無題2

801 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:54:45 ID:4dYybb9A
○月×日

 今日は、僕の誕生日だ。そして同時に、僕が両足を失った日から、丁度三年たった日でもある。
 今、僕の心は未来に対する不安と恐怖で一杯だ。その原因は、今日、帰ってくる妹にある。
そう、三年前のあの日。僕の両足を奪い、そして、厚生施設へと送られた1歳年下の妹が、今日、帰ってくる。


 思い出すのも辛いことだけれど、この不安から逃げたいからか、どうも今日の僕はペンが走る。
 自然と書き出すのは、3年前、僕を襲った不幸の事になってしまうのも、そのせいか。

 妹は、以前からどこか、『おかしかった』
傍から見る分には、人当たりがよく、誰とでもすぐに友人関係を簡単に作ることができ、勉強も運動も人並み以上に出来る
そんな文句のつけようのない程に、完璧に近い女の子だった。
けれども、僕だけが気づいていただろう、時折見せるその鋭い眼光は、その被った『いい子』の仮面の下に、何か暗くて、恐ろしい
感情を秘めている事を示していた。

 僕は、妹のそのときの目が嫌いだった。
獲物を狙う猛禽類のような、その瞳。それが向けられていたのは、いつも僕だったからだ。
だからと言って、僕は妹を拒絶することは出来なかった。普段は、優しい、よく気の利く素晴らしい妹だからだ。

 だから僕は、そんな妹に対する、あらゆる負の感情を押さえ込んで、『良い兄』として、接してきた。


 きっと、それが間違いだった。でも、それ以外の道が正しかったのかも、今となっては判らない。


 
 それが起きたのは、3年前――僕の15歳の誕生日。
 部屋で本を読んでいた僕の部屋に、突如押しかけてきた妹は、混乱する僕の口元をいきなりハンカチで塞いだ。
後で詳しく聞く話によれば、そのハンカチには即効性の睡眠誘導薬が、液体として染み込まされていたらしい。
結果、一息吸っただけで僕は直ぐに意識を失った。

 その後、僕の身に何が起こったのか、僕は知らない。
気づけば、病院のベットの上だった。既にその時僕は、両足を失っていた。

802 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:55:33 ID:4dYybb9A
○月△日

 妹が帰ってきてから、一週間が経つ。

 最初はどう接するか思いあぐねていた両親も、幾分か慣れたようだ。
・・・・・・僕だけが、妹に対してどう接しようか、未だにわからない状態でいる。

 そういえば、こっちに帰ってきてから妹は株を始めたらしい。
なんでも、更正施設で時間を見つけて勉強していたようだ。
いつかの夕飯に、両親に妹が、資金を欲しいと願って、決して少なくはないお金をもらっていた。
そんな風にぽいぽい出せるのも、うちがある程度裕福な方だからか。
それともまだその時、妹とどう触れ合えばいいのか悩んでいた両親の、何かとっかかりを作ろうと言う意識からだったかもしれない。

 聞いた話によれば、株取引を妹は成功させているらしい。
結構な額も稼ぎ出せそうであるらしく、近いうちに、迷惑をかけたお詫びを、両親に渡せると言っていた。




803 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:56:19 ID:4dYybb9A
□月#日

 今日で、妹が帰ってきてから既に半年になる。
僕は、未だにこの環境に慣れていない。

 帰ってからの妹は、以前にも増して『いい子』だ。
以前僕に対して犯した罪を(僕は覚えていないが)、心の底から悔いてるらしく、過剰ともいえる程に僕に尽くそうとする。
お風呂に入ることや、着替えること、はてはご不浄にさえついてこようとする。

 耐え切れなくなった僕は、ついこの前、妹に対して声を張り上げて怒鳴ってしまった。
正直、何を言ったか覚えていない。
その頃・・・・・・いや、ずっと以前から僕を苛んで来た不安や恐怖といった、そういう感情が爆発して頭に血が上っていたからだ。

 だが、その後の妹の暗い表情を見ると、どうもかなり僕は酷い事を言ったようだ。


 
 妹は、間違いなく変わったと思う。
 変わるべきは、僕なのかもしれない。



804 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:57:19 ID:4dYybb9A
%月*日

 今度、引っ越すことになった。僕と妹だけが、である。

 知らぬ間に、妹はかなり荒稼ぎしていたらしい。
 大学に上がった僕に、その近くに家を一軒プレゼントする事が出来る程に。

 
 僕がそこに移動するにあたって、妹も一緒に来る理由は、この両足だ。
流石に大の大人とはいえ、車椅子でしか移動することの出来ない人間を一人、まったく新しい場所に送り出すわけにはいかない。
そう言った事もあって、両親はこの、実家から遠く離れた地の大学を受けることを、ずっと反対していた。
でも、僕はどうしてもこの大学を受けていた。理由はそう、様々だ。

 しかし、いくら息子の頼みとは言え、聞けることと聞けないことがある。あちらの大学に通うことは、両親にとっては聞けないことだった。
(両親は会社を経営しており、ここから引っ越すことはできなかった)

 そんな時に、助け舟を出してくれたのは妹だった。

私がお兄ちゃんについていく。
家だって、私がお兄ちゃんのために建てるわ。 お金? 大丈夫、私、これだけあるから。
だからお父さん、お母さん。お願い、お兄ちゃんの望むとおりにしてあげて。

