あの中に一人、泥棒猫がいる! 第1話

447 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:11:43.44 ID:RDMyGuJJ [4/10]
第一話「お兄ちゃんには、秘密の恋人がいる!」


「わあ、廊下がすっごい綺麗だね、お兄ちゃん」
「そうだなあ。まだ新設されて数年らしいからな」

真新しい白いペンキが塗られた廊下を、私の愛しのお兄ちゃん、宇佐美圭吾と歩いている。
まだ創設されて今年で3年目という新しい学園、ここに明日から私は通うことになるのだ。
お兄ちゃんの後輩として。

「明日からまた一緒に通学できて穂乃美はとっても嬉しいよ。
 お兄ちゃんとずっと会えない学園生活は……すっごく辛かったな」
「ははっ、大げさだな穂乃美は。
 それにいくら同じ学園に通ってるからって、
 学年も違うし俺は生徒会にも所属してるからそうそう構ってやれないぞ?」

圭吾お兄ちゃんはいつもの優しい笑顔を私に向けてくれている。
ああ……格好良いなあ。これから毎日昼間もいつでもこの笑顔に会いに行けるんだなあ。
って、今、お兄ちゃん、なんて言った?

「お兄ちゃん、生徒会に入ってたの?」

これは私も初耳です。なんてことでしょう。
お兄ちゃんのことなら何でも知ってるし知りたいと自負している私としたことが。

「ん、ああ、まあな。去年まではお手伝いというか下働きというか、
 そういうことしてたんだけど、今年からはきちんと副会長として、な」
「お兄ちゃんが生徒会副会長……ああ、朝礼で堂々と立って挨拶をするお兄ちゃん」
「そういうのは会長のクレハさんのすることだけどな」

クレハさん……つまり女の人かな。お兄ちゃんの上司でもあり、
何の理由もつけなくてもお兄ちゃんと一緒にいられることができるポジション。
なんとうらやまけしからん地位にいる人だろう。
ハラスメントをしないかどうか私が監視しないと。

448 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:14:28.47 ID:RDMyGuJJ [5/10]
「ふーん、生徒会かぁ……。ねえ、お兄ちゃん?
 私も生徒会のお手伝いをしてもいいのかなぁ?」
「え? そりゃあ別にいいけど、何も好きこのんで来るところじゃないぞ。
 うちの学園は部活だっていっぱい揃ってるし」
「いいよそんなの。私は運動が得意というわけでもないし、
 絵や音楽だって好きでも才能があるわけでも無いんだもん。
 それよりお兄ちゃんが生徒みんなのために頑張ってるのなら、
 私もそのお手伝いがしたいの!」
「そっかー。そこまで言ってくれるなら嬉しいな。
 入学してしばらく立ったら案内するから生徒会室に来てくれるか?」
「うん! 絶対だよ、お兄ちゃん」

これで新入生という立場ながらもお兄ちゃんの傍にいられる目途がたちました。
私の学園生活にはバラ色の絨毯が卒業まで敷かれているに違いありません。
……そう思っていました。このときには、まだ。

「さて、案内はまあ大体こんなもんか。
 ……あ、穂乃美ちょっとごめん。ちょっと行ってくるな」

お兄ちゃんはトイレを指して苦笑しました。
私は「うん、いいよ。ここで待ってる」と行って笑顔で見送ります。
お兄ちゃんが秘密のお部屋で用を足している間、(トイレの盗撮は自宅だけで事足りるし)
私は今後の生活の予定を詰めないといけません。

449 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:17:27.31 ID:RDMyGuJJ [6/10]
学園生活における兄妹の関係を進展させるべく、
起こすべきイベントの選別と条件を考察していたとき、
私のケータイが着信音を鳴らしました。
……誰でしょう、大切な思考をしているときに。
舌打ちを鳴らしながら(お兄ちゃんの前では決してしません)、
ケータイを取り出すと、画面の表示には愛しのお兄ちゃんという表示が。
そういえばこの音楽もお兄ちゃん専用曲でした。気づけよ私。
どうしたんだろう? トイレから出られなくなったり大きい方をしたら紙が無いのに気づいたとかかな?
と私は笑いながら着信ボタンを押しました。が、

『初めまして、圭吾さんの妹さん』

耳に聴こえてきたのは、人間のものではない、機械を通したようなデジタルな乾燥した音声でした。
とっさのことに私は思考を停止し、息を吸い込んだだけで返答につまります。

『穂乃美さん、ですね。今日は圭吾さんと学園で過ごしてとても楽しそうで』
「あなたは、誰ですか。どうしてお兄ちゃんのケータイで私に?」

これ以上、この人に喋らせていたら私はとても不快な事を聞くはめになる。
そんな予感がひしひしとすると、喋らずにはいられませんでした。

『私は、圭吾さんの恋人です。お付き合いさせてもらっています』

それを聞いたとき、私の視界が色褪せ、揺れ始めました。
お兄ちゃんの……こい、びと?

