妬き妹

211 名前:妬き妹[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:13:30.57 ID:pGZzCN5o [2/10]

遠く青い空へ、木切れの弾ける焼け音が立ち昇っていた。
冬の訪問を控えた季節、乾季に埃っぽくなった土の上で、枯れた草木に火を灯した庭先。
広げられ、低く燃える炎は代わりに大きく左右に揺れ、
蓄える熱を漏らしては鼻を焙る匂いを振り撒き、気紛れな木爆ぜの音を鼓としている。
盛る赤色は蒼穹の色に逆らうように火勢を得、
見上げれば燻(くゆ)らせたように薄く広がる雲の下、寄る者に程好い暖を供していた。

「ふーっ。ふーーーーーーっ・・・・・・!」

そんな風流な景色の中、幾度も聞こえる吐息の音(ね)。
空の雲から耳の高さに視線を戻せば、
垣根の内に秋を囲った我が家の庭には、腰を曲げた小影が一つ。
背を伸ばしては息を吸い、屈(かが)めてからはふうふうと、
吐息も汗も蒸気させ、先刻から同じ動作の繰り返し。
夏の涼やかさから冬の温もりへと、目的を変えた制服に身を包んだ女子が、
長袖の口の先に吐息を吹き込む筒を握り、
古式ゆかしい風呂釜でも相手取るかの如く、火吹きの番を勤めている。
彼女の手前には、低く盛られた木の葉の上、不揃いな火勢でゆらと揺れては踊る焔。
時折弾ける火の粉の宴に距離を置き、頬を照らされ熱されつつ、
細長の円筒で呼気を吹き込む『妹』の姿は、見ていてなかなか微笑ましい。
事前に掻き集めたらしい枯葉は点(つ)きがよい分だけ燃え尽きも早く、
持続がないため、気付いては後ろ手から、さあ代替と持った紙類を焼(く)べ続けていた。
容易に補充が利かないのは、落ちても枯れても天然資源の故なのか。
帰宅の際に妹の背を庭に見止め、部屋に荷物を置いて来てから、かれこれ数分。
ゆっくりと膨れる熾火に、定期的に呼気を入れては、

「ぃよ、いしょっと」

背後。錆びくすみ、上部を開けられた一斗缶に積んだ紙類を取って放る。
貪欲な火の手は、節約で偶に入る木枝と併せ、人造の燃料も差別しない。
置かれた古新聞や折込チラシ、少し前の雑誌のグラビアや学校のプリント等に触れては端から食み、
印刷や手書き、モノクロとカラーの区別なく黒々と燃やす。
火に浮かぶ、最近めっきり近くなった黄昏時の色彩の中、夜のようにか黒く全てが染まる紙々。
ちりちりと、端から焼けて縮こまっていく。
ふと、その一部が、上へ上へ踊ろうとする火勢の中で、ぽろりと崩れた。

「きゃっ」

ひゅっ、と肌を撫でられる。
乾いた土を踏み、軽快に走り去ってゆく大気。
不意打ちの北風に、焼け焦げた紙片が秋空へ舞った。
肌を抓む寒気が炎を煽ると、揺らめいた丹花は縮こまってから返り咲き、
勢い余った火精が、過ぎた気流の軌跡に乗る。
右手を下に、左手を前に。
咄嗟にスカートの押さえと身を庇うのに両手を振った妹は、短く声を上げ、
硬直と羞恥とを自覚するような間を置いてから、ゆっくりとこちらへ振り返った。

「やっぱり手伝おうか?」
「いいです。兄さんは黙って待っていて下さい」

座っていた縁側から立ち上がって、熱に当たった火照りで緩んでいた表情を、見る間に引き締めた妹へと申し出る。
向き直る動作で流れた黒髪の、長く引かれた幾筋もの隙間から、夕日のように赤色が差した。
スカーフを風で乱された上部に、確りと丈を守った下を組み合わせる学生服。
煤が付かずとも黒い女子用の衣からは対照的に白い手脚が伸び、秋暑も過ぎて長く、
未到の冬にマフラーを控えた首元は、特に真白い素肌を覗かせている。
化粧っ気はあまりなく、塗り足されない頬や眉は薄く細い。
それでいてすっと伸びた鼻梁や顔(かんばせ)の輪郭が造作として類希で、
凛とした眼光を湛えた双眸の下、凡庸な兄としては何時見ても面映ゆいものだった。


