素敵に無敵な近世界

59 名前:素敵に無敵な近世界[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 05:39:23 ID:NRzIB+Kl

夕方。
カーテンの隙間から入る細い斜陽に照らされた、赤と薄い黒が溶け合う我が家の一室。
オレは、妹と向き合っていた。

「兄さん」

オレを呼ぶ声が、緊張の分だけ重く感じられる。

「とうとう、来ましたね」

「・・・ああ」

答える声も奇妙に喉にへばり付き、篭ったようになる。
向かい合うオレと妹。
挟まれるテーブルの上には、夕日に照らされてなお青い色をした紙切れが載っている。
その色から取って、通称『青紙』。正式名称を、婚礼督促状。
我が国の法に曰く、
『明日の国力を担う次代の若者を生み育てるは、これ国民の義務なり』
超少子化のこの国がもう10年も前に決定した、国を保つための国策。
数十年前に比べて人口が半数を割った国が、恐怖と不安と危機感に迫られて作った法。
生まれてから20年の間、つまり21歳の誕生日を迎えるまでに結婚すること。
そして25歳までに子供を設けること。
国民の三大義務に追加された、今の四本柱の一角。
達成できなければ刑罰の対象。逆らった者、逃げた者には特に重い懲役が課され、
でなくとも囚役中に強制的に精子を搾り取られ、卵子を犯される。
過去に例の無い悪法とされる一方、国の余りの窮状に止む無しともされた法律だ。
時限立法とされた一夫多妻制容認特別法を可決して20年、
なお止まらない少子化に歯止めを欠けるための苦渋に塗れた一手。

「それで、兄さん。どうします?」

「・・・・・・」

そして、オレはつい先日に成人した。
これで今日から大人と喜んだ矢先に、この『青紙』。
25歳までに子供を設けよという『赤紙』に比べればまだマシ、だが。

「どうしようもないさ。今まで通りだ。
 頑張って彼女を作る。そして結婚してもらう」

オレには、彼女がいたことがない。
つまり惚れた相手と結ばれたことは一度も無い。
告白されたこともあったが、
返事を待って貰っている間にいつも急に気が変わったと言ってそそくさとオレから離れて行った。
そして彼女いない暦20年。タイムリミットまでもう一年もない。
戸籍上だけの偽装結婚という手もあるが、
子供を作らないと結局は更に重い刑罰の対象だし、何より相手がいることなので世間的には最終手段とされている。

「それが駄目だった場合は?」

「それこそ、どうしようもねーよ。
 今度の誕生日までに結婚出来なければ刑務所行き。
 偽装結婚するよりは、強制されてでも子供作って出て来た方が良いからな。
 刑罰と言っても、刑務所で宛がわれた相手と子供作ればいいんだし。
 身ごもった相手と結婚か、最低でも子供を育てる義務は課されるけど、早ければ一年くらいで出てこれる」

「そうですか。でも、兄さんはそれでいいんですか?」

「・・・・・・」

60 名前:素敵に無敵な近世界[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 05:40:09 ID:NRzIB+Kl

沈黙。
いいはずはない。だが仕方が無い、とも思う。
納得は出来なくとも。事実、どうしようもないのだから。
言葉が出ない。
黙り込む間にも、部屋に差し込む光は弱く、闇は濃くなっていく。

「兄さん」

「・・・?」

沈黙を破ったのは、妹の方からだった。
何だ、と視線で答える。

「私は兄さんのことが好きです。
 それはもう、重度のブラコンと言われるくらいに。そのことは知っていますよね?」

「ああ」

知っているも何も無い。
妹は昔から、それこそ今になっても異様にオレに懐いている。傍目にも心配される程に。
妹がブラコンだなんて、まさしく今更だ。

「それがどうした?」

「いいえ、別に。ただ────────兄さんには、それを改めて認識して欲しかったので。
 私が兄さんを好きだと。兄さんを愛しているのだと。誰よりも。
 それだけですよ」

