今と昔の同調義妹

117 :今と昔の同調義妹1 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:47:05.26 ID:1sSpV0un (2/17)
大草原、辺り一面に広がる緑、
その先にあるいくつもの丘といくつもの山を越えていく、
歩く、二人、簡素な旅装束に身を包む二人の男女。

朝は涼しげなそよ風を受けながら道無き草道を踏みならす、
昼は温かい太陽に照らされながら緑の丘を越えていく、
夜は二人毛布により添い山の寒さに耐えながら朝を待つ。

二人はどこまで歩くだろうか、
どんな困難が待ち受けているのだろうか、
そして、見果てぬ先にいったい何があるのだろうか…

わからない…その先がわからない…
私にはそれが、とても怖かった…


私の名前は、白河姫音(しらかわ ひめね)。
私はある『魔法』が使える、
それは人の心が読める魔法。

でもそんなもの欲しくなかった、
お父さんに知らない男の汚らわしい娘だと言われた、
お母さんに本当は欲しくなかった子だと言われた…

お父さんとお母さんは、いつもケンカばかりしている、
でも私の前では、決してケンカしているところを見せない、
二人とも、私には酷い事を言わない。

だから本当はそんな酷い事を言われていない、
でも私は聞こえてしまう、
私が持っている『同調』という魔法のせいで…

「…ええと、『同調』っていうのはね、本当はお互いの気持ちがわかる魔法なんだよ」

「自分の心の『声』を伝えて、相手の心の『声』を受け取る、
テレパシーみたいなものかな。その中でもキミは特別なケースだね。
相手の『声』を全部受け取る事が出来る。でも自分の『声』は相手に伝えられない…」

ある日、偶然会った女の人から聞いた話だ、
金髪の長い髪を持ち、容姿だけ見ると私と同じぐらいの年だと思う、
でも、私の両親よりも随分と大人びた雰囲気がした。

「でもね、本当にキミの事を好きで、キミもその人の事が好きだったら、
キミの『声』をちゃんと受け取ってくれるはずだよ、どうかそれを忘れないでね」


数日後、私の両親が交通事故に遭って死んだ話を、知らない人から聞かされた、
結局最後まで、あの人たちから私を愛してるという『声』は一度も聞けなかった…
気づいたら、両親がいない子供が預けられる施設に私はいた。

『姫音ちゃんって可愛いよな、一度でもいいからチュ~とかしてみてぇ』
『姫音のおっぱいでか過ぎだろ、いひひっ、今度無理やり揉んでやろうかな~』
『姫音ってさ、男にちやほやされて調子に乗ってんじゃね? 見ててイラつくんだけど』

施設の男の子たちから、私の顔や身体のイヤらしい話を聞かされた、
施設の女の子たちから、私をみんなで仲間外れにする話を聞かされた、
聞きたくないのに、私の『同調』が全部を受け取ってしまう…


118 :今と昔の同調義妹2 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:48:27.52 ID:1sSpV0un (3/17)
『…もう、嫌。何でみんなそんな目で私を見るの…嫌だ、嫌だよ…
誰か助けて! 私を苛めないで! 私を無視しないで! 私を仲間外れにしないで!
私をイヤらしい目で見ないで! ねえ、お願いだから、誰か私を助けてよぉおおっ!!』

私が『叫んで』も、誰も聞いてくれない、助けてくれない、こんなに『叫んで』るのに…!
誰も私を好きじゃない、側にいてくれない、愛してくれない、みんな私の事が嫌いなんだ、
私はどこに行けばいいの、私が居ていい場所は、私の居場所はどこなの…

私は自分が嫌いになっていった、私の顔も、身体も、そしてこの『声』も、全部嫌い、
でもそんな私が一番嫌いだった、
だから、後で引き取られた家でも、私は本当に嫌な子供だった。


私を引き取ってくれた「音羽」の家、父母と息子が一人、とても裕福な家庭だった。
その家の両親はよく海外の出張で長い間、家を開ける事が多く、
私は『兄』と二人で過ごす事が多かった。

「これから二人だけで暮らす事が多くなると思うけど、よろしくね、姫音」

兄は両親に大事に育てられたせいか、人がよく性格も大人しかった。
兄は私に気を使って優しくしてくれるが、私は全て無視した。
両親に愛されて育った優しい『兄』のことが嫌いだった。

ある日、私は兄と中学の女友達を連れて、この島にあるデパートに出かけた。

「でさ~、部活の先輩がさ、私の服、チョ~子供っぽいっていうの、酷くない?」
「あんたの髪型が子供っぽいんじゃない? 今度私が行きつけの美容院紹介してあげる」
「でも折角だから、服だって見ようよ~ 私も新しいの、そろそろ欲しいんだよね~」

「………」

兄はずっと黙っていた。
内気な上、会話の引き出しが少なすぎる兄は、私の友達と話せるはずがなく、
一人黙って私たちの後を付いてくるだけだった、当然、私の計算だ。

それに兄はもともと大人しい性格のせいかクラスの友達も少ない、
私と数人の友達で兄の「噂」を広げると、兄に味方する人はいないため
瞬く間に兄は女子から嫌われ、次第に同性の友人もいなくなった。