212 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:15:08.41 ID:pGZzCN5o [3/10]

遠く青い空へ、木切れの弾ける焼け音が立ち昇っていた。
冬の訪問を控えた季節、乾季に埃っぽくなった土の上で、枯れた草木に火を灯した庭先。
広げられ、低く燃える炎は代わりに大きく左右に揺れ、
蓄える熱を漏らしては鼻を焙る匂いを振り撒き、気紛れな木爆ぜの音を鼓としている。
盛る赤色は蒼穹の色に逆らうように火勢を得、
見上げれば燻(くゆ)らせたように薄く広がる雲の下、寄る者に程好い暖を供していた。

「ふーっ。ふーーーーーーっ・・・・・・!」

そんな風流な景色の中、幾度も聞こえる吐息の音(ね)。
空の雲から耳の高さに視線を戻せば、
垣根の内に秋を囲った我が家の庭には、腰を曲げた小影が一つ。
背を伸ばしては息を吸い、屈(かが)めてからはふうふうと、
吐息も汗も蒸気させ、先刻から同じ動作の繰り返し。
夏の涼やかさから冬の温もりへと、目的を変えた制服に身を包んだ女子が、
長袖の口の先に吐息を吹き込む筒を握り、
古式ゆかしい風呂釜でも相手取るかの如く、火吹きの番を勤めている。
彼女の手前には、低く盛られた木の葉の上、不揃いな火勢でゆらと揺れては踊る焔。
時折弾ける火の粉の宴に距離を置き、頬を照らされ熱されつつ、
細長の円筒で呼気を吹き込む『妹』の姿は、見ていてなかなか微笑ましい。
事前に掻き集めたらしい枯葉は点(つ)きがよい分だけ燃え尽きも早く、
持続がないため、気付いては後ろ手から、さあ代替と持った紙類を焼(く)べ続けていた。
容易に補充が利かないのは、落ちても枯れても天然資源の故なのか。
帰宅の際に妹の背を庭に見止め、部屋に荷物を置いて来てから、かれこれ数分。
ゆっくりと膨れる熾火に、定期的に呼気を入れては、

「ぃよ、いしょっと」

背後。錆びくすみ、上部を開けられた一斗缶に積んだ紙類を取って放る。
貪欲な火の手は、節約で偶に入る木枝と併せ、人造の燃料も差別しない。
置かれた古新聞や折込チラシ、少し前の雑誌のグラビアや学校のプリント等に触れては端から食み、
印刷や手書き、モノクロとカラーの区別なく黒々と燃やす。
火に浮かぶ、最近めっきり近くなった黄昏時の色彩の中、夜のようにか黒く全てが染まる紙々。
ちりちりと、端から焼けて縮こまっていく。
ふと、その一部が、上へ上へ踊ろうとする火勢の中で、ぽろりと崩れた。

「きゃっ」

ひゅっ、と肌を撫でられる。
乾いた土を踏み、軽快に走り去ってゆく大気。
不意打ちの北風に、焼け焦げた紙片が秋空へ舞った。
肌を抓む寒気が炎を煽ると、揺らめいた丹花は縮こまってから返り咲き、
勢い余った火精が、過ぎた気流の軌跡に乗る。
右手を下に、左手を前に。
咄嗟にスカートの押さえと身を庇うのに両手を振った妹は、短く声を上げ、
硬直と羞恥とを自覚するような間を置いてから、ゆっくりとこちらへ振り返った。

