ノスタルジア 第7話

186 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:10:59.12 ID:POC9riLP (2/15)
「めずらしいね、千鶴子ちゃんが鼻歌なんて」
中間テストが明けた翌週の昼休み、鐘が鳴ると同時に教室に入って来た叶絵は、千鶴子の席の脇に立つなりそう言った。
教室全体に静かなざわめきのようなものが広がる。
学食に行こうとしていた生徒たち、購買に向かおうとしていた生徒たち、友人の席に駆け寄ろうとしていた生徒たち、皆が動きを止めて、千鶴子と叶絵の方を見た。
「千鶴子ちゃん、何かいいことでもあったの?」
「……今、嫌なことならあったわよ」
「私で相談に乗れること?」
「今この場で首をくくる覚悟があなたにあるなら、一瞬で解決することよ」
「ええと、つまり今私が目の前にいるのが嫌であると」
「そういうことね」
周囲からの視線など気にすることなく尋ねる叶絵に、千鶴子は冷たく返す。
「澄川が喋ってるぞ」
「誰だあいつは」
などという声が周囲で囁かれた。
二人の少女の会話はなかなかに酷い内容のものであったが、教室内の生徒たちからすれば、千鶴子が三往復も会話を続けたことそれ自体が驚きだった。
「というか、何しに来たのよ。前からおかしいと思ってはいたけれど、自分の教室を間違えるほど頭がおかしくなってしまったの?」
「そんな言い方しないで。ただ千鶴子ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べたいなと思っただけなんだから」
「あいにくだけど、私は昼食は一人でとることにしているの」
「私は三人でとることにしてるんだよね。ここは間をとって二人でとるのがいいかと思われますな」
妙案とばかりに胸を張る叶絵を綺麗に無視して、千鶴子は席を立つ。
その腕を、叶絵が必死に掴まえた。
「ま、待って! これじゃあ私が寂しい人みたいじゃない。みんなに変な人を見る目で見られちゃってるし……」
「実際寂しくて変な人でしょう、あなたは」
「千鶴子ちゃんまでそんなこと言ったら、みんなに誤解されちゃうよ」
叶絵はその場に直立して、周囲に向かって礼をした。
「初めまして! 隣のクラスからやってきました、美山叶絵です! 千鶴子ちゃんとはこう見えて、いわゆる『親友』というやつでして……おふっ!!」
元気な挨拶の途中で千鶴子の容赦ない拳を腹にくらい、思わず床に膝をつく叶絵。
そんな姿には目もくれず、千鶴子は足早に教室を出ていった。
「まあ、千鶴子ちゃんとどつき漫才をできるのは、世界広しといえど私くらいのものということで……」
叶絵はどうにか笑顔を浮かべてそう言うと、よろめきながら千鶴子のあとを追っていった。
教室には一層のざわめきが残された。


188 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:12:06.11 ID:POC9riLP (3/15)
第二図書室の扉は堅く閉ざされていたが、そこは叶絵も千鶴子の性格をよく知る人物の一人だ。
「図書委員さん、借りたい本があるんだけど、開けてくれますか?」
その一言で千鶴子にあっさりと扉を開けさせてしまった。
「ありがと、図書委員さん。やっぱり千鶴子ちゃんは、本に対しては真面目だね」
「あなたも、日に日にたくましくなっていくわね」
仕方ないという風に、叶絵を招き入れる千鶴子。
静かな口調にはどうやら怒りの感情は含まれていないようで、叶絵は内心ほっとしながら窓際の席に自分の弁当箱を置いた。
「ふふふ……席は離れていてもこれで二人きりの昼食だね」
「何がしたいのよ、本当に」
「前に言わなかったっけ。千鶴子ちゃんと友達になりたいって」
「聞いていないと思うけれど、いずれにせよ私は友達になりたくないわ」
「厳しいね。でも私は諦めないよ。あの夜千鶴子ちゃんに教えてもらったもの。幸せを求めるなら諦めず、自分で行動するんだって」
「あなたがそうやって前向きなのは文雄さんも喜ぶだろうから、私としても嬉しいのだけどね。私と友達になったところで幸せになんてなれないわよ」
「いやいや、こうやって話していることが、もうそれだけで楽しくて幸せだよ」
「……理解に苦しむわ」
呟いて、千鶴子は弁当のおかずを一口つまむ。
二人は離れたままで、しかし言葉を交わしながら、それぞれ昼食をとった。
「そもそもね、千鶴子ちゃん。友達って便利なものだから、作っておいた方がお得なんだよ」
「そうは思えないわね。煩わしさの方が大きいんじゃないかしら」
「そこを確かめるためにも、ひとつお試しで私を友達にしてみない?」
「また妙なことを言い始めたわね……」
千鶴子の冷たい眼差しも慣れたもので、叶絵はもはや怖じ気づくことはない。
得意げに人差し指を宙で揺らしながら、先ほどの教室での鼻歌のことを口にした。
「千鶴子ちゃんには珍しい、鬼の撹乱といっていいほどの上機嫌だったわけだけど」
「鬼……」
「澄川先輩と……お兄さんとデートするのが嬉しくて、浮かれちゃっていたんだよね」
「!!?」
呑み込もうとしたご飯を喉に詰まらせ、千鶴子はその場で激しく咳き込んでしまう。
薄っすらと目に涙を滲ませながら、叶絵を見た。
「な、何を根拠にそんな……」
「統にいから報告を受けております。澄川先輩はこの数日、妹である千鶴子ちゃんとのデートを控えて色々と悩んでいるそうです」
「悩んで……? 別に私は特別楽しませてほしいなんて考えているわけじゃないし、そんな悩ませるようなわがままは言っていないはずよ」