そう、兄はクラスで孤立している、今の友人の数はゼロだろう。

「ねえ、私たちだけでこの店に入りたいから、店の前で待っててもらえる?」

突然、私は兄に冷たい口調で言い放った、
そこは女性の下着が売られているランジェリーショップ、男性には近寄り難い店だ、
兄は気弱そうに返事をすると、私たちは店に入り、数分後に兄の死角をついて店を出た。

「ふんっ、バカな人。たっぷり恥でもかけばいいわ」

私たちは離れた喫茶店に入り、兄を騙した事を肴に数時間話し込んだ、
そして私たちは解散し、兄が気になった私はランジェリーショップに向かった。

兄はやっぱり、そこにいた。
他の女性客に変な目で見られたり、店員から話しかけられても「あはは…」と
困ったような愛想笑いを浮かべるだけだった。

そう、兄は人が良すぎる上に、非常にどんくさいのだ、
私がこんな幼稚な手で、兄を辱めれると踏んだのもこのためである。


119 :今と昔の同調義妹3 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:49:50.78 ID:1sSpV0un (4/17)
でも今回は、さすがの兄も私に怒ると思った、
どんなに言葉や表情で隠しても、私には心の『声』が聞こえる、
あのバカ正直で、お人よしの兄でも、文句の一つは出るだろう。

兄も男だ、
どうせ、義妹の私を、イヤらしい目で見るに決まってる、
いつか、私を無理やり襲ったりすることもあるかもね…

「何、ずっと女の下着売り場の前で突っ立てるのよ、バッカじゃないの!?」

「あはは…ごめんね、迷惑かけちゃったね…本当にごめん…」

「一応、私はあんたの義理の妹ってことになってるの。
あんまり変なことして、私にまで恥かかせないで欲しいんだけど」

私は兄に向って吐きだした、
すると兄は情けなく、みじめに、気弱そうに、私にまた謝った。

「何、謝まってんの?」「あんたの愛想笑い、ムカつくんだけど」とか
言ってやろうと思ったけど言えなかった。

だって本当に兄はそう思っていたから…
本当のバカは兄じゃなくて私だった、
でも、そこから私のバカな子はもう少し続くのだった。

両親がいない時、二人でするよう言われた家事を全部兄に押し付けた、
兄が作るご飯をまずいと言って食べなかった、
二人で使う生活費を勝手に買い食いや高い服に使って兄を困らせた。

それでも兄は、困った時は「あはは…」と苦しそうに愛想笑いするだけで、
私の事を決して悪く言わなかった、当然、両親にも告げ口した事はない、
私の無駄遣いがバレたときも、自分が使ったと私をかばってくれた事さえあった。

兄から嫌な『声』は聞こえてこない、それぐらい最初からわかってる、
だって私は『同調』があるから、ううん、そんなものなくたってわかってたんだ、
兄はどうしようもなくお人よしで、私の事を大事にしてくれてるって…

でも私は認めなかった、怖くて、みじめで、情けなくて、
あれだけ優しくしてくれた兄に、つらく当たった罪悪感に耐えられなかったから…
私はどうしようもなく、自分が嫌になった。


そしてある日、事件が起きた、
通帳に記載された3桁の僅かな預金。

「…嘘っ!? お金ってもうこんなに少なかったの!?」

両親の出張がすごく長期に渡り、振り込まれた生活費が尽きてしまったのである。
当然、私の心無い浪費せいだ。

裕福な家だが、生活費として渡されるお金はそう多くはない、
それは二人で家計をやりくりさせるため、そして、いつか日か来る独り立ちのためである、
でもそんな事、当時の私に知る由もなかった。

お金がなかったため、私は今日の夜からご飯が食べられなくなった、
生活費は共通の口座にあるため、兄の食費も多分無いだろう。

そして夜、私は空腹を抱えたまま、自分の部屋のベッドで大の字になっていた。

「お腹すいたな…あいつも今頃、お腹すいてるのかな…」


120 :今と昔の同調義妹4 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:51:15.58 ID:1sSpV0un (5/17)

トン、トン、トンっ…

「姫音、今ちょっといいかな」

兄のノックと声を聞いた、
あいつ、ご飯食べられなくなった事、私に文句言いに来たのかな、
そりゃそうか、お金無くなったの私のせいだし…

「開いてるから、入れば…」

「…うん、お邪魔するね。姫音さ、お腹空いてるよね。
こんなのしか作れなかったけど、食べる?」

どうやら兄は私にご飯を作ってくれたらしい、
見ると、ふりかけご飯と形が崩れたへたくそなオムレツだった。

兄の不器用さは料理についても例外ではなく、兄の作る食事はいつも、
生彩に欠け、レパートリーも少なく、味も単調、お世辞でも美味しいとは言えなかった。

「ふんっ、あんた、まだお金持ってたんじゃない! 一人だけで使う気だったの!?
それに、このご飯と下手くそなオムレツ、全然美味しくないじゃない!
だからあんたの作ったご飯は、食べたくないっていつも言ってるのよっ!」

