
────昨日、いつもより沢山食材を買っていたこととかー」
火風を睨み付ける。その時、火風が俯かせていた顔を上げた。
ぞっとするような冷めた瞳と、唇を三日月にした笑みと視線が交わる。
「泥棒猫の動向には、いつも目を光らせていないと」
翼の喉奥で悲鳴が漏れ、しかし火風の手で抑え込まれた。
「これで警告はしましたよー?
わざわざ先輩のために市販品に手を加えた釘入りコロッケを一つだけ用意して・・・。
予定通り、お兄ちゃんも他のコロッケが何ともなければ火風を疑わないしぃ。
先輩、分かりましたよねー?
火風はお兄ちゃんのためならぁ、お兄ちゃんと一緒に居るためなら何でもしますし出来ますから。
火風からお兄ちゃんを奪おうとする泥棒猫を殺したりも、勿論」
手の隙間から細く呼気だけを漏らす翼を見上げて、火風は笑う。
「次はお兄ちゃんにも気付かれないように遅効性の毒とか盛るから。
金輪際、火風のお兄ちゃんには近付かないで下さいね、先輩?」
翼が首を振る方向は決まっていた。
「お兄ちゃーん」
「火風か、委員長はどうだった?」
妹の様子からすると大丈夫なのだろうが。
「うん・・・ええっとねー。お兄ちゃん、耳貸してー?」
む、と思いながらも翼のことが気になるので従ってやる。
背を曲げ、耳を口元に寄せてやった。
「えへへぇ。もうお昼休みも終わりだから、ごちそうさまのちゅー!」
二度あることは三度あり、三度あったら四度ある。
またしても、オレは妹に唇を奪われた。・・・不覚。
「先輩は大丈夫だってー。
じゃあお兄ちゃん、また放課後にねー!」
そう言って、片付けておいた弁当箱を持って行きやがった。
小さな背中を見送ってから、オレも弁当箱を持って階段を下りる。
午後の授業の予鈴が鳴り始めた。
最終更新:2007年11月01日 21:31