189 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:13:17.53 ID:POC9riLP (4/15)
それは三条優の事件を解決する前、海浜公園で交わした約束だった。
『この件が解決して、中間テストが終わったら、二人でデートに行きましょう』
危険な場面はあったものの、どうにか優とその家庭は抱えていた問題を解消し、新たな一歩を踏み出しつつある。
中間テストが終わる直前、千鶴子としては思い切った気持ちで約束のことを口にし、文雄と放課後デートの約束を取り付けたのだ。
「ただ二人でお出かけできれば、それでいいのよ」
「妹とのデートというだけで、澄川先輩にとっては問題なんじゃない?」
「まあ……そうかもしれないけれど……」
「千鶴子ちゃんとしては、今回そこそこ楽しく二人で過ごして、またしばらくしたら『この前は楽しかったわね』なんて言ってデートを重ねていくことを考えていると思うんだけど、澄川先輩の様子を見るに難しいかもしれないね」
「……」
叶絵の指摘に俯いて黙り込んでしまう千鶴子。
その様子を見て叶絵は「任せなさい!」と自らの胸を叩いた。
「そんな時に、この親友、美山叶絵様が役に立つのよ!」
「叶絵……様?」
「まず私が千鶴子ちゃんと友達になりたいと強く願っていることを、統にいにお話しします」
「……それで?」
「真正面から千鶴子ちゃんに言っても冷たくされるだけなので、まずは間接的に一緒に遊びたいと、統にいに計画をもちかけます」
「ふむ」
「統にいは私からデートに強く誘われたものの、二人きりでは緊張してしまうからという理由で、澄川先輩に千鶴子ちゃんを巻き込んでのダブルデートのお願いをすることになります。澄川先輩はよほどのことが無い限り統にいのお願いを断ることはしないでしょう。
そうやって何度もダブルデートを繰り返し、澄川先輩が妹とデートをすることに抵抗を感じなくなった頃に、二人きりで出かけるようにすればバッチリです」
千鶴子は口元に手を当て、しばらく考え込むと、
「まあ……ありかも知れないわね」
そう頷いた。
「私としても統にいとデートができるし、まさに互いにとってのお得な関係でしょ?」
「そうね……じゃあ……よろしくということでいいのかしら」
「うん! 実は統にいには昨日のうちにお話ししてあるんだ。見切り発車だったけど、千鶴子ちゃんが了解してくれて良かったよ」
「ただ、あくまでお試しというやつなので、お忘れなく」
「うんうん! いいよ全然! やったね! ばんざーい!!」
笑顔で両手を上げた拍子に、叶絵は持っていた箸を床に取り落としてしまう。
慌てて埃だらけの木床に這いつくばる彼女を見ながら、千鶴子はやれやれとため息をつき、自らの箸の片一方をそっと叶絵の弁当箱の脇に置いたのだった。


