狂もうと 第27話

296 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:53:48.08 ID:59aEqMpl

「まだかなぁ…」

腕時計に目を落とし、静かに呟く
空ちゃんに優くんを呼んでくるから待っていてほしいと言われて、30分
公園のベンチで待たされているのだが…。
優くんどころか空ちゃんも帰ってくる気配を感じない

「もしかして騙されたのかな…」
あり得る…
あの二人の妹だし…

先ほど優くんに電話したのだが、携帯を解約したのか繋がらなかった
優くんの家も引っ越してからは知らないので、私は空ちゃんの言葉を信じて待つしかないのだ…


「お姉ちゃんどうしたの?」
空ちゃんが消えていった道路へ目を向けていると、広場でサッカーをしていた男の子達が話しかけてきた
小学生…高学年だろうか?

「なんか、気分悪そうな顔してるけど?」
「そんな顔してた?」
「うん…大丈夫?」
まったく知らない小学生なのに、心配そうな表情を浮かべている
それが可愛らしいくて、優しく頭を撫でてあげた

「ありがとうね、大丈夫だから遊んでおいで」
「うん…気分悪かったら声かけてね!」
大きく手を振り広場へ戻る小学生達に手を振り返す

あの頃の子供達は純粋だから下心なんてないのだろう
同世代の男は殆ど下心丸出しで話し掛けてくるから、嫌気がさす


297 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:54:41.85 ID:59aEqMpl
あの子達もそんな大人になるのだろうか?
そう考えると、自然と子供達から視線を外していた

「そう言えば…優くんと会った日もこんな感じだったっけ」
ふと脳裏に学生の頃の優くんの顔が浮かんできた
まだ少しだけ幼い優くん…

――たしかあの時も私はこんな感じで気分が優れなかった
公園のベンチで一人座り込んでボーっとしていると、一人の男性が話しかけてきたのだ

それが優くんだった…

――大丈夫?顔色良くないけど、気分悪いの?

些細な言葉だったけど、そんな言葉に胸が軽くなったのを今でも覚えている
それからよく話すようになっていつの間にか優くんを好きになっていたのだけど、今の今まで恋は成就する事なく…
それどころか、一度フラれてしまっているのだけどなかなか諦められないのが現状になる



「ッ――い――おい、姉ちゃん!」

「はひっ!?」
突然耳に入り込んできた声に体が飛び上がる
耳を押さえて立ち上がり、横に目を向けた


298 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:55:34.14 ID:59aEqMpl
「姉ちゃん、どうした?何度も呼び掛けたのに無視するなよ…」
頬を膨らませた空ちゃんがベンチに片足を乗せて私を見上げている

「ご…ごめんね?ちょっと考え事してて」
空ちゃんの存在にまったく気がつかなかった…
苦笑いを浮かべて、謝罪する
そして空ちゃんが連れてきたであろ後ろに居る人物に目を向ける


「久しぶり……で良いかしら?」
「そうですね…お久しぶりです零菜さん」
空ちゃんが連れてきたのは優くんではなく、零菜さんだった
何となく分かっていた…多分優くんには私が此処に来ていることすら知らされていないのだろう

「空、あなたは優哉の所へ帰ってなさい。すぐに車で迎えに行くわ」
「はいよっと。姉ちゃん嘘ついてごめんねー」
悪びれる事なくあどけない笑顔を浮かべたまま、私に手を振り人混みの中へと消えて行った
空ちゃんが見えなくなるまで見送ると、視線を零菜さんへと戻す
長く綺麗な黒髪が冷たい風に舞い、横へ靡いている
やはりいつ見ても日本人形のような美しさを感じる
同じ人間かと疑いたくなるような顔だ

「それで?優哉に何か用だったの?え~と…」
「杉原 薫です。優くんに用事と言うよりは、貴女に用事がありました」


299 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:56:17.75 ID:59aEqMpl
零菜さんがベンチに腰掛けるのを確認すると、続いて私も隣に腰掛ける

「それで零菜さん…貴女に……」
話を続けようと思い零菜さんに話しかけようとすると、おもむろに零菜さんが広場の方に微笑みながら小さく手を振った
誰に手を振っているのだろう?そう思い、話を中断させて私も零菜さんが手を振っている方角へ振り向く
広場に目を向けると、先ほどの小学生達が此方へ手を振っているのが見えた
一瞬私も手を振ろうかと思ったけど、小学生の顔を見る限り綺麗な零菜さんに手を振っていると言った感じだったのですぐに視線を反らした
子連れの女性達も此方を見てヒソヒソと話している…零菜さんだと気づかれて居るのではないのだろうか?
サングラスも帽子もしていないので、多分バレバレだろう…
何故今日に限って隠すようなモノを身につけていないのだろうか?
前会った時は誰か分からないほど、ガッチリと変装していたのに…

