淫獣の群れ(その13)

9 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:10:56 ID:cqE/gMUw

 がたんごとん、がたんごとん……。

 電車の窓から見える街の風景はすっかり夕闇に塗り潰されている。
 東京の夜空は星が見えない。
 だが、そこから見える風景は暗闇ではない。
 それぞれの家から漏れる蛍光灯の光やネオンサイン、イルミネーションが、まるで星のように輝き、地上を彩っている。夜空に煌く場所を失った星々が、やむなく自分たちの居場所を、そっくりそのまま大地の上に求めたような、そんな感じさえ受ける。
――とりとめも無く、真理はそう思った。
 が、そんな雑想が浮かんだのも一瞬だけだ。次の瞬間には、真理自身、そんなロマンチックな想像などしていた事すら忘れた。
 それほどまでに、彼女の心は、極寒の闇に包まれていた。

 喜十郎・桜・春菜、そして真理の四人は、いま“兄”の実家からの、帰路の電車に揺られていた。
 誰も一言も口を利かない。
 同じように、この路線に乗った往路では、あれほど闘志に燃えていた彼女たちが今では、周囲を塗り潰してしまいそうな、陰鬱さに包まれていた。

 真理は、ふと、自分の正面のシートに座る喜十郎を見る。
 彼は、うつらうつらと舟をこいでいた。
(無理もないですわ、兄上様)
 実妹に一服盛られて意識を奪われ、貯蓄分以上の精をポンプのごとく吸い上げられてしまったのだ。その疲労は、薬物の残留分を差し引いても相当のものであろう。
 真理は、今度は隣の長姉を見る。
 桜は、それこそ苦虫を噛み潰したような表情で、ドアにもたれ、窓の外を見ている。いや、視線こそ窓の外を向いてはいるが、彼女が何も見ていないのは、真理が一番良く知っていた。
 この異常に気位が高い少女は、その身を焦がす圧倒的な屈辱を、どう処理していいか分からなくなっているに違いない。何と言っても、綾瀬桜にとっては、敗北感という感情ほど、これまでの人生で無縁だった存在は無いのだから。



10 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:13:02 ID:cqE/gMUw

――敗北感。
 そう、負けたのだ、自分たちは。

 あの時、可苗は三人に告白した。
 彼女たちが愛して止まない“兄”を略奪し、蹂躙した、と。
 これ以上はないほどの幸福感に満ちた表情で、感謝までされた。
『可苗に代わって、お兄ちゃんの身体を開発してくれて有難う』と。
 愛する“兄”を取り戻さんために、意気揚揚と乗り込んだはずの“敵”の牙城。
 だがそこにいた、泥棒猫のはずの女は、自分たちを敵視すらせず歯牙にもかけず、子供扱いにあしらった挙げ句、笑って“兄”を返してくれたのだ。まるで銀行から引き下ろした預金を、再び預けるように。
……そして、自分たちは、そんな彼女に何も言えず、すごすごと帰宅している。
 修羅場にすらならない、圧倒的な何かの差。
 その“何か”について思いを巡らせると、真理は、全身の汗が再び冷たくなるのを感じた。

 生身の女性である以上、真理にも独占欲はある。
 想い人を――例え、実の姉妹とはいえ六人がかりで共有しているという異常な関係も、いつかは打破し、喜十郎を自分だけの恋人にしたいとも思っている。
 まあ、それを言うなら、姉妹たち全員が全員、同じ想いに身を焦がしているのは分かり切っているのだが、それでも自分が、その恋愛戦線に勝利した暁には、“恋敵”という枠を越えて、自分たちを祝福してくれるに違いないと思っていた。
 また同じように、自分以外の姉妹の誰かが、“兄”の心を射止めても、真理自身、その姉(妹)を祝福できるとも。そして、そういう仲の自分たち姉妹を、密かに誇ってさえいた。
 だが、あの可苗という少女は違う。
 そういう甘さは持ってはいないだろう。
 甘さどころか、目的達成のためなら、笑って人を後ろから刺せるドス黒さを持っている。
 あの少女は、最終的に喜十郎を手中にするためなら、おそらく無理心中すら厭わないはずだ。
 正直な話、活字媒体以外で、恋愛に触れた経験の無い真理には、あの可苗という少女を“敵”として意識するには、あまりに強大すぎる気がした。

「そんなに気にする必要も無いわ」
 桜が、不意に口を開いた。
 一瞬、真理は、その一言が誰に対する独り言なのか、分からなかった。
 桜の視線は変わらず、窓の外に向けられていたからだ。しかし、そのハッキリとした口調はただの独白ではなく、確実に誰かに聞かせるためのものだった。
「気にする必要って、……何の事ですの桜ちゃん?」
 桜とは反対側の真理の隣――吊り革につかまっていた春菜が口を開く。
「決まっているでしょう。可苗のことよ」
 そう言いながら、彼女たちの姉は、初めて妹たちに視線を向けた。