190 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:13:57.51 ID:POC9riLP (5/15)
「約束通り来てくれたのはとても嬉しいのだけれどね」
放課後、校門前で文雄と落ち合った千鶴子は、そう言って首を傾げた。
「そちらの方は誰なのかしら」
視線で指し示すその先、文雄のすぐ隣には、一人の女子生徒がいた。
「ど、ども。私はいつも教室に来ているのを見ているから初めましてじゃないけど……千鶴子ちゃんからしたら初めましてだよね。澄川君と同じクラスの、星野美由紀といいます」
「なるほど。文雄さんの級友ですか」
「これから毎日、澄川君と一緒に帰らせてもらうことになりまして」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる美由紀に、さらに視線を鋭くさせる千鶴子。
その様子に、文雄と千鶴子にそれぞれついてきていた統治郎と叶絵は、密かに顔を青ざめさせていた。
「文雄さん、そこの女性がわけのわからないことをのたまっている理由……聞かせてもらえるのかしら」
「あ、ああ。わりと深刻な事情があるんだ」
「澄川君、私から話すよ」
美由紀が平然と前に進み出た。
「私の家は、帰るまでに大きな橋を渡らなきゃいけないんだけどね。最近その橋が怖くて渡れなくなっちゃったんだ。て、吸血鬼とかじゃないよ。流水こわーい、なんて。あはは」
「……で?」
「……ごめん。それで、何が怖いかっていうと、橋の下にホームレスが居ついてるんだ」
千鶴子の視線の圧力に、美由紀は粛々と話し始めた。
もう数か月前から浮浪者数人が橋の下に住み着いていること。
その浮浪者たちが、このところ帰りの時間になると、道脇でこちらをじろじろと見るようになっていたこと。
そして、ついに先日、声をかけられて体を触られたこと。
「もう……怖くて……」
その時のことを思い出してだろう、青ざめて口元を押さえる美由紀に千鶴子は尋ねた。
「それで、文雄さんに護衛をお願いしたいと、そういうことですか」
「うん。澄川君には迷惑かけちゃうけど……」
「警察にはお話ししたんですか?」
「もちろん。見回りを増やすようにするって言ってた。でも、今のところこれまでと変わったように思えなくて」
「その橋を渡らずに家に帰ることはできないのですか?」
「できるけど、あの川にかかっている橋は私の家の近くだとあそこくらいだから、すごく遠回りになっちゃうんだ」
「遠回りになっても件の橋は渡らず、自転車等で通うようにしてはいかがですか。文雄さんに護衛を頼むのは無意味、もしくは自殺行為のように思えますが」
「まあ待て。自殺行為は言い過ぎだ」
文雄が千鶴子の肩に手を置いた。
「確かに喧嘩は弱いけどな。この前の三条さんの家でのことを思い出してくれよ。度胸一つで何とか身代わり程度にはなるさ」
「望さんを止めた時のことを言っているの? あの時と同じことを、この人のためにしようとしているというのなら……私は本気で怒るわよ」
「あ、いや……」
千鶴子の目が鋭く光るのを見て、文雄は慌てて首を振った。
「そこまではしないよ。ただ、誰かが一緒に居るだけで、不審者は近付きにくくなるものだろ。それ以上の役には立たないけどな」
「そう……そうね。文雄さん、それ以上の役には立たないと認めるなら、やはり誰かにその役目は譲るべきじゃないかしら。一緒に歩くだけで良いというなら、何も文雄さんである必要はないし、もっと適した人もいるでしょう」
ねえ、と千鶴子は美由紀に同意を求めるように言った。
「そもそもなぜ文雄さんなのですか?」
「えっと、それは……帰りが同じ方向で徒歩通学なのが、澄川君しかいなくて……」
「積極的な理由ではない、ということですね。大丈夫。あなたがお願いすれば、帰りが別の方向でもあなたと帰路をともにしたいという屈強な男が、何人かは現れますよ」
星野さんは綺麗な方ですから、と千鶴子は付け加える。
「そ、そう? でも、今すぐにともいかないだろうし……できれば今日は澄川君と一緒に帰らせてもらえると嬉しいな」
「では、明日以降はこういったことは無しということで。よろしいですね」
「え……う……うーん」
千鶴子の淡々とした、しかし有無を言わせない物言いに押され、戸惑う美由紀。
まあまあ、と文雄が千鶴子をたしなめた。
「星野が困ってるだろ。今すぐに決めなきゃいけないってわけでもない」
文雄は空を見上げた。
「行こう。日が長くなったとはいえ、こうやって話しているうちに暗くなると、それこそ危ないぞ」
結局その日は、文雄と千鶴子、統治郎と叶絵、そして星野美由紀の五人で帰り道を行くことになった。