すっ、と妹が立ち上がる。
言いたいことは言ったとばかりに歩き出し、扉の奥へと消えた。

「何なんだ・・・? いやそれよりも。これから、一体どうするか・・・」

暗くなった部屋で一人。オレは頭を抱えた。





自室へ戻り、扉を閉じる。素早く施錠。
内と外を完全に遮断し、私はベッドに倒れこんだ。

「ふふ、うふふ。うふふふふふふふふっ!」

シーツを握り締め、込み上げる歓喜を噛み締める。
抑え切れぬ嬉しさが喉奥から漏れ出すが、止まらない。

「兄さん・・・兄さん、兄さん兄さん。
 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さんっ!」

どうしようもなく唇が開き、顔に笑みを刻んでしまう。
幸福が私を包み込み、待ち望んだ未来が私を祝福していた。

「うふっ! ふふ、うふふふふっ!
 うふふっ、うふっあはははははははははははははははははははははははっ!
 あはっははははははははははははははははははははははははははははっ!!」


61 名前:素敵に無敵な近世界[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 05:41:09 ID:NRzIB+Kl

今日。
兄さん宛に婚礼督促状が届いた。
それ自体は分かっていたことだ。そんなことは決まっていたことだ。
にも関わらず、飛び上がりたくなる程に嬉しい。
私は兄さんが好きだ。大好きだ。はっきりと異性として愛してる。
ブラコンだ何て、そんな兄離れできないだけの乳臭い女と同じ半端なモノとは一緒にして欲しくない程に。
頼れる兄、程度のモノではない。
兄さんに代わりはいない。兄さんは唯一だ。それが欠けたら、他の何物でも埋めることは出来ないくらい。
私にとっては兄さんが最上で、絶対。
兄さん以上の存在などこの世に居ない。兄さんに代われる者などこの世に存在しない。
兄さんの価値は世界一だ。

「もう直ぐ────────もう直ぐですよ兄さんっ!」

なのに、誰も兄さんの価値を分かっていない。
例えば芸能人など、演じているキャラクターに何の意味があるのだろうか。
格好が良ければ惚れてしまう程度の恋に、どの程度の重みがあるのだろうか。
財力。運動能力。容姿。
そんな、他者との比較や関係性の中で左右されるモノ何かに興味は無い。
金など使えば終わり。誰かより速く大きく強いからといって、それではより強い雄に惹かれる動物と同じだ。
容姿の優劣の基準など時代の中でどれほど推移してきたことか。
いや、そもそもルックスルックスと騒ぐなら特殊メイクで仕上げた自分の顔にでも見惚れていればいい。
他者と比較されるモノに意味など、愛する価値など微塵もない。

「もう直ぐ、私が兄さんを幸せにして上げます!」

にも関わらず、世の大多数の女はそんなものを価値の基準にする。
脳が腐っているとしか思えない。
だから兄さんも良い相手が見付からなかったのだろう。
兄さんに愛されるという無上の栄誉を受けながら、それを溝に捨てた女達。
勇気を出した告白を袖にされた時の兄さんは、いつも悲しそうだった。
兄さんを悲しませた女共は考え得る限りの後悔をさせてから始末したが、
兄さんを慰めながらも暗く沈んだその顔を見ると胸が締め付けられた。

兄さんのことを好きになった女も同様だ。
やれ優しいだの何だのと、自分にとって都合の良い部分しか見ていない。
暗に優しさ以外の部分は好きではないと言っているのと同じである。
それでは駄目だ。
兄さんの一部しか好きでない者が、どうして兄さんと未来を共に歩んでいけるだろうか。
兄さんの全てを受け入れることが出来るだろうか。
無理に決まっている。
そんな差別的な愛を、私は愛とは認めない。
兄さんの魅力の一端にでも気付けたのは立派であるが、彼女達も兄さんの伴侶としては相応しくなかった。