 僕と妹による説得は、何時間にも及んだ。
そして、結局要求を呑んだのは、僕の両親だった。

 僕はその日。久しぶりに妹に感謝した。



805 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:58:12 ID:4dYybb9A
▽月+日

 最近、妹の監督が激しい気がする。

 確かに、僕の体調を考えて、余り無理な活動は控えるようにと言う約束だった。
でも、門限を5分遅れただけで、あんなに怒るなんて、少しおかしくないだろうか。

 そういえば、最近近所の人と余り会わない。
 たまに会って挨拶しても、向こうから視線をそらされてしまう。

何か、悪いことをしたのかな。





806 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 00:59:11 ID:4dYybb9A
▽月<日

 今日、大学のサークルで飲み会があった。
 生憎・・・・・・いや、助かったことに僕は未成年でお酒が飲めなかったので、周りの先輩達のようにみっともない姿を晒すことはなかった。

 帰りに、サークル仲間の女性と一緒に帰っていたら、妹に会った。
 それからずっと妹は、不機嫌だったようだ。なぜだろう?



○月□日

 もうすぐ、誕生日だ。
 最近酷く妹は機嫌がいい。鼻歌を歌っているところなんて、初めて聞いた。曲名をたずねてみると、恥ずかしそうに、秘密、と返してきた。
 
そういえば、この家の下から最近風の音を聞くようになった気がする。この前少し帰省した日あたりからだ。どこかに穴が開いたのかもしれない。
一応家主は妹だし、今度時間を見て相談してみよう。


807 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 01:00:29 ID:4dYybb9A
○月×日


 妹は全く変わってなかった。いやきっと、前よりも悪化した。

 僕は今、机にかじりついてこの日記を書いている。助けを何度も呼んだが、誰も来ない。
携帯電話は今朝無残にも壊された状況で発見したし、家の電話は、扉をはさんだ向こう側・・・・・・取りに行くには、妹を押しのけなければならない。

 そう、今僕の部屋の扉の向こうには、妹がいる。兄さん、開けて、と扉を叩きながら僕を呼ぶ。
これを書いている内にも、だんだんと妹の声には怒気が含まれてきている。硬く締め切った扉を叩く音も、少しづつ、大きく激しくなってきている。
 
 今思えば、予兆は確かにあった。気づかなかった僕が馬鹿なだけだ。

 なぜ、あの日僕と一緒にかえったサークルの仲間が、翌日死んでいたのか
 なぜ、通院先の僕を担当する看護婦さんが、逃げるようにこの町を去っていったのか
 なぜ、近所の人が誰もこの家に近づきたがらないのか
 なぜ、妹は僕がこの大学を受けるにあたって、両親の説得を手伝ったのか
 なぜ、妹はこんな家を用意したのか
 なぜ、妹は株を始めたのか
 なぜ、妹は僕の両足を奪ったのか



 扉を叩く音に、だんだんと破壊音が混じり始めた
 きっと、もう、持たないだろう


 後はもう、全てを天に、任せるだけ・・・・・・




 どごん、と
大きな破裂音と共に、木製の扉が粉々に砕け散る。
原型すら留めなくなったその破片の傍らには、愉しそうに笑う、妖しさを伴った美しい容姿を持つ女性が長い髪を揺らして立っている。

「喜んで、兄さん。準備は全て整ったわ。これで、私と兄さんはずっと、二人だけで、永遠に、幸せに暮らしていける」

 女性の両手には、頑丈そうな椅子が握られている。その4つ脚の先には、今さっき破壊した扉の欠片がへばりついていた。

「ふふ、嬉しすぎて声も上げれないのね。そんなに喜んでくれるなんて、嬉しい。さぁ、兄さん――」

 女性は傍らに、その椅子を投げ捨てた、かわりに持ち出したのは、小さな小瓶。その中には、毒々しい色の錠剤が詰め込まれている。

「一緒に、狂いましょう?」





その日青年は、長い苦しみの果てに正常な思考を失った。


808 名前:完結できない人[sage] 投稿日:2007/06/14(木) 01:02:19 ID:4dYybb9A
「正人。何をしているの」

 まだ、小学生に上がった頃か。あどけなさの残る少年は、自分の名前を呼ぶ大好きな母親の声に、本を読んでるのー、と
いまだ声変わりしてない男の子特有の、可愛らしい声で答えた。


「本・・・・・・あら、それは」

 正人と呼ばれた少年の手に握られていたのは、長い年月によって薄汚くなった、革表紙の日記帳。
女性――正人の母親は、それを正人から受け取って、ぱらぱらと眺め、そして、破り捨てた。


「おかーさん。それ、いらないの?」

「ええ、だって、それには嘘しか書いてないもの」

「嘘?」

「ええ、だから、忘れるのよ、正人」

「うん。おかーさんの言うとおりにする」

「いい子ね」


 子が真実を知るのは、いつの日か。
母のお腹には、既に新しい命が宿っている。

 正人に妹が出来るのも、そう、遠くない日かもしれない。


運命は、連鎖する――

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最終更新:2007年11月03日 04:50
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