君の名を呼べば 第4話

360 名前:『君の名を呼べば』4 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:25:23.43 ID:oHh4guRy




 そして最悪なんてものも、いつだって重なるもの。
 今、この時、この瞬間も例外じゃない。


「より……みつ?」


 ヤメろ。見るな。そんな悲しそうな目で、俺を見るなよガラス。
 クラスメイトの視線は最大震度で揺れまくる。前に、後ろに、キョロキョロキョロキョロ。
 教壇に立つ俺と、後ろの戸から入って来た妹を、交互に、交互に、何度も、何度も。

 ははっ、ガラスには連絡するまで来るなって言ってた筈なのに……くそっ、クソ!!
 そしたら、俺にできる事は、俺がするべき事は、これだけだ。


「よぉ、ガラス……とうとうバレちまったよ」


 短い呼吸を挟んだ後、声のトーンを一気に軽くする。
 肩をすくませ、表情を弛ませ、ニヤつかせ、口元を吊り上げてイヤらしく笑う。

「えっ? どうしたのよ!?」

 ガラスは俺の変貌ぶりに驚き、状況が飲み込めず心配そうに俺へ向かって歩くだけ。
 俺もそう。この芝居に気付けと念じながら、表情を崩さずガラスに向けて歩く。




 さぁ、これでフィナーレ──。




 二人は教室の中央で向かい合い、ガラスは俺を見上げ、俺はガラスを見下す。
 お前だけは、助けてやるから……

「にぶい奴だなオメェは? 無理やり押し倒して犯してんのがバレたっつってんの!! まぁ、どうせその体にも飽きて来たし止めてやるよ……もう俺に近付くんじゃねぇぞ」

 言い切って、クルリと背中を向ける。
 これで良い。俺がレイプしてると言うのなら、これで良いんだ。汚名は全て被ろう。
 これでガラスは常識人のまま。兄妹で愛し合ってるイカレタ女だなんて思われない。

361 名前:『君の名を呼べば』 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:27:21.10 ID:9/pVwV/m
 一歩、二歩、三歩、今度は離れる為に。でも、三歩も歩いて……

「演技なんかしなくて良いわよ頼光? 『この写真』は合成なんだから」

 躊躇いも無くあっさりと振り返る。
 目にするのは、俺が破った筈の拡大写真。それを鞄から取り出して広げる笑顔のガラス。

 笑顔……にクラスメイトは見えているだろうか? いや、見えているだろうが、違う。
 目の奥が笑ってない。俺に何かを訴えようとしてるのか?
 あの写真は事実だ。それは俺とガラスが一番良く知ってる。でも、その写真を合成だと言い張るってのは……ああ、なるほど、なるほどね。

「んっ? わかってるよ。だって俺はそんな事してないからなっ」

 だったら俺もそれに賭けよう。助かる可能性の有るたった一つの台本を、兄妹二人で演じよう。

362 名前:『君の名を呼べば』4[sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:29:45.12 ID:uQwXOWDk
 教室中がザワつき始める。そりゃそーだ。俺だけだったら駄目だろう。ガラスだけでも厳しいだろう。
 だが、当事者二人が『その写真は合成だ』と言えば、本物も偽物にネジ曲げられる。

 だって写真が本物だと知ってるのは、撮られた俺達と撮った犯人だけ。
 それなら、この状況で『その写真は本物だ』って言う奴がいたらそいつが犯人。そいつもわかってるから、例え犯人がクラスメイトだったとしてもこの茶番劇には出て来れない。


「私のお兄ちゃんネクラでさ、人付き合いも苦手なんだから……あんまりイジメないであげてね」


 ビリ、ビリ、ビリ。

 ガラスは微笑んだフリをしながらポスターを真ん中から手で裂くと、それを重ねて裂き、また重ねて裂く。
 そしてそれを頭上に放り投げ、花吹雪のように切れ端をパラパラと舞わせる。


「ありもしない噂を立てられて、合成写真まで用意されてっ、もう諦めてフッ切れるしか無いじゃない!? それぐらいわかれっ!!」


 誰も言い返せない。初めて聞くガラスの怒声に、顔さえ逸らせず硬直し、時を刻む秒針の音が一定間隔で教室に響く。
 例外は俺の妹だけ。妹だけがその静止空間で動き、俺の隣まで来て手を握る。

「それに私、こんなネクラな奴にレイプされたりしないわ……ほらっ、行くわよ頼光?」

 後は脇目も振らず、

「お、おい……ガラス?」

 手を引かれて教室を出た。

363 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:31:19.46 ID:B+RbqWhR



 歩く、歩く。歩く……

 昨日と真逆にガラスが俺の手を引き、一時間目のチャイムを尻目に校門まで。
 昨日と異なり二人の手のひらはしっかり重なり、強く繋がれたまま学校の外まで。
 誰も止める奴は居ない。誰も追って来る奴は居ない。

