81 名前:夢見る薬[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 18:03:13 ID:NRzIB+Kl
今、僕はある店の中、ある扉の前に居た。
名前は“ルカ兄妹の魔法薬店”。
冒険者の僕が資金や材料を集め、それを元に妹が魔法薬を調合して切り盛りしてきた店である。
今日は思ったより早く仕事が終わり、かつ珍しい材料が手に入ったから急いで帰宅したのだが、
妹の姿が見えず、店内を隈なく探す内に此処に辿り着いてしまった。
“乙女の秘密の調合室☆ 覗いちゃイヤン♪”
鋼鉄の扉にはそう書かれたプレートが下がっていたのだが、
偶然に手に入ったエンシェントオークのリンガ(精力剤の材料になる超高級品。これだけで僕の月給と同じ)、
それも新鮮な奴を出来るだけ早くに見せてやりたいと思った僕はついそれを無視してしまったのだ。
果たして、扉を開けるとそこは魔界だった。
「淫魔の血液、六角山羊の角、メデューサの蛇髪、魔法薬・赤の十六番・・・・・・」
魔女の大釜。
そう呼ばれる特大の調合器具の口の辺りで、梯子をかけて上ったらしい妹が長大な棒切れを掻き回す。
その一方で、此処から見えない内部には次々と得体の知れない物が投下されていた。
名前だけで高級品だと分かるが、同時にそれがただの魔法薬の材料ではないとも理解できる。
「角鯨の瞳、ヴァンパイアの牙、竜の皮」
釜の下では轟々と炎が燃え盛り、室外まで漂う異様な熱気を生み出していた。
炎に照らされる妹の頬は赤く染まり、
器具の大きさと数を考えれば決して広くは無い室内に押し込められた、
形容できない、何十という材料や薬品の混ざった匂いが鼻をつく。
「魔法薬・青の四番と紫の六番・・・」
ボコンボコンと、煮立った湯で泡が弾けるような音がする。
妹の手にする試験管から液体が注がれると、大釜からは煙が立ち昇って異臭の強さが増した。
鼻を近づけて一嗅ぎした妹は、うぇ、と顔を顰めて。
「うわっ、流石に強烈だよ。でも、これも完成までの一歩と思えば・・・・・・くふふ♪」
唾を嚥下する音が聞こえた。
それは僕のものだったのか、それとも妹のものだったのか。
蒸し上がりそうな部屋の中、妹は相変わらず黒いローブに身を包み、
大量の汗を掻きながら棒で釜の中の何かを混ぜ込んでいる。
汗まみれの顔に笑みを貼り付け、うふふ、あははと笑いながら、
生贄でも投げ込みそうな魔女釜に怪しげな品を入れてかき混ぜる妹。
下手な悪魔崇拝者でも裸足で逃げ出すような光景だ。
「お兄ちゃん」
びっくう! と背中が跳ねた。
いきなり名前を呼ばれ、気付かれてすわ生贄か、と後退る。
が、細い扉の隙間から覗ける妹に動きは無い。
そろりそろりと扉の前に戻ると、どうやら僕に気付いて呼んだわけではなかったようだ。
「待っててね。もうすぐだから」
雲も見えない調合室の天井を見詰め、妹は呟くように言う。
「もうすぐ、お兄ちゃんを幸せにしてあげるからね」
いつの間にか釜の中を混ぜる棒を握る手は止まっていた。
しかし、その力自体は強まり、微かに血管が浮き出るほどぎゅっと棒を握っている。
82 名前:夢見る薬[sage] 投稿日:2007/06/17(日) 18:04:46 ID:NRzIB+Kl
「あの剣バカも乳メイドも引き篭もりメガネも視界に入らないように、
世界で一番お兄ちゃんを愛している私とだけ、永遠に愛し合えるようにして上げるからね。
兄妹の、血の絆をもっともっと深く太く強くするからね」
何故か僕の知人と思われる人物のことを羅列していく妹。
そして不穏当な発言が混じったのは気のせいだろうか。
「くふ、くふふふっ。くふふふふふっ! くふふふふふふふふふふふふっっ!!」
はまり過ぎだ。
言っては悪いが、普段から魔女めいた衣装の妹には似合い過ぎる笑い方である。
隠そうともせずに篭った笑い声を上げ、釜の縁で背を曲げてぷるぷると身を震わせる妹。
僕の背筋を冷たい物が流れた。
「お兄ちゃんは私のモノお兄ちゃんは私だけのモノお兄ちゃんを本当に愛しているのは私だけ
お兄ちゃんを幸せに出来るのも私だけお兄ちゃんと結ばれるべきは妹である私
いつもお兄ちゃんの傍にいた私誰よりもお兄ちゃんを見てきた私お兄ちゃんと血の絆で結ばれた私
他の女なんて要らないお兄ちゃんを誘う雌猫は死ねばいいお兄ちゃんを奪う泥棒猫は殺す」
止まっていた手が一転、がっしと両手で掴んだ棒が物凄い勢いで回転する。
ばちゃばちゃと跳ねる不気味な色の液体が釜から零れ、床に落ちてしゅうしゅうと音を立てていた。
「だから────────お兄ちゃんが、私だけを見るように。私しか見れなくなるように」
お薬を作らなくちゃ、と囁いた。
魔女釜を囲む炎はますます燃え上がり、赤々と照らされる妹の顔の中で汗と二つの瞳が爛々と輝く。
いつの間にか調合室に満ちた異臭は消え去り、
代わってひどく蟲惑的な、食虫花の蜜のような危うい匂いが漂っていた。
汗で肩に張り付くローブを上下させる妹は荒い呼吸でそれを吸い込み、溶けそうに熱い吐息を漏らす。
「さて、と。最後の材料、あとは愛させる対象の体液だけだね」
しばらくして息をつくと、妹は奇妙な行動に出た。
釜の中の薬?を混ぜる棒を手放すと、両脚で釜の口の部分に立つ。
かと思うと覗き込むように背を曲げ、上半身を突き出す格好になった。
「流石に暑いし疲れたし、愛液じゃなくてこれで────────んあ」
妹は口内で舌をもごもごと蠢かせ、唇を上下に離して小さな口を限界まで開ききる。
綺麗に並んだ妹の歯、濡れ光る赤い舌が外気に晒された。
その釜口へ向けられた舌を伝い、雫が落ちる。
途中で舌との間に糸を引いたその雫は、妹の唾液。
音もなく釜の中へ導かれた体液は先に入れられた材料と交じり合い、
やがて魔女釜から赤紫の光が柱となって立ち昇った。
甘い匂いが更に強まって室内に充満する中、妹は天を向いて叫び上げる。
「出来た────────惚れ薬っっ!!」
と、妹は高らかに第一級禁薬指定魔法薬の名前を口にする。
それは製造どころか必要な材料のうちの幾つかを所有するだけで罰せられる、かなり危険な魔法薬。
効果は、対象に飲ませることで混ぜた体液の持ち主を永遠に愛し続けるように心を変えてしまうこと。
そして。
考えたくないことに、妹は僕のことを口にしながら作ったそれに自分の唾液を混ぜ込んだわけで。
「くふふふふっ! あとは、これをお兄ちゃんに飲ませるだけ。
くふっ! くふっふ、くふふあははははははははははははははははははっっ!!」
逃げろ、と。
絶叫する本能に従って僕が家出を即断し実行したのは、それからコンマ二秒後のことだった。
最終更新:2007年11月05日 01:54