416 :
後悔した人の話 [sage] :2012/03/12(月) 02:13:04.58 ID:Xj5UDl4b (2/7)
拝啓、皆様、新年あけましておめでとうございます。
世にいる皆さんは正月を楽しんでいるんだろうか?
もし楽しんでいられるというなら、実に結構だ。
人生が順調にな証拠だよ。
では、人生の落伍者にとっては?
まあ詰まる所、今の俺みたいになる、ということだ。
1年の初めだというのに、死んだ両親の代わりに親戚の集まりに呼ばれ、
定職にも就かないどころか返す当てもない借金持ちでは嫁さんも貰えない、と毎年毎年同じお説教を頂戴して、
その後は部屋の隅でこそこそ隠れながら時間が過ぎるのを待っているわけだ。
全くもって例年通り、本当に……
417 :後悔した人の話 [sage] :2012/03/12(月) 02:13:44.33 ID:Xj5UDl4b (3/7)
「ところで、蓮ちゃんはまだ来ていないのかしら?」
例年通り、だと思っていた俺の心臓が跳ね上がった。
けれど、"蓮"と、誰かがそう言ったのがはっきりと耳に入った。
「蓮が来るんですかぁ!?」
思わず上げた大声に、叔母さんが体を震わす。
「え、ええ、蓮ちゃんから昨日電話があったそうなの。
あの子、欄君には言ってなかったのね」
当たり前だ、もし知っていたら間違ってもこんなところに来るものか。
こんな所で出会うなんて予想もしていないぞ、あいつはアメリカにいたはずだ。
親の葬式にも顔を出さないようなやつがどうしてわざわざ正月の集まりなんかに?
いや、そんなのどうでもいい、早くここから逃げないと。
「すいません、俺、今日これからバイトがあるんです、だから……」
「おいおい、何言ってるんだよ、折角、妹に6年ぶりに会えるって言うのに」
「いえ、急がないと」
俺を止めようとする親戚を押しのけて手をかけるよりも一歩早く襖が開いた。
「お待たせしました。
ごめんなさい、思ったより来るのに時間がかかってしまって……」
そして、襖の向こうに立っていた、背の高い女と向かい合う形になった。
涸瑠 蓮(かれる れん)、俺が世界で一番会いたくない人間、俺の妹……。
「あら、兄さん、お久しぶりです。
お出迎えですか、ふふ、そんなに蓮に会いたかったのかしら?」
クールな表情を和らげて蓮が笑った、ように周りの連中は思っただろう。
418 :後悔した人の話 [sage] :2012/03/12(月) 02:14:28.39 ID:Xj5UDl4b (4/7)
****************
「ほー、じゃ、蓮ちゃんは社長なのか!!」
親戚の一人が感心したように頷く。
「ええ、社長、と言いましても小さなバイオベンチャーですが……。
でも最近、○○製薬とパテントの使用契約が結ばれて、
少なくとも向こう数十年はなんとか大丈夫というところですね」
良くは分からないが、少なくとも、蓮があちらで成功していたと言うことなのだろう。
蓮が来てから1時間ほど立つが、蓮は親戚達の相手をしっぱなしで俺には視線の一つも寄越さない。
ひょっとして、もう俺には興味がなくなったのだろうか?
だったら幸いだ、このまま何事も無く過ぎてくれれば……。
「あれ、兄さんどうされましたか? そんな怖い顔をされて」
まるで俺のそんな安堵を読みきったかのように、急に蓮が俺へ興味の矛先を向ける。
そして、俺の前に座ると、じっと俺の顔を見つめたまま動かなくなった。
暫くしてから、ぽん、とわざとらしく手を叩いて頷いた。
「ふふ、失礼いたしました。
明けましておめでとうございます。
さ、お年玉ですよ」
そう言って、全く飾り気のない、だが、目を見張るほど分厚い茶封筒をスーツのポケットから取り出し俺に向ける。
親戚の子供が呆けたようにそれを眺めるのを、母親が小声でたしなめる。
だが、彼女自身も、いや、その場の誰もがその封筒から目が離せていない。
中には紙幣が300枚近くは入っているだろう。
少なくとも、俺の借金を返済するのには十分すぎる量なのは間違いない。
419 :後悔した人の話 [sage] :2012/03/12(月) 02:14:58.57 ID:Xj5UDl4b (5/7)
「な、何だよ!? それ!?」
「何って、お年玉ですよ。
兄さんは奨学金が返せなくて困っているって、聞いたものですから……ね?」
「そんなの、お前に何の関係があるんだよ?」
「ふふ、困っている兄さんを妹の蓮が助けるのに理由なんて要りますか?」
俺は何も返せず、黙って蓮を睨むしかなかった。
「でも、どうしても要らないのなら、仕方がないですよね……」
ため息をつきながら、蓮がゆっくりと封筒を仕舞おうとする。
「あら、どうされましたか、ふふ」
「え、あ、ああ?」
気づいた時には蓮の腕を掴んでいた。
それを見た蓮が笑いながら、俺の前にもう一度その封筒を突き出す。
「駄目ですよ、大事なものですから、無駄遣いなんてしちゃ、ね」
「ありがとう……ございます……」
消え入るような声で返事をして、蓮の顔が見えないように俯いたまま、両手で受け取る。
封筒はずっしりとして、重い。
「いいえ、たいしたものではないですわ、蓮にとっては、ね?」
さっきまでの宴の賑やかな雰囲気は消え、居心地の悪い思い空気が充満する。
その中心にいるのが俺だ。
口には誰も出さないが、親戚たちが俺に向ける侮蔑の感情を向けている。
妹にたかり、寄生する兄。
この場にいる誰もがそう思っているだろう。
420 :後悔した人の話 [sage] :2012/03/12(月) 02:16:16.84 ID:Xj5UDl4b (6/7)
「ったく、蓮ちゃんは高校出たてでアメリカに渡って、自力で会社まで興したってのに……。
お前は大学まで出させて貰ってフリーターか、いいご身分だよなぁ?」
口火を切ったのは、叔父さんだった。
「あらあら、おじさま、そんなことを言わないでください。
私にとっては唯一の肉親なんですよ。それに、出来・不出来は本人の責任なんかじゃありませんわ。
兄さんは昔から努力家だったのですから」
「努力も何も駄目なものは駄目だ。
ほんっとにお前は出来が悪いやつだな。
俺だって高卒なのにお前の年くらいには会社に入って、結婚して、今じゃ・・・・・・」
ごちゃごちゃと何かを言おうとする叔父を蓮が宥める。
「出来が悪いかどうか、そんな事は私には分かりませんが、
……兄さんには私がいないと、何も出来ないのは確かもしれないですね」
叔父の相手をする合間に少しだけこちらに顔を向けて、俺だけに見えるように、にたり、と口をゆがめて笑う。
猫が動けなくした小鳥を転がして遊ぶ、そういう場面をイメージさせる気持ちの悪い笑顔だった。
「……すいません、ちょっと失礼します」
俺はトイレに行くと言って席を外した、そのまま玄関へ向かい、靴を履く、
音を立てないようにそっとドアを開けて、そして、全力で駆け出した。
親戚たちにどう言われようと知ったことじゃない、けど、蓮とは一分一秒でも一緒に居たくない、
その時の俺の頭の中は蓮から少しでも遠くへ逃げることだけしか考えられなかった。
最終更新:2012年03月14日 20:01