191 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:14:59.57 ID:POC9riLP (6/15)
問題の橋は、文雄と千鶴子の本来の通学路から少し外れたところにあった。
市内を流れる一級河川を渡るためのその橋は、幹線道路から外れているため、車の通りはあまりない。
買い物袋を手に提げた主婦や学校に通う学生が朝夕に時折行き交う、そんな橋だった。
「なるほど、居るな」
夕暮れに染まる空の下、文雄は橋の手前で呟いた。
橋に至るまでの道の周辺には、神社や公園、空き地などばかりで住宅は無く、人の気配は無い。
ただ一人、誰もいない公園のごみ箱の中を漁っている、浮浪者然とした格好の男がいるのみだった。
「あれが……?」
「うん。そう。先週話しかけてきた男」
美由紀は体を強張らせる。
小さな声での会話だったが、浮浪者の男はごみ箱から顔を上げてあたりを見回し、すぐに文雄たちに気がついた様子だった。
「行こうか」
「うん……」
そのまま通り過ぎる文雄たち三人を、浮浪者はじっと見つめていた。

美由紀を無事に家に送り届けた帰り道、千鶴子は文雄と並んで歩きながら、何度となくため息をついた。
「なあ、さすがにため息が多過ぎじゃないか?」
「ため息をつきたくもなるわ。賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ、なんて言う人もいたけれど、経験から学べない文雄さんはそれ以下ということなのかしら」
「お前のことだから、他人を助けたところで損しかない、なんて言うんだろうけどさ。損得じゃなくてだな……」
「文雄さんのお人好しは知っているから、今更言わないわよ。経験から学べないというのはね、文雄さん。これまで文雄さんが私の意志をないがしろにして、良い結果に落ち着いたことがあったかしら?」
「……無い、です。それは十分にわかっています」
初夏の空気をすら凍てつかせる声色に、文雄は思わず声を詰まらせる。
二人の会話の行く末を、すぐ後ろを歩く統治郎と叶絵は固唾を飲んで見守っていた。


192 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:15:34.49 ID:POC9riLP (7/15)
「約束したわよね。デートに行くって」
「ああ」
「その約束を破ってまで守りたい人なの? あの人は文雄さんにとってどんな人なの?」
「ただのクラスメートだけどさ……」
「私の意志をないがしろにして良いことはないとわかっているのに、なぜただのクラスメートにそんなに必死になるのよ」
「頼みを断って星野の身に何かあったら、気まずいというか……嫌だろう」
千鶴子は納得したとでもいう風に小さく頷くと、
「文雄さん、マゾなのね」
そう静かに言った。
「そんな話はしてないです」
「まあ、クラスでの評判もあるでしょうし、断りづらいのはわかるわ」
「そんな話でもないです」
「いずれにせよ、いいじゃない体くらい。触らせておけば。減るもんじゃなし」
「いつかも言ったけど、本人からしたら嫌だろ。触るだけで済むとも限らんし」
「触るだけでは済まないって、例えば?」
「ん……それは……星野は女であちらは男で……まあ、色々あるだろ」
言葉を濁す文雄に、千鶴子はなるほどと頷いた。
「そちら方面のお話ね。いいじゃない、させておけば。減るもんじゃなし」
「いやいや、それこそ本人からしたら、好きな人以外とじゃ絶対に嫌だろ。心に消えない傷が残ることだってあるんだぞ」
「好きな人以外とじゃ、ね。そこまでわかっているなら良しとするけど……それで、この護衛はいつまで続けるのかしら」
「警察がきちんと対処してくれるか、千鶴子が言っていた通り、星野が通学用自転車を手に入れるなり、誰か他の護衛役が現れるなりするまでだろうな」
「しばらくの間は、平日の放課後デートはできないということね」
「すまん。週末には必ず埋め合わせをするから、今は許してくれ」
「週末に埋め合わせをしてもらうより、毎日デートをして週末にもデートをする方がどう考えてもいいわよ。結局、美由紀さんが居なくなるか浮浪者たちが居なくなるかするのが一番なのよね」
「え……」
薄い笑みを浮かべる千鶴子に、文雄が問いかけた。
「ええと……星野が居なくなるというのは無いとして、浮浪者たちをあの橋の下から居なくすることなんてできるのか?」
「もちろん。相手は浮浪者なんだから、簡単よ。適当な毒物を混ぜた食べ物を近くの神社にでもお供えしておけば、勝手に食べて死んでくれるわ」
「却下だ」
文雄に続き統治郎と叶絵も否定の声を上げた。
「千鶴子ちゃん、さすがにそれはまずいぞ」
「今はまだ我慢の時だよ」
口々に言って、二人で文雄の頭を叩く。
「このお人好しの馬鹿たれなら、二度とこんなことしないようしっかり説教しておくからな。耐えてくれ、千鶴子ちゃん」
「実際今回は澄川先輩が圧倒的に悪いです。ほら、謝って。土下座でも何でもして謝ってください」
二人の慌てように、千鶴子は笑って首を振った。
「本気でするつもりなら、わざわざ皆の前で口に出したりしないわよ。文雄さんも週末といわず、毎日埋め合わせをしてくれるでしょうしね」
そんな会話を交わしながら、四人は家路についた。


