文明の武器

247 文明の武器 sage 2007/11/10(土) 05:48:33 ID:03S08nM0
妹が、念願のケータイを買ってもらった。同い年の平均からすれば随分と遅い。
そのせいだろう。妹はそれを気に入り、とても大事にしているように見えた。
兄であるオレとしてはまあ、可愛いもんだな、と思っていた。

今までは。

「・・・・・・っ! おい!!」

迂闊だった、とは言うまい。
相手が上手以前に、そもそも想定する状況が異常に過ぎる。

「えへへぇ。お兄ちゃんとちゅーしちゃった♪」

部屋に勉強を教えてくれと妹が尋ねてきてから一時間ほど。
一応は面倒を見ながらも、歳の離れた妹の勉強内容など簡単なもので、
必然、時間の経過と共に請け負った以上の義務感やらも含めた緊張はほぐれる。そこを突かれた。
質問のフリでオレの顔を下げさせ、反対に自分は顔を上げて押し付けるようにキス。
オレの唇を奪うと同時に手にしたケータイのカメラで横から撮影、オレが驚愕に硬直している間に部屋の扉まで退避する。
妹は気に入ったケータイを肌身離さず、常に持ち歩いていた。勉強中に持っていても不審に思われない程度には。
今いる場所は二階で、もう日も暮れて階下には両親。
しかも妹はオレが硬直から状況を把握し、
動き出すまでの数秒以下でケータイの操作を終えて、たった今取った画像は友人や担任の教師の下へ向けて一斉送信の待機中。
思いついたばかりで出来る動作じゃない。
見せ付けられた画面の下数センチ、オレを破滅させるボタンには細い指がかかっていた。
おそらく、ほんの少し力を入れるか、オレが奪おうと揉み合えばはずみであっけなく押される程度に。

「理沙っ!」

妹の名前を怒鳴るように呼ぶ。

「ねえ、お兄ちゃん? 理沙、お兄ちゃんにお願いがあるの」

堪えた様子はない。どころか妹は、こんな表現は相応しくないはずなのに、ひどく妖艶な顔で合わせたばかりの唇を舐めた。

「お前っ、何をしたか分かって────っ!?」

「お兄ちゃん、怒っちゃダーメ」

突きつけるように、ケータイが向けられる。

「えへ」

オレが動きを止めるのを見た妹は、その脅迫材料を手元に戻す。
画面が妹の側を向き、オレにはメタリックな背の部分が向けられた。

ピッ!

ボタンが、押される。

「────────ぁ?」

血の気の引く音がした。視界の色が緑や紫に変わり、瞬きのように明滅する。
オレは一瞬、何もかもを忘れて。

「えへへ。うそうそ。理沙、押してないよ?」

妹の声で、剥離した現実が戻る。

「・・・・・・」


248 文明の武器 sage 2007/11/10(土) 05:49:40 ID:03S08nM0
再び見せられた画面はそのままに、指が押しているのは、送信に使うそれの隣のボタンだった。

「は」

吐き出して、一気に心臓の鼓動が早くなる。皮膚が痺れたような感じが全身を覆っていた。

「ね?」

言葉もない。何なんだ? 一体、この状況は。血の巡りも、理解もまるで追いつかない。

「お兄ちゃん、怖かったでしょ?」

おかしそうに、おかしく、妹が笑う。指を引き金にかけたまま。

「分かったよね? 理沙、本気だよ?」

銃口を、オレに突きつけたまま。

「ねえ、お兄ちゃん? 理沙、お兄ちゃんにお願いがあるの」

脅迫を繰り返す。これ以上ない、明確な脅しだった。断れば? 身の破滅だ。

「・・・・・・何だよ。お願いって。こんな、真似までして」

「簡単だよ」

本当に、妹は簡単に言ってくれた。

「お兄ちゃん、付き合ってる人、いるよね? 一週間くらい前から」

「お前っ・・・どこで!」

流石に、黙っていられなかった。そうだ。確かに、オレには一週間くらい前から彼女がいる。
二月くらいか。様々な努力が功を奏して、告白を受けてもらえたばかりで。勿論、まだ家族には話してない。
彼女の家に行ったことも、招いたこともない。妹が知っているはずは、ないのに。

「秘密♪」

返答はケータイの画面。妹はにこやかにそれをつきつける。

「そうかよ」

ぐうの音どころか、そう言う以外には反吐だって出ないだろう。

「それで? お願いって、何だよ」

今まで、妹に対してこれほど低い声が出たことがあっただろうか。なかったに決まっている。
だが、立場の違いというのは精神的な年齢まで逆転させるのか。

「簡単だよ?」

妹は、少しも動じないまま、本当に簡単に言ってくれた。


「あの女と別れて」


それだけは、吐き捨てるように。

「お兄ちゃんは理沙のものだもん────────あんな女に、絶対に渡さない」

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最終更新:2007年11月13日 17:07
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