「兄さんと結ばれて、兄さんを愛して、兄さんに愛されて」

だが私は違う。
私は生まれてから今まで誰よりも兄さんの近くで、誰よりも長く兄さんを見てきた。
世間的に長所とされる所も短所とされる所も含め、兄さんの全てを見てきた。
他人が知っていて私が知らない兄さんのことなど唯一つとしてあり得ない。
逆のことなら幾らでもあるが。
兄さん自身より兄さんに詳しいのは、兄さんという兄を持てたことに加えて私の自慢なのだ。
その上で、私は兄さんの全てを愛し、受け入れられると断言できる。
兄さんの全てを生涯に渡って愛し続けることを誓える。
兄さんの心も体も長所も短所も何もかも余すことなく愛し抜き、私の全てを兄さんの意志に委ねられる。
他の誰でもない、兄さんだから。
兄さんだけに感じる唯一無二、兄さんのみに捧げる絶対不変の愛情。

62 名前:素敵に無敵な近世界[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 05:42:48 ID:NRzIB+Kl

世間のどんな恋人同士よりも積み重ねてきた時間。
身内であると同時に最も身近な他人として、愛情と気遣いを両立させる心。
消すことの出来ない家族の、兄妹の血の絆。
それら全ての事柄が、私と兄さんは最良の、そして最愛のパートナーになれると示唆している。

「兄さんと私の二人だけで、何時までも、何処までも幸せに」

だから、もう何年も前に私は決断をしたのだ。
兄さんが二十歳になるまでに、婚礼督促状が来るまでに、
私の眼鏡に適う相応しい女が見付からなかったらこの気持ちを成就させようと。
兄さん自身の意志を尊重して、せめて二十歳までは様子を見ようと。
その結果は言うまでもない。
見付からなかった。誰一人、兄さんに相応しい女はいなかった。
幾度かは兄さんも焦りのせいで兄さんに吊り合わないこと甚だしい女に告白したりもしたが、
そこは兄さんに事前の相談を受けた段階で対処しておくことでどうにかなった。

今、強く思う。
やはり、この世に兄さんに相応しい女はいないのだ。
私を除いて。私という、たった一人の例外を除いて。
ああ。
もしかすると、これはやはり運命だったのかもしれない。
ならばどうしてもっと早く決断しなかったのかという後悔も感じるが、それも些細な問題だ。
これから兄さんと迎える夢幻のような幸福の日々を思えば、些かのロスには目を瞑れる。

実は婚礼督促状、と言うよりも現在の結婚と子作りを強制する法制度には穴がある。
いや、穴と言うよりは抜け道と言った方が適切かもしれない。
殆どの人間が存在を知らない、法の網目。
もっとも、その存在を知った所で大多数の人間はそれを選ばないだろうけど。
それは一夫多妻制容認特別法が巻き起こした騒動の熱が冷めない内に、ひっそりと可決された法案。
人口に膾炙する訳でもなく、メディアに騒がれるでもなく静かに、秘されるように。
理論的に考えれば、婚姻を強制するような権利抑制型の法律よりも、
権利拡張型のそれの成立の方が早かったのは当然かもしれない。

近親婚容認特別法。

ある条件下に限ってのみ父と娘、母と息子、姉と弟、そして兄と妹の婚姻を認める制度。
条件は二つ。
前提として、必ず子供を設けること。
婚姻は、両者の合意に基づいて行われねばならないこと。
幼き日。
幾つもの偶然に、
今思えば必然の運命に導かれてその存在を知った時には、歓喜の余り涙した。
私が兄さんが二十歳になるまでは様子を見ようと思ったのも、この法律があったからだ。
それまで待てば、私も結婚と出産の可能な年齢になる。
多分、兄さんは私が正面から結婚しようと言っても聞き入れてはくれない。
兄さんはいつだって真っ直ぐで、一度決めたことは簡単には曲げない人だから。
兄さんとて私の想いには薄々気付いているだろう。
それでも受け容れてくれないのは兄さんがそう決め、それを守ろうとしているからだ。
兄さんは意思が強い。
21歳が近付く焦り程度では、この法律のことを教えても私との結婚は考えないだろう。