『そう、恋人。圭吾さんと想いを交し合い、ときには身体を触れ合い、心を通わせる、
 特別な男女にのみ許された、そんなとても気持ちの良い関係です。
 あなたも、圭吾さんにそんな感情を抱いていますね?
 一緒に学園内を圭吾さんと歩くあなたは、彼に対して女性の表情を向けていました』

450 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:20:02.41 ID:RDMyGuJJ [7/10]
この電話の主は、今日一日中、私とお兄ちゃんを見ていた……?
そしてそれだけで私のお兄ちゃんへの気持ちを見抜いている。

『でも、それは決して叶わない願いです。
 あなたは圭吾さんの実の妹。そして圭吾さんとわたしは愛し合っています。
 理由あって、交際していることは周囲に口外はできませんが。
 それでもわたしは、自分が愛している圭吾さんに近づくあなたに、こう言うことができます』

電話の向こうで息を吸う音がした後、

『圭吾さんはわたしのもの。あなたは彼に近づかないで』

抑揚の無い声だったけど、しっかりと私の耳から脳内の奥深くまで届きました。
……ああ、最悪だ。明日からお兄ちゃんとバラ色の学園生活を夢見ていたのに、
どうやら終わりの見えない悪夢がこれから始まるみたい。

『わたしだけが圭吾さんを愛し、彼から愛される資格があります。
 妹のあなたには一生、得ることは叶いません。
 どうか、兄妹の分を越えないように。一線を守るなら、わたしはあなたに友好的になれるでしょう』

「……言いたいことは、それだけですか?」

私は言葉の冷たさでこの女を殺せるなら殺したいと思いました。

「名乗りもしないくせに、随分と言ってくれましたね。
 自称お兄ちゃんの恋人さん?
 お兄ちゃんから盗んだケータイで勝手な妄想話をでっちあげて」

『妄想と思うのはあなたの自由ですが、』

「たとえそれが本当でも、私は絶対にあなたを認めません。
 あなたとお兄ちゃんを別れさせます」

451 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:23:05.28 ID:RDMyGuJJ [8/10]
『……そうですか。どうやってです?』

「敵に手の内を晒す馬鹿がどこにいますか。
 それくらい原生動物にも劣るご自分の頭でお考えください」

『面白い方ですね、穂乃美さん。
 あなたとは良い友達になれそうです。
 わたしが姿をあらわしてきちんと名乗る機会もそう遠くないでしょう。
 そのときは、よろしくお願いします』

「それまでにお兄ちゃんと別れる台詞でも考えておいてください。
 そっちから別れ話を切り出しても、私はお兄ちゃんをフッたなんて恨みませんよ」

『ふふっ、それでは、また』

プツッと通話は切られた。着信はたしかにお兄ちゃんのケータイからだった。
この学園内にいる誰かが、教室かどこかに置き忘れていたお兄ちゃんのケータイを使って、
(家の中でも至る所に置き忘れるのだ抜けている兄は)
監視をしていた私に宣戦布告をしてきた。Do I understand?

「お待たせ、穂乃美。……どうしたんだ? 何か険しい顔して」

私が予想外の出来事に思いを巡らし始めてようやく、
お兄ちゃんは長いトイレから戻ってきました。
……何をしてたか聞くのはマナー違反ですね。
貞淑で物分りの良い妹である私はそんな質問はもちろんしません。

452 名前:あの中に一人、泥棒猫がいる![sage] 投稿日:2012/10/19(金) 19:25:50.02 ID:RDMyGuJJ [9/10]
「えっ、あ、うん。なんでもないよ。お兄ちゃん。
 そういえば朝、私がお兄ちゃんに送ったメールの返事、来てないなって」
「あれ、そうだったのか。……ん? ああ、思い出した。
 昨日生徒会の仕事で学園に来たときに教室か生徒会室にケータイを忘れていたんだ。
 今日それを取ってくるはずだったのに。それも忘れてたよ。ははっ、だめだな俺」
「あははっ。本当にお兄ちゃんったら、頭は良いのにそういうところが抜けてるよね」

笑顔をつくっても心は冷めてるのがわかる。
お兄ちゃんの前でこんな顔はしたくないのに。
でも今この瞬間もさっきの電話の女が監視しているかと思っただけで、
私は全身がこわばってしまう。
身体の奥底から言いようのない感情が湧き出してきて叫び出しそうになっている。
……まだだ、暴れるのはまだまだ先だ。
まずは情報を収集しないといけない。分析に足る量を。
私の知らない1年間、この学園でお兄ちゃんがどんな生活をしてきたのかを。
どんな異性と関わりをもってきたのかを。
……あーあ、お兄ちゃんとの学園イベントはかなり省略しないといけないよね。
この学園生活は純愛にしたいのだ。寝取られジャンルなんかに決してしてはならない。

「ねえ、お兄ちゃん……お兄ちゃんに、もしかしてもうかの……」
「ん? なんだ」
「……ううん、明日から、よろしくお願いします。いっぱい良い思い出、つくろうね」
「なんだよ、改まって……まあ、こっちもよろしくな。抜けてる兄だけど」
「うん!」

私は今できる最高の笑顔をお兄ちゃんに向けた。
そしてこれは、あの女に対しては宣戦布告のお返しなのだ。

真実と嘘、恋と憎悪が渦巻く学園生活が始まった。

(第1話 終わり)

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最終更新:2012年11月08日 15:40
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