11 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:14:35 ID:cqE/gMUw

 喜十郎は眠ってはいなかった。
 実際のところ、彼の全身は、言いようも無い倦怠感に包まれ、目を閉じればすぐにでも眠りに落ちてしまいそうな状態ではある。しかしハッキリ言って彼の精神状態は、のんきにイビキをかいて眠りこけるような余裕は無かった。

 三人の“妹”と、可苗との会話。……あれを聞いてしまった以上、喜十郎の心中はいま、混乱の極みにあったからだ。
 盗み聞きをしていたわけではない。――というのは、やはり嘘に近い。
 彼らの団地の2LDKの壁は悲しいほど薄い。
 居間の四畳半にいても、キッチンで大声を上げれば、そのやりとりは普通に聞き取れてしまう。
――だが、聞き取れるからといって、その気も無いのに、勝手に耳に情報が飛び込んでくるわけではない。やはり彼は彼で、キッチンから漏れ聞こえる妹たちのやりとりに、意識を向けていた事実は否定できない。

 彼は、自身の現状を、決して喜んではいなかった。
 無論、客観的に見れば、男としてこれほど羨むべきポジションは無いだろう。
 可愛く、健気で、積極的な美少女たちと毎日毎晩やり放題なのだ。
 クラスの男たちが知れば、その日のうちに全ての友人たちは敵に回るだろう。
 さらに、その現状に彼が不満を抱いていると知れれば、翌日には凄惨なイジメが開始されるはずだ。
 しかし、それでも喜十郎としては、今の自分の立場に抵抗を感じざるを得ない。
 六人姉妹に、まるでエロマンガの肉奴隷のように扱われ、弄ばれる毎日。そして、そんな風に嬲られる自分を惨めに思いながらも、それでもなお、異常に興奮してしまう自分……。
 彼とて男としての人並みの矜持くらいはある。
 仮にも自分を、ブザマなM男だなどとは微塵も認めたくは無い。
 しかし、現状を鑑みるに、己のうちにMの素養があるのは、やはり認めざるを得ない。
 もともと親戚づきあいのある従兄妹だっただけに、義理とはいえ、いまさら“兄”と“妹”が過ちを犯すとか、そんなタブーは彼の脳中にはない。
 だが、彼女たち六人との性行為は、否応も無く喜十郎自身にマゾヒストの一面を意識させる事になる。そこに抵抗を感じないほど、彼は鉄面皮ではなかった。



12 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:16:50 ID:cqE/gMUw

 そして突如、彼の頭に浮かんだ一抹の不安。

(もし、それを認めてしまえば、オレを慕って止まない“妹”たちでさえ、いずれはその性癖に呆れ、オレを見捨ててしまうかも知れない……!)
 今まで考えた事も無い発想。
 どうして浮かんだのかも知れない“妹”たちに対する、初めての怖れ。
 そう思うと、そもそも何故あの美少女たちが、こんな自分に、ここまでひたむきな愛情を向けてくれるのかさえ、分からなくなってくる。
――わからねえ。何かもう、わけが分からねえ……!

 そもそも彼が可苗を恐れたのは、その内に秘めた狂気ゆえだった。
 実妹が、自分に向ける熱い眼差しの意味は、養子になる前から、すでに気付いていた。
 しかし喜十郎としては、別段それを気にはしていなかった。
 いかに自慢の妹とはいえ、彼にはタブーを犯す気など皆無だったのだから。
 そして彼女が、兄の名を連呼しながら、飼い猫を殺害している現場を目撃してから、喜十郎は気付いたつもりだった。可苗の独占欲とは、対象の抹殺すら含む完全なる“所有”である、と。
 だから彼は家を出た。
 それが彼女の想いである以上、この妹は、いつ自分に牙を向けるか分からない危険極まりない存在だと、骨身に染み入るような恐怖と共に、そう判断したからだ。

 だが、違う。
 そう、違うのだ。今ならハッキリと分かる。
 可苗の声が、ハッキリと自分を犯した、と言ったのを聞いたとき、彼の心に沸いた感情は――彼自身、死ぬほど意外ではあったが――なんと歓喜であった。
 そして次の瞬間、生まれてこの方感じた事の無い恐怖が、喜十郎を襲った。

――オレはまさか、可苗が好き……なのか?

 今まで考えた事も無い可能性。
 しかし、しかし可苗の言葉に喜びを覚えたのも、また事実なのだ。
 この実妹ならば、例えどのような惨めな自分をさらしても、それでも彼を見捨てない気がする。
“妹”たちには何故か浮かんだ疑惑が、この実妹には不思議なほど湧かなかった。
 そんな考えが、頭の片隅をよぎったという事実が、喜十郎の精神を混乱の極致に追いやるのだ。
 理由さえ分からない愛を自分に向ける義妹たちを疑い、自分にクスリを飲ませて弄んだ実妹の愛に、根拠すらないはずの真実を感じた。
 その事実は、例え精神的ではあっても、本家の“妹”たちを裏切ったような気分にさせる。