「やっぱり手伝おうか?」
「いいです。兄さんは黙って待っていて下さい」

座っていた縁側から立ち上がって、熱に当たった火照りで緩んでいた表情を、見る間に引き締めた妹へと申し出る。
向き直る動作で流れた黒髪の、長く引かれた幾筋もの隙間から、夕日のように赤色が差した。
スカーフを風で乱された上部に、確りと丈を守った下を組み合わせる学生服。
煤が付かずとも黒い女子用の衣からは対照的に白い手脚が伸び、秋暑も過ぎて長く、
未到の冬にマフラーを控えた首元は、特に真白い素肌を覗かせている。
化粧っ気はあまりなく、塗り足されない頬や眉は薄く細い。
それでいてすっと伸びた鼻梁や顔(かんばせ)の輪郭が造作として類希で、
凛とした眼光を湛えた双眸の下、凡庸な兄としては何時見ても面映ゆいものだった。


213 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:16:35.54 ID:pGZzCN5o [4/10]

「・・・・・・冷えますし、出来たら呼びに行きますから。
 何なら、兄さんは部屋にいればいいのです」

突き放すような科白(せりふ)は一方で最初に気遣いを置き、
熱を帯びない語調でありながら、寒気にほっこりと温かい。
沈黙に乾燥し始めていた唇が離れ、合わさって潤いを取り戻せば、よく通る声が此方まで届く。

「いいよ。一人だけ温まっているのも悪いし。此処で待つ」
「────────そうですか。わかりました」

ぱちん、と。
遣り取りの間に交えていた視線が、また一つ木切れの弾ける音で離された。
顔を戻した妹が、気を取り直すように持っていた筒を脇に抱え、緩く合わせた両手に吐息を吹く。
紅葉が色褪せ、草花が固くなる土壌に寝始める時節。
肺腑より熱を絞った呼気に擽(くすぐ)られ、悴(かじか)みを解いた指先が、開閉の後に握り込まれた。

「最近はどうですか?」

姿勢を戻し、暫く落とした沈黙の後。
筒をつけた呼吸の合間、火勢を見ながら妹が背で問う。

「ん? 別に、普通だよ。いつも通り平穏無事なスクールライフだ」

応えると、ぱち、と再び木爆ぜが響いた。

「いつも通りって・・・・・・・・・本当にもう。誰のおかげで。
 この間も『女の子に呼び出された』って言って、代わりに私に断らせたくせに」
「悪い悪い」

熱を受け、秋芋、ならぬ冬餅のように妹が頬を膨らせて返る。
もっとも、向けられた顔と対称に、その様子は声に真剣味がなく戯れのようで。
僕が頭を下げると、それこそ焼いた餅の萎むように、怒りは空へと抜けていった。

「妹っていう立場で兄の代わりに出てきて、
 同性に好意を袖にする言伝を伝えて穏便に済ませるのも、楽ではないんですからね?」
「ごめんって。
 その代わり一回毎に買い物に付き合って、荷物を持ったり奢ったりしてるんだからいいじゃないか。
 手紙やメールならともかく、向こうから直接呼び出されての告白なんて、
 下手に断ったら学校に行き難くなるんだよ」

女心と秋の空。
子女の思考は男子から見て理解に遠く、往々にして荒れ模様。

「女子ってフられたと思ったらこっちの都合も無視して完全に被害者になるし、
 周囲が騒いで噂にはなるし、その子と仲のいい子にはずっとちくちく言われるしで大変なんだ。
 性別が同じで、向こうにとっては他人のお前が間に入ってくれた方が、相手もやり難くてすんなり行くんだよ」
「それはそれは。私の都合という要素を無視すれば実に素晴らしい対処法ですね。
 人が一度手を貸して上手く行ったからって味を占めて・・・・・・・本当にもう、何でそんなにモテるんですか。
 『私の』兄さんなのに」
「それはお前」

それこそ妹の兄として、下の子の半分程度は遺伝子の働きに恵まれたからで。
あとは幸運な下地に思春期らしい相応の努力を積めば、
学校────正確には1クラスや1学年────の中でくらいはモテるようになるだろう。
こういう問答の度、妹はもう少し自分の容姿を自覚していいと思う。
その3分の1でも綺麗なら『ちょっとモテる』程度の学生になれる位には、妹は男子の羨望の的なのだから。


214 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:18:47.20 ID:pGZzCN5o [5/10]