すごく空腹だった私は兄の作った食事を乱暴に奪い、そして食べながら悪態をついた。

「あはは…ごめんね、美味しくなくて…」

と、兄は弱々しく微笑みながら、私の食事を見ていた。

「何、ニヤニヤ見てんのよ! 気持ち悪い! 出て行って!!」

…だって今の私、すごく情けなくて、恥ずかしいから…

その日から、兄は朝と晩は私にご飯を作って、部屋まで持ってきてくれた。
次の日もふりかけご飯とオムレツ、次の日はご飯と缶詰が出てきた、
しばらくしてアンパン、次は食パンだけ、美味しくないビスケットだけ…

「あはは…今日はこんなものしかなかったんだ、ごめんね、姫音」

「こんなの、いらない…。だって美味しくないよ…」

私は、せっかく兄が持ってきてくれた食事を断る、
ぱさぱさのまずいビスケットは、昼食を抜き、まともな食事を取っていない私にとって、
見ているだけで唾液が出てくるごちそうだった、でも…

「どうして私なんかにご飯持ってくるのよっ! あんたが食べれば良いじゃない!」

「あはは…僕ってあまり食べないほうだから」

「嘘っ!! 嘘つかないでよっ!! 嘘ついたって、私には全部わかるんだからっ!!」

「私、あんたに酷い事した! 怒らないの!? 仕返ししないの!?
何か言ってみなさいよっ!! ほら、どうしたの? あんた、私に同情でもしてるわけ!? 
お父さんやお母さんがいないから、私に優しくしてくれてるつもりなのっ!?」

私は、もう何もかもわからないぐらい感情を爆発させていた、
兄はじっと私を見ていたが、少しずつ口を開いた。


121 :今と昔の同調義妹5 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:52:34.10 ID:1sSpV0un (6/17)
「ううん…違う…ただ姫音がこの家に来て、僕がお兄ちゃんになるって言われた時、
僕が姫音の父さんや母さんの代わりになって、姫音をずっと守っていこうって思ったんだ。
いつでも姫音の味方になって、いつか姫音に頼ってもらえるようになれたらいいなって…」

兄は弱々しく微笑んだ、
その顔は青白く、頬もやせこけているようで、まるで病人みたい、
身体も細々としていて、最初に会った時よりもずっと痩せていた。

「……あんた、すごく痩せてる。顔色だって悪いし、やつれてる。すごく苦しそう!
どうしてこんなになるまで、私にご飯をくれるのっ!? 私を守ろうとするのっ!?
もっと自分を大事にしなさいよっ!! 私じゃなくてっ!!」

私は兄を怒鳴りつけると、また兄はしばらく私の顔を見つめていたが、
何か遠い物を見るような目で、穏やかに切り出した…

「僕さ…勉強できなくて、運動できないし、カッコも良くなくて、何の取り柄も無いんだ。
だからさ、きっと僕は…将来すごい人には多分なれないと思う」

「だけど姫音が来てくれた時、すごく嬉しかった。
僕、最初に姫音に会った時、姫音の事、すごく可愛いと思ったんだ。
こんな可愛い子とお話したり、デート何かできたら最高だろうなって」

「でも僕みたいなダサくて、要領も悪くて、女の子と話したりできない人が、
最初から姫音みたいな可愛い子と釣り合うはずないんだ。その代わりさ…
兄として、家族の一人として、姫音を一生守っていこうって思ったんだ」

「僕は、大勢の人を幸せにする事はできないけど、目の前の姫音を一生守り切って、
その幸せを見届けていくことぐらいは、してみたいと思ったんだ」

再び兄は弱々しく微笑む、
だが言葉だけではない兄の強い意志が、『同調』能力が無くてもはっきりと伝わってくる。

この人は今の私だけを見ていない、
これから先の私を見て、ずっと守ってくれようとしてたんだ…

ああ…この人はバカだ…どうしてこんな私を守ってくれるんだろう、
本当にどうしようもないぐらいのバカ…!
私…この人に…何て事をしたんだろう……!!

兄は微笑んでいたが、突然ぐぅと弱々しいお腹の音を鳴かせた。

「え、あっ、あはは…ごめんね。それ食べてもらっても構わないからさ」

兄は私の部屋を出る……ダメ! 絶対にダメっ!!
気づいた私は、とっさに兄の手を掴んだ…!

「待って…! 待ってよっ!! お願い! 行かないでっ!!」

「…ビスケット…食べてよっ!! あんた、ずっと何も食べてないでしょ!?
そんなの、死んじゃうじゃないっ! やだっ! そんなの、やだぁああああああっ!!」

私は初めて人前で、泣いてしまった…
みっともなく大声をあげて兄に泣きついた、
私と同じ年の兄は、男子なのに女の子にみたいに華奢で細くなっていた。


122 :今と昔の同調義妹6 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:54:07.40 ID:1sSpV0un (7/17)

