177 名前:
パンドーラー3 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/08/26(月) 21:56:32.37 ID:DPwRGtHC [2/7]
「えー、皆さんは明日から夏休みを迎えますが、えー、くれぐれも体調を崩さず―――」
とある中学校の体育館で校長が夏休み前の講話をしていた。
没個性的なその内容に生徒は勿論、教師達も耳を傾けることなく、夏休みの予定を各々考えていた。
そんな中に八原マキの姿があった。
「マッキー、明日からどうするの?」
「んー、とりあえずはお店の手伝いかな」
「へー、実家には帰らないんだ」
「お盆前には帰るよ。でも何もないしね…」
「島だったね、マッキーの実家。浜辺とか綺麗そうじゃない」
「まさか…。ただの未開の地よ」
「ハワイみたいじゃん。いいなぁ~」
「おめでたい幻想は止めときな」
いつの間にか講話は終わり、後のホームルームをやる気なく過ごし、昼前に下校となった。
「じゃあね、マッキー。今度遊びに行こ。メールするから」
「うん、またねー」
マキは中学三年生になっていた。
島にいる間、即ち小学生の頃は通信教育で修了することを許されていた。
マキの年齢や、離婚による財政的な問題もあったからだ。
しかし中学以降となると、そうもいかなかった。
中学校で学ぶ科目を通信課程で済ませるには限界があり、
また母親が普通の学校生活を送らせたいと考えていたからだ。
マキ自身もそれには同意していた。
学校がどういうものか、中学校に入学するまで知らなかったからだ。
そして中学校に通うということになると、島の外で暮らさなければならない。
当然母親にマキを一人暮らしさせる余裕はなかった。
そこで助力したのが村長だった。
彼の知り合いに港町で定食屋を経営している者がいたので、
話を持ちかけマキを下宿させてもらうことになった。
条件として、店の手伝いをすることは必須だったのだが。
178 名前:パンドーラー3 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/08/26(月) 21:57:45.84 ID:DPwRGtHC [3/7]
「マキちゃん、皿洗いよろしく。それが終わったら、仕込みの手伝いね」
「はーい」
トシヤが最後に来た五年前の出来事―――
当初は母親に不信感を抱いていた。
が、成長するにつれマキも色々と知り、母親について責める気にはなれなかった。
身寄りのない母娘が社会で暮らす為には色々と苦労がある。
自分が住み込みで働きながら学校生活を送れるのも村長との情事が関わってるんだろう。
感謝こそすれば恨むなどは筋違いである、と考えていた。
しかし―――
それ以来、来なくなったトシヤのこと。
マキはずっと心に引っ掛かるものを抱えていた。
どうして来ないの?
怖かったから?
軽蔑したから?
混乱したから?
その一点だけ―――思い続けてきた。
そして中学生としての最期の夏休み。
マキはとある計画を練っていた。
向こうが来ないならこちらから行こう―――。
トシヤの住む町は都心部の外円に位置するベッドタウンだ。
かつては家族四人で暮らしていた場所である。
離婚後は母親とマキはずっと立ち寄ることはなかった。
マキはおぼろげな記憶を頼りに、トシヤの家へ向かうことにした。
幸い住所はメモを取っていた。
しかし五年前の物であるため、今もそこに住んでいるのかという不安は消えなかった。
マキの頭に最悪の結末が浮かぶ―――
更地の土地。
行方知れずの尋ね人。
もう二度と…。
首を振り、嫌な考えを消した。
179 名前:パンドーラー3 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/08/26(月) 21:59:12.93 ID:DPwRGtHC [4/7]
特急とローカル線を乗り継ぎ、一路都心へ…。
長旅になるが、マキにはお金があった。
働き続けて得た賃金を大事に貯めていたのだ。
今日、この日のために―――
目的地の近く、最寄駅にいよいよ到着した。
電車を一歩降りて、排ガスの淀んだ空気がマキを襲った。
こんなに空気が違うものなのか…。
駅から歩きながら、マキは考えていた。
再会の第一声は何にしようか…。
五年前と何も変わってない自分に気づき、一人で笑ってしまった。
マキは頭の中でイメージを浮かべていた。
どう成長しているのか―――
声変わりは?
背は大きくなったか?
私を見て分かるだろうか?
私への最初の言葉は…。
?!
ふと、再び嫌な考えが出てきた。
トシヤが来なくなったのは母親と村長との密会が理由だろう…。
そして私にも…、私にも同じ目を向けてくるのだろうか…。
軽蔑、非難、嫌悪、そして決別の意思を伝えてくる―――!
ぐるぐると眩暈がして、そばの壁にもたれる。
まさか、トシヤに限ってそんなことは…。
しかし、その仮説を否定する理由もなかった。
家まであと少しのところで、マキは進めなくなった。
恐ろしかったのだ。
暑い夏の昼下がりにも関わらず、マキは両手で自身の身体を抱き震えていた。
人通りは無かったので、その奇行を見られることがなかったのは幸運だった。
180 名前:パンドーラー3 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/08/26(月) 22:00:29.64 ID:DPwRGtHC [5/7]
しばらくして、落ち着きを取り戻し再び進む。
わからないことで怯えていても仕方がない。
まずは真実を確かめることだ。
しかし、もしトシヤが本当に自分を拒絶したときは―――
とうとう家の前についた。
変わっていない、と思う。
確かに年月が経ち、古ぼけてはきたが間違いはなかった。
表札には向田と記されていた。
あとはインターホンを押すだけだった。
指が震える。
ボタンを押す、これだけの行為なのに何で怖いのか…。
そのとき、通りから声が聞こえた。
人の家の前で何もしないまま立っているのは怪しまれるだろう。
マキはそう思い立ち、その場を離れることにした。
しかし、どこかで聞いた声だった。
もしかしたら…。
近くの曲がり角に身を潜め、様子を窺う。
傍から見れば変質者そのものだった。
本当に人通りが無かったのは幸運だった…。
声の主がやってきた。
二人いる―――、男女だ!!
男の方は…。
見間違えることはありえなかった。
男の方はトシヤだ。
背は随分伸びた。
昔はマキのほうが高かったが、今は見上げるくらいだ。
肌は浅黒く、健康的に見えた。
181 名前:パンドーラー3 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/08/26(月) 22:02:03.05 ID:DPwRGtHC [6/7]
五年ぶりに見た弟にマキは感動していた。
それだけトシヤは成長していたのだ。
今すぐ会いに行こう。
そう考えたマキを止めたのが、横にいる女の存在だ。
家の前で何か話している。
そして、トシヤに手を振り歩き始めた。
こちらに向かってくるので、マキは慌てて歩行者のふりをする。
すれ違うときに女の顔を見た。
顔立ちは中々美しく、モテるだろうと思うほどだ。
問題は―――この女はトシヤとどういう関係なのか。
そこで、自分が何を考えているのか気付き、訂正する。
弟がどう恋愛しようが私には関係ないことだ。
だって、私達は…姉弟なのだから…。
自身の中にある何かに戸惑い、そしてこの気持ちが何なのか…。
マキは分からなくなった。
結局、あれほど会いたかったトシヤとは顔を合わせることなく、マキは帰路についた。
恐ろしさからの逃亡、あるいはもっと別の何か他の気持ちが…。
答えが出ないまま下宿先に帰り着く。
「ただいま…」
「あっ、マキちゃん!!」
下宿先のおばさんが駆け寄ってくる。
「いい、落ち着いて聞いて、実はね…」
「はい?」
「お母さんが―――倒れたらしいのよ」
マキにはその言葉が理解出来なかった―――
最終更新:2015年03月22日 01:51