鬼子母神1

718 名前:鬼子母神1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/02/05(火) 22:33:36.48 ID:v3Z2Mdqq [2/6]
八月の終わり頃だ。
ある双子の姉弟がとある田舎町にやってきた。
姉を小泉アサネ、弟をコン太といった。

二人は父親と三人暮らしをしていた。
ところが、その父親が数か月前に他界してしまった。
身寄りを求めて、彼らは父親の弟である叔父の家に養子として引き取られることとなった。
叔父夫婦に子供はなく、彼らを本当の子供のごとく可愛がった。


「初めまして、小泉コン太と言います。よろしくお願いします」

クラスメイトの前で自己紹介をするコン太。
姉弟は夏休み明けに地元の高校に編入となったが、姉と弟は分かれてクラスに入ることとなった。

「私はクラス委員の早狩ユキといいます。よろしく、小泉君」

自分の席に座った直後、隣の女子が早速話しかけてきてくれた。

「よろしく、早狩さん。ところで質問なんだけど…クラスの人数ってこれだけ?」
「…ええ。都会と比べるとやっぱり少ないんでしょうね」

教室内には20人弱の生徒しかいなかった―――。
というのも、この町自体過疎化が進み、高校も三学年で六クラスという寂しいものであった。

ちなみに、この日は始業式ということもあり、半日と経たず終わりとなった。
コン太はクラスメイトの顔と名前を覚えようとしたが、流石に時間が足りなかったようだ…。

719 名前:鬼子母神1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/02/05(火) 22:34:30.46 ID:v3Z2Mdqq [3/6]
「小泉君、まだこの町のこと知らないでしょ、案内してあげようか?」
「あぁ…そうだね、お願いし―――」
「コン!」
「あ、アサ姉…」

突然コン太を呼ぶ女性がいた。
教室の入り口の方に振り向くと、姉であるアサネがいた。

「今日は早めに帰る約束でしょ?」
「でもまだ昼前だよ?少しくらいいいんじゃない?」
「叔母さんも心配するよ?」
「う~ん…でもなぁ…」

煮え切らない様子のコン太。
それに苛立ちを隠せずにいるアサネ、次第にその矛先は―――

「あ、いいんです。ご家庭の事情ならそちらを優先すべきですもんね」

早狩ユキは丁寧且つ、簡潔に答えた。

「…ゴメンね、早狩さん。また今度にでも…」
「うん、といってもそんなに大きくない町だから半日も掛からないけどね」
「さ、行きましょ」

早狩ユキは少し皮肉交じりに言ってみた。
―――が、それを一蹴したアサネはコン太に促すと、さっさと歩きだした。

「じゃ、またね」
「うん、明日」

720 名前:鬼子母神1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/02/05(火) 22:35:30.35 ID:v3Z2Mdqq [4/6]
高校を出て、田んぼ道を歩く二人。
叔父夫婦の家まではこのような光景が延々と続いていた。
夏場、昼前でまだ日差しが強く、セミも大合唱を奏でている。

「アサ姉…、さっきのは良くないよ。初めて会った人に…」
「コンが予定を変えようとしたから、怒ってるんでしょ!」
「……まだ、根に持ってる?」
「何が?!!」

アサネはどうやら、弟のコン太とクラスを分けられたことに腹を立てているようだった…。
編入の際、ただ一人反対し続けたことからもそれが分かった。

「折角、最初の友達に…」
「何?コン…、あんたあの子に惚れたの?優しさと愛情表現を勘違いしちゃ駄目よ」
「そうは言ってないよ。でも新しい環境なんだし…友達は欲しいよ」
「…女を油断すると痛い目にあうんだから―――」
「ん、何?アサ姉?」
「何にも!!」

早歩きで歩く姉を追う弟。
二人のことを知らなければ、仲違いした恋人達に見えなくもない光景だった…。

721 名前:鬼子母神1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/02/05(火) 22:36:57.29 ID:v3Z2Mdqq [5/6]
都心と違い、夜になるとそれなりに涼しくなる。
コン太はその新鮮さを味わいながら、自室で風呂上りのアイスを齧っていた。

「コン、ちょっといい?」
「いいよー、アサ姉」

同じく風呂上りのアサネが部屋に入ってくる。
昼間と一転して怒りの熱が冷めたのか、アサネのおだやかな様子が感じられた。

「静かね、虫の鳴き声しかしない…」
「ん、漫画みたいな場所だけど、本当にあったんだね…」
「……まだ慣れない?」
「…そうだね、叔母さんには悪いけど…」

…二人は母親というものを知らずに育った。
実際、小学校からずっとアサネがコン太の母親代わりをしている節もある。
それが突然、状況が変わってしまったわけだから、慣れるほうがおかしいとさえ言えた―――。

「本当の母さんは何処にいるのかな…?」
「お父さんは何も言わず終いだったもんね…」
「生きているなら、会ってみたい気もするけど…実際どうなんだろうね―――」

コン太の何気ない一言が、アサネの心中を嵐の渦へと変えた。
生まれたときからずっと一緒にいる大事な弟なのだ。
いや、自身の半身とさえ言える。
今更母親が現れたところで、コン太を渡すわけがなかった…。

「コン…、寂しい?大丈夫だよ。私がいるわ。ずっと―――」
「アサ姉…」

一方のコン太はアサネの様子を心配していた。
姉は自分に構いすぎる、父が死んでから、彼女のそれは一層強くなった。
しかし、自分が否定すれば、家族の絆さえ壊れてしまうのでは、と恐れてもいた。

「ふふふ、よしよし…」
「ア、アサ姉…、恥ずかしいって…」

アサネはコン太の頭を胸元に抱き寄せると、頭を撫ではじめた。
まるで、親が子供に、あるいはカップルがやりそうなその光景は姉弟としてみると、異常とも言えた。
しかし、アサネにはそんな考えは少しも浮かんでいない。
ただ弟を、優しく包み込む。

「…昼間はゴメンね」
「いやいいよ、叔母さん達に変な心配掛けても悪いしね。アサ姉のいう通りだったかも」

アサネが謝ったのは、コン太に怒鳴ったことで叔父叔母や―――当然クラスメイトのことでもなかった。

そして、コン太がそれに気づく術もこのときは無かった…。

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最終更新:2013年10月16日 07:54
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