………
ぱり…ぽり…パリ…ぽり…

二人で食べる乾いたビスケットの音が私の部屋に響く、
月明かりが差し込むだけの薄暗い部屋、
私は兄と背中合わせだった。

「今度、お金振り込まれたらさ、あんたにご飯作るね」
「うん…ありがとう、楽しみにしてるよ」
「嘘じゃないからね、本当に作るんだからね!」
「うん、わかってる」

「掃除とか洗濯とかも、ちゃんとするから」
「うん、ありがとう…すごく助かるな」
「お金も…考えて使う…こんなこと、もう二度としない」
「…うん、わかった」

「さっきから、うんうん、ばっかり…」
「ん?…あはは…ごめんね…」
「別に怒ってるわけじゃないから…」
「うん、わかってるよ」

「………」
「……姫音?」

不器用で、どん臭くて、お人良しの兄、
いつも私を大事にしてくれる、
支えてくれる、守ってくれる。

「あのさ…あんたに変な事聞いていい?」
「変な事? 何?」

誰にも愛されず、荒んだ私を、心の底から受け入れてくれる、
私の大切なお兄ちゃん。

「今さ、私の声が聞こえなかった?」
「え?…ごめん、何か言ってたの? 聞いてなかった…」

女の人が男の人を、顔やお金や名声で好きになるんじゃない、
この人とずっと一緒にやっていきたいという気持ち。

「いい。今は、まだいいから」
「うん…わかった」

だから私は今、あなたに言います。

『お兄ちゃん、今までこんな私を守ってきてくれて、ありがとう。
もしも許されるなら、あなたとずっと一緒に歩ける人でありたいと思います』

生活費の不足は両親に連絡すれば、追加で出してもらえる事になっていた、
でも私たちはそれをしなかった。

私はこの家の両親に意地を張るためだけに、
兄は自分ひとりだけで義妹の私を守るために、
同じ年の二人にはこれだけの大き過ぎる差があった。

その夜、私は兄と一緒の毛布に包まれて眠った、
兄は恥ずかしがっていたが、私が強引に引き込んだ、
別に兄にならもう何をされても良かった、でも何もしてこない、優しいお兄ちゃんだった。


123 :今と昔の同調義妹7 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:55:34.77 ID:1sSpV0un (8/17)
私は毛布の中で兄に抱きつく、温かい、何故かとても落ち着く、
月明かりだけが入ってくる私の部屋、私と兄は毛布の中で静かに抱き合って眠った。


―――コト、コト、コト…

かすかに寒さが身にしみる朝、味噌汁のお湯が沸き上る音がキッチンに響く。

キッチンには一人の可憐な女性が朝食の支度をしていた。

そこへ階段から、一人の男性が少し眠そうな顔をして降りてくる。

「あっ、おはようございます。朝ごはん、もうすぐできますよ」

「うん、おはよう。いつもありがとう。ちょっと顔を洗ってくるね」

5分後、リビングのテーブル上に温かで彩り豊かな朝食が並ぶ、
二人が手を合わせ同時に「いただきます」を言う。

「そう言えば、今日から帰りが遅くなるんでしたよね」

「うん、会社で小さいけどあるプロジェクトのリーダーを任されることになったんだ。
だからいつ帰れるかわからない、多分すごく遅くなると思う。
晩御飯はいつも一緒に食べてるけど、今日から食べられないかも…」

「いえいえ、いくら遅くなっても、帰ってくるまでいつまでも待ってますよ。
だから一緒に御飯を食べましょう。きっと一人で食べるより、
二人で食べたほうが美味しいに決まってますからね」

家を出るまでのわずかな朝の時間、
だが二人の間には穏やかな時間が流れる、
いつも二人で食事を囲み、会話し、温かく微笑み合う、そんな穏やかな時間。


『こういうの…いいな』

どこからだろう…、リビングの空間の外から声が響く。

『うん、すごくいいと思う』

その少女の声に応えるように少年は頷く。

二人の男女が温かな朝食を囲う光景、
それは少年と少女が思い描く理想、
それは夢の中でしか存在できない幻想。

『いつか、いつの日か、こういう毎日を過ごせるように…なれたらいいよね…』

『うん、だったらさ。やってみようか…』

『え…いいの…? 私と何かで…』

『うん、姫音とやってみたいんだ。僕と姫音でやろうよ。約束だ』

『…うん約束。ありがとう、お兄ちゃん。…すごく嬉しい。明日、楽しみだね』

私とお兄ちゃんはゆっくり微笑み合う。

…明日が欲しい、明日から微笑み合っていけるように…
ここからもう一度、お兄ちゃんと歩き始める事ができるように。


124 :今と昔の同調義妹8 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:56:56.13 ID:1sSpV0un (9/17)
そこで私の意識は闇に沈んだ。