「お前が美人だからだからじゃないか」
「え?」

よって、まだ高校1年の頃、ちょっと押しの強い女子のアタックをどうにか断るために妹の手を借りて以来。
文句を言いながらも同じことを手伝ってくれていれば、
『綺麗』『面倒見がいい』『ブラコン』な妹という要素が噂を呼び、その兄であるこちらにも注目が向くことになる。
その上でほんの少し容姿に恵まれていれば、注目が興味に、好奇が好意になり易いのも無理からぬことだ。
責任と自覚のない原因としてそもそもの事態に妹も一役買っているのに、本人だけが気付いてないのは、さてどのような悲喜劇か。

「なんですか藪から棒に。
 言っておきますけど誤魔化されませんからね? 事実なんですから。
 ────────嬉しいですけど」
「『お前の兄』なのに、もとい、お前の兄だからというのも本当にただの事実だけどね」
「・・・・・・兄さんの言うことは、たまによく分かりません」

すっとして綺麗な妹の眉が緩み、かと思うと溜息と共に寄せられる。
近付いた双眉の間を人差し指で押しながら、
その下の唇からは、甘く噛んだ後の秋思が空へと零れた。
お互いに、どこか噛み合わない気鬱を吐いて風に流す。

「構いませんけれど。
 兄さんが心に決めた相手以外と付き合う人でもないのは知っていますし、
 あくまでその相手が出来た時のためにモテる努力とやらをしてるのも、
 結果、それで意に沿わない相手を招いているのも分かりますから。
 ────────チャラいですし、死ねばいいと思いますけど。相手」
「相手の方なのかよ」
「兄の不幸を願うほど、不出来な妹ではありません」

心外、と尖らせた唇が向けられた。
本人は肩を怒らせるようにして、その実、少し胸を張るように伸ばしただけの背から兄を見詰める。
これでも年下の家族に拗ねるような反応を見せられ、
おかげで慌てて取り繕うとするよりも、むしろ緊張を削がれてしまった。

「そうだね。・・・・・・知ってる」
「なら問題ありませんね。
 私としては働きの分、相応に私と付き合ってくれればいいので。
 文句はありますけれど」

間に、一度だけくすりと笑いを入れた頷きを見せると、
何とか心中で研いでいただろう牙を引っ込め、背を向けてくれる妹。
くるりと、回された体に従って後ろ髪が引かれ、向こうに見える火の赤色を切って咲かせた。
辺りにはしんとして乾いた、だが冷たくはない沈黙が戻り、
たまに木の枝を入れられて弾ける炎が、適度な音と緊張を混ぜる。
ゆるゆると燃える火炎と、熱くも冷たくも、重くも軽くもない庭先の空気。
火を見る作業に戻った妹の背には会話を打ち切った風はなく、
声をかければ応えてはくれるだろうが、とは言え邪魔になるのも躊躇われる。
なので会話の始まる前に戻った雰囲気に身を任せ、しばらく、静かに見守るとした。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

燃え続ける炎も秋空の下、昼の太陽を上に置いては放つ熱も光も及ばず、
周囲にいささかの匂いと風流を香らすに過ぎない。
また妹も火勢の調節に息を吹いたりする以外にはぴたりとして動じず、向けられた背は沈黙していた。
あるいは今が黄昏時なら佇む後姿も映えて、何かの色を浮かべただろうか。
映えるのは、あくまでより一層、という意味だが。


215 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:20:15.48 ID:pGZzCN5o [6/10]

「────────」

そんな思考の雲を空に投げては流しながら、すっかり体温の移った縁側で腰を据え直す。
ついでに軽く伸びなどをしつつ座りっぱなしの体をほぐしにかかると、途端にバサバサという音が耳目を引いた。

「?」

見れば火に焼(く)べる紙類などを入れていた缶を逆さにした妹が、その最後の燃料を火中へと投じたところ。
宙より舞い落ちた紙片の群が炎に被さり、端から朱に交わって食(は)まれていく。
赤く火が点き、次々に黒く燃え尽きていく、白を含んだ紙切れたち。
何気なく三色の変遷を見詰めていると、程なく全体の色は黒へと裏返り、炎の中に取り込まれていった。