 寝たふりをするしかなかった。
 喜十郎としては、眼前の“妹”たちにどんな顔をすればいいのか、もう分からなかったのだから。



13 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:19:00 ID:cqE/gMUw

「アドヴァンテージは、まだこっちにあるわ」
 桜は、噛んで含めるような口調で妹たちに告げると、そのまま喜十郎を見下ろした。

「可苗はお兄様の実の妹よ。つまり、どうあがいても、法的にお兄様と結ばれる事はありえないわ」
 確かにそうだ。
 だが真理には、可苗が、少なくともそんな戸籍や法律上の関係にこだわっているとは思えなかった。
「そして何より、お兄様自身が可苗の存在を恐れているわ。近親相姦のタブーとかだけじゃなく、可苗の、あの狂った一面をね。――それはアンタたちも分かってるわよね?」
 そう、そこまでは真理も理解できる。
 だからこそ問題は大きいのだ。
 案の定、春菜も口を開いた。
「確かに……可苗ちゃんにそういう狂的なものがあるのは、ワタクシも認めますわ。でも桜ちゃん、そういう可苗ちゃんだからこそ、兄君さまの意思に関わらず何をしでかすかは予想がつかないのではありませんか?」
 口こそ開かないが、それは真理も同意見だ。
 可苗の心中には、恐らく近親姦の禁忌は無い。また、その狂的な情愛は、実兄を無理やりさらって監禁する程度の行動に、全く躊躇いを覚えないだろう。
 さらに、抵抗する兄に薬物を投与し、苦痛と快感で彼の精神を支配し、最終的に自分を愛するように仕向ける事など、やはり彼女にとっては雑作も無いはずだ。
「そんな可苗ちゃんでなければ、兄君さまをワタクシたちに、笑って返却したりはしないはずですわ」

 可苗は、いわばタブーの向こう側に居る存在なのだ。
 タブー無き者を敵に回す事は出来ない。
 こっちが常識や法律、人情という――いわば、世間一般に生きる者として当然のタブーに縛られている以上、勝ち目などあるわけが無いからだ。
「――そんなこと、もう関係ないわ……!!」
 唇を噛みしめながら桜が呟く。
「可苗のやつに後悔させてやる。私たちに、お兄様を返したことをね……!」
「桜ちゃん……」
「負けたくない……。例え誰に負けても、あの子にだけは負けたくない……!! もし、私たちの覚悟からして可苗に負けてるっていうなら、……私は、あの子と同じところに並んで見せるだけよ……!!」



14 :淫獣の群れ(その13):2007/11/01(木) 18:25:01 ID:cqE/gMUw

「……!」
「桜ちゃん……あなた、自分が何を言ってるか、分かってるの……!?」
 絶句した春菜に変わり、真理がおそるおそる口を開く。

「分かってるわ」
 そう言いながら妹たちを振り返った桜の眼差しには、もはや一片の迷いも無かった。
「可苗がタブーの向こう側にいるっていうなら、私たちもそっちに行くしかない。そう言ってるのよ」
 吐き捨てるように言うと、桜はそのまま、兄の耳元に屈み込み、囁いた。

「さあ、お兄様。おねんねのお時間は終わりよ。次の駅についたら、みんなでおトイレに行きましょうね。――可苗なんかに勝手にミルクを捧げたお仕置きを受けるのよ」

 びくりっ!!
 うつらうつらと、舟をこいでいた喜十郎の上半身が、まるで凍ったように静止した。

――やっぱり、寝たフリだったのね……。
 苦笑いが桜の口元にはしる。
 武道をたしなむ春菜でさえ騙された“兄”の寝息と気配。
 だが、それでも自分には……この桜には通用しない。
 こと“兄”に関する限り、自分の勘の冴えは絶対だ。

「ねえお兄様……、これからはもう、今までみたいな甘い生活は送れないものと思って頂戴。私たちは早速今晩から、お兄様を“支配”にかかるわ。私たちナシでは、一日たりとも生きていけないお兄様にしてあげる」
「今日まで私たちは、お兄様の“恋人”になるための努力をしてきたわ。でも、そんなヌルいことじゃ、お兄様は完全に私たちの方を向いてくれないって分かったのよ」
「勘違いしちゃダメよ。これは全部可苗のせいなの。お兄様が、可苗のことなんか忘れちゃうくらい私たちに夢中になったら、そこで初めてお兄様を解放してあげる」
「でもそれまでは、そうなるまでは――お兄様は私たちの“奴隷”になるの。分かった?」

――どれい。
 その瞬間、喜十郎は激しい自己嫌悪に苛まれながらも、思わず射精しそうなほど興奮している自分自身を誤魔化しきれなかった……。
(オレはやっぱり……ヘンタイなのだろうか……!?)
(ヘンタイだとバレたら、こいつらはやっぱりオレを見捨てるのだろうか……!?)

「さあ、そろそろ駅に着くわ。覚悟はいい? お・に・い・さ・ま?」

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最終更新:2007年11月02日 12:21
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