次に見たのは懐かしい緑の風景。

緑の絨毯、辺り一面に大草原が広がる、
見上げると緑の丘、その先にいくつもそびえる高い山々、
そして草原から二人の男女が並んで歩いていく。

穏やかな風が吹き、晴れた青空の下を歩く二人、
恋人か、それとも夫婦だろうか、
歩く二人の背中は草原の彼方へ向かって少しずつ小さくなる。

そして、緑の水平線に消えていく…
私は後ろから、その二人を見ていた。

二人はどんな顔をして歩いているんだろう、
二人が行きつく先はどこなんだろう、
二人はずっと一緒なのだろうか…

そんなことを考え、不安に襲われる、
だって怖いから、先が、何があるか、何が待っているか分からないから…

…だから、隣に…誰か…、お兄ちゃん…


朝、目が覚めると兄はすごい高熱を出していた、そして救急車で運ばれていった、
極度の栄養失調のため、免疫力が著しく低下したとのことだ。

私のせいだ、私のせいだ…私の人生で最大の汚点だった。

幸い兄の命に別状はなかった、
でも「幸い」なのはこれだけだ、

兄は、記憶喪失になっていた…

兄は始め、自分の名前さえわからなかった、
それでも時が経ち、治療が進むと、少しずつ記憶の回復が進んだ、
ただし、私に関する記憶を除いて…

いや、客観的に見れば「私」の記憶は戻ったと言えるかもしれない、
だがそれは事実とは異なるものであった。

兄がいる病室、
兄は体調や記憶も順調に回復していることから、退院の日は近かった、
兄が熱を出して倒れた日から、私は毎日のようにお見舞いに来ていた。

「ごめんね、姫音。また来てもらって」
「別に…私が来たいと思って来ているだけだから気にしないで…」

「でも姫音にはいつもお世話してもらってるからね。今度何かお返ししないと」
「本当に、そんなの、いいから…」

「うーん、でも姫音には、いつもご飯とか作ってもらってるし。今度、僕も何か作るよ」
「う、うん…」

私は、一度も兄にご飯作ってあげた事は無かった、
いつも兄に作ってもらって、文句ばっかりを言って食べない事もあった…

「掃除や洗濯も手伝わないと。姫音にばっかりやってもらったら悪いし」
「うん…」


125 :今と昔の同調義妹9 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:58:21.43 ID:1sSpV0un (10/17)
家事も全部、兄に押し付けてばかりだ、
それでも兄は、両親にはいつも私に手伝ってもらっていると嘘をついてくれた…

「お金の管理までやってもらってるね。あはは…姫音がいないと僕って何もできないな…」
「……」

私が両親から貰った生活費を、全部使っちゃったから、
兄はずっとご飯食べられなくて、それで…

それに比べて、今の私はこうやってのうのうと生きてる、
兄にずっと支えられて、守られてきた。でも私は、兄を無視して、苛めて、困らせて、
餓死寸前まで追い詰めて、高熱を出させて、記憶まで失わせて、私は生きている!

私は最低だ、何の価値も無いクズだ、ゴミだ、疫病神だ、
生かされてる価値もない、守られる価値もない、私は最低のクズだ…!

「姫音? どうしたの? もしかして疲れてる?」
「ううん…」

突然、私は兄が寝ているベッドに近づき、兄の手を取った、
そして服の上からでもわかる、自分の大きな乳房に押し付けた。

「えっ、何!? 姫音、どうしたの!?」
『■■■■■■■、■■■■! ■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■■!』

慌てる兄、でも私は気にせず、目をつむり、
兄の唇に自分のものを合わせようと顔を近づけていった。

「ひ、姫音、ダメだって! 僕たち兄妹じゃないか!」
『■■■■、■■■■■■! ■■■■■? ■■■■■! ■■■■■■■■!』

兄が本当に困っているようだったので、これ以上は止めておいた。
私は持ってきた兄の着替えなどを渡して、病室から出ていくことにした。

「ごめんね。ちょっと私、気が動転しちゃって。また明日も来るからね、お兄ちゃん」


兄の記憶喪失の後遺症、
それは私、音羽姫音という人物に関する記憶改変だった。

兄の世話をする義妹、面倒見の良い義妹、
それが兄にとっての「音羽姫音」だ。

人は心的ストレスを受け続けると、心の負担を減らすために「逃避」行動を取る事がある。
兄が創った「音羽姫音」は、最もストレスを受けない人物、または理想の形かもしれない。
当然だが、兄にとって私は重い負担になっていた、しかも記憶を改変してしまうぐらいに。

その事実を知った時、私は自分を殺してやりたいほどの激しい自己嫌悪に襲われた、
兄に謝りたい、でも謝ったら優しい兄はきっと私を許してくれる、こんな最低な私でも…
だけど、そんなの私が許さない! 私は、私を、一生許してやらないっ!!

…だから、私は兄に一度も謝る事はなかった。

代わりに、これからの私の人生を、兄のためだけに使うと決めた。
兄の理想像である「音羽姫音」になるために、甲斐甲斐しく兄のお世話をする、
私の『同調』で兄の欲求を読み取り、何であっても叶えてあげる。

そして今日、先ほどの病室で大きな収穫があった、
それは私の胸を触らされ、キスをしかけられた時の、兄の黒い欲望の『声』。


126 :今と昔の同調義妹10 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 17:59:44.07 ID:1sSpV0un (11/17)
『姫音のおっぱい、柔らかい! 大きい! このおっぱいで顔を挟まれてみたい!』
『姫音の顔、すごく可愛い! キスするの? キスしたい! 可愛い顔の姫音と!』
…か、すごく嬉しかった! 兄もちゃんと私を、女の子として見てくれていたんだ!

これで…お兄ちゃんのどす黒い男の欲望も、満たしてあげられるんだ…
私はとても救われた気分になった。

これから何でも叶えてあげる、どんなものでも食べさせてあげる、
欲しいモノがあればバイトしてでも買ってあげる、して欲しい事をしてあげる、
どんなエッチな事でも、喜んでお兄ちゃんにしてあげる…全部、そう全部してあげる!