「ん・・・・・・?」

ふと。
見詰めていた燃焼が終わってから、そこに見覚えのある何かがあった気がして首を捻る。
特に意識せず手繰った記憶と巻き戻した映像からは、先程の燃える炎の中に、幾つかの封筒の存在が認められた。
よく郵便で使う縦長の封筒、ではない。
きっちりした厚さでかつ折り目正しく、まるで大事な、
それこそネット全盛期の現代で時代錯誤の恋文でも入れるかのような、横向きの真白い長方形。
裏面の中央を書き手の趣味を思わせる可愛らしいシールで留められた、俗に言うラブレターが数枚。
そんな、今しがた焼かれた物の中身が実際に見覚えのある物であること、そして見覚えがある理由に気付いて、意識より先に腰が浮く。

「ちょっと待った」
「はい?」

呼ばれ、何事もなかったのように振り返る妹。
つかつかと歩み寄ってその顔を見下ろしても、浮かんでいる表情は常と同じで、
高温や低温といった「熱」のない、強いて言えば静かなものだった。
ただ、気のせいでなければその手が枯葉と同じ扱いで火の中に撒いたのは、
紛れもない他人の────差出人も受取人も────想いを綴った一葉たちである。
名義としては、己の兄へと宛てられた。

「今、何か大変なものを燃やさなかったかい?」
「・・・・・・・? ああ。
 それはもしや、兄さんの部屋で机の引き出しの肥やしになっていた、あの恋文たちのことですか?」

真剣な問いかけに対し、思い出す間を置くように傾げられた妹の首は、
元の位置に戻ってからあっさりと縦に振られた。

「つまらないものですが。肥やしではなく薪(たきぎ)としては役立ちましたね」
「分かってて燃やしたのか・・・・・・・」

贈答の社交辞令より温度の無い常套句に、思わず天を仰ぐ。
顔に当てた手、指の間から見上げた空の青さが、かえって憂鬱を掻き立ててくれた。

「勿論。この際ですから、家にある余分なものは有効に利用したいと思いまして」
「兄の私物だぞ? それもわざわざ取って置いた。
 勝手に部屋に入るのはまだしも、捨てていいものじゃないのは見て分かるだろう」


216 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:21:37.33 ID:pGZzCN5o [7/10]

一応の話。
先ほどの遣り取りからして、これでも恋愛事において、自分が酷い人間だという自覚はある。
妹に断らせていることは別にしても、
好意を持ってくれている相手────それも複数────を袖にしてきたのは、
冷血と言われたりからかわれるくらいは仕方がないし、
女と付き合うためではなく、
好きな人ができた時のためにモテる努力をしている、というのが若干歪なのも分かる。
それだけに、今時に手間をかけてわざわざ手紙という形で伝えられた物に関しては、
断るにせよ、せめてゴミのように捨てることはしたくなくて持っていたのに。

「兄さんにはいつまでもあんなものを持って、振った女に未練を抱かれていては困りますから」

しかし。
そもそも兄妹とはいえ他人の部屋に入って私物を漁り、
ましてやそれを燃やすなんて許されないとおそらくは分かった上でなお、妹に悪びれる様子はなかった。

「それで知らずに兄さんが気を見せて、まだ勝機があると勘違いした相手が告白、
 また私が断りに行くなんてことは御免ですよ?」
「いや、けどね」

兄の不始末を押し付けられてきた妹がそう言いたくなるのは理解できる。
その都度報酬は払っているにしても、心情的にしこりは残るだろう。
が、それにしたってやり過ぎなのは問題ではないのか。

「言って兄さんの気持ちが変わるなら私としても言葉で済ませます。
 ・・・・・・こういったことは言われてどうにかなることではありませんから。
 仮に私が捨てろと言ったところで、兄さんはそうしてくれなかったでしょう?」
「それは、そうだろうけど」
「────────」