193 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:16:15.64 ID:POC9riLP (8/15)
澄川家はまだ両親は帰宅しておらず、家の明かりは灯っていなかった。
真っ暗な玄関に入るなり、千鶴子は文雄に抱きつき、濃厚なキスをした。
「……! ち、千鶴子……! ちょっと……!」
身を離して抵抗をしようとする文雄だが、千鶴子は決して逃そうとしない。
文雄の頭をしっかりと押さえて唇を寄せ、ぬらりとした舌で文雄の口腔内を舐め上げた。
「ん……」
目を閉じた千鶴子の鼻から、どこか潤みを帯びた声が漏れる。
たっぷり一分は互いの呼吸を顔の肌に感じた後で、ようやく千鶴子は唇を離した。
「な、なんだよいきなり。こんなところで。父さんたちが帰ってきたら……」
「そういう危機感があった方が、気分が盛り上がっていいわよ。これから私と文雄さんは結ばれるんだから」
「え……」
間の抜けた声を上げる文雄の手をとり、千鶴子は階段の方へと導いた。
「さすがに本番は私の部屋の方がいいわよね」
「ちょ、ちょっと待て! それは駄目だって何度も言ってるだろ!」
「文雄さん、これは文雄さんが私との約束を破ったことの代償よ。文雄さんがきちんと埋め合わせをしてくれるなら、私はデートの約束が多少伸びたところで我慢できるわ。
埋め合わせがないままだと、やっぱり浮浪者たちには消えてもらった方がいいということになる。それだけのことね」
「お、お前は……またそうやって俺を……!」
「そんな怖い顔をしないで。大丈夫。私はできる限り文雄さんの望むとおりにするわよ。そこはこれまでと何も変わらないわ」
ただし、と光のない瞳で千鶴子は続けた。
「埋め合わせが何もないとなると、文雄さんは口ではやめろと言っておきながら心の中では彼らの死を願っている……そう判断してしまうかもしれないけどね」
「……俺は何をすればいいんだ」
「言ったでしょう? お互いの性器を舐め合う関係の、その先よ」
千鶴子が再度文雄の手を引くも、文雄は動こうとしない。
根が張ったように廊下に立ちつくしていた。
「妹と近親相姦するくらいなら、浮浪者たちが死んだ方がいい?」
「そ……れは……」
文雄は俯いて、拳を握った。
「……他に……他に何か無いのか?」
「他に、ね……」
千鶴子はため息をついて肩を落とした。
「やっぱり、この程度じゃ兄妹の壁を乗り越えられないのよね」
「……」
「いいわ。じゃあ、セックスの前の関係に進むことにしましょう。さ、私の部屋にどうぞ」