「ふふ…可愛いわね」
「そうですね…それで優くんの事なんですが、何故優くんを病院から退院させるような事をしたのですか?」
手を振り終わるのを待って再度話を再開する
それでも零菜さんは私に目を向けない


300 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:57:13.28 ID:59aEqMpl
顔を前に向けて、今度は主婦達に小さく手を振っている
主婦達も小さく頭を下げて、笑顔で子供達の相手をしだした

「たしか、貴女にも弟さんが居たわよね?」
「居ますけど…」
自然と手に力が入る
「そんなに構えないで。もう貴女の弟に何かしようなんて思ってないわよ」
「そうですか…それが何か?初めに言いますけど、貴女方みたいに歪んだ感情を向けてませんから」
そりゃ弟なんだから大切に決まっている
喧嘩もよくするけど、年の離れた弟だから他人より可愛がっているかも知れない…だけど所詮は弟
血の繋がった相手と恋愛などなる訳がない

「他人とは違ってね…家族は一度歪むと元に戻らないのよ」
「それは言い訳ですか?優くんはずっと悩んでましたよ?
由奈ちゃんの事を…今思えば妹の話の中には貴女も混じっていたんですね」
私はずっと由奈ちゃんだけの事だと思っていた…
だけどお酒が入ると決まって「同じように産まれてのにどうしてこうも変わってしまったんだろう…」と呟いていたのだ
あれは由奈ちゃんに向けてではなく、一緒に産まれてきた零菜さんに向けての言葉だと今なら分かる


301 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:57:54.73 ID:59aEqMpl
「優くんは苦しんでいます。
苦しんで…苦しんでっ…優くんの幸せを邪魔してるのは間違いなく貴女達です!!」
隣に座る零菜さんを睨み付け、息荒く言い放つ
「はぁ……由奈を連れてこなかったのは正解ね」
零菜さんは私に目を向ける事もせず小さく呟いた
「貴女は他人だから分からないでしょうね……優哉の本心が」
「優くんの…本心?」
「貴女は優哉に笑顔を向けられる事はあった?」
「そりゃ…ありますよ」
普段優くんは私の前では笑う事が多かった気がする
二人で遊ぶ時は特に……だから私は優くんに惚れたんだと思う
あの笑顔を見ていると優しい気持になれたから…

「優哉はね…不愉快な時や疲れた時、めんどくさい時は決まって愛想笑いを浮かべるのよ」
「愛想笑い…?」
「えぇ、貴女は優哉の本当の笑顔と愛想笑いを区別できたのかしら?」
「区別って…私は愛想笑いなんてされた事はありません!優くんはいつも楽しく私と一緒にッ!」
…決まってる
私は優くんと恋人同士になれるまで、関係を築き上げてきたはずだ
告白を断られたのも、絶対に二人が絡んでるはず
愛想笑いされてたなんて考えたくもない…


302 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:58:49.79 ID:59aEqMpl
「貴女に向ける笑顔と由奈に向ける笑顔の違い教えてあげましょうか?
貴女に向けられた笑顔は建前…由奈に向けられた笑顔は愛情からくるものよ」

「は…はは…優くんも由奈ちゃんを好きって言いたいんですか?あり得ませんね…あり得ないです!!
優くんは悩んでましたよ!?私に相談してたんですよッ!どうすれば由奈ちゃんを引き離す事ができるかってね!」
優くんもそんな歪んだ感情を持っていたなんて考えられない
私に相談する必要性も感じられない
どうせまた零菜さんが話をすり替えようとしているに違いない

「ほら…所詮貴女は他人なのよ。家族に通ずる歪んだ愛が全て肉欲だと思ってるの?」
「はぁ?貴女さっきから言ってる意味が…」

「簡単な話よ。優哉の歪んだ感情は建前の上に成り立つ依存。兄だから何をされても妹である私達を引き離せないの」
「な、なんですかそれ…やっぱり優くんの優しさにつけ込んでるだけじゃないですか!」
やはりろくな人間じゃない
優くんを守れるのは他人である私しかいない