63 名前:素敵に無敵な近世界[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 05:44:21 ID:NRzIB+Kl
「そのために────────兄さんを、犯す」

だから、兄さんを犯す。
腕力云々の前に兄さんに抵抗されると私には強行出来ないから、睡眠薬で眠ってもらっている間に。
兄さんの素肌を晒して、兄さんの逞しい腰の上で、兄さんの胸板に顔を擦りつけながら、
兄さんの手を胸に当て、兄さんの唇を貪り、兄さんの強暴だろう肉の棒で処女膜を破ってもらって、
その痛みと圧倒的な歓喜に涙しながら、兄さんの子種を子宮に注いでもらって、兄さんを感じて絶頂し、孕む。
それは、何と素敵な未来なのだろう。
数ヶ月もすれば腹も膨らみ、誤魔化しは効かなくなるはずだ。その時に告げる。
きっと、歓喜で興奮で感動で感銘で快感で絶頂で満面の笑みと涙で、顔をぐちゃぐちゃにしながら。
兄さんの子供が出来ました。だから私と結婚して下さい、と。

そうすれば、きっと兄さんの考えも変わる。
近親婚を容認する法律のことも教えてあげれば尚更だろう。
刑罰を受ける心配だってないのだ。
今まで待って現れないのだから、兄さんに吊り合えるだけの女なんていない。
私を除いて。
今まで何人もいて駄目だったのだから、兄さんを愛してもその全てを愛し続けられる女なんていない。
例外は私だけ。
兄さんが婚礼督促状の期限に間に合わず、
愛してもいない相手との苦痛に塗れたセックスで子供を作るくらいなら、
その精液は溢れんばかりに私の胎内へと注がれるべきだ。
兄さんは私を嫌っておらず、私は誰よりも兄さんを愛しているのだから。

そう。そうだ。
最早、待ってなどいられない。これ以上は待てない。
私は兄さんと結ばれたい。そして、私は兄さんを幸せに出来る。
私以外に兄さんに相応しい、私以上に兄さんを幸せに出来る女などいない。
なら、兄さんが私と結婚するのに何も問題はない。
出来るだけ子供を産まねばならないと言うなら、息絶えるその瞬間まで子供を産み続けよう。
兄さんのために尽くせるなら本望である。
子供を仕込む段階でも、どんなプレイにでも応じてみせる。
それが兄さんの愛し方で、兄さんの快感になるならば。
今のところ部屋にある雑誌や室内での自慰行為でもそんな気配は無いが、
性癖というのはいつ開花するのか分からないもの。
しかし不安は微塵も無い。
兄さんと結ばれた生活の中でなら、私はどんなことでも喜びに変えて見せよう。
蝋燭で焼かれようが鞭で打たれようが荒縄で縛られようが、兄さんによる加虐ならば快楽だ。
首輪を巻かれようが乳房に穴を開けられようが四肢を切り落とされようが、兄さんからの被虐ならば快楽だ。
同じ事を兄さんにしろと言われても即座に実行しよう。
だからこそ。

「待っていて下さいね、兄さん。もう直ぐですよ。もう直ぐ行きますから。
 もうすぐイキますからね、兄さん。うふふっ、あははははははははっ!
 あはっははははははは! 兄さん! 兄さん兄さん兄さん!
 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん愛していますっ!!」

私は跳ね起き、机の上に用意しておいた睡眠薬を掴み取った。
これからの準備のために。
これからの未来のために。
外は既に真っ暗。そろそろ夕飯を作らなければならない時間帯だ。
家事の大部分、炊事の一切に関しては私が取り仕切っている。
だから料理を乗せた特定の皿に薬を混ぜる程度のことは訳が無い。
気落ちしている兄さんは、それでも美味しそうに私の作った料理を食べてくれるだろう。
私の愛情と愛液と愛欲と、ほんの少しの薬が入った手料理を。

「待っていてくださいね────────兄さんっ!!」

私は開錠した扉を開けた。
私と兄さん、二人の幸せな未来へ向けて。

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最終更新:2007年11月05日 01:53
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