194 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:17:03.93 ID:POC9riLP (9/15)
部屋の明かりをつけぬまま、千鶴子は文雄の目の前で着ている服を全て脱いだ。
真っ暗な室内に、千鶴子の白い裸体が浮き上がるように映える。
細身の身体で胸はやや小ぶりだが、腰はきゅっと引き締まり、繊細な美しさがあった。
「ほら、文雄さんも全部脱いで」
千鶴子に促されて、文雄も制服を脱いで行く。
互いの性器を愛撫する時も全裸になることはあったので、脱ぐことそれ自体への抵抗は無かった。
「最初はあんなに嫌がっていたのにね」
嬉しそうに、千鶴子が笑う。
文雄の前に膝をついて、既に勃起している肉棒を握った。
「ここも、私の体を見るとしっかり堅くなるようになってしまって」
「し、仕方ないだろ。毎日のようにあんなことをしていたから……」
「ふふ。習慣って偉大よね」
二度三度と擦ると、そのまま小さな口に亀頭を含んでしまう。
千鶴子の端正な顔立ちが、兄の肉棒を咥えこんで卑猥に歪んだ。
「千鶴子……!」
この瞬間は、文雄も否応なく興奮してしまう瞬間であった。
いつも恐れている美しい妹が、自分の性器を咥えこんで懸命に舐め上げている。
千鶴子は喉の奥まで文雄のペニスを呑み込もうとするが、ますます堅さを増すそれに、思わず咳き込んでしまっていた。
「ふう……これだけ堅くなれば十分ね」
肉棒から口を離し、千鶴子が満足げに微笑む。
唾液にぬらりと濡れるペニスをもう一度擦ると、立ち上がってベッドに寝転んだ。
「じゃあ文雄さん、お願い」
千鶴子は仰向けに寝転んだまま両脚の膝裏を抱え持ち、文雄に性器を見せつけた。
「ここを、文雄さんのおちんちんで、擦り上げてほしいのよ。私も準備はできているから」
妖しく瞳を濡らしながら、千鶴子が性器を指で割り広げる。
薄暗闇の中、小さく開いた膣口から愛液がとろりと流れ出るのが見えた。
もう何度も舌で弄んできた妹の性器だったが、文雄はやはり興奮せずにはいられなかった。
「ね、お願い……」
「わかった……」
文雄は誘われるままベッドに上がり、千鶴子の股の間に体を進めた。
完全に勃起したペニスを千鶴子の亀裂に沿うように触れさせる。
ただそれだけで、千鶴子はピクリと体を震わせ、小さな喘ぎ声をこぼした。


195 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:17:33.25 ID:POC9riLP (10/15)
「はぁ……あ……」
愛液に濡れる千鶴子の陰唇が、ぴったりと肉棒に吸いつくように痙攣を繰り返す。
文雄がそろそろと腰を動かすと、千鶴子はすぐに顔を仰け反らせて、快楽を露わにした。
「ふ、文雄さん……! 文雄さ……! ああんっ!」
暗闇に、千鶴子の真っ白な裸体が跳ねる。
実の兄のペニスに陰唇を擦られ、クリトリスを削られて、千鶴子の肌はあっという間に朱に染まっていった。
「い、いい! 文雄さん……! いいっ!」
「クソ……! いつもいつも人のことをいいように扱いやがって……! そんなにいいのかよ!」
日頃心の中に溜まっていた千鶴子への恐怖と不満を、文雄は気付けば口にしていた。
「こんなエロいことをするためだけに、俺を脅してるのかよ! そんなにエロい事が好きなのかよ!!」
「あ……ああっ! 好き……好きなの! 文雄さん、好きなの……!」
「この淫乱め……!」
文雄はさらに体重をかけ、千鶴子を追いこむかのように激しく腰を振った。
ベッドが軋む音を立てて揺れ、ぬちゅ、ぬちゅん、と粘着質な淫音が響く。
二人の性器が触れ合う部分は、文雄の先走りの汁と千鶴子の愛液が混ざり合い、白く泡立っていた。
「文雄さん、そこ……も、もっと擦って!」
千鶴子が脚をますます広げ、文雄の動きに合わせて秘所を押しつけるように腰を上げた。
美しい少女の陰唇は完全にほころび、左右に開き切って秘口を文雄の眼下に晒している。
その肉のほころびに亀頭の先端が引っ掛かるたびに、千鶴子は背筋を反らせて、声にならない声を漏らした。
「んく……! はぁあ! んぁあぁああ……っ!」
秘所がより強く文雄のペニスに抉られることを望んで、懸命に腰を突き出そうとする千鶴子。
そこに文雄が思い切り体重をかけてペニスを擦りつけ、膨張したクリトリスがカリ首に押しつぶされる。
「す、好き! それ好き! 文雄さん、好き……!」
「これがいいのか。感じるところは、舐めてやる時と変わらないんだな」
「好き……! 好き……!」
首を左右に振りながら、千鶴子は普段の落ち着いた様子からは想像もつかない乱れぶりを見せる。
口の端から涎を垂らし、膣口からは熱い粘液を垂れ流して、尻の穴までぐちょぐちょに濡らした。
「文雄さん……! んんっ! あああああっ!!」
二人肌を合わせてほんの数分間で、千鶴子は開き切った脚をつま先まで張りつめさせ、絶頂に達してしまった。
いつもの理知的な瞳とは程遠い、快楽に溺れた女の表情のまま、細く長い絶頂の声を上げる。
その表情に、その声に、文雄も刺激されて、ほとんど同時に千鶴子の腹の上に射精していた。
「あ……」
肌に受けた熱い感覚に小さく声を漏らす千鶴子に、文雄は倒れ込むように覆いかぶさる。
しばらくの間、二人の荒い呼吸が部屋に満ちた。
「……ありがとう、文雄さん。これからは毎日、よろしくね」
やがて千鶴子は倒れ込んだ文雄の耳元で呟いて、そっとその体を抱きしめたのだった。