303 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 02:59:47.00 ID:59aEqMpl
「私達が立ち去らない限り自分自身からは動けない。
だから由奈も放さない。
優哉に執着する由奈や執拗に迫る私が優哉のもとを離れないから、可愛い妹達を手放せない。
兄だから妹達を突き放せないという建前で行動している病人なのよアレは。


――だから妹である私との肉欲にも溺れる」

………え?
肉欲に溺れる?
「ちょ、ちょっと…溺れるって貴女まさか…」
「そうよ?ちょっと前に優哉と身体の関係を持ったわ」
隠す素振りすら見せず…自慢するように話す零菜さんを凝視する

「う…嘘よ…嘘…優くんがそんな…」
優くんに限ってそんなことあり得ない
優くんがそんな獣みたいなことする訳が…
でも本当に優くんがそれを望んでたら…

「優哉に対してもその程度なのね貴女…つまらない…本当につまらない女ね」
立ち上がり私を見下ろす…凄く冷たい目をしている

「わ、私は本当に優くんの事が好きで!」

「貴女と私達ではどうやってもつり合いが取れないのよ。天秤に掛けると貴女なんて軽すぎて空に飛んでしまうわね」
ゴミでも見るような目で私から視線を外すとスタスタと歩き出してしまった


304 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:00:37.91 ID:59aEqMpl
「待ちなさいよ嘘つき女ッ!私は優くんを絶対に諦めないから!!!」
ベンチから立ち上がり、零菜さんを睨み付けた
立ち止まり此方へ振り返る零菜さんの目は先ほどの目とは違い、何処か哀れみさえ感じる

「貴女って不思議な事言うわね。それは女の意地かしら?
優哉が世界で一番由奈を愛しているのも事実、私が優哉とセックスしたのも事実
空の兄になろうとしているのも事実

そして、これから先貴女と一生会わないのも事実よ」
「ゆ、優くんに会わせてください!また、優くんに酷い事をして騙してるんでしょ!?
貴女達は妹なのに何故優くんを困らせるような事ばかりするの!?」
感情を剥き出しにして、零菜さんに詰め寄る

「少し、落ち着きなさい。貴女周りが見えないの?」
「これが落ち着いて……っ」
いつの間にか、広場で遊んでいた小学生や主婦達が遠巻きに此方を見ていた
怒りで熱くなった顔が恥ずかしさで熱くなる
周りの視線に耐えられず、無言のままベンチに座り直した


「まぁ、視線を集めてくれたのは感謝するわ」
「何がですか?」
私の質問に答える事なく、またスタスタと歩いて行く

「ちょっと待ってくださいよ!まだ話が終わった訳じゃ…?」


305 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:01:18.75 ID:59aEqMpl





「――はぁ、はぁ、はぁ、あぁぁぁッ!零菜ちゃあああんっ!」
歩き出す零菜さんの目の前にパーカーを深く被った男性が突然立ち塞がった

「ぁ…光作さ…ん…」
零菜さんの後ろ姿が小さく震えると、ゆっくり後ずさる
「れ、零菜ちゃん!ご、ごっごごめんね!?あんまり会いにこれなくて!」
「れ、零菜さん?(なにこの人?目が血走ってる)」
太った体に尋常ではない汗の量
見るからに“アブナイ”人だ

「光作さん…貴方警察は?」
「警察?警察って……あッ!(この人…ニュースで写ってた人!)」
たしか零菜さんをマンションから突飛ばし、優くんの目に硫酸を流し込んだ人

「零菜さん…危ないから後ろに(どうしようっ!誰か助けて!)」
零菜さんの後ろ姿に隠れるように携帯電話を取り出すと、主婦の人達に分かりやすく警察に電話する様に助けを求める
主婦の人も異変を感じとってくれたのだろう、子供達を抱き抱え携帯を取り出すと、一度大きくコクッと頷き離れて行った

「そんなことはどうでもいいんだ!これで僕達は結ばれるんだろッ!?キミを悲しませるヤツはもう何もできないんだからあああああッ!!!」


306 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:02:32.78 ID:59aEqMpl
唾を飛ばしヨタヨタ歩み寄ってくると、零菜さんに抱きついた…いや、しがみついた

「ほら…そんなに大声ださないで光作さん。これで鼻を押さえて落ち着いて」
しかし、零菜さんは大声で助けを求める事なく…まったく取り乱す事なくポケットからハンカチを取り出すと、優しくハンカチを男性の鼻に押し当てた

