バレンタインは突然に

220 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:19:01.08 ID:3FKkcltt (2/9)

「おにーちゃんおかえり!」

とある地方の住宅街、ぼろでもなければ立派でもない家に少女の歓喜の声が響いた。
その声とともに玄関に走って出迎えるのは沙希という今年小学校に入った愛くるしい少女だった。
沙希はその将来を思わせる可憐で美しい顔に万遍の笑みを浮かべながら兄に抱きついた。

「ただいま。さっちゃんはいい子にお留守番してた?」

「うん!学校から寄り道せずに帰ったし、宿題もやったよ!」

「えらいえらい。さっちゃんはいい子だね。」

沙希はしばらくの間兄の高校の冬服の匂いを堪能して恍惚としていたが
いつも帰ったらすぐに閉めている玄関の扉が開きっぱなしであることに気がついた。

「おにいちゃん、玄関あいたまま。」

「おっと、人を待たせてたんだ。」

この家に兄の友人が何度か来たことがあったので沙希は今度もそう言うことだと思った。
そして今日という日がどういう日であるか分かっていないであろう兄の友人を静かに恨んだ。

「ちょっと待っててくれる?荷物置いてくるからさ。」

「うん、わかった。」



221 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/15(水) 02:21:05.26 ID:3FKkcltt (3/9)
玄関から顔を出した人物はいつもの男友達ではなく沙希が見たことのない女だった。

「お兄ちゃん誰?」

「えっとクラスメートの中川さん。一緒に帰ってきたんだ。」

「あら、この子が沙希ちゃん?すっごいかわいいね!
 初めまして!」

自分は中川のこと知らないが中川は自分のことを知っている。
そのことに沙希は兄が中川と非常に親しい仲であることを幼い頭脳で悟った。

沙希は中川を無視するように兄の後ろに隠れた。

「おいおい、中川のねーちゃんがさっちゃんと友達になりたいって。
 ごめんね、この子ちょっとシャイなんだ。」

「いいっていいって。」

自分と母親以外で兄が仲良くしている女を生まれて初めて見た沙希はショックを受けた。
母は去年死に、単身赴任中の父は当分帰ってこない今、兄から一番愛を受けるのは自分であると沙希は思っていた。
実際兄は母が死んでから親の代わりになろうと必死になって家事を覚え、
沙希の世話と勉強の面倒を献身的に行ってきた。

兄は自分を何よりも大事にしてくれている。
そう言う実感がこの1年沙希を満たしていたのだった。

だが目の前に現れた中川という女はどうだろう。
沙希の兄と中川は高校という場所で最近親密な仲になったらしいことは分かった。
兄はいつもどおりの様子で変化は見られなかったし、制服から異性の匂いがしたことは無かった。
つまり今日、2月14日という日が男女の仲を発展させた。
兄のことなど微塵も理解していない発情した猫であると沙希は読み取った。

さらに気に入らないのが兄の態度である。
自分という最優先で愛を注ぐべき存在があるというのに
まるでそれを置いてどこかへ出かけていくような口ぶりではないか。
「荷物を置いてくる」とはどういうことだろうか。
高校の重苦しいかばんだけでなく、自分もまとめて片付けてくると言われたようで
それが沙希の幼い心に秘めた『兄の一番である』というプライドを大きく傷つけた。


222 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:23:52.73 ID:3FKkcltt (4/9)
「さっちゃん、俺今からちょっと出かけてくるからさ。
 もう少しお留守番しててくれるかな?夕飯までには帰るから。」

「えぇー?沙希も行きたい!先も行きたい!」

「いやー困ったな、さっちゃんはいい子だからお留守番できるよね?」

「遠藤くんかわいそうよ。いいじゃない、一緒に行きましょ?」

「え、中川さんがそう言うなら。まぁいいか。
 さっちゃん一緒に来てもいいって。ほら上着着てきなさい。」

「わぁい!やったーありがとう!」

沙希はリビングへ走って上着を取りに言った。
声こそ無邪気な少女を演じていたが、兄を言いなりにしている中川が心底気に入らなかったし、
調教済みの犬のようになっていた兄を見せ付けられて激しい怒りを抱いていた。




223 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:26:08.86 ID:3FKkcltt (5/9)

沙希と兄、それから中川は近所の公園に来ていた。
本当はファミリーレストランでみんなで夕食を食べる予定だったが沙希が遊びたいと駄々をこねたのでこの公園に来ている。

「おにいちゃん、肉まんが食べたい」

「だーめ、晩御飯食べたくなくなるよ?」

「だって寒いんだもん。ね?中川のおねーちゃん?」

「うん、さすがに今日は冷えるね。子供は風の子っていうけど違うみたいね。」

兄は中川とこの公園に着てからなんだかそわそわと終始落ち着きがない様子だった。
そしてこの会話の後、沙希の様子を見て少し考えて言った。

「しょうがないな、ちょっと寒そうだし。
 買ってくるから二人とも待っててね。」

「はーい!」

兄は小走りで近くのコンビニを目指して行った。
公園には沙希と中川が二人で残された。

「さっちゃん、お兄ちゃんが帰ってくるまで何かして遊ぼうか。」

「えーっとね、鬼ごっこがいい!」

さっちゃんと自分を呼んでいいのはこの世で兄だけだ。
と沙希は口には出さないが憎しみを込めて思った。

「うわ、寒い中キッツいけど私がんばっちゃうよー。
 私が鬼でいい?」

「いいよー。それじゃ逃げるから捕まえてね。」

沙希は美しい薔薇を思わせるような笑顔で言った。


224 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:28:18.35 ID:3FKkcltt (6/9)