お兄ちゃんに彼女が出来て、私がすごく傷ついて、無様に泣いて、心がズタズタに壊れて、
最後には、ボロクズのように捨てられるその日まで、私が兄の心の隙間を埋めてあげる、
それまでのお兄ちゃんは、私の居るべき大切な『居場所』だから…!

私は、その日からアダルトビデオや、18禁のゲームなどでHな知識を蓄えていった、
また兄さんのPCを勝手に閲覧し、兄さんの嗜好を見定めていった。

この「兄さん」という呼び方は、
兄さんが高校になってハマった、エッチなゲームに出てくる女の子からの呼び名だ、
私の髪型、性格、しゃべり方、声色まで全部、その兄さんが好きなヒロインに合わせた。

これは『ダ・カーポ』の朝倉 音夢(あさくら ねむ)というヒロインだ。
義妹である私にとっては、本当に都合が良かった、
そのヒロインっぽく、兄さんの前では兄さん大好きだけど、ちょっとツンデレに振る舞う。

おそらく兄さんは、SかMかで言ったら、Mだろう、
私はヒロインとしての演技も兼ねて、女の子の嫉妬に関しては兄さんにきつく当たり、
ついでにエッチなオシオキを行い、兄さんを苛めて喜ばせてあげる事にした。

正直なところ、今まで酷い目に合わせてきた兄さんをエッチなことでも苛めるのはつらい、
でもやるんだ、それは兄さんが心の底で本当に望んでいる事だから、
それを叶えてあげるために、そう、兄さんが好きだから、愛しているから苛めるんだ。


そして家の中だけじゃない、
外の世界、学校でも兄さんが平和に過ごせるようにする必要があった。

兄さんが通学できるようになる一月前のこと、
私は仲良くしている友人たちの目の前に立っていた、
あのデパートで兄さんを下着物売り場に置き去りにした女子グループだ。

「オッス姫音、お前のアホ兄貴って、もうすぐしたら学校戻ってくるんだっけ?」
「え~っ!? マジであのキモオタ帰ってくんの? 最悪、マジいらねーんですけど」
「だったら今度はアタシらでまた苛めて記憶喪失にでもしてやる? もう一年ぐらい」

「兄さんを苛めるの、止めてもらえる」

「…はぁ? 姫音、オマエ何言ってんの? 最初はお前から言い出したんじゃねーか?」

「いいから兄さんを苛めるの、止めて」

「何言ってんだコイツ? 今日のお前、マジ頭おかしいんじゃね?」

「兄さんを苛めないでっ!!」

「おいおい、姫音落ち着けって。別にアタシらだけじゃないだろ、兄を苛めてんのは」



127 :今と昔の同調義妹11 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 18:01:05.28 ID:1sSpV0un (12/17)

―――ドガっ!!

三人の誰だっただろう…?
私は全力でそいつを殴り飛ばした。

「兄さんを苛めるなーっ!!」

授業が始まる前の朝の教室、
一瞬にして喧騒が広がった。

殴って、殴られて、引っ張って、引っ張られて、蹴って、蹴られて…

私はまた叫ぶ。

「兄さんを無視するな! 悪口を言うな! 苛めるのを止めろーっ!!」

私は他の誰かに殴りかかっていく、
他のクラスから人が集まってくる、
騒ぎを聞きつけた先生たちが駆けつけてくる。

…この後の事はあまり思い出したくない。

ただ一つ、
一ヶ月後に兄さんを無視したり、悪口を言う人がいなくなった事はすごく嬉しかった。


そして時は、現在に至る、
兄さんは昨日、私に一晩中くすぐられて、ぐっすり眠っている。

眠りの間、多分兄さんは、昔の私を夢で見たはずだ、
もしかしたら、私との記憶が完全に戻っているかもしれない…
そしたらすごく気まずい…もしかしたら兄さんに、軽蔑されるかもしれない…

でも時刻は7時30分を過ぎた頃、
もう兄さんに起きってもらって、朝ご飯を食べて欲しい時間だ。

兄さんに遅刻をさせないようにするためにも、これ以上寝させるわけにはいかなかった、
私は兄さんの足の裏をくすぐって起こす事にした、多分兄さんがして欲しい事だろう。

「兄さんの足の裏…こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」

「…!? ひゃあああああっ!?」

「あっ、起きましたか、兄さん♪ おはようございます」

兄さんが情けない声を上げて起きる、
でも私は努めて、普段の『意地悪な姫音』を演じる、
だから、もうちょっとだけ兄さんをくすぐってあげる事にした

「ほらほら、兄さん♪
義妹に無理やり足の裏をくすぐられて起こされるって、どんな気分ですか?
ほ~ら、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」

そして、私は最後の賭けのつもりで、兄さんに『声』を送ってみた。

『私、兄さんの事、ずっと前から好きでした』

「……兄さん、今、私の声が聞こえませんでしたか?」


128 :今と昔の同調義妹12 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 18:02:28.40 ID:1sSpV0un (13/17)
「…えっ、声? もしかして早く起きろって言った?」

ほらね、やっぱり聞こえてない、私ってば、ざまあみろ…
私は可愛く怒った顔を作って、兄さんの足の裏を思いっきりくすぐった!