「私はやったんだ!私は!スー、ハーッスー!ハーッ、やってや、ったんッスーッ……は~…あぁ…零菜ちゃッ…ぁ…ぅ」
鼻息荒く零菜さんのハンカチに鼻を押し付け息を吸う
一瞬目がトロンとすると、大粒の涙を流したままその場にヘナヘナと崩れ落ちた
それでも零菜さんの足を放さない…よほど零菜さんに執着しているのだろう
遠くから小学生達も此方の様子を伺っている
男子達は皆木の棒を持ってるあたり、助けに入ろうとしているのだろか?慌てて、手をかざして近づかないように伝える

「ふひ…これで結婚でぎる…零菜ちゃと結婚でぎ…ひひ…許してもらえ…る…っ」
周りが見えていないのか、零菜さんだけを見ている

「……(ぁ…警察だッ!)」
道路に数台のパトカーが停車した
パトカーの中から警察が出てくると、周りをキョロキョロ見渡しながら此方へ歩いてきた


307 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:03:37.07 ID:59aEqMpl
零菜さんにも見えているはずだ…
「零菜さん…もうすぐですから刺激しないよy「まだ終わってないじゃないッ!!!」
突然零菜さんが聞いたこともない大声を張り上げた
男も私も…警察官達も皆身体をビクつかせてその場で止まった

「光作さんごめんなさい…私嘘つきました。
実はもう綺麗な身体じゃないんです」
「は…え?ど、どういうことなん…」
その場に膝から崩れ落ちると、零菜さんは顔を両手で覆って震えだした
先ほど錯乱していた男は打って変わってオロオロしている
男も状況を把握できていないようだ
私も意味が分からない
綺麗な身体じゃない?
優くんと寝たっていう話のことだろうか?
だとしたら確かに綺麗とは言えないかも知れない
それにこの人と零菜さん…もしかして恋人同士なのだろうか?
だとしたら後悔していてもおかしくない…

「本当は…あの日…兄と身体の関係を持ってしまったんです…ぅう…」
「う…嘘だろ?嘘だといってくれよ零菜ちゃん!!!私がッ初めての男になるんだろ!?結婚して毎日ずっと抱いてやるって約束したじゃないがぁ!」
零菜さんを立たせると、キスしようと顔を近づけた
「いやっ!」
それを零菜さんが突き飛ばす


308 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:04:35.26 ID:59aEqMpl
男は尻餅をつき転倒すると、険しい表情で零菜さんを見上げている

「兄が見てる…兄がずっと私を見ているのよ」
「見てる?見える訳がない!わだじが目を潰したんだ!だから見える訳が無いだろぉ!?」
震える指で道路へと指差す零菜さん
その指の先を追っていく――



「優…くん?」
間違いない…あれは優くんだ
反対の歩行道路に車椅子に乗っている優くんが視界に飛び込んできた
しかし、此方を見ていると言った感じでは無い
寧ろ下を向いている

「ああああああああああああああああッ!!!!!!!」
「ッ!?」
大きく叫び立ち上がると、ポケットからナイフを取り出し男は優くんに向かって走り出した

「ちょっと零菜さん!?優くんが危な――ッ」

――警察を振り払い、走っていく男
目に写るのは彼女を奪われた憎き塊なのだろう

――大好きな人が危ない

憎悪を振り撒きながら優くん目掛けて走っていく

――それを見ても私は動けなかった
怖かったのだ…あの男から向けられる憎悪がもし私に向けられたらと思うと、足がまったく動かなかった

――警察達が必死に止めようするが男は止まらない


309 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:07:48.49 ID:59aEqMpl
――止まらない止まらない止まらない止まらない止まらない止まらない止まらない止まらない――


…ふふっ


「れ…零菜さ……今…」
男の叫び声に混じり小さく…はっきりと耳に入ってきた笑い声
全身に鳥肌が立ち零菜さんから一歩後ずさる
ゆっくりと此方を振り向き男を指差すと、ニヤァと笑みを浮かべながら零菜さんは呟いた

――あれが悪欲にまみれた人間の罪よ

その言葉と同時だっただろうか?
キィィイっという耳鳴りのような凄まじいブレーキ音と共に男の身体が一瞬にしてトラックの下に吸い込まれた


「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
ぐちゃっと何かが潰れる音と真っ赤に咲く花のような液体が飛び散る
一瞬誰の悲鳴だと疑いたくなるような自分自身悲鳴に心臓が大きく揺れ動いた