不意に。
渋るような、納得しきれない反応に、妹が沈黙した。
どうしたのかと見詰めると、さも何でもないという風に笑顔で返され、妹は火の方に向き直る。

「妬けますね。本当に。ふふっ」

そう、無意識にか聞こえるようにか呟いて、すたすたと歩くと玄関の方へと消えた。
かと思うとこちらが困惑している間にバケツと、
何やら棒のような物を携えて戻り、いまだ燃え続けている炎へと歩む。

「それでは、少し下がっていて下さいね」

指示を一つ兄の身に置くと、いくらか重そうにバケツを置き、
火かき棒らしき物体を火中に突きいれ、探るように掻き回し始めた。
右に左にと手に合わせて妹の体が軽く揺れ、先端を幾筋かに分けた黒髪が振られて踊る。
不躾な手入れと流れ混んだ空気に朱の華炎がぱっと種子を散らすと、束の間、その長髪に彩を添えた。

「ん」

やがて赤い燃焼の中より数個ほどの塊が弾き出されると、妹が身を引く。
かと思うと火勢を避けて脇へ進み、表面が真っ黒になった何かしらの包みらしきものを、慎重に横へ横へとずらして行った。
程なく十分な距離に達したのか、代物を棒で転がすのを止めて顔を上げると。

「もういいですよ。兄さん、水をお願いします」

と言って、先ほど自分が置いたバケツを指差した。


217 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:23:33.47 ID:pGZzCN5o [8/10]

中にはなみなみと水道水らしき透明な液体が蓄えられており、とすれば用途は言うに及ばない。
最後くらいは手伝った方が、相伴に与るにも気が咎めないだろうという配慮か。
言われるがままにバケツを傾けて中身を引っ掛けると、
降りかかる一杯の水は瞬く間に消火の用をなし、熱を発していた炎が消え、ぶすぶすとした音と、細い白煙だけが辺りに残った。
その名残までしっかり消えたのを確認すると、何時の間にやら件の物体を縁側に置かれていた盆に載せ、妹がゆっくりと歩んでくる。

「はい、どうぞ。よく焼けています」

盆の上には、既に一つ、包みの解かれたモノが黄金の身を露にしていた。
覆っていた新聞紙は炭化した表層が崩れ、含まされていた水分を残した内側が覗き、
更に巻かれていたアルミホイルの先には黒ずんだ紫色の皮と、それを割った真ん中から出てくる美しい黄色が、凹凸のある断面を見せながら湯気を噴いている。
知らず喉が鳴ったのに、気付くまで一呼吸を置いて。

「美味しそうだね」
「はい」

先ずは素直な感想を述べた。
帰宅してみれば庭先で不審に火を焚き、無表情で何かを焼(く)べている妹にどうしたのかと聞いて、
『焼き芋』、などと返ってきた時にはそれこそどうかしたのかと思ったが。
ゴミを燃やすのにも何かと煩い条例の多い昨今、こうして間近に見て、初めてそれでも、と余人に思わせる誘惑の程が分かる。
この芋のために妹に焼かれた物には思うところがないでもないが、
一時忘れてこちらを優先したくなる程度には、農耕民族たる日本人に、芋の魅力は眩しかった。
ほくほくと香を上げるサツマイモを、盆ごとずいと鼻先に突き出されて、つい手に取る。
「あちちっ」

熱い、と言うのもお約束。
冬も控えた秋空の下で指先から伝わる温もりは、その甘さと並んで季節の味わいだった。
「食べましょうか」
「・・・・・・うん」

芋に目を奪われて手にした以上、最早先程のことを蒸し返せる雰囲気でもなく。
してやられたか、などと思いつつもアルミの包みを握り、
持ち手を入れ替えながら少しずつ熱に慣らして冷まし、妹と2人、縁側に並んで腰掛けた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

不意の秋風が、2人の間の沈黙をくすぐって立ち去り。
ガサガサと、空に向け、綺麗に包みを剥く音を兄妹で奏でる。
それから、ほう、と取り上げた秋の味覚を前に、息を吐く間があって。
顔を見合わせてから、同時にほお張った。