「……ぶぶ~っ! 乙女心がわからない人には、オシオキです!
ほ~ら、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」

あはは…まいったな…
兄さんは、どこまでいっても私を義妹としか見ないだろう、
それに私が兄さんを好きになる資格もきっとない。

「うふふっ♪ 可愛い義妹に足の裏くすぐられて気持ちよかったですね~♪」

薄暗い気持ちが渦巻いていたが、兄さんの前で暗い表情は決して見せない、
どんなに辛くても兄さんの前では、いつも可愛く笑みを浮かべるようにしてる、
そんな可愛くない私だった。

そして登校時、通学中の生徒が次第に多くなる頃、
私と兄さんは並木道を並んで歩く。

「姫音…!」

突然、兄さんに呼ばれる。

「はい。何でしょうか、兄さん?」

私は何とか兄さんに笑顔で返すことができた。

今の私は兄さんから何を言われてもおかしくない、
どんな酷い事を言われたり、命令されたとしても私は兄さんに従うだろう、
ただ、兄さんから捨てられる事だけがすごく怖い…

兄さんが真剣な顔で私を見て、口を開く。

「姫音。いつもご飯とか作ってもらってありがとう。今の僕は、
姫音のふさわしい人にはなれないかもしれないけど、勉強して、良い大学に入って、
就職して、いつかきっと姫音の側にいられるぐらいの立派な大人になるよ」

「……あ、あの…に、にぃ、兄さん…?」

私は一瞬で顔が真っ赤になる、プシューッと顔から蒸気が噴き出した、
バ、バカですかっ!? 朝から公衆の面前で、そんな恥ずかしいこと平然と言うなんて!?
ああ恥ずかしい…兄さんと腕を組んで登校するより100倍恥ずかしい!

そしてあろうことか、兄さんに真剣な顔で、プロポーズ並みの告白をされたせいか、
私の胸の鼓動は高まり、頭の中がグルグルと回りだし、正常な思考ができなくなっていた、
反射的に私は『声』を上げて、兄さんに叫んだ!

『朝からこんな公衆の面前で、いきなりそんな恥ずかしい事を…!
兄さんの…兄さんの、バカーーーっ!!』

…あっ、しまった、この『声』じゃあ、兄さんには聞こえないよね、
私はもう少しエレガントに非難しようと言葉を選んでいると…

『ごめんね、姫音。今日、今、ここで、姫音に言いたかったからさ』



129 :今と昔の同調義妹13 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 18:03:49.21 ID:1sSpV0un (14/17)
えっ? 嘘? 兄さんに私の『声』が聞こえたの?
だって、私の『声』って、私を好きになってくれないと聞こえないはずじゃ…
まさか、今ここで、兄さんが私の事を…

ここで私は、昔、金髪の魔法少女から聞いた話を思い出した。

「でもね、本当にキミの事を好きで、キミもその人の事が好きだったら、
キミの『声』をちゃんと受け取ってくれるはずだよ、どうかそれを忘れないでね」

本当に私の事を好きで、私もその人が好きだったら『声』を受け取ってくれる…
そして、私が兄さんに、プロポーズ的告白をされてから、
『声』を受け取ってくれたってことは…

私はその解答に対する答えが、既に分かってきていたが、
恥ずかしさのあまり、私はそれを頭の中で言えないでいた、
その代わりに私は兄に向って『呼び』かけた。

『…兄さん』
『何かな、姫音?』

『兄さんっ!』
『うん、姫音』

『兄さん! 兄さん! 兄さ~んっ!!』
『ちゃんと聞こえているよ、姫音』

私たちにしか聞こえない、バカみたいな呼応の応酬、
それが私には、たまらなく嬉しかった。

『私、これからもずっと兄さんにご飯作ります。何でもお世話します。
兄さんが望む事は、全部私がしてあげますっ!』

『ありがとう姫音。でも、ご飯だったら、たまには僕にも作らせてくれないかな?
オムレツも上手くなりたいし、それに他のモノも作れるようになりたいな。
良かったら姫音に教えて欲しいかな。あっ、掃除や洗濯は交代制で良い?』

『……兄さん…やっぱり記憶、戻ってたんですね。…私、すごく悪い子でしたよね。
兄さんにいっぱい迷惑かけて、困らせて、私、酷い…酷かった…』

『ううん、僕も姫音を支えてあげられなかったんだよ。僕が記憶を無くす前も、
そして記憶を無くして、姫音にあんな事をさせた。結局、僕は姫音を追いつめたんだ』

『ごめんなさい、兄さん。謝っても許される事じゃないと思う。
今でもこれから先もずっと私は、私を許せない。
だから、追いつめられるぐらいがちょうど良いんです』

『うん、だから僕は、姫音が自分を許せるぐらいの頼れる大人になりたいんだ。
姫音がどんな立場でも、いつでも姫音の味方になって、姫音が安心できる『居場所』に
なりたいんだ。多分、今は無理だけど…絶対にあきらめない、頑張る!』

うう…っ! すごく恥ずかしいっ!!
どうして兄さんはこんなに恥ずかしいセリフを、堂々と言えるんだろう…
いや、心から聞こえる本心だから、余計に恥ずかしいよ~っ!!