「お姉ちゃん達大丈夫!?」
小学生達が安全だと分かったのか、棒を捨てて此方へ走ってきた
震える私の手を力強く握りしめ、私の周りに寄ってきてくれた
それが何より有難い…今は一瞬でも気を抜けば気絶してしまいそうだ

「お姉ちゃんほら」
「あ、ありがとう…」
通行人がトラックの周りに群がるのを横目で確認しながら子供達の手に引かれてベンチに腰を落とす


310 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:08:42.36 ID:59aEqMpl
「うぅ…ぅ」
死んだ…目の前で人が…
まだ死んだか分からないが、あれは絶対に助からない

「私達家族はこれで成り立ってるの。他人からの愛情なんて微塵の有り難みも無いわ」
人が死んだにも関わらず、無関心な目で事故現場を眺めている零菜さん
本当にどうでもいいみたいだ

「優哉は貴女の命を脅かしてまで手にいれたい欲なの?本当に大切な欲は憎しみになって現れる…あの男みたいにね」

「……」
何も言い返せない
私と零菜さんの“欲”の違い…それは“欲深さ”だと思う
優哉くんに対する独占欲…優哉くんに対する愛欲…私は零菜さんや由奈ちゃんに全てにおいて浅い
いや…二人の場合は底無しなのかも知れない

だとしたら数年会った“他人”ではもうどうする事もできなかった…
優くんを好きだけど…私には欲が足りなかったのだ

「今度こそサヨウナラ…つぎ優哉を探したり近づこうといたら貴女も殺すから」

「……」

貴女も…か…

私の前から遠ざかり警察に何かを話すと、一切此方を振り向かず一人公園から外へ歩いて行った
事故現場にも目を向ける事なく…

今度こそ、本当にもう会うことも無いだろう


311 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:09:56.61 ID:59aEqMpl
「みんな、ありがとうね」
ゆっくりと立ち上がり小学生達にお礼を伝える
道路側へと視線を向けると人混みの隙間から小さく優くんの姿が見えた
それを暫く眺めていると、派手な車が優くんの前に止まりあっという間に優くんを連れていってしまった

「……」
優くんともこれでお別れ…せめて最後に会話ぐらいはしたかったけど…
ため息を吐いて携帯を取り出すと、優くんの番号を消した
呆気ない…零菜さんが言うように私と優くんの関係はこんなモノで繋がっていたなんて…
メールの受信ボックスを確認する

残ってるメールは優くんのものばかり…

メールの送信ボックスを見てみる

これも優くんのばっかり…

データフォルダーを見てみる

入ってる写真も殆どが優くん…


「うぅ…フラレたんだ私…ぐすっ…う…ああああッ」
今まで涙なんて流さなかったのに、決壊したダムのようにポロポロと涙が溢れた
零菜さん達とは比べられないかも知れないけど、私だって優くんに一生懸命愛情を向けたのに…
優くんには伝わらなかったのだろうか?
それが何より悲しい

「ぐす…なんでっ………電話?」
優くんとの思い出を一つ一つ消していると、邪魔するように電話がかかってきた


312 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2012/07/07(土) 03:16:58.18 ID:59aEqMpl
「もしもし…」
涙を拭いて携帯を耳にあてる

『姉ちゃん?お母さん家にいないんだけどご飯どうするの?』

「あぁ…私が何か買って帰る。何がいい?」

『う~ん…それじゃ駅前の弁当屋でエビフライ弁当買ってきてよ!あのエビフライめちゃめちゃ美味いだ!』

「そう…わかっ………ねぇ?」

『ん?なぁに?』

「エビフライさ…私が作ってあげようか?」

『えぇ…弁当屋のでいいよ』

こいつ…

「…私が作るから、家で待ってなさい」

零菜さんが言う肉欲以外の歪んだ愛が未だによく分からない

だけど…

『えぇ!?だからy「うるさい!私が作るって言ったら私が作る!」

このイライラする気持と零菜さんの言う“欲”と何か関係があるのだろうか?
だとしたら、突き止めたい
私が弟に向ける愛情と優くんが向ける妹達の愛情の違いを確かめたい…

「それにはまず、あの子に私のエビフライを美味しいって言わせなきゃね…」
携帯を切り鞄の中に放り込むと、流した涙の後を踏み締め踵を返してデパートへと向かった


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最終更新:2012年07月15日 23:01
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