742+2 :名無しさん@ピンキー [sage] :2011/11/23(水) 19:43:08.77 ID:9TbQgdPr (2/3)
日本が恋しくなったのはいつからだろうか。
窓から見える景色も、ここと日本では明らかに何かが違っている。
それは視覚的な意味ではない。ここから見える景色も、我が家から見える景色も、言葉にすれば同じものなのだから。
僕と妹の知可子の部屋からは都会のビルが良く見えた。
都内でも有数のオフィス街。そこにあるマンションの一室が僕や妹、両親の家だった。
そのような場所に住んでいるということがどれだけのステータスなのかを知ったのは、僕が日本を旅立つ頃だったか。
多少他の生徒よりも英語が得意というだけの理由で、僕はいつか海外で働きたいと強く願うようになっていた。
どうにかその夢は実現し、僕はずっと海外赴任に反対だった妹に見送られながら異国の地での生活に明け暮れ、
気がつけば5年の歳月が過ぎようとしていた。
『……もしもし』
何ヶ月ぶりかに聞く妹の声はどこか強張っていた。
無理も無い。この時期、このタイミングに妹に電話をかけるということはどういうことなのか。
それを妹は理解しているだろうから。
「久しぶりだな知可子。元気にしてたか?」
『……』
「なんだよ、ご機嫌斜めだな。母さんにお菓子禁止令でも出されたか?」
『子供扱いは止めて』
今だ不機嫌そうな妹相手に他愛も無い話で場を和ませる。が、やはりそうそう上手くはいかない。
それ即ち、“早く本題に入れ”と言っているのだ。
カリカリと頭を掻く。ふと目を移せば棚の上にあるバスケットボールが視界に入る。
ここに来て何か趣味になるようなものをはじめようと思って買ったはいいのだが、1週間と経たずにシューズ共々埃をかぶる事になった。
(……つくづく有言実行じゃ無いな、僕は)
妹に聞こえないように溜息を吐き、僕はいよいよ本題に入ることにした。
『―――――――――!』
「……本当にすまない」
『……によ、それ……』
「え?」
『何よそれッ!!』
怒鳴られるのは覚悟していた。それだけのことをしたという自覚もある。
ましてこの5年間同じ事をしていれば、腹を刺されたとしても文句は言えない。
『何でよ! 今年こそは日本に戻れるんじゃなかったのッ!? 去年も一昨年も! 結局戻ってこなかったじゃない!!』
「すまん……。本当に申し訳ないと思っている。けど僕には僕の事情があるんだ。分かって欲しい」
どの口が“分かって欲しい”などとほざけるのだろうか。少なくとも、散々約束を反故してきた者の言い分ではない。
もしもこれが逆の立場だったとしたら、僕は怒るどころの話じゃないだろう。
案の定妹の激昂は納まらない。シンとした室内に妹の怒声が響き渡る。
『今年は海に行くって! いっぱい映画も観るって! 約束したじゃない! お兄ちゃん約束したじゃない!!』
泣き声交じりの妹の声が僕の胸に突き刺さる。ひとしきり叫んだのか、妹の声は次第に小さくなっていった。
『会いたい……』
僕は目を閉じ、己のしたことを反芻する。最低なやつだ、と心の中で自嘲した。
『うぅ……』
妹の嗚咽を聞きながら僕は窓の外を眺める。
低い雲を広げた冬の夜はどこまでも冷たく、僕を嘲笑っているかのようにゆっくりと流れていた。
最終更新:2011年11月26日 17:39