196 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:18:06.37 ID:POC9riLP (11/15)
数日後、文雄は教室に着くなり美由紀にハイタッチを求められた。
「ほら! タッチタッチ!」
「え? え? タッチ?」
求められるままに、ハイタッチを交わす。
美由紀は笑顔のままで何度も手を鳴らした。
「ふう、疲れた! でも楽しかったね!」
「ああ、楽しかったな! ……で、何があったのか教えてもらえるか」
「あ、ごめんごめん。私ってば先走っちゃって。あのね、すごくいいことがあったの。澄川君、ようやく私のボディガードからお払い箱だよ」
「その表現だとあまり喜べないが、護衛の必要が無くなったってことでいいのか?」
「うん。ホームレスの人たち、みんな居なくなっちゃった」
「へ?」
「もうね、大ラッキーよ。食中毒か何かで、ほとんど死んじゃったんだって!」
「な、なんですと?」

その朝学校に来る時、例の橋を渡ってきた美由紀は、橋の下に警察官が数人集まっているのを目にした。
何だろうと気にしながら通り過ぎようとしたら、そのうちの一人に声をかけられた。
「ここは良く通るのかい?」
「はい。通学路なので毎日……あの、何かあったんですか?」
「ああ。そこの橋の下でホームレスの人たちが死んでいてね。どうやら、拾ってきたものを食料にしていて、それに異物が混入していたようなんだが……」
「死んだって、みんな死んじゃったんですか?」
「たまたま被害を免れた一人を除いてね。そうそう、そこの神社だけど、よくお供え物をされているのかな? 生き残った者に話を聞いたら、拾ってきたものの中には、そこのお供え物もあったみたいで。誰がよくお供え物をしているか、知らないかい?」
「どう……でしょう。それほど多くはないと思いますけれど……」
それ以上は話を聞かれることもなく、美由紀はすぐに解放された。
警察官たちは、その後もそこに残って道行く人に声をかけていた。

「……とまあ、そんな感じで。今までありがとね。これで一人でも大丈夫になったよ」
「俺は何をしたわけでもないよ。ともかく良かったな」
美由紀は改めて文雄に頭を下げて、離れて行った。
よほど嬉しいのか、笑顔のままで友人たちに何度もハイタッチを求めていた。