「おねーちゃんこっちこっち!」

「まってまてー!」

沙希と中川は公園を飛び出して近くの雑木林まで来ていた。
山に隣接したこの林は昼間でも人通りが無く近所では誰も寄り付かない。

中川は体力に自信があるほうだったが思いのほか沙希がすばしっこく、
なかなか捕まえられないで居た。

中川は走りつづけてちょっと息が上がってきたのに沙希は全く乱れていない。
子供の元気は底なしだと思い知らされて中川は鬼ごっこで鬼になったことを少しだけ後悔した。

「ちょっとタイム、おねーちゃん疲れちゃった。」

「あら、そう?結構あっさりあきらめるんだね。
 そういう人は好きよ。」

沙希は走るのをやめて中川の周囲を回りだした。

「ありがとう、さっちゃん走るの早いんだね。すっごーい。」

「ココまで付いて来れたご褒美にいいもの見せてあげる。
 私にタッチしておねーちゃん。」

沙希は中川を呼ぶように手を叩いて見せた。

「ようし、まってろよぅ!」

中川は力を振り絞って沙希に近づいた。



225 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:30:50.01 ID:3FKkcltt (7/9)
「きゃっ!」

とその時、中川が急に地面に落ちた枯葉の山に沈んだ。
落とし穴だった。

ドチャッっという鈍い音が林の中に響いた。

「・・・うぁ!ぁああ!」

見ると中川には無数の矢が刺さり、腕や足、腹部を貫通していた。
矢は落とし穴にあらかじめ設置されたものだった。

穴はあまり深くなくむしろ浅いものだったが、
凄まじい悪臭を放つ糞尿とも腐肉とも区別の付かない物体がそこらじゅうに敷き詰められており、
身動きしたり息を吸い込むたびにむせ返って身動きが取れなかった。

「おねーちゃん知ってた?傷口からばい菌が入ると死ぬんだって。」

「さっちゃん、助けを呼んできて・・・お願い。」

「自分で呼んだら?臭いのに耐えて叫んだところで誰も来ないけど。」

「・・に言ってるの?は・・早く・・・さっちゃん」

「気安く呼ばないでよ、薄汚い豚の癖に。
 そう読んでいいのはおにいちゃんだけ。」

「え?」

「あなたは何を勘違いしているのか知らないけど世界で一番おにいちゃんを愛しているのは沙希よ。
 お兄ちゃんも沙希のことを一番なによりも大切に思ってくれてるの。
 世界で一番愛してくれているの。
 お兄ちゃんが辛いとき楽しいとき、悲しいとき嬉しいとき・・・
 全部知ってる、全部わかってあげられるのは沙希以外いないの。
 昨日の今日仲良くなっただけのあなたにお兄ちゃんの何が満たせて上げられるの?」

「ゴホッ・・・だから・・・こんなことしなくたって・・・
 いたいよぉ・・たすけてよ・・・」

「なによ!お兄ちゃんが助けてほしいときにそばに居なかったゴミのくせに!
 お兄ちゃんを飼いならそうとしたメス豚はそこで死ね。」

「飼いならすって・・・そんなことしてない・・・」

「お兄ちゃんはお母さんの分までがんばらなくちゃって思ってるの。
 お兄ちゃんはお兄ちゃんの手で私が立派に育ってくれるのが一番の幸せ。
 だってお兄ちゃんには私しか居ないんだもの。
 お兄ちゃんは私と一緒にいることが最高の幸せ。
 だってあなたみたいな悪い害虫が邪魔をしないんだもの。

 私の幸せはお兄ちゃんの幸せ。
 だから・・・お兄ちゃんの幸せは私しか実現できない。」



226 :バレンタインは突然に [sage] :2012/02/15(水) 02:32:55.19 ID:3FKkcltt (8/9)
「あなた・・・おかしい・・・何コレ?」

中川はもがく内に白い棒状のものに手が当たった。

「おかあさん。」

「え・・・?ウヴぇ!」

中川は耐え切れず口から汚物を出した。

「じゃ、そろそろ戻るね。おにいちゃん心配しちゃうし。」

「まって!・・・お願いよ、遠藤くんとは・・・別れるから・・・
 許して・・・!」

「似たような台詞を去年聞いたような?
 安心しておねーちゃん!今度ココに突き落とす豚を殺す雑菌を
 おねーちゃんが用意してくれるんだから。無駄死にじゃないわよ。」

「じゃあね。」と言うと落とし穴にあらかじめかけてあったネットと枯葉を上にかぶせて沙希は足早にその場を去った。

沙希が雑木林を抜けたとき人とも獣ともわからない鳴き声が大きく木霊したが、
林はすぐにいつもの静けさを取り戻していつもの誰も通らない場所になった。


「おーい、肉まん買って来たぞー。
 あれ?中川さんは?」

「そこの公園で韓国のアイドルが通ったからそれを追っかけてどっかいっちゃったよ。」

「ええ?なんだそれ?」

「おにいちゃんより大事なんだって。
 あ、沙希はおにいちゃんが一番大好き!愛してるよ。」

「さっちゃんありがとう・・・俺も愛してるよ・・・。」

兄の目には失意の表情がはっきり表れていた。

「早く家に帰ろ?沙希チョコレート作ったから元気出して?」

「あぁ。」

邪魔者を始末しても心は戻ってきていないと沙希は感じ、
帰ったらお仕置きが必要だと心に決めた。

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最終更新:2012年02月16日 16:16
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