でもそのおかげで、私の薄暗い気持ちは完全に消えてしまった、
もう…兄さんにはやっぱり敵わないな…

本当は兄さんが大好きなはずのに、
いつの間にか、好きにならないといけないって思い込んでしまってたんだ、
相変わらずバカだな、私って…そうだ、頑張るのは兄さんじゃなくて私の方だ…!


130 :今と昔の同調義妹14 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 18:05:10.76 ID:1sSpV0un (15/17)
だから私は、覚悟を決めた…!!

『兄さん、私は本当にあなたの事を好きになりました。
もしも許されるなら…、ううん、私、兄さんと一緒に歩ける人になりたい』

『うん、僕も姫音が好きだ。ずっと姫音が僕の隣で居られるように、頑張るよ』

人通りが多くなる通学路の並木道、
私と兄さんは、ずっと「無言」のまま、お互い正面を向いて見つめ合っていた…

私の『同調』は好きな人同士が以心伝心になれる魔法、つまり恋人の「テレパシー」だ、
私は兄さんの『義妹』、「シスター」だから、
『同調義妹(テレパシスター)』って言うのかな?

何だがバカっぽいけど、うん、面白いかも。

私は、また兄さんに向って『呼び』かけた。

『兄さん、私、兄さんが好き』
『うん、僕も好きだよ。姫音』

『兄さんの事が大好き!』
『僕も大好きだ!』

『兄さんを、愛してる~っ!!』
『僕も姫音を、愛してる!!』

また二人だけのバカな応酬が始まる、
恥ずかしいのに、心がこんなにも軽く、弾む!
生まれて初めて、輝かしい太陽の光を浴びたみたいだった。

そして私は、一歩、二歩と軽くバックステップで下がり、
息を深く吸い込み、大声を出して言ってやった…!

「ふ~んだっ! 兄さんの事なんか、全然好きじゃないんだからね~っ!!」

並木道を通学する生徒たちが、いっせいに振り向いてくる。

それを見た私と兄さんは、思わず噴き出してしまう。

ああ…どうしてこんなにも、晴れやかな気持ちになれるんだろう、
私の心は、今日の晴天の青空のように、どこまでも澄んでいて、
どこまでも飛んで行けそうだった。

ふいに私はあの夢に見た風景を思い出す。

それは緑の草原を歩いていた二人の男女、
それは昔、まだ父と母の仲が良かった頃に
連れて行ってもらった美術館で見た一枚の絵。

二人の男女が大草原を抜けて、いくつもの丘を登り、山を越えていく、
けどその先は見えない、いったい何があるんだろう…

海? 森? 雪原? また山かな? 
もしかしたら、まだ誰も行ったことが無い秘密の洞窟を見つけたりして!
幼い私はそんなことを考えていた。

でも同時に、すごく怖いと思った、
二人はどこまで歩くのか、どんな事が起こるのか、つらくないだろうかと不安になる。


131 :今と昔の同調義妹15 ◆D.t0LfF1Z. [sage] :2011/12/03(土) 18:06:29.52 ID:1sSpV0un (16/17)
…でも、もう大丈夫。

私は、すっと、兄さんの隣に寄り添った。

「兄さんと一緒に歩いて行ける、隣の『居場所』があるから大丈夫です」

「ああ、そうだね。ずっと一緒だ」

私と兄さんは、一緒に並んで同じ並木道を歩きだす、
そしてお互いの顔を見合い、穏やかに微笑み合う。

そう、隣には兄さんがいる。

晴れた陽気な日には歌を歌い草原の道を並んで歩く、
うれしい時には丘の上で和やかに二人微笑み合う、

つらくて苦しい山道では手をぎゅっと握り合って歩き、
山の寒い夜には二人で身を寄せ合って暖めあう。

こうやって一歩ずつ、一歩ずつ、歩いていく、
だから例え苦難の道のりでも、過酷な日々があるとしても、
きっと大丈夫、でしょ?

「うん、大丈夫。姫音と一緒だからできるんだ」

「ええ、余裕ですよね。兄さん♪」

これから一緒に歩いて、一緒に微笑んで、
ゆっくりと歩んでいく、
穏やかに齢を重ねていく。

そして、健やかなるときも、病めるときも、
また、喜びのときも、悲しみのときも…

「僕は姫音を愛し、姫音の隣にあり続けると誓うよ」

「はい。私も兄さんを愛し、兄さんの隣で歩き続けていくと誓います」


大草原、辺り一面に広がる緑、
その先にあるいくつもの丘といくつもの山を越えていく、
歩く、二人、簡素な旅装束に身を包む二人の男女。

それは大草原を往く旅人夫婦の一枚絵。

彼らのくたびれた服から、いくつもの苦労の跡が見てとれる、
しかし二人の表情はとても穏やかで、お互いに微笑み合い、
そして手を繋ぎながら、どこまでも歩いて行くのだった。


Fin


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最終更新:2011年12月05日 02:18
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