「「────────」」

ふっくらと柔らかな芋の食感が、舌を押しながら口一杯に広がって行く。
言葉もなく、また一度に含んだ大きさに息が詰まり、冷め切らない熱さと相まって浅く喘いだ。
口に替わって呼気を抜く鼻からは喉を伝った甘い香が温かに通り去り、
美味しさに肯きながらようやっと噛み締めた実が崩れると、途端に芳醇な味と匂いとが更に鼻口へ伝播する。
甘く、美味く、そして何処となく優しい、西洋の甘さとは違う日本の味わい。
濡れ新聞を用いて蒸すように熱された実はしっとりとして口当たりがよく、
噛めば抵抗なく歯が通り、舌を触れさせれば溶けるように形を変えて喉に進む。
咀嚼を終えても、今度はごくりと音を立てて飲み込まれては腹の中、胃から上へとゆっくりじっくり、熱を上げて温めてくれる。

「んっ、ほふ・・・・・・はふはふ」

可愛らしく吐息を上げる妹を隣に、無言で堪能する。
脳裏に浮かぶのは、よく言われる黄金の稲穂の群ともまた違う、土臭い畑の幻風景。
収穫物として成った物が熱せられて甘さを帯び、土の中で精一杯に育った皮の中身が隙間なく美味しさを詰めている。


218 名前:妬き妹 ◆lnx8.6adM2 [sage] 投稿日:2012/09/02(日) 21:25:29.87 ID:pGZzCN5o [9/10]

「お茶を用意しておくべきでしたね」

と、横合いから感想の声。
ここで水や他の飲料物を挙げないのが、妹の渋さであり味でもあった。

「そうだね」

ジャガイモでも何でも、芋の類はとかく口内を渇かす。
食べ始めはまだしも、一つ二つと片付けていけば何かしら飲みたくなるだろう。
それが緑茶であれば一層甘さが引き立ち、
今よりもなお美味しくいただけることには肯くが、既に言っても仕方がない。
おまけに、そう零す妹の方にも飲み物の準備に立つ気配は感じられず、2人、
しばらくは食い気を優先するのに不満はなかった。

「ふふ。美味しいですか? 兄さん」
「ああ。
 ありがとう。お芋も、すっかり美味しい季節だね」

焼き芋自体は本来冬の風物詩であり季語らしいのだが、お芋なんて秋にも冬にも美味しいし、
普通に秋の味覚っぽかったり、
場所によって『いーしやぁーきいもー』の声を晩秋に聞いて違和感を覚えないのは、
日本人特有の情熱的な魔改造もとい品種改良や技術開発のためか。

「・・・・・・これから冷えるなぁ」

理由は定かではないけれど、それにしても春や夏に芋を焼いても風情がなく、寒さこそが情感を生むのもまた自然だ。
お芋の美味さは季節の寒さ。
デンプンをブドウ糖に変える傍ら、焚き火の色と熱が伝える温もりこそが、また焼き芋の味わいだろう。
ならばお芋の美味しくなる程に寒さも増して行くのが道理で、ついこれからの季節に思いを馳せる。

「寒い中で食べるから乙なんだけど」
「そうですね。寒くなった頃が、お芋の食べ頃です」

適当な言葉を続けてから焼き芋の続きを押し込むと、独り言と聞いていた妹が手を止め、
頬を膨らまさぬように少しずつ噛んでいたのを飲み込んでから、兄の意見に追従した。

「────ええ。本当に」

何故か、意味と感慨も深く肯く。

「最近はすっかり冷え込んでしまって。
 私の16歳の誕生日・・・・・・・・・12月も近いですし」

落ちた視線は戻るやいなや日を眺め、やがて兄へと据えられる。

「そのうちに、また焼くくらいしかないような、余分なゴミを集めて。
 焼いて。
 焼いて、焼いて、燃やして燃やして燃やし尽くして・・・・・・兄さんと暖を取りながら・・・・・・」

途中、言葉を切って閉ざした双眸は、開かれると陽光に光り。
ほんの一瞬、反射の中で言い知れぬ感情を瞳に焼(く)べて。

「ええ、本当に。いい加減に」

薄く薄く。
側に寄った妹が、笑った。

「お妹(いも)も────────食べ頃ですよね、兄さん?」

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最終更新:2012年09月03日 10:14
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