197 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:19:48.88 ID:POC9riLP (12/15)
昼休み、文雄は昼食を後回しにして旧校舎に向かった。
第二図書室の扉を開けると、貸出席に千鶴子の、閲覧席には叶絵の姿が見えた。
「わあ、お兄さん、いらっしゃい」
「誰があなたのお兄さんよ。文雄さんは私のよ」
歓迎の声を上げる叶絵をぴしゃりと叱りつけると、千鶴子は箸を置いて文雄の方を向いた。
「文雄さん、いらっしゃい。今日は文雄さんから、お弁当の感想を言いに来てくれたのかしら」
「いや、弁当はまだ食べてない」
「だめじゃない。ちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
「お前は俺の何なのさ……」
貸出席の前に椅子を置き、文雄は千鶴子に向かい合って座る。
傍らに見える叶絵が気にはなったが、早く聞きたいという気持ちを抑えることはできなかった。
「聞きたいことがあって来た。例のホームレスたちの話はもう知ってるか?」
「いいえ。何かあったのかしら」
「死んだらしい。今朝、一人を除いて死体で発見された」
文雄は美由紀から聞いた話を千鶴子に伝えた。
「あら。もしも誰かが置いたお供え物が原因だとしたら、それこそ神様の罰があたったみたいなものね。あまり意地汚い真似をするからよ」
「……それだけか?」
「それ以上に何かあるとでも? 言っておくけど、この手のことで亡くなった方々に同情しろというなら、それはあまりに無茶な要求よ」
「そうじゃなくて……お前言ってただろ。毒物を混ぜた食べ物を近くの神社にでもお供えしておけば、勝手に食べて死んでくれるって」
「ええ。図らずも祈りが通じたようね。何よりだわ」
千鶴子は淡々と言う。
雲が除けたのだろう、薄暗闇に窓から銀の光が差し込み、二人を照らした。
「何も、していないよな」
「それは、私があの浮浪者たちを殺したんじゃないかと、疑っているということかしら?」
「そうなるな」
ふ、と千鶴子が小さく息を吐く。
「……それは千鶴子ちゃんが可哀想だと思います」
答えたのは、叶絵だった。


198 :ノスタルジア 7 ◆7d8WMfyWTA [sage] :2011/10/16(日) 23:20:24.75 ID:POC9riLP (13/15)
叶絵は閲覧席を立ち、真っ直ぐに文雄を見つめていた。
「確かに千鶴子ちゃんは何でもする子だけど、それは全部澄川先輩のためだからです。千鶴子ちゃんは本当に澄川先輩のことを……」
「叶絵さん、黙って!」
真剣に文雄に訴える叶絵を、千鶴子が手で制した。
「……文雄さん、もし私が彼らを殺したとしたら、どうだっていうの?」
「そうだとしたら……俺は絶対にお前を許さない。俺にあんなことをさせておいて……」
叶絵を気にして、文雄は言葉を濁す。
この数日の夜の行為の光景が頭の中を廻り、カウンターの上に置いた握り拳が小さく震えた。
その拳を包むように、千鶴子がそっと手のひらを添えた。
「そうよね。約束を破られるって、とても悲しくて悔しいことよね。それをわかってくれただけでも、とても嬉しいわ」
「千鶴子、やっぱりお前……」
「大丈夫。私じゃないわよ。信じてちょうだい」
「一言一句お前の言っていた通りになったんだぞ? 信じたくても……俺はお前が怖くて……」
「それならそれでいいわ。私の気持ちを軽んじるとどうなるか、しっかり心に刻まれたでしょう」
千鶴子は文雄の頬に手を触れると、そのままそっとキスをした。
「わわ……」
兄妹のキスを目の当たりにして、叶絵が口元を押さえながら小さく声を出す。
文雄は慌てて千鶴子から離れ、距離を置いた。
「死んだのが星野さんじゃなくて、良かったわね」
「……っ!」
文雄は顔をしかめたが、何も言わないまま踵を返し、図書室を出ていった。
扉が閉じ、静寂が訪れる。
「……いいの?」
叶絵がおずおずと千鶴子に問いかけた。
「何がよ」
「澄川先輩に誤解されたままで。千鶴子ちゃん、やってないんでしょ?」
「いいのよ。これで文雄さんは、ますます私から離れられなくなるはずだもの」
「そうかもしれなけど……嫌われちゃっていいの?」
「ん……そうね」
千鶴子は天井近くの窓を見上げ、雲の裂け目から覗く太陽の光に目を細めた。
「いいのよ。最後まで傍にいられたら、それで」
とても悲しそうな声と、表情だった。
全然よさそうじゃないよ、そう叶絵は思ったが、言葉にすることはできなかった。
「それにしても、私が言ったのと同じ方法とはね。叶絵さん、一応聞いておくけど、私に気を遣って殺したりした?」
「し、してないよ」
「私の言葉を聞いたのは、あの場にいた三人。何かの拍子に戻って来ていたとして、送り届けたはずの星野さんで四人。
人通りはなかったし、近くに住宅も無かったわ。簡単な手段だから、他にいくらでも思いつく人は居ると思う。けど……誰がやったのかしらね」
深い深い千鶴子のため息が、図書室の中に響いた。


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最終更新:2011年10月28日 00:49
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