「あのさガラス? 俺ってそんなにネクラに見えるのか?」

 ただ兄妹で、静かな通学路を隣に並んでゆっくり歩く。

「んっ? 何か言った、いくじなしのネクラさん♪」

 ちょっとした呟きにも毒舌で返されるだけで、いたって平和で平坦な道。
 何か言った? って、聞こえてるじゃねーかコノヤロウ。

「ちっ、何でもねぇよ」

 だから尚更ネクラに管を巻き、舌打ちまでして手を離そうとしたが、


「悔しかったら、オオカミになってみなさいよ……ねぇ? こんな誘惑じゃ、頼光はワンちゃんのまま? オオカミになれない?」


 即座に俺の腕へと抱き着き、身を寄せるガラスがそれを許さない。
 赤い瞳を潤ませて俺を見上げ、柔らかな胸の間に腕を挟んでイヤでも女を意識させる。

「はぁっ、凄い興奮するに決まってんだろ? だけどまずはさ? 何でガラスが写真を持ってたかとか、写真を撮ったのは誰かとかさ? 考えなきゃいけない事はたくさん……」

364 名前:『君の名を呼べば』4 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:33:04.17 ID:8YqHAK+C


「「んっ……」」


 たくさん有る。そう続く筈だった言葉は遮られた。俺の首に腕を回して抱き着き、唇を重ねる妹によって。
 にゅるりと、蛇のようにうねる舌が隙間を縫って入り込み、俺の舌を探し当てると嬉しそうに絡み付く。
 今が何時だとか、ここがどこだとかお構い無しに、目をつむり、口の中で粘膜を擦り合わせる。
 今、ここで、こうする行為が正しいかのように……だけどさ?

「んんっ、んはぁぁぁっ!! 離れろガラスっ!!」

 俺は全く納得してない!! なぜ? どうして? なんでこうなるんだよ!? 今度こそ見付かったらアウトだぞ!!?
 ガラスの腰を掴み、思い切り身体を引き離す。


「いいじゃないキスしたって!!」


 いや、引き離したと思ったのに、気付けばガラスは俺の胸に顔を埋めて震え、背中に腕を回して抱き締める。
 はりつめた声で叫んで……泣いて、るのか? 身体を引き離そうとしたから?

「頼光は私を何だと思ってるの? まだ子供だよ? 妹だよ? 少しぐらい、少しぐらいさぁ……」

 違うよ。俺がバカだからガラスは泣いたんだ。

365 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:35:58.49 ID:7xZzosbL [1/2]
 一人で何でもできて、頭が良くて、運動神経も良くて、気が利いて、人望だって厚いけど、ガラスは……俺の妹だ。
 子供で、学生で、家族で、今もこうやって抱き着いて甘える、幼い妹なんだ!!


「ガラス……セックス、しよっか?」


 それを何だ俺は!? 家政婦扱いか? 便利屋扱いか? ガラスの傍に居ると誓った時から、何か喜ぶ事の一つも俺からしてやったか?
 いつも受け身で、流されて、そしてこんな結果を迎えた。情けねぇな……本当にさ。

「同情で抱かれたって、嬉しくないのよ全然!!」

 ガラスは顔をうずめたまま、俺を見上げようとさえしない。今にも泣き出しそうな声で、弱々しく悪態を吐くだけで。
 ああ、わかってるよ。お兄ちゃんはわかってる。ガラスの為に抱くんじゃなくて、自分の為に抱くんだ。
 ほらっ、できるだろもう一回ぐらい……最高の演技がさ?

「聞け、ガラス……お前が嬉しいとか嬉しくないとか、そんなの俺には、な~んも関係ないんだ」

 ガラスの肩を軽く押して再び身体を引き離し、指を添えて顎を持ち上げ、強制的に視線を合わせる。


366 名前:『君の名を呼べば』4 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/11(火) 15:37:45.06 ID:7xZzosbL [2/2]
 そうさ、コイツを見て、思ったままを伝えればいい。
 目を細めて優しく微笑み、不安定な妹に贈る愛の告白。

「お前は可愛いよ。スタイルも最高だしさ……そんで、俺の女なんだろ? ガラスは自分の彼氏がセックスしたいって言ってんのに、させてくれないわけ?」

 どうなんだ? と小さく口を開けたままのガラスに続け、返事が来るのを見つめたままジッと待つ。
 そして十秒も経った頃、北極の氷壁が砕け落ちるように、一気にガラスの表情はフニャっと崩れた。


「だいすき……」


 ようやく短い言葉を搾り出し、ポロポロと涙を目尻から溢す。
 こんな簡単な事で嬉しがってくれるなら、泣いて喜んでくれるなら、もう少しガラスを大切にしてやれば良かった。

「知ってるよ……産まれてからお互い、17年も片思いして、やっと結ばれたんだぞ? 大好き、って感情しか無いだろ? 俺も、お前もさ?」

 今度は俺からだ。俺からガラスを抱き締め、頭を撫でながら、たった一人の肉親を優しくあやす。

「うん、うんっ!! おにぃちゃん……頼光、さん。今夜、私を抱いてください」


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最終更新:2012年09月12日 10:02
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